ヘンゼルとグレーテル
暴力癖のある父。 あまりにも酷い母。
優しいのは兄だけだった。
ある満月の夜、二人で家を抜け出した。森に入ると、鬱蒼と茂った茨の棘で私は足を切ってしまう。兄に迷惑はかけたくない、と必死に走った。
だが、とうとう走れなくなる。幼い四肢はもうボロボロであちこちに血が滲んでいる。木に寄りかかって休んでいるうちにいつの間にか眠ってしまった。
目を覚ますと、兄はいなくなっていた。
兄は私を置いていてどこかへ行ってしまったんだ。だがもう何も感じない。
限界になった四肢を引きずり、ひたすらに前へ前へと歩く。ぼう、とした視界に小さな家が見えた気がした。
兄は、妹を救うために魔法使いを探し、見つけたところだった。そして自分の記憶を引き換えに、1度だけ魔法をかけてもらう。
しかし、記憶を失った少年は今の状況に戸惑い、すぐに馬に乗り、服も新しいものを着て余った服も予備で持つ。こんな森はいち早く抜けなくては、と森を駆け回り、出口を探す。だがどこにも光が見つからなかった。
そしてもう夜があける頃に、人影を見つけ、急いで駆け寄る。
美しい娘だった。
「道に迷ってしまったのですが。」
すると娘は親切に森を抜ける道を案内してくれた。
何かお礼がしたくて、声をかけるが、とっとっ、と軽く走り去ってしまう。去る直前に彼女は手の甲にキスを落とし涙を流した。それは美しいダイヤモンドとなって、まだ手に残っている。その後もう二度と彼女に会う日は来なかった。
美しい青い鳥。彼女の姿を見てそう思った。