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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

おおきなせいけん~求職中の自由騎士が箔をつけるために秘境の聖剣を抜いたりするけど、まだまた次の職場が見つかりません

作者: 納豆巻
掲載日:2026/04/19

挿絵(By みてみん)


「――以上の理由により、誠に残念ながら今回は採用を見送らせていただくこととなりました。ガバン様の今後のご活躍とご多幸を、心よりお祈り申し上げます」


 羊皮紙に踊る丁寧な文字。かつては自分の名前と「酒」「肉」「金」くらいしか書けなかった男――ガバンだが、五〇回も同じような文面を見せられれば、嫌でも内容を理解できるようになってくる。


 これで五〇連敗。ガバンは王都の裏路地にある酒場で、安酒をあおりながらテーブルにその羊皮紙を叩きつけた。


「ふざけるな! どいつもこいつも『学歴および実務経験(事務処理)の不足』を遠回しにこき下ろしておいて、最後には判で押したように『貴殿の活躍と多幸を祈る』ときたものだ! 俺の実務経験を見てないのか!? オーガの群れを単騎で撃破だぞ!? もっと実績を見てくれても良いだろうが!」


 自由騎士ガバン。二十八歳。かつて仕えていた地方領主の家が、流行りの『七色に輝く球根』への投資に失敗し、一夜にして資産が紙屑同然となったのだ。借金のカタに領地は王家へ没収。家は解散。その際、筆頭騎士であったガバンは、主君から涙ながらにこう宣告された。


『すまないガバン。我が家で一番の高給取りはお前だ。よって、真っ先に解雇せざるを得ない』


 腕が立つがゆえに給料が高く、それが仇となって真っ先に首を切られたのだ。以来、再就職先を求めて大陸中を放浪している。腕には覚えがある。鎧の上からでもわかる隆起した筋肉は、幾多の戦場を潜り抜けてきた証だ。


 だが、かつての戦乱も落ち着いて久しく、各地で武官の整理が行われ始める世知辛いご時世。騎士も文武両道が求められる。さもなきゃコネだ。面接官は彼の自慢の古傷や討ち取った首級のリストには目もくれず、こう聞くのだ。


『ふむ、武勇はわかりました。では、魔法表計算(エクセル)は使えますか?』

魔法文書作成(ワード)の検定級は?』

『簿記三級はお持ちでない?』


 知るか、と彼は思う。彼ができる計算なんて、財布の中の銅貨を数えることと、敵との間合いを測ることくらいだ。だが、それがどうした。騎士の本分は戦いだろう。なぜ書類仕事ができなければ正規雇用されないのか。


「俺は……俺は高望みなんてしてないんだ」


 ガバンはジョッキの底を睨みつけながら、切実に独りごちた。


「ただ、定職に就いて、給料を貰って。愛する妻を娶り、子をなし、小さくとも一軒家を建ててローンを払い……そう、『一国一城の主』になる。そんなささやかな幸せが欲しいだけなんだよ!」


 そう、彼の夢はマイホームを持つこと。世界を救いたいとか、歴史に名を残したいとか、そんな大層な野望はない。ただ、雨風をしのげる我が家と、温かい家庭が欲しいだけ。だが、無職にローンは組めない。嫁も来ない。


「ちくしょう……結局、今の俺に必要なのは『分かりやすい箔』なんだよ」


 高名なアカデミー卒というブランドもなければ、有力貴族の紹介状もない。ならば、力づくで認めさせるしかない。誰が見ても文句のつけようがない、圧倒的な実績。


「……聖剣、か」


 噂は聞いている。北の果て、魔境と呼ばれる山奥に突き刺さる伝説の聖剣。かつて勇者が振るったとされるその剣を台座から引き抜いた者は、次代の英雄として崇められ、富と名声が約束されるという。引き抜くだけで一生安泰。就職活動などという地獄から解放されるフリーパスとなってくれるのではないかという目算があった。


「やってやろうじゃねえか。魔法表計算(エクセル)だか魔法文書作成(ワード)だか知らねえが、物理的な腕力なら誰にも負けねえ!」


 彼は安酒の代金を叩きつけ(数えるのが面倒だったので多めに置いた)、店を出た。目指すは北。伝説の聖剣だ。


 ◇


 道中の苦労は割愛する。ドラゴンが出たり、盗賊が出たり、崖が崩れたりしたが、就職活動の圧迫面接に比べればピクニックみたいなものだった。物理で殴れば解決する問題は、なんて簡単なんだろう。


 そうして数週間後。ガバンはついに、伝説の地へとたどり着いた。霧が晴れると、そこには古代遺跡のような祭壇があった。そしてその中央に、鎮座している「それ」があった。


「……は?」


 彼は思わず声を漏らした。事前情報では、伝説の聖剣エクス……なんとかは、美しい装飾が施された片手剣だと聞いていた。だが、目の前にあるのは。


 台座に突き刺さっている、巨大な鉄塊だった。


 刃幅は10イ……いや待て、この世界の単位系だと読者への伝わりが悪いな。作者の都合によりメートル法でいくぞ。要するに、刃幅は約25センチ。分厚い。

 近くで見ると、その異様さは倍増した。台座から露出している部分だけで、ガバンののど元の高さまである。地面(台座)に深く突き刺さっていることを考慮すれば、全長は優に2メートルを超えるかもしれない。もはや鉄の塊だ。


 それは、剣と言うにはあまりにも大きすぎ――これ以上詳細に描写するのは権利的に危険な香りがするのでやめておこう。


 とにかく、デカい。どう見ても人間が振るうサイズではない。巨人の爪楊枝か何かの間違いではないか。だが、台座には古代語(ガバンには読めないが、雰囲気で察した)でこう刻まれているはずだ。『この剣を抜く者、即ち王なり』と。


「……やるしかねえ」


 ガバンは両手に滑り止めの粉(道中の岩を砕いて作った)をまぶし、丸太のような柄をガッチリと掴んだ。冷やりとした金属の感触。腰を落とし、全身のバネを使う。


「うんとこしょ、どっこいしょ!」


 掛け声とともに、血管がブチ切れんばかりに力を込める。だが、聖剣は抜けなかった。ピクリともしない。まるで大地そのものと溶接されているかのようだ。


「くそっ、これじゃらちが明かねえ!」


 彼が息を切らして膝をついた時だ。背後から聞き覚えのある、野太い声がした。


「おいおい、あの自由騎士ガバン様が、こんなところで油を売っているとはな」


 振り返ると、そこにいたのは角付きの兜に灰色の鎧を着た赤髭の戦士。かつて東の戦線で競い合った傭兵隊長ヴォルグだった。

 さらにその後ろには、鉄兜に緑服を着た戦友ゲイルと、青いローブにとんがり帽子をかぶった老人、自称大魔導師マーリンの姿もある。


「ヴォルグ、ゲイル、それにマーリン翁か。俺を笑いに来たのか?」

「まさか。俺たちも戦後は仕事がなくてな。ここなら一発逆転できると聞いて来たんだ」

「わしもじゃ。魔法大学を出たものの、高齢を理由に宮廷魔術師を定年退職させられてのう。再就職先を探しておるんじゃが、どこも若手ばかり欲しがりおる」


 彼らもまた、時代の波にあぶれた求職者たちだった。


「手伝おう、ガバン。俺たちも『実績』が欲しいんだ」

「わしの魔法(物理)を見せてやるわい」


 ガバンが剣を掴み、ヴォルグがガバンの腰を掴み、ゲイルがヴォルグのベルトを掴み、マーリンがゲイルにロープをかけて引っ張る。

 男たちの野太い声が重なる。


「うんとこしょ、どっこいしょ!」


 けれども、聖剣は抜けなかった。


 台座がわずかに軋む音はしたが、まだ足りない。

 四人が息を切らして膝をついた時だ。さらにドシドシと足音が近づいてきた。


「ガハハ! 人間ごときのひ弱な力では無理だ。俺の怪力を貸してやる!」

「就職のためだ、かつての敵味方は関係ねえ!」


 現れたのは、平和条約の締結により「略奪禁止」となって失業した毛皮姿の蛮族王ギガンだった。かつては敵対していた異種族だが、ハローワークの前では皆平等だ。


 さらにその後ろから、「俺も混ぜろ!」と小柄な戦士であるドワーフのドンが現れ、最後になんとなく行列ができていたので並んでみただけの、通りすがりのゴブリンのポチが続く。


 かくして、大小様々な七人の就職活動者たちが一列に繋がった。


 ガバンが剣を、ヴォルグがガバンを、ゲイルがヴォルグを、マーリンがゲイルを、ギガンがマーリンを、ドンがギガンを、そしてポチがドンを引っ張る。

 先頭のガバンのアバラに、後ろの六人分すべての荷重がかかる。


「いける! もっと引けぇぇぇ!」

「「「うんとこしょ! どっこいしょ!!!」」」


 全員の顔が苦悶に歪み、ガバンのアバラが限界を訴える。


 メキョッ。


 台座からではない、嫌な音が彼の胸部から聞こえた。

 同時に、パリンッ、と何か硬質なガラスのようなものが砕ける音が空間に響いた。

 それは後に聞いた話だが、聖剣に施されていた『勇者の血族以外が触れると発動する絶対拒絶の封印』が、定員オーバーの負荷と、暑苦しい男たちの友情パワーに耐えきれず物理的に砕け散った音だったらしい。


 ズズズンッ! と地響きを立てて、巨大な聖剣がついに台座から引き抜かれた。


「やったー! 聖剣が抜けたぞー!」


 男たちの歓声の中、ガバンは激痛で白目を剥きながら、それでも巨大な剣を抱きしめていた。こうして、彼は正真正銘、伝説の聖剣を手に入れたのだ。


 そして、この苦難を共に乗り越えた彼らは、互いの健闘を称え合い、その場で意気投合した。


「俺たちはいいチームだ。どうだ、このまま一緒に行動しないか?」

「おお、いいな! みんなで売り込めば、どこかで雇ってもらえるかもしれん!」

「一人より集団面接の方が心強い!」


 こうして、求職者たちによる傭兵団(という名の就活サークル)『さまよえる団』が結成されたのだった。

 目的は一つ。全員での正規雇用である。


   ◇


<とある子爵視点>


 世界の終わりかと思った。

 我が領地の空を覆ったのは、ただのワイバーンなどではない。神話の時代より生き続ける、天変地異そのものである「古竜エンシェント・ドラゴン」だったのだから。


 私兵団の矢など、その鱗の前では枯れ枝も同然。吐息ひとつで砦が溶けた。

 私は王都へ早馬を走らせ、まだ成人したばかりの息子を呼び寄せた。震える彼の手を握り、「後のことは頼んだぞ」と領地を託した時の、あの絶望感を私は忘れないだろう。


 そうして私は、死に場所を求めて出撃した。

 わずかな手勢と共に、せめて領民が逃げる時間を稼ぐための、特攻である。


「我こそはこの地の領主、子爵バーナードである! 悪しき竜よ、我が剣の錆となれぇぇぇ!!」


 竜の巨体が目の前に迫る。

 硫黄の臭い。圧倒的な死の気配。

 私は恐怖を怒声で塗りつぶし、愛馬の腹を蹴って突撃し――ようとした、その時だった。


 ヒョウッ! ドゴォッ!!


 突如、風を裂く鋭い音と共に、神業のような強弓の矢と、投石器のような勢いの石礫が飛来した。

 その嵐の向こうから、何者かの怨嗟の声が聞こえた気がした。


『お祈りメールの恨みィィィ!』

『圧迫面接で泣かされた俺の怒りを知れェェ!』


(なんだ? 何を言っているのだ奴らは……?)


 私が困惑する間もなく、我が軍の矢を紙のように弾き返した古竜の翼が、いとも容易く射抜かれ、へし折られる。


「グォォォッ!?」


 古竜が体勢を崩した直後、今度は渦巻く烈風が巻き起こった。それはただの風ではない。傷口に食らいつき、古竜の持つ超常の再生能力を阻害しながら、飛行の制御を奪い去る計算しつくされた嵐だった。

 翼を封じられ、宙でもがき始めたドラゴン。


 そこへ、すかさず何本もの鉤縄がシュルシュルと伸びた。

 正確無比に四肢へ絡みついた縄が、一斉に張り詰める。


「「「せぇのっ!」」」


 何者かの掛け声と共に、空の王者たる古竜が、網にかかった小鳥のように地表へ引きずり下ろされた。


 ズゥゥンッ!!

 巨体が地に落ち、凄まじい轟音が響く。


 その直後だ。

 一瞬の隙だらけになった「それ」めがけて、赤羽根の騎士が天高く跳躍した。彼が頭上に掲げたのは、人間ごときが振るえるはずのない、巨大な鉄の塔――いや、大剣だ。


 ――そして刃が閃いた。


 流星のごとく煌めく光の尾を引きながら、その大剣が空中で鮮やかすぎる軌跡を描き、振り下ろされる。


 ズバンッ!! という、空間ごと断ち割るような凄まじい轟音。


 私の目の前で、古竜の首が物理的に断ち切られていた。

 噴水のように血が舞う中、巨体が崩れ落ちる。


 私は振り上げた剣をどう下ろせばいいのか分からず、ただ呆然と口を開けた。

 ドラゴンの首が切り落とされたのだと脳が理解するまで、しばらくの間呆けていた。

 おそらく、彼らがドラゴンを仕留めるまでにかかった時間よりも、私が呆然としていた時間の方が長かっただろう。


 あまりにも鮮やかな手並み。

 一つ一つの技術をとっても、舌を巻くような技量。

 それが完璧なコンビネーションで繰り出されたのだ。芸術的ですらあった。


 静寂が訪れた戦場に、ぞろぞろと「異様な集団」が現れる。

 赤髭の戦士、緑服の弓兵、杖を持った老人、大岩を手にした蛮族、鉤縄を持つ小柄な男……。

 百鬼夜行か。これは竜の次に訪れる破滅の使者か。


 私が腰を抜かしかけていると、先頭に立った騎士――身の丈ほどもある巨大な剣(というか鉄塊)を軽々と担いだ男が、爽やかな笑顔で近づいてきた。


(まさか、あの非常識なまでに巨大な鉄塊……それに、あの異種族の荒くれ者たちを従えているということは。伝説の聖剣を力ずくでかっさらい、彼方此方で暴れ回っていると噂の自由騎士(フリーター)、ガバンではなかろうか……!?)


「お取り込み中失礼します。貴方様が、この地の領主様でいらっしゃいますか?」

「え、あ、は、はい……」

「初めまして! 我々は傭兵団『さまよえる団』。貴家が人材を求めているとの噂を耳にして、はせ参じました」


 こちら、履歴書でございます――。

 男たちは皆一様に、流れるような動作で一礼と共にくしゃくしゃの書類(と思しき物)を差し出してきた。

 人材?

 就職活動? 

 今?

 ここで?


「…………は?」


 私は完全にキャパシティを超えた状況に、ただ間抜けな声を漏らすことしかできなかった。


   ◇


 数日後。王都の裏路地にある酒場にて。

 ガバンは子爵家から届いた羊皮紙を握りしめ、ワナワナと震えていた。

 そこには、達筆な文字でこう記されていたのだ。


『――以上の理由により、貴殿達の武勇は当家の下ではパフォーマンスを生かし切れないと判断し、恐縮ですが今回は採用を見送らせていただきます。貴殿達のますますのご活躍をお祈り申し上げます』


「またこれかよォォォォ!! ウチの社風に合わないってどういうことだ!!」


 ガバンは羊皮紙を破り捨て、やりきれない表情で天を仰いだ。

 後ろには、同じくがっくりと肩を落とす『さまよえる団』の面々がいる。


 ガバンは勘違いをしていた。この男は、全く自覚していないのである。自身が王宮や上級貴族(だいきぎょう)への就職は無理だと端から諦め、地方男爵家など(ちゅうしょうきぎょう)に狙いを定めて売り込んでいたのが、そもそもの間違いだということに。


 地方の小領主にとって、物理で封印をねじ切るような伝説級の怪物は、警備員として雇うにはあまりに恐れ多い。高まり過ぎた武名と、その背にあるあまりに巨大な聖剣、そして後ろに控える多種多様な豪傑たちが、かえって狙った仕官先を尻込みさせているのだ。

 皮肉なことに、今の彼は上級貴族や王家へ直接売り込めば即採用間違いなしなのだが、自己評価の低さと安定志向が、致命的なマッチングエラーを引き起こしているのだった。


「まだ足りないのか? 伝説の聖剣を抜き、古竜を屠った程度では、就職氷河期を突破する実績(アピール)としては弱いというのか!?」


 ガバンは拳を握りしめ、勘違いをしたまま決意を新たにする。


「ええい、コレで駄目なら、もっと功を積み上げてやる! 誰からも文句を言わせない、圧倒的な功績をな! 行くぞお前ら!」

「「「おう!」」」


 なお、ガバンはお祈りメールと一緒くたに破り捨てた、子爵家よりの感謝状と、古龍討伐の報酬としてはささやかな額面ではあるが謝礼として添えた小切手に気づくことは無かった。

 やがて男は『さまよえる団』を率い、大きな聖剣を振るって、この世界を大いなる脅威から救ってみせるのだが、それはまた別の話。

 その功績から、さる大国の姫君を娶り、その国の王となるのもまた、まだまだ先のことである。


 ただのマイホームパパになりたかった男は、図らずも本物の『一国一城の主』となってしまうのであった。


 おしまい

最後までお読みいただき、ありがとうございます!

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