地味な俺と人気者ギャルの幼馴染、もう終わった関係だと思っていたのに結婚の約束が発掘されて全部始まった
茜色の境界線
放課後の教室。
佐藤勇一は、使い古した単語帳に目を落としながら、背後で弾ける笑い声を聞いていた。
「マジで!? ウケるんだけど!」
クラスの中心にいるのは、派手な茶髪を揺らすサキだ。
短いスカートに、手首でジャラジャラ鳴るアクセサリー。
今の彼女にとって、隅っこの席で古文の助動詞を覚えている勇一なんて、教室の備品と同じくらいの認識だろう。
かつては、毎日泥だらけになって公園を駆け回った仲だった。
「大人になったら結婚しようね」
そんな約束を交わしたこともあったが、中学、高校と進むにつれ、二人のカーストは残酷なまでに分かれた。いつしか挨拶すら交わさなくなり、勇一は「昔のことなんてお互い忘れただろう」と自分に言い聞かせていた。
その日の放課後、勇一は雨に降られ、忘れ物を取りに教室へ戻った。
誰もいないはずの教室。
しかし、窓際の席に、ぽつんとサキが座っていた。
いつもの賑やかな取り巻きはいない。彼女は一人、机の上に広げた「何か」をじっと見つめていた。
「……あ」
目が合う。
逃げようとした勇一だったが、サキの瞳が赤く腫れているのに気づいて足が止まった。
「……何、佐藤。忘れ物?」
「あ、ああ……。サキ、どうしたんだよ。その……」
勇一の視線が、彼女の机に落ちた。そこにあったのは、ボロボロになった小さな青い空き缶だった。
「これ……小学校の時に埋めた、タイムカプセルだろ」
「……今日、駅前の公園の工事で掘り返されたんだって。さっき届いたんだけど、中身見たら、なんか……」
サキが震える指で缶の中から取り出したのは、一枚の古びた折り紙だった。
そこには、幼い頃の勇一が書いた、下手くそな文字が並んでいる。
「サキちゃんが およめさんに なれますように。 ゆういちより」
「私……これ、勇一が書いたやつ、ずっと覚えてた」
サキの声が、震えながらこぼれ落ちる。
「高校に入って、勇一が全然話しかけてくれなくなって。勉強ばっかりして、私のことなんてバカにしてるんだろうなって……。だから、私も『ギャル』にでもなって、別の世界にいないと、寂しくて死んじゃいそうだったんだよ」
勇一は、心臓を強く掴まれたような衝撃を受けた。
興味をなくしたのは自分の方だと思い込んでいた。
彼女が派手になったのは、自分を忘れた証拠だと勝手に決めつけていた。
「……俺も、同じだよ。サキがどんどん可愛くなって、遠くに行っちゃうから。俺みたいな地味な奴、もう相手にされないって……怖かったんだ」
勇一はゆっくりと歩み寄り、サキの隣の席に座った。数年ぶりに感じる、彼女の等身大の温度。
「忘れてなかったんだ。……あの約束」
「忘れるわけないじゃん。……二十歳になったら、迎えに来てくれるんでしょ?」
サキが涙を拭い、いたずらっぽく笑った。その笑顔は、かつて公園で一緒に笑っていたあの頃のままだった。
「……予約、まだ生きてるか?」
「当たり前でしょ。キャンセル不可だよ」
窓の外では雨があがり、雲の隙間から夕日が差し込んでいた。
教室を染める茜色の光の中で、二人の間に流れていた「すれ違い」という名の長い沈黙が、ようやく溶けて消えていった。




