空っぽの剣
前回のあらすじ
腐女子に策あり。
養わせることに関して、俺に勝る者はいない。
ニートで俺に右に出る者はいない。
俺こそが最強のニートで、特別な存在。
少し強気に吠えれば、簡単にみんな俺を信じちまう。
俺の中の溢れるニートの才能が、ニートとしての力がみんなを期待させるんだ。
でも…みんなバカだよな。
そんな才能なんてこの世界のどこにもないのに…。
そんな力なんて無いことは、俺が一番よくわかってるさ。
ずっとニートをやって来たんだから、自分に何もないことがわかってる。
才能も、力も、役割も、俺には何もない。
口先だけ達者なロクでもない穀潰し。
それが本当の俺だ。
威張り散らして、虚勢だけで粋がる空っぽなゴミ屑。
それこそが俺だ。
そんな俺に何があるっていうんだ?。何ができるって言うんだ?。
その答えは誰よりも俺が一番よく知ってる。
俺に何かができるわけがない、何かがあるわけがない。だからずっとニートをしてたんだ。
特別な才能があればよかった、自分だけの能力があればよかった、誰にも負けない特技があればよかった。…いつだってそう願っていた。
でも現実は残酷だ。
結局俺はなにも持たざる者だ。
それでも、目の前に立ちふさがる理不尽に足掻いてみたかった。
自分という殻を打ち破って、外の世界に出てみたかった。
自分には特別何かがあるって信じて、それを証明したかった。
だから、さぞ自分には力があるように、少し強気に吠えたんだ。
それはただの悪あがき、駄目で元々の最後の抵抗だった。
そしたらどうだろう?。
みんな俺に期待してくれた。この背中に賭けてくれた。
最後の希望のように、俺に全てを託してくれた。
だから俺も、できるだけ余裕そうなフリをした。
信じてくれたことを裏切らないように…この背中がただのハリボテだってバレないように…。
いつだって心の中はギリギリで、いつも弱気になりそうな気持ちから無理やり勇気を振り絞って…。
でも…やっぱり俺にはできない。
俺はヒーローなんかじゃない。ただの一般人…いや、それ以下の最底辺の人間。
だから、俺にはもう無理だ。
だって、結局は俺も…ただのニートなんだから…。
「それでも、ここまで来れたじゃないか」
白い霧に囲まれた幻想的な花畑に突っ立っていたニートは後ろから声をかけられたので、振り向いてその声の主を確認し、思わず声が詰まってしまった。
ニート「…お、お姉ちゃん?」
薫「よっ、久しぶり。頑張ってるじゃん、レンジ」
ニート「な、なんで!?なんでお姉ちゃんがここに!?。もしかしてこれも夢!?」
そう言ってニートが自分の頬をつねろうとするが、薫はそれを遮るように声をかけてきた。
薫「『なんで私がここにいるか?』。…おいおい、この私を前にして、そんなことが重要だって言うのかい?」
薫はそう言いながら自信たっぷりに胸を張って、自分に向かって親指を立てた。
むかつくほど堂々としていて、呆れるほど理にかなってない言葉。
だけど、その言葉だからこそ、ニートはそこにいるのが本当に姉であることを信じることができた。
ニート「…俺、ずっと不安だったんだよ?。才能も力もなにもないくせに、理不尽に抗って、権力に逆らって…ずっと不安だったんだよ!?」
かすかに震える声でニートは叫んだ。
ニート「でも、大切な人をもう失いたくなかったから!!仲間に傷ついてほしくなかったから!!お姉ちゃんと約束したから!!…俺、めちゃくちゃ頑張ったんだよ?」
薫「うん、知ってる。…おいで。約束を守ってくれたレンジに姉ちゃんからのご褒美だ」
薫はそう言って、両手を大きく広げてニートを迎えた。
それを見たニートは姉の元に駆け寄り、その胸元に飛び込み、思いっきり泣きだした。
ニート「俺、本当は心細かった!!。めちゃくちゃ不安だった!!。だけど、俺が弱気になったらみんなを不安にさせるから無理やり強がって!強がって強がって強がって!!いつだってギリギリのところで!不安に押しつぶされそうになって!全部一人で抱えて!全部一人で背負って!!。そうでもしないとなにも守れないって分かってたから!!」
薫「うん…うん…」
ニート「自分には才能も能力も特技もない!!誇れるものなんてなにもない!!寄せ集めのガラクタのような才能でよかった!!みずぼらしい能力でもよかった!!何か一つでもあればもっと簡単に胸を張れたのに!!でも俺にはなにもないから!空っぽの剣を握りしめて!震える手で掲げるだけでしか!自分の力を見せつけられなかった!!。いつハッタリだってばれてもおかしくないハリボテ未満の!ガラクタ以前の!何にもない空っぽの剣しかなかったんだ!!」
薫「うん…ほんと、よく頑張ったね、レンジ」
ニート「でも…もう無理だ。俺はお姉ちゃんのようにはなれない。ヒーローにはなれない。これ以上はボロが出る。ここらが潮時なんだって…もう分かってる」
薫「レンジ、確かにお前はなにも持っていなかった空っぽなやつだったかもしれない。確かにお前はそれを掲げてさぞ強そうに装う嘘つきだったかもしれない。だけど、その姿を見て動かされたやつがいるのは確かだ。空っぽの剣を掲げるお前の背中に多くの人が期待を乗せたのも確かだ。だから、もうその剣は空っぽなんかじゃない。お前が必死に掲げ続けたその剣は確かな武器となったんだ…この世界で唯一の、お前だけの武器に…。だから、お前は自分を誇っていい。ニートを誇っていい。…胸を張って自慢しろ、自分がニートであることに」
ニート「で、でも…」
薫「レンジ…あんた、大きくなったね」
ニート「え?そうかな…」
薫は自分より少し高い位置にあるニートの頭を撫でながら囁いた。
薫「うん。大きくなったよ…私なんかよりも、ずっと…」
そして、ニートを抱きしめるのを止め、今度はニートの両手を握りしめた。
ニート「…お姉ちゃん?」
薫「レンジならもう大丈夫、私がいなくたってね…」
ニート「…ほんとに?」
薫「おう!この私が保証してやんよ!!」
ニート「…うん、わかった」
薫「よし、わかったのならさっさと戻りな。まだ、最後の茶番が残ってるだろ?」
ニート「うん」
薫「それと…ショウタのこと、よろしくね。賢い子だけど、まだ小さいからさ」
ニート「うん、任せといて」
薫「よし、じゃあ…行ってこい!!ニート!!」
ニート「うん…行ってきます!!」
ニートは胸を張って大きな声でそう叫び、その場から走り出した。
薫「ほんと…大きくなったねぇ…」
やがて、花畑は光の粒となって崩れていき、薫も同じように光となって消え失せた。
アパレル「…ニート!?目が覚めたの!?ニート!!」
ニートが目を覚ますと、アパレルの心配そうな顔がぼんやりと見えてきた。
ニート「…いま、何時?」
アパレル「え?…えっと…お昼の2時過ぎだけど…」
ニート「そっか…少し寝すぎたかな…」
アパレル「いや、いつものことじゃない」
ニート「それもそっか…。さてと、そろそろ行かなきゃな」
そしてニートはその場を立ち上がり、ゆっくりと病室の出口へと向かった。
アパレル「…晩御飯までには帰ってきなさいよ」
ニート「おう、帰ってくるさ、みんなで」
たぶん、次が最終話です