創作落語「進路指導」
(ドアを開けて生徒が入ってくる)
「失礼します」
「ああ、斎藤。席について」
「進路の件で呼ばれたのは、わかるよな」
「はい」
「進路のアンケート用紙に、「マンガ家」と書いてあるが、斎藤、これは本気なのか?」
「そうです」
「進学はしないということなのか?」
「そのつもりです」
「お前の学力なら、地元の国立も東京の大学も十分狙えるだろう。考え直せ。マンガなんか大学行きながらでも描けるだろう」
「先生、“マンガなんか”ってどういう意味ですか?」
「あ、ああ。悪かった。悪かった。別にマンガを馬鹿にしてるわけじゃない。先生も子供のころはよく読んでいたよ。“ドカベン”“ブラック・ジャック”あとは“がきデカ”とか。先生は“チャンピオン派”だったな」
「わかります。70年代の少年チャンピオン全盛期ですね」
「“三つ目が通る”の“和登さん”はかわいかったな」
「手塚治虫のキャラはけっこうエロいですよね」
「そうそう。“写楽”と一緒にお風呂入るシーンがあってな……」
「ゴホンゴホン(咳払い)」
「まあ、昔のマンガの話はどうでもいい。先生が言いたいのは、まず進学して、それと並行してマンガを描けばいいじゃないかということだ」
「マンガ家になりたい人なんて沢山いるんだ。そのうちプロになれるのはほんの一握り。仮にデビューできても、いつまで続けられるかなんてわからないんだぞ。なんの保証もないんだ。マンガ家は」
「それは十分わかってます」
「それなら、まず進学をして、将来をある程度担保してから、その上で自分の夢を追いかけたらいいじゃないか」
「僕はそれじゃ遅いと思うんです」
「何を言っているんだ。小学生が考える“将来の夢”じゃあないんだから。小学生なら書けばいいさ“アイドル”でも“Jリーガー”でも」
「けれどもお前はもう高校生じゃないか。夢みたいなこと言ってるんじゃないよ。もっと現実的になりなさい!」
「僕は現実的に考えてるつもりです」
「とにかく、マンガ家を目指すの否定しないから。それとは別に志望校を3つ書いてきなさい」
(カバンから封筒を出す)
「なんだそれは、斎藤。志望校の願書か?」
「僕が描いたマンガです。言われると思ってたんです。現実を見てないって。それで持ってきたんです。“少年ホップ”新人賞に応募するつもりのマンガです」
(受け取った封筒から原稿を出して表紙をみる)
「へーッ、なんだ。うまいじゃないか斎藤。これをお前が書いたのか。読んでいいか?」
「目の前で読まれるのは恥ずかしいけど。お願いします」
(頁をめくっていく)
「ふんふん、冒険アクションものねえ」
「うんうん、ここでライバルが登場か……」
(黙々と読む)
(熱心に読む)
(読み終わって封筒にしまう)
「先生。どうでした?」
(すこし考えてから)
「いや、面白かった」
「そうですか!」
「キャラクターの造形もしっかりしてるし、話のテンポもいい」
「ありがとうございます」
「敵キャラの魅力も十分あるし、ヒロインも可愛くかけている」
「なんか、マンガ誌の編集者みたいですね、先生」
「これは、イケるんじゃないかないか。斎藤」
「奨励賞ぐらいもらえればいいんですけど……」
「少年ホップ新人賞は、賞金はあるのか?」
「えーと、大賞の賞金は200万円です」
「結構な額だな」
「賞金はあまり関係ないですけど」
(原稿を封筒に入れながら)
「しかし、一つ言わせてもらうと」
「なんですか? 先生」
「主人公の弱点なんだが、これは、戦闘中にわかるんじゃなくて、話の途中でさりげなく読者にわかるようした方がいいんじゃないかな」
「そうか、確かにそうですね。先生ありがとうございます。締め切りは3週間後ですが、直してから応募するようにします」
「あんまり無理するなよ」
(2週間後)
「先生、ちょうどよかった。進路指導室に伺おうと思ってたんです」
「齋藤か、何の用事だ?」
「実は志望校の相談をしたくて」
「志望校?」
「実は、親と話し合って、やっぱり進学してからマンガ家を目指すことになったんです」
「そ、そうなのか……」
「それで志望校の相談にもってもらいたくて。一応リストアップしてきました」
「ふんふん、練馬産業大学に、東雲大学か。ソフィア大学が入っているが、これはちょっとハードルが高いな」
「確かにそうですが、苦手な英語の点数を上げれば何とかなると思って」
「まあ、現時点で目標を高くするのは悪くないが……」
(斎藤の顔を少し見て)
「ところで斎藤。新人賞に応募するマンガはどうした?」
「ソフィア大学のホームページ見ていたら夢中になっちゃって。応募するマンガの方はちょっと後回しに……」
「まだ出来てないのか!」
「そうです」
「馬鹿っ! 斎藤、いいか? 少年ホップ新人賞の締切は来週なんだぞ」
「夢みたいなことを言ってないで、もっと現実を見ろ!」