その2
「 へー。ここか?なんか無駄に広いな」
いっつもどこか否定的な言葉を付けずには居られないフクロウなようです。
あれから数時間後。すでに真っ暗な闇の中を、ひとつの身体のふたりは歩いていました。
夜行性のフクロウに夜中まで引っ張りまわされるようにしてゲテモノを食べさせられ続けたクマはへとへとになって自分のねぐらへ帰ってきたのでした。
フクロウはいつも木の上で寝ているので、ねぐらというより自分の木。
木登りは上手じゃあないし、ウロに入る大きさの身体でもなくなってしまったので、今夜はクマの洞窟の家です。
天然のものに、手も加えたのでしょうか。
奥のほうが天井が高く、広くなっており、寝床だけはぽっかりと小さな穴が穿ってあります。
壁の一部には器用にも採光用の窓らしきものまで。
ずいぶんと広いほら穴の中を、クマはフクロウを案内しながら、ふらふらと寝床へと向かっていました。
( ヘビは悪くなかったけれど、ネズミは駄目だね。そもそも捕まらないからますますお腹すいちゃった気がしたよ)
フクロウに負けず好奇心の強いクマ。慣れない狩りに疲れはしたようですが活き活きとしています。
「 まぁネズミは食いどころが少ないからな。今度はもちっと難しいがウサギもやってみろよ」
( ウサギかぁ。そっちのほうがおいしいかもなぁ。
・・・でもさすがに疲れたよ。僕はこんな夜中まで動く事ないんだよね。寝させてもらうよ・・・)
そのまま丸いゆりかごのような形になった寝床に沈み込むようにうずくまり、クマは寝始めました。
当然同じ身体に同居しているフクロウも同じ体勢で寝るわけですが・・・
「 ちょ、わ・・・っ!ヘイヘイヘイヘイ、待てよこのまま寝る気か!?」
突然フクロウが騒ぎはじめました。
( な、何さ?眠いんだからカンベンしてよ、どうしたの?)
同じ身体のクマにはうるさくて仕方がありません。
二人一緒になって驚いています。
「 お前、そうかうずくまって寝るのか?うわーちょっと待てそんな事できるのか?いや俺できないぞ。待て待て、話し合えば分かる」
慣れない手足をばたつかせ、強引に身体を立たせてフクロウ。
そうでした彼はいつも小さな木のウロ、時には木に止まったまま寝るのでした。
横になって寝る事のないフクロウは、クマの寝方にびっくりしたのです。
( あ~・・・そっか。)
しかしマイペースさではクマのほうが一枚上手のようです。
フクロウの受難をものともせず、再び寝にはいります。
( でも今は君の身体も大半がクマになっちゃってるんだから、ここは我慢するしかないねー)
無責任です。
「 うわっちょっと待てやっぱ気持ち悪い!」
どうやらフクロウは本当に無理なようです。
懇願するように身体を折りたたむと、今度はほら穴の壁のほうに向かいました。
「 分かった分かった、ここは間をとって背中をもたれさせて寝るってのはどうだ?頼むから頭だけは地面と水平で居させてくれ頼む頼む!」
ほっとくと泣き出しかねないフクロウの狼狽ぶりを目の当たり(自分自身の身体なので実際に見る事は不可能ですが・・・)にして、
ようやくクマも深刻に受け止めはじめました。
( そ、そう・・・?結構大変なんだね、鳥っていうのも。
ここの壁ちょっと硬いから、身体痛くなっちゃうかもしれないけど、それでも良い?)
フクロウは即座に承諾し、クマは安心して疲れきった身体をようやく休めることができるようになりました。
硬い壁に背中をごりごりと押し付け、収まりの良い座り方を探して、大きく息をつくとゆっくりと眼を閉じました。
( ・・・ねぇ、僕らこれで本当に大丈夫かな?)
眠りにつく少し前、クマが不安そうにフクロウに尋ねました。
( もうすぐ秋も終わるよ。こんな事故に遭ってしまって、僕ら冬を越せるかなぁ?)
真夜中、ほら穴の中に明かりなど少しもあるわけがなく、暗闇がさらに不安をかきたてます。
フクロウはしばらく黙って考えてから、慎重に口を開きました。
「 食料の心配はないぜ。お前にはお前の、俺には俺の獲物がある。
ひとつの身体に二人分の食料があれば、大丈夫だろ」
( ・・・そうだね、ごめん。ちょっと不安になっちゃっただけなんだ)
そしてまたしばしの静寂。
でも二人ともこれからの生活を考え、なかなか眠ることができませんでした。
「 ・・・なぁ、やっぱりもう少し話さないか?」
今度はフクロウから先に口を開きました。
「 眠いだろうが・・・。でもお互いの事もっと知っておかないとこれから苦労すると思う」
( そうだね。でも何を話そう?)
「 何でもいいさ。寝ながら思いついた事をだらだら話す。
案外そのほうがお題決めてまじめに話すよりもお互いの事分かるもんだぜ?」
それから二人はいろいろな事を話して夜をすごしました。
楽しかった秋の思い出、辛かった親離れの時、勇ましい武勇伝もあれば思わずクスリとしてしまう失敗話も。
話は、二人同時に夢の中へ入ってしまうまで続きました。
「 ・・・?」
翌朝、フクロウは今までにない、奇妙な目覚めを体験しました。
( あ、おきた?おはよう)
身体の奥の方から、クマの心の声がします。
「 ・・・おう、おはよう。なんで歩いてるんだ?俺。どうせお前が歩いているんだろうけど」
どうやらフクロウが寝てる間にクマが活動を開始していたようです。
なにやら大きな、重いものを抱えたまま森の斜面を登っています。
( お前って言うのやめてよ。ちゃんと昨日名前教えたでしょ?)
昨夜の談話で二人はお互いの事を話し、ずいぶんと仲良くなっていました。
それでもフクロウは相変わらず辛口。
「 どうでもいいだろ。どーせ俺たち元のままの身体じゃないんだ。クマですらないヤツの名前なんていまさら何の意味も無いぜ」
クマの言い分をあっさり却下してしまいました。自分の名前はどうでもいいのでしょうか。
( そ、そこまで言うかな。
でも考えてみればそうだね。クマでもフクロウでも無い僕らって何なんだろう。名前とか・・・)
斜面を登りきったところで、腕の中の物を抱えなおしクマ。
こういう事になると急に張り切るらしく、何を運んでいるのか気にもしないで、フクロウは上機嫌で口を開きました。
「 よぅし、ここはひとつ博識な俺が名前を考えてやろう」
よく回る首であたりを見回しながら、ひとしきり考えをめぐらした後、彼はまた無駄な知識をひけらかしはじめました。
「 お前、英語って知ってるか?」
( エーゴ?なにそれ)
「 もうひとつの言葉だ」
( もうひとつ?なにそれ。意味わからないよ?」
理解のできないクマに、優越感を覚えたフクロウはふふんと鼻を鳴らし、さらに機嫌よく英語の解説を続けました。
「 まぁお前には分からないだろうがな。全てのモノにはもうひとつ名前がついてるんだよ。それが英語ってんだ」
フクロウの微妙に間違った説明にも、クマはまじめに、そしてマイペースに答えます。
( 二つ名前?)
「 あぁ」
( 同じモノに?)
「 その通り」
( ・・・馬鹿じゃない?)
「 馬鹿じゃないわっ!」
「 外人が使ってる言葉で、そいつらには逆に普通の言葉が分からないらしいぜ!」
( ガイジン?ふーん・・・)
重いものを運びながら、いつの間にかほら穴の前まで来ていました。
クマのマイペースに多少乱されながらも、フクロウは気を取り直して
「 ・・・でな、その英語っていう言葉では、フクロウはオウルっていうんだよ。
そんでクマはベアー」
「 オウルベアってのはどうだ?俺たちの名前」
( オウルベア・・・ふーん)
フクロウの提案を、クマは反芻するように繰り返し繰り返しぶつぶつぶつぶつしばらく続けていました。
「 なんだ、ノリが悪いな。ところでコレ何だ?何を運んでるんだ?」
切り替えが早いのか名前に対するこだわりがまったく無いのか。
クマが乗り気でない事には特に腹を立てる事無く、フクロウはようやく気になりだした腕の中のモノを、しげしげと見つめはじめました。
クマが朝から探して持ってきたのは、大きな木の切り株でした。
落雷で折れたのでしょうか、太い幹の中ほどまで斜めに鋭く割れ、そこから水平に折れています。
大きなクマ、改めオウルベアの腕でもギリギリ抱えられるほどの大きさで、地面に置いてみるとまるで豪華な椅子のよう・・・
「 椅子?そうか、椅子なんだな?」
フクロウもピンときたようです。ほら穴の前で一度切り株を置き、大きさを確認するように周りを回って観察しています。
一応座ってみました。
形としてはぴったりなのですが、多少ゴツゴツしてて心地はよくありません。
( うーん。ここまでぴったりな形の切り株はそうそう無いと思ったんだけど。これは枯れ草でも持ってこないといけないね)
ゴロゴロと切り株のいろんな場所にお尻を押し付けて確かめましたが、やはりクッションが必要なようです。
「 あぁ、形としては最高だが。しかし一体どうすんだこれ?お前こんなの必要だったのか?」
フクロウはいまだに用途が理解できないようです。広いとはいえほら穴のスペースにモノを入れる事にも納得ができない様子。
( 僕が必要なんじゃないよ。君が頭を水平にしてないと眠れないっていうからさ。寝心地の良さそうな背もたれを偶然見つけたもんだから)
クマにとってはついでのお遊び程度だったようですが・・・
切り株を再び持ち上げようと近づいた時、クマは自分の顔が熱くなってる事に気がつきました。
( ? あれ、僕顔赤くなってない?)
念のため手で触れてみると、やはり軽い運動をした後のように上気しています。
切り株、案外重かったのかな?とも思いましたが。
「 や!いやー別にそんな事ない。無いと思うぞ。いつもどうりだ!」
慌てたようにフクロウが口を開きました。
と同時にさらに顔の温度が上がったような気がします。
ははーん・・・
クマは、フクロウに伝わらないように心の底の方でこっそり思いました。
照れているんだ。
切り株、うれしかったのかな。
僕、役に立てたみたいだな。
クマはうれしくなってきました。
そのせいでさらに顔も赤くなっていったようですが。その事自体もうれしい事のようにクマは思いました。同じ身体、同じ赤い顔で同じうれしさを味わっているんだ。
クマは顔を真っ赤にさせたまま、鼻歌を歌いながら切り株をほら穴へ運び、枯れ草のクッションをどっさりとかけました。
( よし、完成。見た目もなかなか悪くないんじゃないかな?)
「 ん・・・そうだな。せっかくだし、試してみていいか?」
ちょっと遠慮気味にフクロウが言いました。
クマの返事も待たずに、クッションの具合をなでまわすように確かめて、ゆっくりと座りました。
さっきよりも格段にすわり心地が良くなってます。
「 疲れずに頭を立てたまま眠れるな」
言葉少なめにフクロウ。やっぱりまだ照れているようです。
すっかり気に入ってしまったようで、椅子から一歩も動かなくなってしまいました。
ふふ・・・こんなに無理に照れ隠ししなくても良いのに。
クマはフクロウの事がどんどん好きになってきました。
神経質に枯れ草をちょんちょんつついてるふりをしているフクロウに語りかけました。
( ね、このまま寝ていいかな?昨日も遅かったし疲れがまだ残ってるみたいでさ)
もちろんこれは嘘。寝てみたくてたまらないフクロウをクマが後押ししたのです。
「 お、おぅ仕方ねぇな。これから狩りだってのに。まぁ疲れてるなら寝るのが一番だな。うん、無理はしないほうがいい」
言うが早いか、本格的に寝る姿勢に入りました。
頭の納まり、背もたれの具合、クッションの柔らかさ。全部を堪能するように身体をもぞもぞさせています。
そんなフクロウを微笑ましい気持ちで見ていたクマは、椅子の気持ちよさに本当に眠くなってきました。
疲れが残っていたのはどうやら本当だったようです。
急激に襲ってくる眠気に逆らわず、クマは気持ちのいい眠りに落ちていきました。
夢の中に入る最後の瞬間、「ありがとう」というフクロウの小さな声が聞こえたような気が。少しだけ、しました。