『Tokyo Train』
JR東京駅17番線フォームで、御手洗愛はいらいらしながら右手に嵌めた腕時計を見ていた。
これから浜松に帰る母親の怜子が、未だ
「ちょっと用事」から戻って来ないのだ。
もう直ぐ13時56分発、新大阪行きのこだま661号が発車すると言うのに。
愛は再び腕時計に視線を落とした。駅ビルに切り取られた空は曇っており、吐く息もほんのり白い。
13時53分。
残り3分と言う事実は、高校3年間を無遅刻無欠席で通した愛の怒りの炎に油を注ぐのに十分だった。
何しろ今日の新幹線のチケットは、愛がちょっと頑張って手に入れた指定席券なのである。乗り遅れでもしたら一巻の終わりなのだ。
愛としてはちゃんと気を遣った心算だった。
何しろ愛が母親の反対を押し切り、
「絶対舞台女優になってやる!」
浜松の実家を飛び出して以来、三年振りの再会で。
だが折角来てくれた母親を、舞台稽古ならぬ居酒屋バイトの忙しさにかまけ、憧れの東京スカイツリーに連れて行ってあげることすら出来なかったのだ。
結局、今住んでる下北沢駅前銭湯に行き、帰りに美味しいと評判のカレーパンを二人で食べて終しまい。
「ママとのデートは安上がりで良いわ」
口ではそう言っても、愛は内心申し訳なく感じていたのだった。
「御免ね。待った?」
どこか能天気で華やいだ声がした。驚いて振り返ると、そこにはGパン姿の呑気な怜子が。
「全く、どこをほっつき歩いてたのよ!」
愛は三歳の頃からそうしている様に、腰に手を当てて母親を見上げた。
「いやーちょっと手間取っちゃってさ」
三度愛は腕時計を見た。
13時54分。
残り2分ではないか!
これであたしにどう親孝行しろと?
「はい、お土産」
その時、そう言って母親が愛に手渡したのは、東京スカイツリーの置物だった。
台座に乗った薄汚れた半透明の乳白色の塔で、眺めていると七色に染まって行く。
「何で? スカイツリー連れてってあげられなかったじゃない。これ、どこから?」
「高校の時の友達にLINEしてね、持ってきてもらったの。あなた行きたかったんでしょ?」
愛は驚いて母親の顔を見つめた。
「だって……近所のお風呂屋さんとカレーパンだけだったのに?」
母親はかぶりを振ると、そっと愛を抱き寄せた。
「あなたが元気でいてくれただけで十分よ」
母親の背中に回した手が、懐かしい温もりを感じる。
こだま661号の、間もなくの発車を知らせるメロディが流れて来たけれど、愛はもう、腕時計を見ようとはしなかった。




