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先生と私  作者: 綿花音和
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岐路

 入院生活も三週間が過ぎ、両親と長谷川先生を交え、今後の治療について面談が行われることになった。父と会って話すのは気が重かった。面談の前に先生は忙しい時間を縫って、顔をみせてくれた。

「おはよう、小野田さん。少しは心の準備出来たかな? たぶんきつい時間になると思うけど一人じゃないからね。看護師の水上さんも立ち会うし、一緒にしんどいけれど頑張ってみよう」

 先生の後ろには水上さんが一緒に来てくれていた。父のことを考えると、鉛が胸に沈んでくるようなどんよりした心持ちになって暗い顔をしてしまう。そんな私に水上さんは明るく、

「よかよか、心配なのが当たり前よ~。貴方の話を聞きよったらね、ほんなこつきつかったと思うもん」

 と方言丸出しで励ましてくれた。ちょっとだけ緊張が解けた。

 

 その日は初夏の日差しが心地よかった。精神科の病棟というのは何に使うのか、ぱっと見てわからない部屋が沢山ある。その中の一室に先生は私たち家族を通した。小さな窓から薄い木漏れ日が差していた。先生と水上さんは並んで座り、向かい合わせに私と母、父とパイプ椅子に座った。そして挨拶もそこそこに面談は始まった。


「娘の具合はどうなんです。死にたいなんて馬鹿なことは考えなくなりましたか?」

 父が、ジャブを打ち込んできた。軽く吐き気をもよおしたが、なんとか耐える。先生は、父をまっすぐ見て穏やかな口調でこう言った。

「入院中、小野田さんの治療の経過を診てきました。お嬢さんは、少なくとも短絡的に死にたいと思う性質の人じゃありません。悩んで出口がなくて、深く考えた末に生きる意欲を一時的に失ってしまったと思われます」

「幸は最近、食事や睡眠は取れているのでしょうか?」

「小野田さんの担当看護師をしています水上みずかみ紀子のりこと申します。お嬢さんは少しずつ回復しています。食事も睡眠もしっかり取れていますよ」

 母の質問に水上さんが答えた。


「では退院は近いんですな」

 父は頷き、先生に訊ねた。しかし、先生は厳しい顔をした。顎に手をやりながら、

「あくまでも病院では比較的元気に過ごせているというだけですよ。ご両親にはお伝えしづらいことですが、家族と距離を物理的にとることがお嬢さんが元気になる一番の近道です。ご自宅に帰せば同じことの繰り返しになるでしょう」

 と彼に向かって説明した。

「わしはただ前のように、幸と暮らしたいだけなんだ」

 と父は都合のいいことを言い出した。また吐き気が強くなった。

「一年ほどは入院が必要です。ご家族の意識を変えて頂かないと同居は難しいと思ってください」

 と先生は、言い放った。








  

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