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異界の帝国  作者: 赤木
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第六十話

大変遅くなりました。今後も遅くなるとは思いますが、完結に向けて執筆していきます。

 5月15日 10時10分

 マーカル諸島 ダレシア島




 この日、戦艦紀伊の会議室には古村と参謀ら数名、レッゲルス大将とバルアス海軍の関係者が集まっていた。

「ここに集まっていただいたのは、貴国の遥か西方に位置するレスタニア王国に関して情報を聞くためです」

 参謀の中川が口を開く。

「今日未明、我が国の憲兵隊ならびに特務機関によってレスタニアのスパイが捕縛されました。彼らの言葉が真実であれば新たな戦いに巻き込まれる」

 そう語ったのは長官の古村だ。


「それは本当ですか? 我が国とレスタニア王国の間には国交がありますが、あの国の力は未知数。近年その軍事力を増強していると噂されていますが全容は不明ですな」

 レッゲルスが言う。

「10年前、あの国を訪れた時には軍事関連の施設は一切見ることができなかった。表面上平和国家を装っているようにも見えました」


「中川参謀、衛星画像を」

 古村が目配せをする。会議室に設置された大型モニターに映し出された画像を見たバルアス側は、驚愕すると共に息を飲んだ。

 港湾を埋め尽くす大型艦の数々、連装砲塔4基を備えた一際巨大な艦。今まで軍事力で同等かそれ以下と見ていたレスタニアの力を垣間見たかのようである。

「ここにある最も巨大な艦、我が帝国海軍の軍艦に例えるなら既に退役した長門型ですかな?」

 中川が比較対象として長門を引き合いに出す。帝国海軍の関係者らはその発言に静かに頷いた。

「ならば心配することはないでしょう、潜水艦による足止め、うまくいけば撃沈も容易かと」


「なんと、あの大艦隊を潰せると? まぁキイを見ればその話を信じざるを得ない」

 バルアス海軍の将校は紀伊の威容を思い出し、納得する。

「共和国の司令部でも、レスタニアの通信を傍受することが増えています。暗号を解読できていませんのであの国が何を考えているのか」


「スパイからの情報では、レスタニア軍によるバルアス共和国侵攻の公算が高い。ですが、彼らの兵器は必ずしもバルアス共和国軍に優越するものではないと考えます」

 古村は手元に置かれた資料を見ながら言った。

「確かに巨大な海軍と、陸軍を抱えているようですが。貴国とは1万キロを隔てた海の彼方、仮に侵攻を始めたとしても、長大な補給線を叩いてしまえば巨大な海軍も動けなくなります」


「しかし、我が海軍の艦隊は貴国との戦闘で消耗が激しい。そんな状態で万が一レスタニアに攻め込まれたなら危ないでしょうな」

 レッゲルスは自国の海軍が抑止力になるとはとても思えなかった。


「そこで我が国から提案があります」

 そう発言したのは、帝国外務省から派遣された黒田である。

「現在、我が国では貴国との停戦の用意があります。しかしこれにはいくつかの条件があることを了承頂きたい」

 併合した三国の独立、賠償金6兆円、帝国陸海空軍の共和国への駐留というのが主な条件であった。賠償金については妥協を積み重ね、最終的にはこの額で落ち着いた。


「受け入れる他、ありませんな」

 レッゲルスは日本がもっと厳しい条件を提示するものとばかり思っていた。領土の割譲や莫大な賠償金を突き付けてくる覚悟もしていたが、レッゲルスは内心安堵した。


「帝国本土、それにタリアニアの捕虜収容所で過ごす貴国将兵の扱いですが。レスタニアとの件が落ち着いてから再度話し合いの場を持ちたいと考えております」

 黒田の言葉にレッゲルスは軽く頷く。

「ですが、将官の内の何人かは早めに帰国していただこうと、政府の方でも調整中です」




 5月15日 11時30分

 大日本帝国 新大阪国際空港



 前世界では様々な国と地域から多種多様な航空機が飛来していたこの空港に、かつての面影はなかった。

 転移による国際線の衰退によって、ここ新大阪国際空港は専ら国内線運用のためだけに運営されていた。

 小型〜中型機が多数を占める駐機場の一画、かつて4発エンジンの大型旅客機専用だったその場所には、4発機の巨体にも引けを取らない大型双発機の姿がある。

「我が帝国の航空産業が生み出した、最も巨大で、最も美しい旅客機です」

 空港の搭乗口、厳重な警備の中、ガラス越しに航空機を眺めるバルアス海軍中将、ジャックス・ドレイクは横に立つニホン人の説明を聞きながら、その巨体に目を奪われていた。

 正面から見ればその胴体はほぼ真円で、自国の大型機の数倍はあろうかというワイドボディ、大型爆撃機の胴体がすっぽり入りそうなほど巨大なジェットエンジン、その推力は1基で50トンにも達するという。

 自国のジェットエンジンは推力1トン程度が限界であることを考えれば、桁違いの推力である。聞くところによると航続距離は1万5千キロにも及ぶという。この機があれば共和国は目と鼻の先、自国の主力戦闘機であるTAー87の最高速度を上回る巡航速度で飛行すれば、7時間程で共和国の領空に到達するであろう。航空産業でもニホンは共和国のかなり先を走っている。ドレイクの脳裏には、将来共和国の空を飛ぶニホン製旅客機の姿が明確に浮かんでいた。

 ニホンの視察は驚きの連続で、シンカンセンと呼ばれる高速鉄道が大都市間を結び、無数の自動車が道路を行き交い、天まで届かんばかりの超高層建築物が立ち並ぶ。ドレイクはニホンの底知れぬ力を垣間見た気分になった。だが驚くべきはその軍事力である。既に30万近い兵士を出兵しているにも関わらず、どこに行ってもニホン陸軍の兵士を大勢見かけた。トーキョー……ニホン人が皇居と呼ぶ場所にある広場で彼らは私を含む共和国軍の将官、ロシアという国の軍人を招待して盛大な観兵式を見せつけた。

 聞くところによれば、5月10日はニホンにおける終戦記念日であり、この観兵式は毎年行われているという。ニホン陸軍近衛師団、多数の戦闘車両を持つ機甲師団……締め括りに、空を征く多数の航空機。

 ドレイクはその威容に圧され、ただ呆然と眺めるしかなかった。

 ニホンでの視察も日を重ねる毎に驚くことに慣れてきていると、ドレイク自身が感じている。共和国海軍という狭い世界の中で生きてきた彼にとって、この視察は視野を広げるのに最適であった。装備、練度共に最強だと信じていた共和国海軍を打ち破り、輝かしい軍歴に泥を塗られはしたが恨みなどない。ニホンという国と接することによって、共和国は変わると実感した。




 レスタニア王国王都

 王国海軍第1艦隊旗艦キング・ロイス



 その艦は巨大であった。王都の軍港に停泊する艦の中で最も巨大なキング・ロイスは、36cm連装砲4基8門という絶大な火力で武装し、その火力に見合った防御力を持つ戦艦である。その甲板上では水兵達が各々の休息を楽しんでいた。空を眺める者、本を読む者、広い甲板でボールを投げ合う者、それぞれがこの休日を楽しんでいるように見える。


「砲身の掃除をやってもらわねばならんな」

 艦橋の中で呟いた男の軍服には大佐の階級章があり、彼がこの艦でも最上位である艦長の任に就いている男だということが分かる。

「艦長、お偉方が司令部に引きこもってからもう2時間ですな。それほど今回の相手が強いということですかな?」

 艦内の巡回から戻ってきた副長が艦長の男に声を掛ける。2人は艦橋の窓から外を見た。

「どうです艦長、コーヒーでも」

 そう言って副長はコーヒーカップを持つ仕草をしてみせる。

「そうだな、一杯もらおう」


「艦長、国王陛下はニホンという国を危険だと仰いましたが、どのように危険なのでしょうか?」

 副長はここ最近頻繁に話に出るようになってきたニホンについて、気になっていたことを艦長に問う。

「はっきりとは分からんが、バルアス共和国を打ち破った軍事力、カール大陸侵攻の情報を素早く把握し、軍団規模の兵力を送り込む情報網と機動力、未確認情報だが航空母艦の存在……」

 艦長は淡々と語る。

「空母があるのですか!?」

 副長は驚愕の表情を浮かべ、聞き返した。

「バルアス共和国経由の情報だからな、正確なことは分からん。だが、バルアス海軍とは比べ物にならんぐらい強力な海軍を持っていることは間違いないだろう。我が王国海軍も航空母艦については研究中ではあるが、未だに実戦に投入できる段階のものは出来上がっていない。ニホンの航空母艦がどんなものなのか、一度この目で確かめたいものよ」

 艦長は王国海軍の試験航空母艦を思い浮かべる。洋上から航空機を飛ばすという目的で、輸送艦の上部構造物の大半を撤去し、長さ90m、幅12mの平らな甲板を設置してみたものの、試験は失敗続きであった。王国海軍上層部はその試験艦の名称を便宜上、航空母艦と呼んでいる。だが航空母艦とは名ばかりの動く球技場と渾名されるなど、周囲の目は冷ややかだった。

「確かに良い方法かもしれんが、洋上から航空機を飛ばすには船体が小さ過ぎるのかもしれんな。滑走してそのまま海に転落した機を見たこともある、なんとも恐ろしいものだ」

 艦長は航空母艦の先進性を認めつつ、未だ実用化に至らない現実に不満げな表情を浮かべた。

「ニホンの海軍が航空母艦を実用化しているとなると、これは一筋縄ではいきませんな。航空機の優位性が認められつつあるこの時に、それを活かすことが出来ないのはなんともどかしい……」

 王国海軍では航空機の優位性について、上層部でも意見が一致している。だが、巨大な主砲を持ち、絶対的な防御力を誇る戦艦を撃沈できるものではないという意見も、未だに大多数を占めていた。ここ数十年戦争とは無縁だった王国であるため、下手したら机上の空論に過ぎないとまで囁かれている。そのため王国陸海軍上層部は、手始めにバルアス共和国軍を相手取り、王国近海に進出してきた敵艦船に対して航空機と戦艦による撃滅戦を繰り広げることを想定した演習を行い、さらにはニホン海軍との戦闘も視野に入れ始めていた。バルアスの敗色濃厚な現在、弱ったバルアス海軍と、バルアスとの戦闘で疲弊したニホン軍を相手取ることは不可能ではないと想定されている。

「報告! 現在バルアス共和国近海で作戦行動中の潜水艦ドルクより入電、現在バルアス西方海域に展開する敵艦隊無し!」

 艦橋に駆け込んできた通信兵は、ついさっき到着したばかりの電文を読み上げる。

「それを受け、中央司令部より出撃命令が下りました! 第1艦隊は、バルアス西方海域に展開、陸軍上陸部隊を支援せよ! 以上」

 この命令は、地上にある第1艦隊司令部にはいち早く届いているのだろうか、キング・ロイスの停泊する埠頭の至近には、黒塗りの将官専用車がいくつも集まってきていた。

「お偉いさんの登場だな」

 車から降りてきた肥満体の男に目を向ける。大きな腹を揺らし、額の汗をハンカチで拭きながら歩く巨漢。

「また一段と太ったんじゃないか? 間違いなく早死にだな」

 その姿を見た艦長は、肥満の男を痛烈に皮肉る。そんなことを言われているとは知らないであろう巨漢が、艦橋を見上げたその瞬間、即座に姿勢を正し敬礼をする艦長と副長。緩慢な動作で答礼をする巨漢……

「第1艦隊司令官、クルツ中将」

 隣の副長にも聞こえないほどの声で呟く。




 潜水艦伊617は、レスタニア海軍の潜水艦を追尾していた。先ほどまでは大きな動きはなかったが、相手が浮上したため伊617も潜望鏡深度まで浮上し、通信用アンテナを出して相手の様子を窺う。

「何をやっている?」

 潜望鏡で相手を観察する艦長が呟く。

「通信は傍受できたか?」


「何やら打電しているようです。現在解読中」

 レスタニアの暗号は、情報部の力により既に筒抜けとなっている。どんな電文を打とうがこちらは解読して司令部に報告するだけ。

 つい数時間前、連合艦隊司令部からバルアス軍との全面的な停戦命令が出された。長期戦が予想されていたこの戦争はバルアス側のクーデターにより講和派が政権を把握したことで、一応の決着となった。

 だがレスタニア王国の動きが活発になりつつあり、潜水艦部隊はそちらの動向を探ることに注力している。レスタニアは遠い、そのため長期行動が可能な原潜が対レスタニアの要になると考えられていた。

「艦長、解読できました。バルアス西方海域に敵艦隊無し、と」


「敵艦隊無しと、艦隊がいないとなれば、奴らは攻めてくるのだろうな。司令部も既にこの電文を解読しているとは思うが、念のため報告しておこう」


「艦長、あの潜水艦の処遇は」


「まだ泳がせておこう。そのうち、司令部から攻撃命令が来るだろう。追尾を続行する」

 レスタニア潜水艦が潜航を始めたため、伊617も静かに追跡を開始した。

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