後日談:つまり末永く養ってくれるってことですか?
後日談その1
ニート「す、好きです!!付き合ってください!!」
カグヤ「…え?」
カグヤへの思いを募らせていたニートはこの日、とうとう堂々とカグヤに告白をしたのだ。
開幕からクライマックスとはニートにしてはやるじゃねえか…と、思うかも知れないが、ここまでの道のりは果てしなく険しかった。
毎日のようにいろんな人から『いい加減に告白しろよ』とか『まだ付き合ってなかったの?』とか呆れるくらい言われたが、ニートは断固として告白しようとしなかった。
彼のこういうところの頑固さはご存知だろう。ニートはありとあらゆる手と言い訳を駆使して、告白の逃れてきた。
カグヤもカグヤで、頑固なところはニートと同じなので、二人の仲がこれ以上発展することはなかった。
そんなテコでも動かないニートを動かしたのは、やはり腐女子であった。
腐女子「お前、今日カグヤに告白しなかったら、汐入家から追放ね」
シンプルでわかりやすく、それでいて残酷な一言がとうとうニートの重い腰を上げさせたのだ。
カグヤを河原に呼び出したニート。
カグヤ「話があるって言ってたけど…どうかしたの?」
ニート「いや…その…えっとだな…。ところで、お腹空いてない?」
だが、ヘタレなニートが素直に告白するわけもなく、いたずらに時間が過ぎていくだけだった。
呼び出しておいて話すこともないので、ひたすらに『お腹空いてない?』を繰り返すこと136回、『お腹空いてない?』の一言だけで8時間もの間をもたせたニートだったが、とうとう観念して思いを告げたのだった。
おそらくは10数年越しの恋なのだろう。そんな恋の行方にケリをつけたニートに対してカグヤの返事というと…
カグヤ「…なんで?」
どういう意図でそう言ったのかは定かではないが、頑張って告白したのにその返事が『なんで?』というそっけないものであったことに、とうとうニートのメンタルはブレイクされた。
ニート「なんでって…そんなの…えっと…うわああああああああああああ!!!!!!!!!」
勢いで告白してしまったが、間を置いて冷静になったニートは急に恥ずかしくなり、カグヤの質問に答えることもなく、全速力でその場から逃げ出した。
…結局、この物語を通してヘタレは克服できなかったニートである。
ショタ「…大丈夫?ニートのお兄ちゃん」
ニート「………」
渾身の告白を一蹴されたニートはあまりのショックのあまり、放心していた。
それもそのはずだ、何時間もかけてようやく絞り出した告白なのだ。それを『なんで?』などと素っ気なく返されたら…ニートの豆腐メンタルが形を保つことなど出来るはずがない。
…まぁ、だからと言って逃げるのは如何なものかと思うが。
そういうわけで、ニートはしばらく虚空を見据えていた。
犯罪者「…もしかして、フラれたのか?ニート」
ショタ「よく分からない」
係長「でも、成功したわけでもなさそうだよね」
ニートがとうとうカグヤに告白を決意したという情報は仲間内では既に出回っていたため、彼らはそこで何かあったのだと推測していた。
犯罪者「とりあえず…正気に戻すか」
とりあえずニートを正気に戻すため、顔面引っ叩いたり、水をぶっかけたりしたが…。
ニート「………」
ニートは放心したままだった。
係長「ここまでやって反応が無いとなると…」
犯罪者「重症だな」
ショタ「それなら僕に任せて」
そう言ってショタはニートの耳元で小さくこんなことを囁いた。
ショタ「お兄ちゃん、カグヤお姉ちゃんが会いに来てるよ」
それを聞いた途端、ニートは立ち上がり、オロオロし始めた。
ニート「あわ…あわわわわわわ…」
係長「なんだかすごい狼狽してるけど…なんでだろ?」
犯罪者「カグヤに会う心の準備ができてないんじゃないか?」
するとニートは近くにあった机の下に身を潜めて、頭を抱えながら体を丸めた。
係長「…なんだか防災訓練みたいなことしてるけど、どうしたんだろ?」
犯罪者「カグヤと会うことが天災に匹敵する出来事ってことなんだろ」
犯罪者の言った通り、机の下に避難したニートは何かに怯えるように震えていた。
犯罪者「…このまま見てるだけでも面白いのだが…そろそろ話を聞いてやらねばな」
係長「そうだね」
犯罪者と係長がそう言ってニートが隠れている机を退けた。
隠れ蓑を失ったニートは不安になったのか、またまたその場でオロオロし始めた。
ニート「机…机をくれ…」
犯罪者「落ち着け、ニート」
係長「ここにカグヤは来ないから安心して」
ニート「…え?カグヤ来ないの?」
ショタ「ごめんね、嘘ついた」
ニート「そうか…カグヤは来ないのか…」
カグヤがここに来ないとわかると、今度は残念そうにそう呟いた。
係長「君はカグヤに会いたいのかい?会いたくないのかい?」
ニート「会いたいけど会いたくない」
犯罪者「どっちだよ?」
結局、終始落ち着かないニートであった。
一方その頃、時を同じくして…。
カグヤ「…あああああぁぁぁぁ…なんであんなこと言っちゃったんだろ…」
カグヤは苦悶の表情を浮かべ、頭を抱えていた。
アパレル「ま、まぁ、元気出しなよ」
イケメン「もう一回ニートと話し合って来たらどうだい?」
ヴィッチ「そうですよ、ちょっとした行き違いなだけですよ」
腐女子「っていうか、あんな奴に悩むだけ無駄でしょ?。いつまでニートのこと待たせるつもりなの?」
こちらはこちらで女性陣が集まり、女子会が開かれていた。
カグヤ「いや、だって…突然告白なんかして来たから…思わず『なんで』って聞き返しちゃったよ」
腐女子「突然って…あんたら8時間もニートが告白しようとしてるところを目の前で待ってたんでしょ?それで突然って…さすがに察せよ」
カグヤ「いや、逆に8時間もかかったから今日は言わないんだろうなって諦めてたところに告白して来たから…」
アパレル「しかもニートがカグヤに告白するのってこれが最初じゃないんでしょ?確か、島で花火をした時もニートのやつ告白したらしいじゃん」
イケメン「思わずポロっと出ちゃったらしいね」
カグヤ「あの時は…レンジが逃げちゃったし…それにその後もドタバタしてたから…」
腐女子「私もニートがカグヤに告白同然のことを言ってたの聞いてるよ」
ヴィッチ「まぁ、それはいつのことですか?」
腐女子「ニートが引きこもってたカグヤを連れ出そうとした時」
カグヤ「あの時は…記憶もなかったし…レンジも気絶しちゃうし…」
イケメン「それで、今回もまた逃げ出したと…」
腐女子「なんなの?あいつ。新手の当たり屋かなにか?」
アパレル「待たせるカグヤもカグヤだけど、ニートもニートね」
ヴィッチ「お似合いですよ、お二人さん」
カグヤ「そうかな…そうだといいんだけど…」
腐女子「普通に羨ましいよ、あんたら。マジで爆発すればいいのに」
カグヤ「でも…ほんとなんでなんだろ…」
腐女子「なにが?」
カグヤ「レンジって…『なんで私のこと好きなんだろ?』」
告白されたときに、ふと口から出てしまった疑問の答えを、カグヤはまだ考えていた。
一方、こちらは男子会
係長「そろそろ何があったか聞かせてもらえないかい?」
オロオロしたり、震え出したり、頭を抱え出したり、心が空っぽになったりの情緒不安定のニートがようやく落ち着いたころ、係長はニートに尋ねた。
ニート「えっと…その…カグヤに告白して…付き合ってって言ったら『なんで?』って聞かれて…俺も『なんで付き合う』のか自分でもよく分からなくて…そんな中途半端な気持ちで告白しちゃったのが申し訳なくなって…その…」
ショタ「逃げちゃったんだ」
ニート「…そういうことです」
犯罪者「ヘタレ」
ニート「…返す言葉もございません」
係長「それでも告白できただけ、まだマシだよ」
ショタ「恋愛には臆病だよね、お兄ちゃん」
係長「でも、『なんで付き合う』のかって、難しい質問だよね」
犯罪者「人それぞれな理由があるだろうし、明確な答えは無いだろうからな」
ニート「俺自身、『なんで付き合う』のかが分からないままでいるのはカグヤに悪いと思って、それで『なんで付き合う』のかを考えてたんだけど…」
係長「結論が出て来ないと?」
ニート「そういうこと」
ショタ「一緒に居たいからじゃダメなの?」
ニート「別にさ、付き合ってなくてもこれまで通り一緒にいることは出来るだろうし…だからそれは『付き合う』理由ではないと思うんだ」
犯罪者「難しこと考えなくていいんだよ。『ヤりたいから』で十分だろ」
ニート「いやいやいや!別に俺はそういうことが目的ってわけじゃないし…」
犯罪者「じゃあヤりたくないのか?」
ニート「いや…そういうわけじゃないけどさ…。その…別に俺はヤらなくてもいいと思ってるし…」
係長「付き合う理由ではないってわけだね」
ニート「そういうことだな」
犯罪者「まぁ、確かに付き合ってなくてもヤることは出来るしな」
ニート「そういうこと。…それに、俺は別に本当にそういうことやらなくてもいいと思ってるし…」
犯罪者「青いな」
ニート「いいよ、別に青くても…」
係長「まぁ、それならそれでいいんじゃないかな?。そういうプラトニックな恋愛の方が応援のしがいもあるし…」
ニート「結局…なんでみんな付き合うのかな?」
犯罪者「………」
ショタ「………」
係長「………」
ニートの質問にしばらく無言になる一同。そんな中、係長が口を開いた。
係長「ニート、例えばだけど…君がカグヤをデートに誘うとしたら、どうやって誘う?」
ニート「え?どうやってって…『映画のチケットがあるから一緒に行かない?』とかかな」
係長「そうだね。今の君の場合、カグヤをデートに誘うとしたら何かしらの口実が必要になるわけだ。目的はカグヤと一緒にいることでも、映画に行くためとか、遊園地に行くためとか、そういう建前がある方が誘いやすい」
ニート「…そうだな。一緒にいたいからとか言うのは恥ずかしいしな。そう言う口実があれば楽だ」
係長「『一緒にいたいから』と言って相手を誘うのは難しいよね。それは一緒にいるということ自体には意味も生産性もないからだ。一緒にいたからといって、明確に何かを手に入れる訳でもないし、それが何かの役に立つわけでも、ましてやお金になるわけでもない。一緒にいるってことに意味も生産性ないんだ。はっきり言ってしまうと無駄なことなんだ。だからそれを口実に相手を誘うのは難しいんだ。『無駄なことしようぜ?』って誘うのは不自然でしょ?」
ニート「そうだな。一緒にいるってことがお互いにとって良いことだとは限らないもんな」
係長「でも、付き合って彼氏彼女という大義名分を得たらどうだろうか?。『一緒にいたいから』という理由で相手を誘うのは自然じゃないかい?」
ニート「うん、自然だ」
係長「一緒にいることに生産性なんてない。デートすることに享受なんてない。触れ合うことに意味なんてない。無駄だ、全部無駄だ。だけど、付き合うことでそんな無駄なことに誘えるようになる名分を得るんだ。だから付き合うっていうことは『何の意味も生産性も享受もない、それでも無駄に一緒にいてくれますか?』っていうお互いの認識の確認なんだって…僕はそう思うよ」
ニート「無駄に…一緒にいるため?」
係長「そうだね、長々と話したけどそういうことだね。別に恋愛経験が多いわけじゃないけど、それが長年の経験の僕なりの結論だ」
犯罪者「…はぁ…やっぱり既婚者は違うなぁ…」
係長「偉そうに抗弁垂れてたけど、最終的には僕も離婚しちゃってるから、参考になるかどうか…」
ニート「いや、ありがとう!なんか分かった気がするよ!」
係長の熱弁に感化されたのか、先ほどまで臆病風に吹かれていたニートだったが、元気を取り戻していた。
ニート「なんか…いますぐカグヤにこの気持ちを伝えたくなって来た…」
係長「それはよかった」
犯罪者「行ってこい。…そして砕け散れ」
ショタ「お兄ちゃん達なら多分大丈夫だよ。…いってらっしゃい」
意気揚々と立ち上がったニートは早速カグヤを電話で呼び出した。
ニート「もしもし?…ごめん、カグヤ。悪いんだけど…もう一回さっきの河原に来てくれないかな?」
カグヤ「レンジって『なんで私のこと好き』なんだろ。…私って、別にそんないいところないと思うんだけどなぁ…」
腐女子「それは顔じゃね?。カグヤ可愛いし」
イケメン「いやいや、顔だけじゃないさ。島での天真爛漫なところとかに惹かれたのさ」
アパレル「幼馴染っていうのも惹かれるわよね。私は憧れるわ」
ヴィッチ「自信持って。カグヤのいいところはみんな知ってるから」
カグヤ「うん…なんだか自信出て来たよ。みんなありがとう。…もう一回、レンジと話してみるよ」
カグヤがそう言って携帯を取り出して、ニートに電話をしようとしたそのとき、ニートからの着信音が鳴り響いた。
カグヤ「え?あえ、あえ…」
腐女子「なに?ニートから?」
ヴィッチ「落ち着きましょう」
少し慌てながらも、カグヤは通話ボタンを押した。
カグヤ「…もしもし?。…うん、わかった、すぐ行く」
それだけを伝えると、カグヤは立ち上がってどこかに行こうとした。
イケメン「ようやく終止符をつけるときなのか…」
アパレル「今度は逃げられないように首輪でもつけてやりなさい」
腐女子「カグヤならもっといい男がいると思うんだけどな…」
ヴィッチ「大丈夫です、愛は勝ちますから」
カグヤ「…うん、行ってきます」
こうして二人の恋の決戦が幕を開けようとしていた。
イケメン「…あ、犯罪者から電話だ」
カグヤが行った後、イケメンの携帯に犯罪者から電話がかかって来た。
イケメン「もしもし?」
犯罪者「もしもし?。いまニートが行ったんだけど…カグヤももう行ったのか?」
イケメン「うん、カグヤももう行ったよ」
犯罪者「そうか…それはよかった。ニートのやつ、カグヤに『なんで付き合う』のか聞かれて悩んでいたが、大丈夫そうだな」
イケメン「…え?カグヤは『なんで好きなの』かを聞いたんじゃなかったのかい?」
犯罪者「…え?」
アパレル「これは…また一悶着あるのか…」
ヴィッチ「大丈夫ですよ、さすがに…」
腐女子「いや、あの二人ならありうる…」
決戦の舞台である河原にニートとカグヤは辿り着いた。
カグヤ「ごめん…待ったかな?」
ニート「いや、今来たところ…」
走って来たのか、二人とも顔に汗を流していた。
そんな汗を吹き飛ばすかのように一陣の風が二人の間を吹き抜ける。
それを合図に、二人は同時に口を開いた。
ニート カグヤ「…あの!」
声がハモったことに驚き、カグヤが一瞬ひるんだ隙をついて、ニートは『なんで付き合うのか』というカグヤの質問に答えるべく、先制攻撃を仕掛けた。
ニート「ごめん、先に言わせてくれ。カグヤが俺になんでかって質問に答えたい」
カグヤ「…うん」
カグヤもカグヤで『なんで自分のことが好きなのか』というのは気になっていたのでおとなしく聞くことにした。
ニート「まずなんで(付き合うか)っていう理由なんだけど…特に無いんだ」
カグヤ「…え?(私を好きな理由は)ないの?」
ニートの先制攻撃、カグヤの精神に20のダメージ。
ニート「だって…一緒にいたってなにか生産性があるわけでもないし」
ニートのジャブ、カグヤの精神に8ダメージ。
ニート「なにかを享受するわけでもないし…」
ニートのミドル、カグヤの精神に12ダメージ。
ニート「きっと意味なんてないんだよ」
ニートのフック、カグヤの精神に38ダメージ。
ニート「だから、一緒にいるだけ無駄なんだよ」
ニートの右ストレート、カグヤに150ダメージ。
カグヤの気持ちを考えることもなく、係長の話をそのままカグヤにぶつけるニート。すれ違い以前にデリカシーの欠片もない。
カグヤ「ね、ねぇ…ほんとに(私の好きなところは)なんにもないの?」
ニート「うん、これっぽちもないよ」
ニートの後ろ回し蹴り、カグヤに813ダメージ。
さすがのカグヤももはや精神はズタボロであった。
だが、彼女はニートとは違って逃げたりはしなかった。ニートは違って、きちんとニートの言葉を真正面から受け止めようとした。
ニート「っていうか、そんなのはどうでもいいんだ。大切はことじゃない」
カグヤ「…うん…そうだね、どうでもいいよね…なんにもないんだもんね…」
しかし、すでに精神は崩壊しているので、その瞳に光は無かった。
ニート「それでも、俺はカグヤと一緒にいたいんだ。一緒にいても意味も生産性もなにもないかもしれない。それでもいい、そんなもの必要ない、無駄になったっていい。たとえその全てが無駄であったとしても、徒労であったとしても、無益であったとしても、君と一緒にいたい!!…ただ、それだけなんだ…」
カグヤ「…どうしてそこまでして、私と一緒にいたいの?」
ニート「好きだから!君が!大好きだから!」
カグヤの待っていた言葉をニートはここに来てようやく選択することができた。
いままでさんざん酷いことを言われてきたが、その一言で…カグヤには十分だった。
詭弁や誤魔化しなどない、ありのままのニートの言葉がカグヤの胸を満たした。
カグヤだって同じだ。
ただ一緒にいれるなら…それ以上は望まない。
だから、難しいことを考えるのはやめだ。
これ以上、レンジを待たせるのも心苦しいし…私も、きちんと向き合わなきゃ…。
カグヤ「…それっていうのは…つまり…」
ニートの言葉で満たされたカグヤは、少しいたずらに笑いながらこんなことを尋ねた。
カグヤ「つまり末永く養ってくれるってことですか?」
そう言う彼女は初めて心からの満面の笑みを浮かべた。
ほんとはこれを最終話にするかどうするかを悩んでいた話です。