変われますか
「そう、葛藤と新しい出会いか」
私のノートを読んで長谷川先生は呟く。
「先生、振り返って考えてみたんです。幼少の頃、周りの人に嫌われたりいじめられていた原因は容姿だけの問題ではなかったのかもしれません。正直、認めたくなかったけれど、自慢話も多かったし、父譲りの人の話を聴くことが出来ない側面もありました」
先生は頷いたうえで、
「僕の経験では、子供は語彙が貧弱だから『ブス』とか『気持ち悪い』って言葉を相手にダメージを与えるために簡単に使うこともあるからね」
と私に言い聞かせる。
「そうかもしれませんね。私は幼稚園であったことくらいから鮮明に思い出せるんです。でも嫌われている理由の判断がつかなくて、長い間とても苦しかった。今だってやっぱり辛いです」
「急がないでいいからね。どうもあなたは、自分の感情の動きや人間関係で何があったかをよく覚えているようだね。一般的に、楽しい記憶は覚えていても、あまりにも辛い記憶は薄れていくものだけど。悲しい記憶が鮮明に居座り続けていると、生きづらさを感じるのは当然だよ」
先生に励まされる。
「自分の顔が醜かったらって怖かったけど、この病棟に入院して醜いのが怖いのは、それだけ自分が人をうわべの外見が綺麗か醜いかで判断しているせいなんだって実感しました。私の心こそ醜かったのに」
「解答を出すのは早急かもしれないよ。価値観は常に自分の中で変わるから、美醜のとらえ方だって変わるものだよ」
彼は諭すように言った。不安の中、私は思わず先生に疑問をぶつけた。
「過去を越えることはできますか。変われますか?」
尋ねると先生は、
「気付く心さえあれば、いつでも変われるよ。小野田さん、よし今日の診察はここまでにしよう。ノートを細かに書いてくれてありがとう。状況を理解しやすかったよ。またね」
優しい表情、何度目かの『またね』を残し忙しい先生は去っていた。自分のことが嫌いな私。だが変われるかもしれない。気付く心を手に入れるために何をすればいいのか、ぐるぐると考えは巡る。
病室に帰る途中で三ヶ田さんに遭遇した。彼は、手洗いについての治療をしていたようだ。声をかけると手順がわからなくなるって、部屋のお姉さんが言っていたのを思い出した。素通りしようとしたが、
「小野田さん、こんにちは。元気かい?」
彼から声をかけてくれた。
「元気ですよ。三ヶ田さん、手洗いの治療だったんですね」
「情けないんだけど、手を洗い続ける行為がなかなかやめられなくて」
彼は落胆した様子だった。
「そんなことないですよ。お姉さんたちが、人によって色々な症状があるって話していたし。私は鬱病だから、三ヶ田さんのつらさはわからないけど。手がそんなになるまで洗い続けるのはきついですよね」
三ヶ田さんの手は、とても荒れていて、痛々しいくらいだ。だが彼は明るく、
「また話せるのを楽しみにしてるから、またね」
と私を気遣った。
「ええ」
と短い返事で答えたが、実は彼が自分を気にかけてくれたのが思いのほか嬉しかった。




