なにも腐っているのはゾンビだけではない
『つまり養ってくれるってことですか?』の続きです。一見さんお断りです。
9月1日、午前6時…。
窓から差し込む朝日で私は今日という朝を迎えたのを知った。
はぁ…どうしよう…まだやるべきことがなにひとつ終わってないのに…この日を迎えてしまった。
机に散らばるペンや原稿やインクを、クマがつき、血走った目でぼんやりと眺めながら夏休みの終わりに私は絶望した。
っていうか、夏休みの宿題すらやってないし…学校やだな、行きたくないな。…そんなことよりやりたいことが私にはあるからな…。
そう、私には有り余る熱意と貴重な時間と精神を磨耗するほどの気力を注いでやりたいことがあるのだ。
やりたいこと…それは…BLエロ漫画の同人活動だ。
この世にはびこるありとあらゆる♂と♂を繋ぎ合わせることで生まれるこの世で最も気高くて美しき芸術…それこそがBL。受けと攻めによって繰り広げられるこのベットの上の夜戦はまさに現代美学の最先端をいくアート。一見するとありえなくて、許されざる2人が共に様々な壁を乗り越え、その苦労の先に愛を育む切なくも胸がときめく禁断の関係。2人を遮る壁は多いほうが良い、壁は高いほうが良い、壁は厚いほうが良い。その禁忌を犯すからこそ、そのラブストーリーは乙女の心を撃ち抜く究極のアートになるのだ。
♂1「ごめん、俺もう我慢出来ない」
♂2「ダメだよ…俺たち、男同士なんだぜ…」
だから良いんです!!。
♂2「しかも…お前には他に別の男がいるだろ?」
だから良いんです!!!!。
♂2「それに…俺たち血の繋がった兄弟なんだぜ…」
もう最高です!!!!!!!!。
などと、BLに想いを馳せていると、時計の時刻は8時を指していた。
いかん!BLのことを考えていただけで2時間も無駄にしてしまった!!。
早く学校に行く準備をしないと…。
あぁ…でも夏休みの宿題やってないよぉ…。
学校嫌だなぁ…
そんなことよりエロ同人描きてぇ…。
これが兎歩町に住む、骨の髄まで腐りきった女子高生の塩入凪沙の9月1日の朝の出来事であった。
そんな私が重い足取りでリビングに行くと、そこには母と父がテレビに釘付けになっていた。
母「凪沙、大変よ。よくわからないけど、兎歩町の通行が閉鎖されたみたい」
凪沙「…へぇ」
そんなことよりBL同人描きてぇ…。
父「おまけに通信まで止められて…会社に連絡も出来ない」
凪沙「…へぇ」
そんなことよりBL同人描きてぇ…。
母「町を丸ごと封鎖するなんて、一体なにが起きてるのかしら…」
凪沙「…へぇ」
そんなことよりBL同人描きてぇ…。
父「通信が規制されてるせいでネットすら繋げられないからな…情報源がテレビしかないから余計に分からない」
凪沙「…へぇ」
そんなことよりBL同人描きてぇ…。
母「凪沙の高校も隣町にあるから、凪沙も今日は学校行けないわね」
凪沙「…へぇ、学校いけないのか…」
そんなことよりBL同人描きてぇ…。
ん?学校行けないの?。ってことは…
凪沙「BL同人、描けるやん」
父 母「は?」
部屋に戻った私はさっそく机に向かってBL同人を書き始めた。
凪沙「やっぱりこのキャラとこのキャラの『ピー』は捨てがたい!!。いやでもこっちの『ピー』と『ピー』で『ピー』するのも『ピー』だし、だからといって、『ピー』を『ピー』したら『ピー』だから『ピー』の『ピー』が『ピー』と『ピー』で『ピー』な『ピー』を『ピー』するのが『ピー』じゃん!!!!。っていうか、もういっそのこと『ピー』『ピー』『ピー』『ピー』『ピー』『ピー』『ピー』『ピー』『ピー』!!!!!!!!!」
凪沙の止まらない熱意が自己規制音として部屋にこだまする。
肉体は愚か、魂まで腐敗に捧げた彼女の猛烈な自己規制音の連呼がしばらく続いたあと、急に彼女は静かになり、ようやく放送できる言葉を口にした。
凪沙「インク…無くなったやん」
彼女の発酵物の生成元のインクが尽きたのだ。
凪沙「買いに行くのも面倒くさいし、AMAZ○Nでポチろう」
凪沙がパソコンでネットに繋ごうとしたが、どういうわけか繋がらなかった。
凪沙「…ネット繋がらんやん」
ここで彼女は朝食の時に父がネットにも繋がらないと言っていたのを思い出した。
凪沙「仕方がない。直接買いに行こう」
凪沙は外出をしても問題のない最低限必要のレベルの服装で町へと出かけた。
事態の大きさとは裏腹に、町は意外にも静かであった。
人も車の通りも少なく、都心へとつながる国道ですら、すっからかんだった。
おまけに24時間年中無休のコンビニも閉まっており、空いているお店といえば、自営業によって成り立ってる小さなお店くらいだった。
おそらくは町への通行と通信が規制されているせいで、住み込みで働いている自営業のお店でもない限り、うまく運営出来なくなっているのだろう。
普段は見られない静かな町の異常な光景に目の当たりにし、私はこんなことを考えた、
そんなことよりBL同人描きてえ。
どうやら、こんな異常事態でも、私の腐った頭はそのことしか考えられないようだ。
しばらく歩いていると兎歩町のはずれで人が何人か集まり、町を囲むように立ちふさがる自衛隊になにか抗議をしている団体を見つけた。
まあ、事情も話さず、いきなりこんな町に閉じ込められたら、文句を言いたくなるのも仕方のないことだろう。
そんなことよりBL同人描きてえ。
そう思った私は、すぐさまその場を去り、インクを売ってる店を探した。
普段、通っている大型デパートが閉まっていたので、仕方なく私は商店街の一角にある小さな雑貨屋に来ていた。
幸いなことに店は開いており、インクも何種類か置いてあった。
数種類のインクの前で私はインクをじっと見つめながらあれこれ考察し始めた。
どうしようか…いつも使ってる墨汁にするか?。
乾きが遅くてペンが錆びやすいのが欠点だが、安くて簡単に手に入るのが特徴…。
これなら失敗しても気にせずに心置きなくたくさんの『ピー』が『ピー』する『ピー』を描ける。
いや、ここは製作図用インクを使ってみるか?。
少々お値段が高いが、すぐ乾き、サラサラしているため少女漫画のような細くて繊細な線を描くには適しているから繊細な『ピー』が『ピー』する『ピー』を描ける。
いっそのことゾルを使ってみるか?。
繊細な線は書けないが、線が濃い迫力のある少年漫画のような絵を描くなら持ってこいの物だ。
これなら力強い『ピー』が『ピー』する『ピー』を描ける。
そんな感じに延々に迷い続ける私に気が付いた店員が私の近くにやって来て声をかけてきた。
店員「なにかお探しですか?」
凪沙「あっ…インクを探してるんですが…」
店員「インクですか?…こんな時に?」
こんな時、という店員の言葉が私の胸に突き刺さった。
確かに、こんな異常事態にインクを買いに来る客なんてそうそういないであろうから、店員がそういうのももっともだ。
こんな時でもなんの危機感も感じない私は…やっぱりおかしいのだろう。
そう思うとなんとなく恥ずかしくなった私は適当にインクを取り、それを購入して足早に出て行った。
車も人も見当たらずに、すっかり静かになった私が生まれ育ったこの町を歩き、家へと帰る途中、私はいろいろ考えていた。
町が封鎖された中で、これからどうすればいいのか、どうするべきなのか。
何が良くて何が悪いのか…私は考えていた。
どうすれば…どうすればもっと良いBLを描けるのか、そのためにはどうするべきなのか、なにが良いBLなのか、なにが悪いBLなのかという疑問で、私の頭は一杯だった。
やっぱり私にはBLエロ同人のことしか考えられなかったのだ。
この町がこれからどうなるとか、どうしてこうなったのか…そんなのは分からない。
そんなことより私はBLエロ同人描きてぇんだ!!。
そんな私が家に帰る途中、行きの時に見かけた団体がまだ自衛隊に事情の説明を求めていた。
とうとう痺れを切らしたのか、団体の内の1人が自衛隊の制止の声を無視して、強行突破をしようとしたその時、一発の発砲音が静かな住宅街に響き渡る。
自衛隊によって、強行突破しようとしたら人物が撃たれたのである。
幸いなことに撃たれたのは脚であったため、致命傷には至らなかったが、その人物は足から血を垂れ流し、うめき声をあげながら足を押さえていた。
自衛隊「ここを無理やり通ろうとする者には発砲許可が下りてる。お引き取り願おう」
それを聞いた団体の何名かが『ふざけるな!!』と声を上げたが、自衛隊がその団体に向かって銃を構え脅すと、その声は無くなった。
自衛隊「事情は話せない。だが、暮らしていくのに十分な食料と物資は用意してある。ですから、お引き取り願おう…我々も、撃ちたくはないのだ」
自衛隊の迫真の声に、団体も静かになり、ひとまず騒ぎは治まった。
そんないつもならありえない光景の一部始終を見ていた私の頭にある言葉がよぎった。
…そんなことより、BLエロ同人描きてえ。
そんなことを考えてしまう私は…きっとおかしいと思う。
こんな状況でも危機感を感じないのは、きっと私だけなんだろう。
この封鎖された町で唯一、私だけが…。
その時、団体の方からある1人の男の声が聞こえて来た。
ニート「つまり養ってくれるってことですか?」
銃を構える自衛隊に向かってその男はそう問いただした。
ニート「食料や物資をくれるってことは、あんた達がこの町を丸ごと養ってくれるってことでいいんだよな?」
自衛隊「そ、そういうことになるな」
真面目にそんなことを聞いてくる男に自衛隊は呆れたように返事を返す。
ニート「だったらみんなも文句無いよな!?。だって国が養ってくれるんだぜ!?」
その男は周りにいた人たちにそう声をかけた。
だが、誰1人として彼に賛同する者はいなかった。…当然といえば当然だが。
誰もが白い目でその男を見つめる中、私は彼の元に歩み寄り、声をかけた。
凪沙「今の状況に危機感とか無いの?」
ニート「そんなことより、今の状況が終わって養われなくなったとかの危機感の方が強い。なぜなら俺はニートだからな」
私と同じように、『そんなことより』という言葉を使ったその男に私は多少の共感と奇妙な絆を感じたのだ。
凪沙「面白いこと言うね。私は塩入凪沙。君の名前は?」
ニート「俺の名前は萩山レンジ。…ニートと呼んでくれ」
こうしてニートと腐女子というゴミ屑と腐敗物の廃棄物コンビは出会ったのだ。
そしてこの物語は、彼らが紡ぐ世界を巻き込む茶番の物語である。
おまけ
凪沙がインクを買いに来た時のインクの気持ち。
ゾル「僕、少年漫画を描くのが夢なんだ」
製作図用インク「そうだよな。ゾルは迫力のある絵を描くのに向いてるから、お前ならきっと少年漫画を描こうとしてる人に買ってくれるよ」
ゾル「うん。別に中学生の落書きみたいな下手くそな漫画でもいいんだ。それでも熱意溢れるバトルを繰り広げる少年漫画を描けるなら…僕はそれで満足なんだ」
墨汁「ゾルは昔からずっと少年漫画を描くのが夢って言ってたからな」
ゾル「2人はどんな漫画を描くのに使われたいの?」
墨汁「そうだな…スリルあふれるミステリー物とかがいいな」
製作図用インク「私は繊細な描写があふれる少女漫画がいいな」
ゾル「そっか、みんなの夢…叶うといいね、約束だよ」
製作図用インク「そうだな。約束だ」
墨汁「お?。そうこうしてたら、どうやらお客さんが来たようだぞ?」
ゾル「女の子か…もしかしたら少女漫画を描いてるかもね」
製作図用インク「…いや、違う。あの人前に出られる最低限のレベルの服装を見てみろ!?アレが少女漫画を描く人に見えるか!?。なにより…身体から溢れ出す腐乱臭がそれを物語ってる…」
墨汁「ま、まさかヤツは…」
製作図用インク「間違いない、ヤツは…BL同人作家だ!!」
ゾル「なんだッテェェ!?!?!?」
墨汁「嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ…BL同人作家だけは嫌だ!!。BL同人作家にだけは買われたくない!!」
製作図用インク「自分一部がBL同人に使われると考えるだけで…アァァァァ♂!!!!」
ゾル「BLだけは嫌だBLだけは嫌だBLだけは嫌だBLだけは嫌だBLだけは嫌だBLだけは嫌だ」
そんなインク達に御構い無しに、その腐敗物はずるずるとこちらに近づき、そして…腐った瞳で墨汁を見つめた。
墨汁「やめろ!!やめてくれ!!。お願いだ!!BLだけはやめてくれ!!」
そんな墨汁の思いが届いたのか、腐の眼光は今度は製作図用インクを睨みつけた。
製作図用インク「見るな!私を見るな!!。私は売れないBL同人作家が買えるほど安いインクじゃないんだ!!!。だから私を見るなぁぁぁぁぁぁぁ!!」
製作図用インクの必死の説得のおかげで、今度は腐女子の腐の手がゾルの方に伸びてくる。
ゾル「いや…やめて…僕は…少年漫画を…熱いバトルを描きたいんだ…。決して熱いバトル(意味深)なんかを描きたくはないんだ!!」
その時、悪魔のような腐女子の前に店員が立ち塞がった。
そのおかげでゾルに迫っていた腐の手が引っ込んだ。
ゾル「た…助かった…」
ゾルがホッと安堵の息を漏らしたその時…ゾルの身体にまとわりつく触手のように腐の手がゾルを取り囲んだ。
ゾル「…えっ?」
そして、ゾルがその現実を認識するよりも早く、腐の手はゾルを攫って行った。
墨汁「ゾ…ゾルゥゥゥゥゥゥ!!!!!!」
墨汁のゾルを呼ぶ叫びも虚しく、ゾルは腐に堕ちていった。
ゾル「ごめん、僕…約束を守れなかったよ…」
製作図用インク「ゾル!!…ゾルゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
ゾル「さようなら…楽しかったよ。ありがとう、2人とも」
墨汁 製作図用インク「ゾルゥゥゥゥゥゥ!!!!!」
凪沙「っていうBL漫画を描いたんだけど、どう思う?」
ニート「それどの辺がBLなの?」
凪沙「残された墨汁と製作図用インクが後に『ピー』で『ピー』な『ピー』することになるから」
ニート「それ、人間じゃなくてもいいの?」
凪沙「なぜ人間である必要があるんだ?」
ニート「腐女子怖いわぁ…」
次回から凪沙のあだ名は腐女子で決まりました。