パンチパーマの本懐
一般的にパンチパーマはお手入れが楽だと言われているが放ったらかしにしていると鳥の巣のようになってしまう。シャンプー後にはトリートメントを行い、しっかりとブローをしたあとにスタイリング剤をつけなければならないのだ。
ギンッ!
パンチパーマをきめて鏡を睨む時はこの音がしっくりくる。
そしてサングラスをかける。
いや、グラサンと言うべきか。
正方形の下辺部分が楕円状になっているタイプのグラサンである。
最後にお気に入りの紫のジャケットを着用し、金の指輪をがしっ!とはめれば今日のコーディネートは完成である。以前はグレーのジャケットであったが、迫力が乏しかったせいかいわゆる「おやじ狩り」に遭ったことがある。
その時もいつもの決め台詞を言い放ち、呆然としている不良少年たちを片っ端から大根でしばきまわしてついに撃退した。
紫のジャケットに変えてからはそのような事件に巻き込まれることはない。
むしろ誰だか知らないチンピラによく挨拶される
洗面所をでて、家の鍵をしっかりとしめる。
駅までの距離は5分ほどである。
駅の改札まであと少しというところで今日の事件が起きた。
「おじちゃん!昨日、TVでみた奈良の大仏とおんなじ髪型だね!」
まだ小学校に入るか入らないかくらいの命知らずの小さな男の子が話しかけてきた。
男の子の母親は顔面蒼白である。人生が終わったことを確信した時はだいたいこういう顔になる。
「たかしちゃん!おじさんに失礼なこと言わないの!本当に申し訳ありません!」
ペコペコと直角に頭を下げる母親に私はいつもの決め台詞を言い放つ・・・。
「んまぁ!失礼ね!私は女だよ!」
呆然としている親子を尻目にプンスカとした雰囲気を出しながら改札へと向かう。
途中、こらえきれずにニヤニヤしてしまう。
改札で一部始終を見ていた娘もクスクスと笑っている。
誰しも「今日、男みたいなおばさんを見たよ~」などと知り合いが言っているのを聞いたことがないだろうか。
実はそれは私のことである。ふふっ。
一人ドッキリとでも言うべきか。
わざと男性のような格好をし、間違えられた時に「んまぁ!失礼ね!私は女だよ!」と決まって言うようにしている。
その時の相手の呆然とした顔を見るのが好き。
娘はひとしきりクスクスと笑ったあと、あらためて私をみて頼もしげに腕を絡めてくる。
娘は襟元にフリルがついた紺色のブレザーに白いプリーツスカートという装いだがもっと派手な格好ならホステスと極道のカップルに見えるかもしれない。
そう思うとまたニヤニヤしてしまう。
私のこうした趣味にはわけがあった。
娘が小学校にあがって間もない頃、夫が事故で亡くなった。
パンチパーマのよく似合う男らしい人だった。
夫にとてもなついていた娘は悲しみのあまり毎日毎日泣き暮らした。
そして泣くのをやめた時に全く口をきかなくなってしまった。
いくら話しかけても、大好きだったケーキを出しても全く返事をしてくれない。
困りに困った私は、ある日小学校で父親参観があった時、「これだ!」と意を決して床屋に飛び込んだのである。
娘はいまでも「あの時は衝撃的だった」と話してくれる。
その日、娘の父親は生き返り、その衝撃で娘もまた話をしてくれるようになったのである。パンチパーマとはよく言ったものだ。
「お父さんじゃないのにすごく親しみのある人が教室に入ってきた時は最初混乱したけど、すぐにお母さんだって分かった。私のためにお母さんここまでしてくれたんだ・・・そう思うと私も前に進まなきゃいけないって小さい時だったけどなんとなくそんなことを思ったの」
高校生になった頃娘がそんなことを言ったのを覚えている。
しかし、当時の私は怖くもなっていた。
パンチパーマをやめればまた娘が塞ぎこんでしまうかもしれない。
引くに引けない状況とはこのことである。
その日から私のパンチパーマ生活がはじまった。
最初はすごく恥ずかしい気分だったが、次第にある種の歪んだ快感に目覚めてしまった。
私が女だと分かった時のみんなの驚いた顔がたまらない・・・。
あれから20年が経った。
でもそんな長い男装生活も今日で終わりだ。
今日から普通の女の子に戻れるんだ。
・・・誰がなんと言おうと女の子だ。
「着いたよ」
娘の声が私を回想から現実へ呼び戻した。
ずいぶん長くもの思いに耽っていたようだ。
ここはけっこうな懐石料理をだしてくれる料亭の一室である。
私と娘の前にはスーツ姿の男性が硬直した姿で正座している。
男性はただでさえ緊張していたのに予想をはるかに上回る姿で登場した私を見て明らかに緊張の度合いが増している。
ししおどしの音が部屋に響き渡る。
男性の緊張した息遣いがここまで聞こえてきそうだ。
娘はうつむいて神妙にしているように見えるがおそらく笑いをこらえているに違いない。
男性は目をつぶり、深呼吸をし、そしてカッ!と目を見開くとひと息にこういった。
「お義父さん!お嬢さんを僕にください!」
小説を書き始めて人生で2つ目の作品です。
とても気に入っています。
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