タイトル未定2026/09/11 08:42
彼女は恋人と喧嘩をした。
その夜
親友に電話した。
「それは彼が悪いよ」
翌日
職場の仲間にも話した。
「そんな男やめた方がいい」
週末には
昔からの友人たちも集まった。
彼女は何度も同じ出来事を話した。
話すたびに少しだけ言葉は整い
彼の嫌なところは鮮明になり
自分の悲しみには理由がついた。
みんな彼女の味方だった。
十人に話して
十人とも彼が悪いと言った。
満場一致だった。
彼女はようやく安心した。
これで私は間違っていない。
ところが
ひとりだけ何も言わない友人がいた。
「どう思う?」
彼女が尋ねると
友人はしばらく黙ってから言った。
「その十人の中に
彼の話を聞いた人はいる?」
彼女は黙った。
「じゃあ
彼が悪いかどうかは分からないね」
少し腹が立った。
「私が嘘をついてるってこと?」
「違うよ」
友人は首を振った。
「あなたが見た景色は
きっと本当なんだと思う」
そして続けた。
「でも
ひとつの窓から見た景色を
十人で眺めても
窓が十個になるわけじゃない」
彼女は何も言えなかった。
その夜
初めて恋人の悪かったところではなく
自分が何を望んでいたのかを考えた。
言ってほしかった言葉。
言えなかった言葉。
試すように黙った夜。
気づいてほしくて
わざと遠ざかった朝。
もちろん
彼にも悪かったところはあった。
だから彼女は
彼を許したわけではない。
自分を責めたわけでもない。
ただ
裁判をやめた。
翌朝
十人の友人に送ろうとしていた文章を消した。
そして
たった一人に短いメッセージを送った。
恋人に。
「私は
あなたを悪者にしたいんじゃなくて
私たちに何が起きたのかを知りたい」
しばらくして
返信が届いた。
そこには
彼女の知らない景色が書かれていた。
正解はなかった。
ただ初めて
二つ目の窓が開いた。




