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『骨董店 美歌月』  作者: 蓮華
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妖怪が視えることによって得をしたことは一度もない。朝早く人気のない町の中を歩きながら思う。どちらかというと厄介事が舞い込んで来ることの方が多い。

「痛たたた・・・・・・・・・」

しゃがれた声にちらりとそちらに目を遣る。着物を着たお婆さんが座り込んでいて、傍らにはやたらと大きい風呂敷包みの荷物が転がっていた。腰を痛めたのか、低く唸りながら左手を腰に当てている。ここまでは普通に起こりうる出来事だ。だが、そのお婆さんがそこに居ないかのように人が通り過ぎていく。道で誰かが痛いと言いながら座り込んでいていれば誰かしらは声をかけるはずである。それが、誰も声をかけない。ましてや目に映っていないとなれば答えは一つしかない。

(妖怪か)

何故腰を痛めたのかは知らないが、視えているのに視えないふりで通りすぎるのは後味が悪い。小さく溜め息を吐きつつ、お婆さんに近付いた。

「大丈夫ですか?動けますか?」

少ないとは言え、通行人はいる。怪しまれないように気を付けながら声をかける。声をかけられた方は意外そうに目を丸くしていた。

「小僧、私が見えるのかい?」

「えぇ。視えているから声をかけたんです」

一人の通行人に大丈夫かと声をかけられて、落とし物をしたのだと説明しながら何かを探すふりをしておく。この説明が一番周囲に怪しまれずに済むからだ。目線は地面に向けたまま、ぼそぼそとお婆さんと会話を続ける。

「今時珍しい人間だね。襲われるとは思わなかったのかい?」

「襲われたら殴ればなんとかなりますし。腰痛いのが何かできるとは思えなかったので」

しれっと言い返すと、お婆さんは軽く目を見開いた後小さく吹き出した。

「ふふふ。面白い小僧だ。恐れることもなく私と真正面から向き合うとは」

「怖いとは思いません。ただのお婆さんにしか見えないですし」

手を差し出しながら何の感情も込めずに言い切る。彼女は少し躊躇った後、俺の手をゆっくりとった。腰に負担がかからないようにして背負う。転がっている荷物に手を伸ばそうとして固まった。やけに大きな風呂敷包みの中でガサゴソと音がしている。直感的に触ってはいけない気がした。手を伸ばしかけたまま固まっていたら、背中からお婆さんの声が聞こえてきた。

「その包み、触れても平気だから安心しな」

「・・・・・・・・・何が入っているんですか?」

「知りたいかい?後悔するかもしれないぞ?」

「・・・・・・・・・・・・・・・やっぱりいいです」

彼女がにやついているのを感じながら、結び目をしっかり掴む。そのまま持ち上げて歩きだした。冷たい風が吹いているのをお構いなしに一定のテンポで歩いていく。どこまで行くのか聞かないことを変に思ったのか、背中から問いかけられた。

「普通どこまで行くか聞くもんじゃないかい?」

「妖が集まりやすい祠に用があるのでは?」

「違うさね。ある店に用がある」

「ある店?」

「おや。小僧が向かっているのもそこなんじゃ?」

「『骨董店美歌月』ですか」

「そうさ。風呂敷に入っているのは店主への土産だよ」

「もしかして、人じゃないとか?」

露骨に顔を顰めると、その反応が面白かったのか笑う気配がした。

「さぁねぇ?古い馴染みだが、未だにあの男が何者なのか分からない」

まぁ知りたいとも思わないしねぇ。けろっとした付け加えに呆れつつ、足は止めない。店の話題で気を良くしたのか、そう言えばとお婆さんが言葉を続ける。

「小僧、名は?」

「・・・・・・御剣神蓮といいます」

「かれん?変わった名前だねぇ」

きょとんと繰り返した彼女に小さく息を吐き出して、少し足を速める。この名前を付けたのが誰なのか知らない。18歳になった現時点で祖父母も両親も親族と呼べるような人間は誰もいない。それを知ってか知らずか、妖怪達が何かと色々教えてくれた。おかげで、できないことの方が少ないのではなかろうか。今にして思えば、ここまでよく食われずにやってこれたものである。自分が思っているよりも、好かれているのかもしれない。

「この名前を付けたのが誰なのかは知りません。女っぽくて俺はあまり好きではないです」

この名前のせいでからかわれたこともある。字は綺麗だと思うが、もう少し男らしい名前にして欲しかった。心の中でだけでそう呟いていると、お婆さんの思慮深げな声がした。

「神の蓮ねぇ。その名前に縛られることが無けりゃいいが」

少し深刻そうな声に振り返ろうとしたが、それより早く背中にあった重みが消えた。えっと思ったときには隣に彼女の姿があった。腰が痛いのはすっかりよくなったらしい。それはいいとして、さっきの言葉はどういう意味なのだろう。

「背負ってくれてありがとうよ。小僧の優しさが腰の痛みを消してくれたみたいだ。お前さんがこれからどうなるかは分からないが、苦難が少ない人生であることを願ってるよ」

目尻に皺を寄せて薄ら微笑みながらそう言うと、返事をする間もなくすぅっと消えてしまった。襲われなかったのは助かったが、相変わらず妖とは自分勝手な生き物だ。名前の事にしても聞けずじまいで胸の中にわだかまったままだ。深々と溜め息を吐き出して、さっきよりも軽くなった体で歩きだす。目指す骨董店はもうすぐそこ、目と鼻の先だ。

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