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国境の橋  作者: 西山鷹志
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国境の橋 最終話

「ビオランと二人で日本に帰りたかった……」

「ユウスケしっかりして、二人じゃなく三人だよ。分かる? 貴方の赤ちゃんがお腹にいるのよ」

「ほっ本当か? そうかぁ嬉しいなぁ」

「だからユウスケ私達を残して逝っては駄目よ」

「そうか……良かった。ありがとうビオラン一緒に帰ろう」

「そうユウスケのお嫁さんになって日本で暮らすのよ」

「いいなぁ、三人で四万十川の辺に家を建てて……」


「ユウスケ!! しっかりして死んじゃ駄目よ。私を日本に連れて行くと約束したじゃない。貴方が自慢していた。シマント川を見せてくれと言ったじゃない」

「そうだった。ビオラン。コイ・ハック・ジャオ(君を愛している)四万十川は綺麗だよ。君に見せてあげ……」

「ユウスケ? ユウスケ! どうたしの眼を開けて……駄目! 死なないで! いやあ~~」

 作業員達は祐輔の側に集まり心配そうに見ている。だが祐輔は再び眼を開ける事はなかった。

 やがて祐輔はビオランの腕の中で息を引き取った。見守っていた全員が号泣した。

「すまない谷津、俺達が帰らなければこんな事にならなかったのに……赦してくれ」

 泣き崩れながら祐輔の亡骸を抱きしめるビオランを囲み、みんなは合掌した。


 その翌日は昼頃になり雨が上がると同時に日が射してきた。工事に関係した全員が集まっていた。

 この橋を守ろうとして死んでいった一人の日本人が居ると訊いて大勢の町の人々がラオスとベトナム両側の岸に集まって花束を川に投げ込む。

 それに応えたのだろうか雨上がりの橋に虹が掛かった。みんなが叫んだ。

『谷津祐輔はこの橋と共に生き我々の心の中に生きている。この橋に谷津祐輔の名前を付けよう』

 裕輔が死を持って示してくれた仕事への責任感に、彼等の考え方が変わった。

 就業時間が来ても何かする事はないかと聞いて来る。

 監督以下五人の日本人スタッフは、これも裕輔の力があったからこそだと在りし日の裕輔が眼に浮かぶ。

 監督は必要に応じて彼等に残業を頼んだ。勿論残業手当はキッチリと支払った。

 彼らも嬉しかった。約束通り残業手当を払ってくれる。働き損もしない、これこそが信頼だと思った。

 それから予定通り工事は遅れる事もなく二ヶ月後に橋は完成した。


 今回建築した橋は斜張橋しゃちょうきょうと言われ橋の形式で塔から斜めに張ったケーブルを橋桁に直接つなぎ支える構造のものだ。

 別名ハープ橋とも言われ、いくつものワイヤーが張り巡らさせた感じが楽器のハープに似ている。

 日本では首都高速中央環状線の四つ木一丁目付近に架かっている。

 完成した橋の中央には大きな鉄塔が立っている。片側三十本ずつの六十本のワイヤー延び美しく芸術的な橋であった。

 鉄塔にはLED電球が埋め込まれたライトから、ラオスとベトナム国旗が浮かび上がる洒落た仕組みだ。


 町の人々は感動した。こんな美しい橋は見た事がないと。

 橋にプレートが取り付けられた。Rainbow・yatsuレインボーヤツと名付けられた。

 裕輔が亡くなった翌日、橋に虹が掛かったから虹を入れた。そのプレートの下に名前を付けた由来が書かれている。

『この橋に情熱を掛けた一人の日本人が橋を守る為に命を落とした。我々は彼の勇気と情熱を永遠に忘れてはならない。谷津裕輔という名を』

 祝典には谷津祐輔を称える空砲が国境警備隊によって国境の町に鳴り響いた。

 ラオス政府はそんな日本人を称え二〇〇七年一月一日より観光目的で十五日間までの滞在なら日本人はビザ無しで入国できる事になった。

 これは谷津祐輔の貢献に因るものなのかは分からないが。谷津祐輔の名は永遠に刻まれる事になった。


 その式典が終わった後、平井監督からビオランに手渡された物があった。

 祐輔の荷物の中から、ビオラン宛に書いた封筒があったという。

『俺に万が一の事が起きたらビオランに保険金の一部を受け取って欲しい。その金で私の生まれ育った日本を訪ねて欲しい。そして四万十川と両親に逢って欲しい。これが最愛の俺が選んだ女性ひとだから』

 ビオランは読み終えて平井監督に抱きついて嗚咽を漏らした。

 まさか祐輔は死を覚悟していた訳ではないだろうが、やはり危険と背中合わせの仕事だから常に用意していたのだろうか。

 平井監督も涙ぐんだ。ビオランはそれ程までに私の事を愛していてくれたのだとまた泣いた。


 それから三ヶ月後、四万十川を見つめるビオランの姿があった。

その隣には祐輔の両親が立っていた。もちろんビオランのお腹の中に赤ちゃんがいる事も知っている。

「ユウスケの遺言により会いに来ました。改めまして私はビオランと申します。この度は大切なご子息を失い、そのお心は如何なものかお悔やみ申し上げます」

「ビオランさんですね。祐輔から聞いております。遠い所をありがとうございます」

「ご存知とは思いますが、私のお腹にはユウスケの子供がおります」

「ありがとうございます、祐輔は貴女のお腹の中で生きているような気がします」

ビオランにいま出来る事は落胆している祐輔の両親に日本で子供も産み孫を見せることだ。祐輔は生きて帰れなかったが、忘れ形見が両親の心を癒してくれると思う。祐輔の母が言った。

「どうビオランさん四万十川は祐輔が愛した川よ」

「素晴らしいわ。ユウスケが自慢していたシマント川なのね」

 ラオスやベトナムでは決して見られない清流四万十川。川の底まで透き通っている。濁った川しか見た事がないビオランは余りの美しさに絶句した。そしてビオランは生まれて初めて川の水をすくって飲んだ。そして絶叫した。

「スイアップ(おいしい)そしてンガーム(奇麗)」

 透き通るような聖なる河、橋とこの川をこよなく愛した祐輔が自慢していた川だ。祐輔が生まれ育った母なる四万十川……。

「ユウスケ貴方の故郷は美しいわ。貴方の心のように清んでいて本当なら貴方と私は生まれて来る子供とここで一緒に暮らせたのに……祐輔天国で見ている? 私の愛した雄介、私は貴方の両親の元で赤ちゃんを産むわ。それから先は貴方の両親と相談して決めるわ」



 了


お読み頂いた方々にお礼を申し上げます。

今回で最終回となりました。

感想を頂けたら幸いです。

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