第九話
遅くなりました。
聞いたことはないが、どこか勇壮に聞こえる行進曲が流れている……大統領宮殿に続く幅の広い道の両脇では、朝日を模したと思われる旗を持ったバルアス国民が暗い顔をして立っていた。
その道を見たこともない兵士の一団が、膝を上げ、腕を振り堂々と行進していく……見事な分列行進である。
「あれがニホン兵!」
バルアス共和国の政治家たちは、その光景に息を呑む。自国の兵士よりも恵まれた体格のニホン兵は、平均身長177cm。
屈強な体を覆う無駄にけばけばしく見える戦闘服は、タレスの街並に恐ろしいほど溶け込んでいる。
彼らは遠い異国の地からやってきた占領軍……そう、我々は多大な犠牲を払ったにもかかわらず、ニホンを退けることができなかったのだ。
それは共和国一千年の歴史で唯一の敗北。私は共和国大統領としてその全ての責任を負わなければならない……
「大統領、トーキョーで会議が開かれるようです……」
「あぁ」
――大統領……大統領!――
「うっ……!」
テルフェス・オルセン大統領は、誰かの呼び掛けで唐突に目を覚ます。どうやら執務室で寝てしまったらしい。
「大統領、随分とうなされていたようですが?」 前を見ると、ダレン・ディビス防衛大臣が怪訝な表情を浮かべていた。
「悪夢だ……見知らぬ兵士、昇る朝日を模した旗、トーキョー……一体なんだというのだ!?」
「どんな夢を見たのですか?」
「見知らぬ兵士たちが、タレスの街を我が物顔で行進しておった。しかし……トーキョーとはなんだ?」
「聞いたことがありますね。情報部がタリアニアの本屋に立ち寄った際に、ニホンを紹介する本があったようです。それによると、ニホンの首都……いや、帝都だとか」
「帝都?」
「ええ。正式な国名は、ダイニッポン帝国というらしいです。まさかこの世に帝国なんてものが存在するとは思いませんでしたよ」
「十年前の調査ではそんな国は存在していなかった」
「突如出現した……そうとしか思えませんな」
「大臣、他に情報は入ってきているか?」
「なんでも陸軍の総兵力は百三十万人らしいです。私は誇張してるとしか思えないですね。そんなに軍人がいたら大半は使えないでしょう」
「そうかもしれんが……それが本当なら我が軍の約三倍の兵力を有していることになる」
「それほどの兵を維持できるはずがありません。我々を間接的に欺いているのです」
「ここで決め付けるのはよくない。今後も情報収集に努めるように」
「はっ」
カール大陸中部
帝国陸軍司令部
ここは防衛線からだいぶ離れてはいるが、静けさとは無縁であった。
ほんの数時間前、本土から増強の二個師団が到着したのだ。これで大陸には十万人の兵力が展開することになる。
「これはいくらなんでも過剰じゃないか?」
大陸派遣軍司令官の住田中将は、呆れながらも頼もしく感じていた。
「ここに大規模な駐屯地でも設営するんでしょう。帝国陸軍カール大陸駐屯軍なるものができるかもしれませんな」
「だがこんなところに大軍を置いてもな……」
「海軍も横須賀の第一空母戦闘群を投入するらしいです。あの赤城と加賀が来るというわけですね」
「空母を三隻も集めて何をする気なんだ?」
「敵国を空襲するんじゃないでしょうか」
「なるほどな。そうなるといずれは侵攻するということか」
「侵攻ですか……聞こえは良くないですが、バルアス共和国に日章旗が翻る日が来るのですね」
「あぁ、バルアスがそれまでに降伏してくれればいいがな」
「海軍さんは敵艦隊に大打撃を与えたみたいですが……我々には敵の侵攻を食い止める重要な任務があります。帝国陸軍の強さを見せ付けてやりましょう」
「そうだな。北部に上陸した敵兵力は一個師団規模らしい。増強の二個師団を早速防衛線右翼に配置する。これで敵を包囲殲滅するというわけだ」
「敵を包囲するのは四個歩兵師団と一個機甲師団ですか……なんというか敵が気の毒になってきましたよ」
「総兵力十万人、戦車百五十輛……バルアス軍を歓迎するには最適じゃないか? 私は徹底した戦闘をするつもりだ。だが捕虜は丁重に迎える」
「そうですな。とにかくこの戦争は犠牲を出さずに終わらせたいものです」
7月14日
札幌市内
新聞記者の山根 浩は自宅へ向けて愛車を走らせていた。ラジオからはプロ野球の実況が流れている。
『本日は甲子園球場から、阪神タイガース対国鉄スワローズ、首位決戦の模様をお伝えします……』
「まだまだ優勝争いは早いんじゃないか? あと何試合残ってたけな……」
そう言いながら車を走らせていると、放送が突如途切れる……
「なんだ、故障か?」
『……緊急ニュースをお伝えします。7月13日、帝国海軍はバルアス共和国軍と戦闘状態に入れり。繰り返します、7月13日、帝国海軍はバルアス共和国軍と戦闘状態に入れり。なお、帝国海軍はバルアス艦隊を撃滅した模様……』
「遂に始まったか。こりゃ大陸へ行くことになりそうだな」
バルアス共和国
首都タレス
タレス空軍基地
カルロス・デラーク少佐は国籍不明機について報告をしていた。
「カルロス・デラーク少佐、いくら君の目が良いといっても私は信じられないな。音速を遥かに超える速度? そんな速度で飛行したら機体はバラバラだ」
基地司令ジョン・マーロー大佐はカルロス・デラークの報告を信じようとはしなかった。
「しかし……私はたしかに見たのです! あれは間違いなく航空機、私の目に狂いはありません」
「少佐、音速を超えられるのは実験用に作られたミサイルだ。人間が乗れば肉体が耐えられない。まして戦闘機ほどの大きさの物体が音速で飛行すれば分解するのは確実だ」
「ですが!」
「君は疲れているんだ。少し休みたまえ」
「では失礼します」
カルロス・デラークはそう言うと足早に部屋を出ていく。
――あの能無しめ、自分で確かめてからものを言え!――
心の中で上官を罵るが気分は晴れない。
「畜生!」
近くにあったゴミ箱を蹴りあげる……ゴミ箱の中身が飛び出し、廊下に散乱する。
「くそったれ、今日は寝るか。今度不明機が来たら、あの能無し野郎を括り付けて飛んでやるぜ」