それでも僕らは漕ぎ続けるしかない
前回のあらすじ
モブ山「ニートカッコイイ、ニートハカミ、オレニートナル」
とある日の平日の昼下がり…秋のカラッとした晴天に包まれるのどかな公園に一人の男がブランコに腰をかけてうなだれていた。
まだ日も高いというのに手に安物の発泡酒握り、地面に向かって延々となにかブツブツと呟いていた。
近所の親御さんが子供を連れてその公園に遊びに来ていたが、その男の異様な様子に警戒を抱き、近づかないように子供に注意を促していた。
…分かりやすく言うなら
子供「ママ、ブランコに変なおじさんがいるよ?」
母親「シッ、見ちゃいけません!!」
と、いうような会話を近くでしていたのだ。
平日の昼間、中年のオヤジ、安酒片手にうなだれる。
怪しさが三拍子揃った完全な変出者と化していた者の名は小坂慎太郎、ご存知の通り、かつて係長と呼ばれニート達と共に島で過ごした者である。
なぜ彼がこんな昼間から酒に溺れているのかというと、これにはなかなか深い訳がある。
まず第一、彼は記憶を失った。
2ヶ月ほど前、病院のベットで目を覚ました彼はいままで家族と培ってきた思い出も、仕事で積み重ねた経験も、あの島の出来事も、すべて失ってしまったのだ。
本来ならばこれは大惨事になりかねない事なのだが…そんなことは彼にとって地獄の序章に過ぎながった。
次に、彼は仕事を失った。
記憶は戻らなかったが、日常生活に支障がなくなったため病院から退院した彼に知らされたのは、彼が行方不明になっている1ヶ月の間にいままで何十年もずっと心血を注いで勤めていた会社が倒産していたのだ。
いい年こいたおっさんの失職…その残酷さはもはや語る必要も無いだろう。
それでも彼はまだ諦めてなどいなかった。
記憶が無くなったとはいえど、いままで連れ添ってきた妻と、愛する娘がいる限り、立ち上がる力はいくらでも湧いて出てきた。
だが、その直後、彼は娘を失った。
隣町の高校に通う娘が帰ってこれなくなったのだ。
突然、政府から発表された非常事態宣言によって兎歩町の交通と通信の行き来が封鎖されたため、兎歩町に閉じ込められた娘と音信不通になってしまったのだ。
おまけに政府から封鎖の理由の説明も無く、この1ヶ月間、娘の安否が気が気でなかった。
さらには封鎖の原因はゾンビウイルスが蔓延しているからという噂まで流れ出す始末、『もしかしたら娘はもう…』という考えを拭うことは出来なかった。
そして最後に、彼は妻を失った。
結婚してもう20年過ぎ、妻の倦怠期も通り越した愛のかけらも無い夫婦を繋ぎ止めていた娘の失踪により、もはや夫婦として暮らしていけるほどの愛が妻には無かったのだ。
ある日、妻はリビングの机にそっと置かれていた離婚届で彼に無言の別れを告げてきた。
『記憶も職もなにもかも失ったおっさんに、これ以上、妻を付き合わせるのは…』
そう考えた彼は、泣く泣く離婚届に判を押した。
そして、彼はすべてを失った。
作者も書いてて思わず涙がブワッと溢れそうな展開に、さすがの彼も腐ってしまったのだ。
そうして、このように平日の昼下がりに安酒片手にブランコでうなだれるおっさんになってしまったのだ。
慎太郎「うけけけけ、会社がなんだ、社会がなんだ。いままで散々俺をこき使ってきやがったくせに、簡単に俺を裏切りやがる。ふざけんじゃねえぞ、うけけけけ」
などという言葉を延々と繰り返すその姿は完全に危ない人だった。
そんなおっさんがブランコに居座るせいか、並んで二つあるブランコのもう片方の空いているブランコで遊ぼうとする子供はいままでいなかった。
が、ここに来て一人の少年が勢いよくブランコに乗り込み、彼を尻目に楽しそうにブランコを立ち漕ぎし始めたのである。
しばらく無言でブランコを楽しみ、錆び付いた金属の擦れる音だけがそこでこだましていたが、突然、少年はおっさんに話しかけて来た。
ショタ「ブランコは座り込むところじゃ無いよ、おじちゃん」
慎太郎「あっ?んだよ?ガキ」
酒に酔っているのか、小さな子供相手にお構い無く汚い言葉をぶつける慎太郎。
ショタ「ブランコは漕がなきゃ楽しくないよ?」
慎太郎「あっ?そんなもんブラブラさせてなんの意味があんだよ?ブラブラさせるのは股間だけで十分だろ!?」
…あ、もうダメですね、このおっさん。
慎太郎「同じところを行ったり来たりするだけの遊び道具に意味なんてねえよ。この世の中も同じだ、なにやったって意味なんてねえよ」
もはや島での係長の姿の見る影も無くなったおっさん相手にショタは構わずブランコをこぎ続ける。
慎太郎「お前も大人になればこの世の中がクソだって分かるよ。俺も子供の時はなぁ、絵を描くのが好きだったんだよ」
だが、おっさんはおっさんでよっぽど話し相手が欲しかったのか、ベラベラと自分のことを語り始めた。
慎太郎「高校時代もよ、美術部でずっと絵を描いて、ときどき賞とか貰ったりしたけどよ、そんなものに意味も価値も無かった。どうせそれで食っていけるほど世の中甘くねえしな。だから高望みなんてせずに好きな物は捨てて、大学は普通の大学に通って、普通の企業に就職して堅実な努力を積んで積んで、普通に結婚して、子供も出来て、家族を支えるために心血を注いで…でもそれも意味なんて無かった。もう全部失っちゃったんだからさ」
ここまで話したおっさんはだんだん悲しくなってきたのか、目に涙を浮かべていた。
そして、その悲しみを払拭するために酒に溺れ、また腐っていく…まさに悪循環である。
そう、おっさんもこのブランコのように、ドン底でブラブラしているのだ。
足掻いたって足掻いたって、結局は振り子のように同じところをブラブラするだけ。
いつしか漕ぎ疲れて、その勢いは小さくなり、最底辺で収束する。
それを知ってしまった今、再びこのブランコを漕ぎだす力など湧くはずがない。
それならいっそ、無駄な抵抗はやめてここで大人しく朽ち果てる方が賢い。
おっさんがそんなことを考えている間もショタはただただブランコを漕ぎ続けていた。
ショタ「そんな事ないよ。漕ぐ意味はあるよ」
ずっと漕ぎ続けていたからか、いつの間にかブランコの振幅は大きくなっていた。
そして、ショタはタイミングを見計らって前に向かってブランコから跳び出した。
振幅の大きくなったブランコから勢いを借りたショタは大きく飛び跳ね、2,3メートル前方に着地した。
ショタ「ほら!!頑張って漕いだから、こんなに前に進めたよ!!」
そう言って無邪気な笑顔を見せるショタに、慎太郎は思わず感銘を受けてしまった。
ショタ「おじちゃんも漕いでみなよ!きっと高く飛べるからさ!」
ショタに誘われるがまま、ブランコに腰掛けて慎太郎は再びブランコをゆっくりと遠慮がちに漕ぎだした。
ショタ「もっとちゃんと全力で漕がなきゃ!!」
ショタが立ち漕ぎをするように促すと、慎太郎は素直に従って立ち漕ぎをし始めた。
子供用に設計されたブランコなので肩身が狭いが、それでも大きく揺れ始めたブランコは風を切り始めた。
全身に吹き抜く風が酒気を吹き飛ばし、次第に瞳に光が宿ってきた。
そして、最高に加速したブランコが最頂点に達するその瞬間、慎太郎は前に向かって大きくジャンプした。
晴れ晴れとした秋の日の平日の昼下がりの公園の空に小坂慎太郎、42歳バツイチが無邪気に舞う姿がそこにはあった。
気がつくと係長は地面に仰向けに転がって空を見上げていた。
それは着地に失敗して盛大にこけた結果である。
『前にもこうやって、誰かと一緒に空を見上げていた気がするな…』
係長が記憶には無いが、そうやって懐古しているとショタが手を差し出してきた。
ショタ「係長のおじちゃんに助けを求めてる人がいるんだ」
係長「…僕に?」
ショタ「うん。手伝ってくれる?」
子供ながら深刻にそう聞いてくるショタから、係長は事の重大さを認識した。
係長「………」
僕はすべてを失った。だからもう何も残されてなどいない。
だけど、そんな僕に手を貸して欲しい人がいるというのなら…もう一度、頑張って漕いでみよう。
係長「わかったよ。喜んで引き受けるよ」
そう言って係長は差し出されたショタの手を握った。
こうして、小坂慎太郎もとい、係長はショタと共に兎歩町を目指す事となった。
…ただ、彼はその町でゾンビよりもはるかに恐ろしいものが蔓延しようとしている事をまだ知らなかったとさ。
おまけ
公園にいた親子の会話
子供「ママ、危ないおじちゃんが散々酒を飲み散らかした後、大人気なくブランコを漕いだ後、無邪気にジャンプして着地に失敗してこけて子供に起こしてもらってるよ?」
ママ「後で通報しておきましょうね」




