第七話
非現実的な描写もあるかと思いますが…
7月13日
カール大陸西方海上
戦艦大和
「敵艦隊、まもなく主砲の射程内に入ります。」
「面舵、方位0‐8‐5 」
大和の艦首がゆっくりと回頭を始める。
完全に回頭が終わったとき、砲術長が新たな指示を出す。
「左砲戦用意。」
三基の巨大な主砲塔が左へ旋回し、射撃の時を待つ…
この大和に搭載された砲撃支援システムは、大和のためだけに開発されたシステムである。
レーダーと連動したそれは、距離や速力を計算に入れたうえで、敵艦の未来位置を即座に算出することができるのだ。
この装置が搭載され、光学測距は訓練時のみ行われている。
「システムオンライン、敵艦との距離四万五千。」
バルアス艦隊
旗艦セレス
「敵大型艦、変針しました。」
「ニホンの大型艦といえば軽武装で平らな甲板をもったやつか…」
「もしかして例の写真に写ってたあれですか?」
「あぁ。大型艦の目撃情報はそれだけだ。そして軽武装……しかし我々は駆逐艦を撃沈され、相手にはまだ何の痛手も与えていない。」
「司令、ご心配なく。近接戦闘重視の我が海軍が負けるはずありません。それにセレス級巡洋艦は砲撃戦にも十分対応できるかと。」
「艦長、我が海軍の巡洋艦は伝統的に8インチ砲を搭載してきた。このセレスは長砲身8インチ砲だ。この艦の力を存分に発揮してあの大型艦を沈めてやろう。といっても射程内までまだ距離があるな。」
「ニホンの軍艦にもミサイルが装備されていますが、砲撃力は低いものと思われます。あっても機関砲程度でしょう。」
「私の予想ではもう少し大きい砲を……この音は!?」
どこからか砲弾の飛翔音が聞こえる。それも大口径砲弾の飛翔音である。
少しして左舷約500mに着弾し、三っつの巨大な水柱を生み出す。
「なっ…あれは! なんという大きさだ!」
「艦長、どうやら我々はとんでもない化け物を相手にしているようだ。こちらの射程外から撃ってきた…それにかなりの巨砲だ。当たったらまずいぞ!」
「あんなもの見たことありません…一体どれほどの砲でしょうか…」
「間違いなく30cmオーバー、今まで見た中で一番巨大なやつだ。こちらが射程距離に近づくまでは一方的に攻撃される。」
再び聞こえてくる飛翔音…「まずい、これはかなり近いぞ…!」
数秒後、それは右舷50mあたりに着弾し、セレスを木の葉のように大きく揺さ振る。
今まで経験したこともない動揺…その衝撃によって、艦内のあらゆるものが倒れ伏す。
ドレイク中将もまた、立っているのが精一杯であった。
「化け物め! 艦長! 速力を上げろ!」
「了解! 速力30! 」
「また来るぞー! 衝撃に備えろ!」
そう叫んだドレイクは艦橋の外に目を向ける…
外を見ると赤熱した砲弾が、自分に突っ込んでくるかと思うほど近くに迫っていた…
「うぉっ!」
思わず伏せた瞬間、巨大な砲弾は艦橋右舷を掠めた後、海面に突入する。
「海中で爆発する! 衝撃に備え…」
艦長が言い終わるよりも早く海中で炸裂した46cm砲弾は、セレスの推進軸四本の内二本を曲げてしまう。
そしてその衝撃は艦後部を数十cm浮き上がらせ、セレスの艦体各所から悲鳴のような軋みが響き渡る。
だがセレスは辛うじて耐えてみせた。
「ちょっと浮いたぞ! 大丈夫なのか!?」
「なんて衝撃だ…当たったら間違いなく沈没だ…」
「被害を報告せよ。」
「推進軸がやられたようです! 速力低下!」
戦艦大和CIC
何度目かの主砲射撃によって僅かに震動が伝わってくる。
今のところ命中弾はないが、至近弾によって敵艦になんらかのダメージを与えたことは確実であった。
「一斉撃ち方」
「一斉撃ち方了解!」
CICに設けられた射撃指揮所……そこに設置された大型ディスプレイには、敵艦の現在の位置と未来位置が表示されていた。
その位置情報はすぐに主砲に送信され、射撃に向けて微調整をする。
調整はすぐに終わり、九門の46cm砲は斉射の時を待つ…
「撃て!」
直後、交互撃ち方の震動よりも遥かに大きな震動が伝わってきた…
発砲炎は、真昼のような明るさで大和を闇の中に浮かび上がらせ、待機していた艦隊からも確認できた。
巡洋艦セレス 艦橋
ドレイク中将は自分が冷や汗を流しているのに気付いた。
「なんということだ…この私が恐怖しているとでもいうのか!」
その時、再び砲弾の飛翔音が聞こえてくる…
「数が多い…」
ドレイクは咄嗟に近くの物陰に身を隠す。
デレック大佐には主砲塔に命中する砲弾が見えていた…目の前の光景がスローモーションのようにゆっくりと流れていく…
その砲弾は砲塔上面を易々とぶち抜いてしまった。
主砲弾薬庫に突入したそれは、セレスに致命的な破壊をもたらす…弾薬庫の誘爆だ。
デレック大佐は目の前が真っ白になり、意識が薄れていく感じがした…そして完全に意識を手放す。
弾薬庫の誘爆により艦橋前面が吹き飛び、艦長以下複数の乗員が死傷したが、破壊はそれだけではなかった。
誘爆の衝撃はセレスのキールをへし折り、艦体が真っ二つに引き裂かれた。
「神よ…」
運良く海に投げ出されたドレイク中将は、目の前に広がる破壊の光景に見入っていた。
新鋭の大型巡洋艦は、満足に反撃することもできずに海中に没してしまう。
敵艦は目標を後続の味方艦に移したようで、砲弾がこちらに降ってくることはなかった。
「まさかこうなるとは予想できなかった…」
ドレイクは近くに浮いてた木片にしがみつく。
「ニホン…お前たちはどこから来たのだ…共和国を 我が祖国を呑み込むつもりか?」
海上を漂いながら一人言葉を発するドレイクは、味方艦の轟沈する様を目撃する。
「あれでは生存者はいないだろう。」
その時、救命ボートが近くを通る…
「閣下! こちらへ!」
「すまん、助かった。」
「酷くやられたもんだな。味方の救援も望めない…少し休む。何かあったら起こしてくれ。」
そう言うとドレイクは眠りについた。
戦艦大和CIC
「敵艦隊撃滅、周辺に脅威なし。」
「これより敵兵の救助に向かう。」
大和は敵生存者が漂流している海域へ艦首を向ける。
7月13日深夜
バルアス共和国
首都タレス
タレス空軍基地
深夜にもかかわらず基地は騒がしかった。
少し前、タレス防空司令部が国籍不明機を捕捉したのだ。
戦闘機が緊急発進のために滑走路へ進み出る。
既に上空にある内の一機、カルロス・デラーク少佐機は、問題の空域へ向かおうとしていた。
「…防 ザッ…隊各機 ザー …南西の方角より…ザザッ…国籍…機侵入」
「畜生! 無線機くらいもっといいもん載せてくれってんだ!」
そう言いながら南西に愛機の機首を向ける…バルアス空軍主力戦闘機のTA‐87は、タレスアームズ航空機部門が開発した空軍向け戦闘機である。
就役から二十年が経過しているが、改良を続けながら今でも十分な性能を維持している。
一つ問題なのは、無線機の性能の低さだ。
空軍では無線機の開発が遅れており、未だに満足な性能の無線機を搭載していない。
海軍からミサイル等と合わせて導入しようという動きがあったが、戦闘機に搭載するにはあまりにも大きすぎた。
TA‐87は主翼下に二基のジェットエンジンを吊り下げ式で配置し、武装は機首に30mm機関砲を四門装備している。
その重武装はあらゆる戦闘機を凌駕できると信じられており、デラーク少佐もその一人であった。
「本当に国籍不明機なんているのか? 俺からしてみりゃいつもの平和な空そのものだがな。まぁ見つけたら蜂の巣にしてやるさ。」
バルアス共和国
首都タレス近郊
河野 達也大尉の烈風は、敵国首都にある軍事施設偵察のために単機でここまで進出していた。
「2‐9‐5より敵機が接近中、接触は避けろ。」
「了解!」
データリンクによって、コックピットのレーダー画面にその機影が映し出される。
「さっさと終わらせて帰るとするか。」
河野はアフターバーナーを使用する…急激に加速する機体…
「カメラ起動。」
機体下部に設置された高性能カメラが起動し、その瞬間から撮影が始まる。
僅かな時間ではあったが確実に軍事施設の撮影が行われた。
「こちらオオワシ、偵察終了。これより帰投する。」
首都上空
カルロス・デラーク少佐は驚愕に身を震わせていた。
今まで見たこともない速さで飛行する物体…追跡に移ろうとしたとき、それは既に手の届かない遥か高空へと駆け上がっていた。
日本とバルアス共和国の間には、埋めること出来ない差があります。