悪夢
「小野田さんって家庭教師つけてるんでしょ」
クラスメートの女子からの悪意のこもった質問。
「体調が悪くて勉強なんて出来ないよ」
と控えめに言うと、
「でも成績いいよね。休んでばっかりなのに、上位者にのってるじゃん」
と意地悪く笑われた。
それだけのやり取りでどれだけ、私が委縮し自分を出せなくなっていったか彼女らは決して知らない。
保健室にいて教室にいることすら難しい自分。彼らが毎日授業に出ていることが羨ましく、学生として最低限のことも出来ない自らをどんどん追いつめた。
悔しくて悲しくて、
「もう、嫌だ!」
と叫んでいた。気が付くと病院のベッドの上だった。
「ウッピーどうしたの。大丈夫かい?」
お姉さんたちの心配そうな声がカーテン越しに聞えた。
「ちょっと辛いことを思い出して。すいません、驚かしてしまって……。私大丈夫です」
一番年上の関西のお姉さんが、
「ウッピー、カーテンの中に入っていいか?」
固い声できいてきた。私は夢から覚めきれず動揺していたが、断りせっかく仲良くなったお姉さんたちと距離が出来てしまうことが怖かったので、
「いいですよ」
と言った。
「あんな、遠慮せんでいいんよ。ウッピーはいつも気を遣ってるやろう。みんなわかっとるんよ、あんたがいい子だって。この病室では、弱いとこも晒していいんよ。なあ、いつもよそゆきじゃ疲れるやろ。せめてここにいる間は、少し甘えていいんよ。そんくらいの余裕は年の功で、私たちだって持っとるで」
彼女が私に言い聞かせると、お姉さんたちが深く頷いた。
きょとんとして、彼女らの顔を見回す。こんな風に優しくされるのは初めてで、どう反応すれば気持ちに応えられるかがわからない。
「ありがとうございます」
自然と涙が漏れ出る。いつぶりなのか思い出せないが、感情が弾けた。
その日の夕方、長谷川先生が診察に来た。先生に午後、高校の頃を思い出し、うなされたことを話した。そして同室のお姉さんたちから優しく慰められたことも。
「フラッシュバックの一種かもしれないね。疲労がとれて、情緒も安定してきたから、今までの思考パターンが戻ってきているのかな。落ち着いて過ごせているかい?」
最初に会ったとき彼の目は単に穏やかで修行僧のようだと感じたが、面談を重ねるうちに熱も感じるようになった。
「同室のお姉さん方は常識のある人たちで、とてもよくしてくれます」
私は先生が、彼女たちが優しくしてくれる理由について答えを教えてくれるのではないかと期待した。
「小野田さんは人が自分を嫌っているんじゃないかって、とても気にしてたけど、病室では少なくとも人間関係が上手くいってるんじゃないかな。それは事実だと僕は思うよ」
「私が嫌われないように意識して生活しているからだと思います」
彼は神妙な顔をして、こう言った。
「お姉さんたちは見抜いているんじゃないかな。狸や狐が化けてもね、尻尾くらいは見えるものだよ」
彼の言葉の意味はよくわからなかったけれど、悪い感じはしなかった。それから、おひさまのように暖かい表情で言いきかせられた。
「小野田さん、ゆっくり進んでいこう。わからないことはたくさんあると思う。でもわからないままのことは、先生にだってあるよ」
「先生にも?」
「大っぴらには言えないけれど、精神科医なんてどこか壊れているものさ。良くも悪くもね。まぁ、諦めが悪いのは残念だが僕の個性だ」
「そうなんですか」
びっくりしながらも、親しみを憶えた。
「じゃ、またね」
一言残し、彼は外来病棟に向かった。




