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『骨董店 美歌月』  作者: 蓮華
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「こんにちは」

古そうな引き戸を開けて声をかける。店内は薄暗くて、所狭しと物が並べられている。均一されて置いてあるのかと思えば、そうでもないらしい。手前に人形が置いてあると思うと、すぐ隣には壺や札などが置いてあったり。いかにも置いてあるだけで片付けしていませんといった感じだ。この状態でどうやって客を相手にするのだろう。引き戸の前で突っ立ったままあちこち見回していると。

「・・・・・・・・・・・・・・・いらっしゃい」

ぼそっと呟くような声が聞こえた。内心どきっとしながら声がする方に目を向ければ、カウンターらしきものの向こうに一人の男が座っていた。歳は自分と同じくらいに見えた。よれよれの白いワイシャツしか着ていない体はひょろっとしていて細い。縁無しの眼鏡をかけている男の顔は整っている。店主と呼ぶには似つかわしくない姿に戸惑っていると、さっきと同じ陰気臭い声で話しかけられた。

「君がカレン君?」

「着物のお婆さんから俺のことを?」

「まぁね。友人が珍しく嬉しそうにしていたよ。助けてもらって悪かったね」

軽く頭を下げられてちょっと驚く。あのお婆さんとはそれなりに仲がいいらしい。店主の方に礼を言われるとは。何も言わずに黙っていると、彼は下げていた頭を戻して俺をじっと見つめた。店主の瞳の色はくすんだ銀のような色をしている。

「カレン君は現代の人間にしては珍しく視えるそうだね」

「えぇまぁ」

「君は妖怪をどう思う?」

唐突に聞かれて面食らいつつも、今までの生活を振り返る。人が嫌いなモノ、人が好きなモノ、人に興味がないモノ、人を食うモノ、人に寄り添いたがるモノ・・・・・・・・・。一括りに妖怪と言っても、その括りの中には様々なモノがいる。それらはときに煩く、ときに冷たく厳しく、ときに温かく。人と同じように、支え見守り助けてくれる存在で。自分が視てきたモノ達は家族のような優しさで包み込んでくれた。そんな妖達は俺にとって・・・・・・。

「大切なモノ達・・・・・・ですかね」

思い返しながら答えると、店主は意外そうな顔をした。

「大切?妖怪が?」

「えぇ。怖いこともありましたが、助けられたことの方が多かったんです。人より慈悲深いところがあったり。俺は妖怪が好きか嫌いかと聞かれたら、好きと答えますね」

自分で気付かない内に穏やかになった顔を彼はしげしげと眺める。しばらくそうした後店主は満足そうに頷いた。

「そうか。なら君に決めた」

何を決めたのか不思議に思って店主の顔を見れば、一枚の紙を渡された。紙には「履歴書」と書いてあってますます意味が分からなくなる。困惑している俺を面白そうに見ながら、彼はこともなげにこう言った。

「御剣神蓮君、その視える目をこの店で活かして欲しい」

「バイトに来いってことですか?」

「うん、そうだよ。バイト代はちゃんと出す」

「金は別に気にしてないです。その・・・・・・何で俺なんですか?」

怪訝そうに聞き返すと、店主はそれはね、と優しく微笑んだ。

「君が君にとっての非日常を恐れずに受け入れているから。そういう人にこそ、この店を手伝って欲しい」

「はぁ・・・・・・・・・そうすか」

「バイト代、いらないって言ってたよね?それなら住む場所を提供するよ」

「は?と言うか、まだバイトするとも言ってな・・・・・・・・・」

「家賃はいらない。それがバイト代になるから。ただ、僕も一緒だから男2人の生活になってしまうけれど」

俺が口を挟もうとするも、立て板に水の如く話を先へと進められてしまった。頼めるかな?と笑顔で言われてしまい言葉に詰まる。別にバイトが嫌なわけではない。嫌なわけではないが、視えるだけの自分に何ができると言うのだろう。

「俺は。視えるだけでできることは何もないと思います」

「視えることがどれだけ貴重なことか、君は分かっているんだろう?視えていること。それだけで助けになることもある」

うぬぼれてはいけないが、視えることが特別だという自覚は持った方がいいよ。それだけでも君に対する妖怪達の態度ももっと変わってくると思うから。そんな風に言葉を付け加えた店主の顔は穏やかだ。彼はやっぱり人間ではないんだろうなぁと思う。でも、視えることを正当に評価してくれたことは嬉しい。そんな人のところで働けるチャンスがあるのなら働いてみたいと思った。店主が差し出していた履歴書を受け取って、そのまま店主の手を握る。彼の顔がぱっと明るくなるのと同時に俺は深く頭を下げた。

「俺に何ができるかは分かりませんが。よろしくお願いします」

言い終わって顔を上げると、満面の笑みでとても嬉しそうな顔がそこにあった。店主は握った手を軽く振って、うんうんと頷いた。

「君ならそう言ってくれると思ったよ。じゃあ、履歴書を書いて荷物をまとめたらまたここに来てくれる?履歴書は形だけでいいから」

そう言って彼は俺の手を離した。住む場所を提供してくれるというのは冗談ではなく本気だったらしい。俺は薄く笑みを浮かべて頷いた。そのまま店を出ようとして、店主の名前を聞いていないことを思い出す。

「あの・・・・・店主の名前って」

「僕の名前?僕は天月隆鬼と申します。今度僕のこと呼ぶときは『隆鬼』って呼んでね」

彼は軽やかにそう言ってひらひらと手を振った。

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