その1
ガツン!!
頭にものすごい衝撃を受けて、ぼ~っと歩いていたクマはその場にうずくまりました。
あぁ、痛い!
何をぼ~っと考えていたんだろう。
いまいましい、くだらない物思いのせいで酷い目に遭ってしまったなぁ。でも今の衝撃で何を考えていたのか忘れてしまった。何を考えていたんだろう?
目の前がチカチカして何も見えなくなってしまったクマは、心の中で悪態をつきながら治るのを待っていました。
すると・・・
「 てっめ、この野郎!」
頭の上のほうから声がするのに気がつきました。
上どころか、耳元で怒鳴られているのかと思うほど近くで、声の主は大声を張り上げてクマに向かって怒鳴り散らしはじめました。
「 ひとさまにブツかっておいて挨拶も無しか、こら!
謝ったって許しゃしねェが謝らねェのはもっとムカつくぜ!さっさと謝れ!さぁ謝れ!やれ謝れ!」
ずいぶんと口の悪い被害者ですが、どうやらクマはぼ~っと歩いていて誰かにぶつかってしまったようです。
ようやく目が見えるようになったクマはあたりを見回します。
ちょっとした斜面になっている、日当たりの良い栗林。あれ、日なたぼっこしようとしていたんだっけ?
あぁ、いや栗を探しに来たんだった。毎年秋になるとやってくるお気に入りの林だったんだっけ。
綺麗な夕焼けがあたりを照らす、見通しの良い森。
でもそこには誰もいませんでした。
それでも誰かが怒鳴っているのは確かです。それもものすごい怒りよう。
あぁ、ごめんよ。多分このへんの栗の木の場所を思い出しながら歩いていたんだ。ぼ~っとしていて悪かったね。痛かった?
クマは慌てて謝罪と言い訳の言葉を並べ立て・・・たつもりだったのですが。
( あれ、僕声出てなくない?)
大変、クマはショックで口がきけなくなってしまったのでしょうか。慌てて、大声で謝ったつもりなのに自分の声が聞こえてきません。
なんだか口がうまく動かないような気がしてならないのです。
( で・・・でもとりあえず頭だけでも下げなくちゃ!)
ひとまず自分の事は後回しにして、クマは姿の見えない被害者を探しました。
まずは前を見ました。もうすぐ秋も終わる山の森。色とりどりの木の葉がじゅうたんのように地面に敷き詰められています。でも誰もいません。
右は山の斜面になっています。クマは山くだりが苦手なので、このあたりでつまづいて転ぶ事は良くあるのですが・・・。
そして反対側、しばらく平坦な地面ですが、その先は急な上り坂になっています。この先にお気に入りの栗の集め場所があるんだけどなぁ。
さらに後ろ。来た道にはずーっとクマの足跡がついています。他の誰の足跡もないのは何故だろう?
( ・・・あれ?僕後ろまで見えたっけ?)
ちょっとニブいクマは、自分の身体がまっすぐ前を向いたままである事にいまさら気がつきました。
ぶつかった拍子に首がどうかしてしまったのでしょうか。
とはいえ、ぶつかってしまった相手がまわりのどこを見回しても見つからないので、クマは慌てて、口がきけなくなっているのも忘れて謝りました。
( ごめんよ、ごめんよ。あぁまた声が出てないじゃないか。
謝りたいんだけど聞こえなきゃ謝った事にならないよね、ごめんよ・・・ってこれも聞こえないんだったっけ。)
必死に声を出そうとするのですがやっぱり出ません。
ところが。
「 あぁ、もういいもういい。そんなに謝らなくっても聞こえてる。どこにいるか見えんのだが。
どうも首の回りが良くないが頭の痛みは治ったみたいだ。まぁ今回は特別に許してやろう。
ところでお前、声が出ないとか何とかぬかしてたが一応聞こえてるぜ。今の衝撃で耳が聞こえなくなったってんなら気の毒だが自業自得だな」
不思議な事に、頭の上で怒鳴っていた彼にはクマの声にならない心の言葉が通じたようです。
クマ自身は耳が聞こえなくなったのではなく、言葉を言おうとしたのに口が動かなかったのですが。
クマが不思議がっていると、それに同調するように姿の見えない彼もまた首をかしげるような声をあげました。
「 ってあれ?お前耳が聴こえなくなってるって事は最初の俺の怒鳴り声も聞こえてなかったって事だよな。
なのに何で俺の叫びに答えて謝ったんだ?お前ホントは聴こえてんだろ?っていうかお前どこだ?どこにいるんだ?」
( 聞こえているの?僕は声出てないはずなんだけど。よく分からないけど伝わっているんだね。
・・・君こそどこにいるの?)
実はクマも怒鳴り声の主をいまだに見つけられずにいました。
なんだか目の焦点がいまだに合わず、首が妙な角度にまで回るようになってしまって、怪我が心配ですが。
それでも人の良いクマは相手が怪我してないかと心配で、ぐるぐるぐるぐるとあたりを見回しました。
「 ホントにどこにいんだよ、お前。栗を探してたってことはクマか?どんな小さなクマなんだよお前。
フクロウの俺様の目を逃れるなんざそうそうできるこっちゃないぜ。天才か?このやろう」
どうやらクマと正面衝突した相手はフクロウのようです。道理で足跡で見つからないわけです。
お互いにとても近くにいることはわかっているのですが、どうも見つけられないでいるようです。
( 見つからないわけはないよ。君の声は頭に直接響いてるかと思うくらい大きいんだもん。
あっ、そうか。もしかしたら君は僕の上に乗っかってるんじゃないの?)
そういえば、相手がフクロウと知らなかったので、今まで上の方は見ませんでした。
クマが心の中で呼びかけると、フクロウは馬鹿にしたような声をあげました。
「 ハッ そんな足元にいましたーなんて頭の上のメガネ探すような真似を俺がするかってんだ。メガネって知ってるか?お前。
博識な俺様に、栗の木の場所も覚えてられないようなのが意見しようなんて百万年早いぜ」
( いいから見てみなよ。どう考えても君は僕の頭の上にいるよ。
僕は自分の頭の上を見ることなんてできないんだから、君が退くか下を見るかしないとわからないじゃないか。)
さっきと同じように、クマが心の中で語りかけると
頭の上(だとクマが思っている)のフクロウはしぶしぶ下を覗く気になったようです。
「 よりによって俺がそんな馬鹿なことをするわけが・・・ってあれ?」
何故かクマもつられて下を向いていると、またしてもやけに近くからフクロウの間の抜けた声が聞こえてきました。
自分が馬鹿なことだと思っている事を自らやってしまった・・・というわけではないようです。
「 お前・・・クマだよな。なんでこんなんなってんだ?
それよか俺・・・どう・・・なってんだ?これ・・・」
フクロウは予想外の展開に我を忘れて自分の身体に見入っていました。
( ・・・?どうしたの。ちゃんと下に僕いたでしょ。)
クマのほうは不思議そうにフクロウに呼びかけます。何に戸惑っているのか理解ができていない様子。
それもそのはず。
ぶつかったはずみに、二人は身体が合体してしまっていたのです。
フクロウの頭にクマの耳が生え、身体はクマ。実は爪だけフクロウになっていたのですが。
つまりクマは口がクチバシになってしまって言葉を発する事ができず、フクロウは自分の身体そのものがクマだったのでそれに気が付かず。
そして身体が一緒になっているのでクマの心の声がフクロウに通じたのです。
( あぁ・・・なるほど。これのせいで僕しゃべれなかったんだね。
・・・コレどうやって動かすの?こんなんで物食べれるの?)
のんきなクマは、こんなとてつもない事件の真っ只中でもマイペース。
クチバシをぺたぺたと触りながらフクロウに聞きます。
「 こんなんとは何だこんなんとは。それよかお前のこの手足なんてどうなんだよ。
飛べなくなったじゃないかどうしてくれんだよ!」
フクロウは逆にずんぐりむっくりとした手足をうまく使えず、わたわたとしながら悪態をついていました。
( 飛べないって・・・そりゃそうだよ。僕クマだもん。)
「 ま、変な形した手足だけど動かせるだけマシかねぇ。
しかしお前の意思で手を動かされてもまったく違和感ねぇな。
ひとつの身体なのに、俺が動かそうとしてもお前が動かそうとしても動くのか。よくわからんなぁ」
このフクロウも意外と楽天家なのでしょうか。自分がもはや鳥ではなくなっているというのに案外冷静です。
二人の波長が合っているのか、お互いが違和感なくひとつの身体を動かせるようで、興味深げにクチバシを触ったり
慣れない足で飛び跳ねたり、二人はひとしきり新しい身体を試していました。
「 なぁ、これどうするんだ?このままずっと同じ身体だったらやばくないか?」
不意に、フクロウが語りかけてきました。
耳の形が変わっていないか確かめていたクマは、クチバシでもしゃべれるようにならなきゃなと思いながら
( うーん・・・僕らフクロウでもクマでもなくなっちゃってるんだよね?
どうやって生活していけばいいのか分からないよ。)
と素直に答えました。
「 うーん・・・」
クマとまったく同じように、フクロウも悩みます。いくら自称博識な彼でもこんな事件は初めてです。
ふと、クマは自分の頭が上を向いているのに気がつきました。
フクロウが回りの林を見回しているようです。
首はフクロウになっているようで、180度ぐるりと回る視界に若干酔いながら、クマも今いる場所を再確認しました。
クマのお気に入りの栗の木のある場所。
陽の光がよく通り、クマはよくここでひなたぼっこもしていました。
フクロウも、おそらくこのあたりを狩場にしているのでしょう。
「 ふーむ。なぁ、お前何を食ってるんだ?栗って言ってたよな。木の実だけか?」
( 魚も食べるよ。もうじきシャケが川のぼってくるはずなんだ。結構おいしいよ)
「 木の実を食うってのは恐ろしいが。シャケならいけそうだな。悪くないぞ、よしよし」
好奇心の強いフクロウは案外乗り気なようです。
クマのおかげで珍しい食材にありつけると思ったのでしょうか、急に上機嫌になってしまいました。
「 お前もヘビとか試してみるといいぞ。このドン臭そうな手足じゃあウサギとかは無理かもしれんが」
( ヘビは気持ち悪そうだなぁ・・・。一応栗も食べてみなよ。絶対おいしいからさ)
すっかり暗くなった森の中を、二人はずっと食べ物談義をしながら互いの食事場目指してうろつきはじめました。