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先生と私  作者: 綿花音和
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コンプレックス

 装った仮の姿で、人を騙しているという罪悪感は心に深く根を張っていた。言葉に出来ない暗い感情を、タイトルも付けず、大学ノートに綴っていた。書く内容には規則性がなく、気取らず思ったままに病院生活を表す。ノートは長谷川先生との面談で、活用された。


 高校で女子に性格について、男子には容姿について陰口を言われた。中学時代に付けた薄い自信は脆く崩れた。それすら、装った仮の姿でしかなかったのだが。

 入院した当時、『自分の姿が人に不快感を与えているのではないか』と強い懸念を抱いていた。高校で友だちが一人も出来なかったのは、醜い姿が受け入れられなかったのが理由だと考えた。先生は患者の話を、さえぎらず静かに聴いていた。同時に私の考えに対して小さな別の可能性を示し一緒に考えてくれた。彼との面談で、自分の認識の方向に客観的な整合性があるのか、擦り合わせにずいぶん時間が割かれた。

 

 顔かたちが醜いと思いがちなのは、自分を気持ち悪いと思われるのが、当然だと感じるから。幼児期、頻繁に『ブス』・『顔が気持ち悪い』と言われ続けたからだ。子供は残酷で、全く容赦がなかった。幼い子供は駆け引きをする必要がないはず、すなわち嘘を吐かない。私の顔を見て偽りなく不快なんだろうと感じていた。いったいどれだけ気持ち悪い顔をしているのだろうか? 激しく落ち込んだ。鏡を見て自分の顔は不快でなかったから、イメージしている容姿と人が見ている自分の姿の乖離に耐えられなかった。

 一時的にそういったことを聞かなくなっても、自分の姿は醜いという恐怖は常に消えなかった。

 思い切って、

「私の顔は気持ち悪くないですか?」

 と先生に訊ねたとき、

「具体的に、気持ちが悪い顔ってどんなものだと思う?」

 と問い返された。

「吐き気がするような顔です」

 と答えた。

「僕は、少なくともあなたにそんな印象は持ってないよ。美意識は相対的なもので、絶対的な醜さや美しさなんて存在しないと思っている」

「小さい頃、ブスって言われ続け、同級生から自分の顔を見て『もどす』仕草をされたり、他の級友と同じようには扱ってもらえませんでした。ずっと全部、顔に原因があるって考えていました」

「虐げられてきた原因が顔だけでない、もしくは別の可能性もあるのでは?」

 驚いて黙った患者の口が開くのを、先生はじっと待ってくれた。

「ひょっとして、性格や別の要素の問題があったのでしょうか?」

 先生は肯定も否定もしなかった。そのかわり、

「少しずつ色々な決めつけをほどいていこう。残念だけど苦しい思いもすると思う。だからこそ僕には無理して自分を装うことはしないで欲しい」

 と頼まれた。これから過去の記憶や体験してきたことを、振り返ることが多くなるだろう。正直今まで築いた自分が崩れてしまうんじゃないか、言いしれぬ不安が湧く。一方で自分を壊さなければ、生涯苦しみが続くのかもしれないとも思う。ただ楽になりたかった。彼の真摯な依頼はそんなことばかり考える弱い私を力付けた。




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