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異界の帝国  作者: 赤木
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第四十七話

5月4日 5時20分頃

バルアス共和国近海

バルデラ島東方700km付近




《CICより艦橋! 航空機1、左舷側にまっすぐ突っ込んでくる!》

その報告を聞いた、紀伊艦長の山下 均大佐はハッとなって左方向に目をやった。


「左対空戦闘、9時方向! 仰角10度!」


その航空機は10cm両用砲が作り出す猛烈な弾幕を掻い潜り、高度をさらに下げようとしているのが見てとれた。

「あの敵機……まさか!?」

山下はその敵機が抱える大型の爆弾が目に入り、一つの結論を導き出した。

「捨て身の攻撃か!」

その時、敵機の至近で10cm砲弾が炸裂し、敵機に大きな損傷を与えたように見えた。

「落ちないのか?」

近接信管による砲弾の炸裂で、所々にダメージを受けた敵機は、いまだにその勢いを衰えさせることなく突っ込んでくる。片方のエンジンは黒煙を吐き、キャノピーは粉々に砕け、ヘルメットと酸素マスクに顔を覆われた操縦者すら確認できる。

「見張り員退避! 総員衝撃に備えろ!」

満身創痍の敵機は海面スレスレの高度を保ちながら高速で紀伊の左舷に突っ込もうとしている。


「艦長! 来ます!」


敵機が突っ込む直前、その操縦席から何かが飛び出した。だがそれも一瞬、飛び出した何かを気にしている余裕はなかった。


「頭を下げろ!」


――ドォォォン――

強烈な爆発音が響き渡り、破片が艦橋のあちこちに当たり大きな音をたてる。しかし、防弾、弾片防御を考慮して各所に張り巡らされた複合装甲と、防弾ガラスによって上部構造物に対する被害は極限されていた。艦自体は直後から微かに震えていたがそれもすぐに感じなくなった。


「被害を報告せよ!」


「敵機、左舷喫水線付近に衝突! 現在損害を確認中!」


「二番対空電探故障! 逆探も故障しました!」


「負傷者は11名! 死者なし!」


「報告! 左舷中央付近装甲板にへこみ! 戦闘に支障ありません!」


山下は思った。ただでさえ厚い鉄板を傾斜させてあるのだから、水平に突っ込んでくる敵機でもほとんど被害を与えられなかったのだと。これが上部構造物に対して突入された場合、どうなっていたか分からない。

強固に接合された装甲にまた守られたことになる。


「艦長! 敵機の搭乗員を発見しました!」


「なに? 早く救助しろ!」


「後続の北上が救助するとのことです!」





「閣下! マーロー大佐が、敵大型艦に突入! しかしながら目立った戦果……なし」

低空を飛行する爆撃機の中から攻撃隊の様子を見ていたムルゼスは、機長の声に反応しようとしない。


「閣下! ムルゼス閣下!」


「ん、な、なんだ」

漸く顔を上げたムルゼス。その顔には驚愕の表情が浮かんでいた。まるで世界の終わりでも見たかのような、そんな表情だった。


「第一次攻撃隊は壊滅……第二次攻撃の中止を進言します!」

近くにいた参謀がムルゼスに懇願する。初めて見るニホン海軍の圧倒的な戦闘力。それに対して恐怖を感じているのは明らかだった。


「ならん」


「は?」


「第二次攻撃は予定通り実施する」


「し、しかし結果は分かりきっている筈です! 無駄な犠牲者が増えるだけです!」


「何度も言わせるな第二次攻……」


「左後方より高速飛行物体接近! 回避します!」


ムルゼスは何気なく窓の外を見た。そして絶句した。


「だめだ! 追い付かれる!」


「おぉ、神よ!」


「やはり、来るべきではなかったのです閣下!」


直後、遅いくる爆風は窓という窓を吹き飛ばし、左主翼を完全に破壊した。だがそんな中でもムルゼスは生きていた。しかしその体には機体の構造材が深々と突き刺さり、もはや助かる可能性は低いように見える。

「ガハッ……私は……死ぬのか」

そう言葉を発した瞬間、発生した火災に巻き込まれ意識を刈り取られた。





8時00分

バルアス共和国

タレス空軍基地





「第一次攻撃隊からの交信によると、北部飛行軍団長ムルゼス大将が戦死……!」

報告を読み上げる通信兵の肩が震えていた。

「ニホン艦隊に対して決死の攻撃を敢行するも、攻撃隊の8割を喪失、ニホン艦隊は健在! 第二次攻撃も、成功の可能性は低いと思われる。第二次攻撃の中止を進言する」


「喪失……8割……だと? ムルゼス閣下が戦死した」

レムルス少将は力なく椅子に座り込んだ。彼の顔からは血の気が失せている。

「閣下が死んだ今となっては、もう意味はない。第二次攻撃は中止だ」


「ガドナー飛行場より緊急電! ニホン軍の空襲を受け、空軍航空隊は全滅……」


「はっ……どうなっておるのだ。我が共和国空軍は、ニホン軍に何の痛手も与えていないではないか」


「ムルゼス閣下が戦死……もう終わりだ。共和国にまともな航空戦力は残ってない」


「皆、悲観的になりすぎだ! まだ挽回の余地はあるかもしれんのだぞ!?」


「何を言ってるかお前たち! 挽回の余地? 最早手遅れだ! ニホン軍に生半可な攻撃は通用しない。空軍は動けないのだ。いや、動かしてもいたずらに戦力を磨り減らすだけ……今は何の手立てもないのだ」

レムルスは力なく言った。その目はどこか虚ろだ。


「レムルス閣下! それでは黙って見ておけと言うのですか! 共和国が、我々の祖国がやられるのを黙って見ていろと!?」

若き参謀が立ち上がってレムルスに詰め寄る。しかしそんなことでは動じない。


「私も挽回の余地はあると思っていた。今朝まではな! しかしどうだ、気付けば大損害だ。こんなことになるとは思っていなかった。我が共和国は、もっと早く気付くべきだったんだ。とてつもなく強い国に喧嘩を売ったということに」


「レムルス閣下……! もう無理なのでしょうか? 我が共和国は負けてしまうのでしょうか」


「もう負けているではないか。空軍の残存戦力は開戦時の5割程にまで磨り減らされた。このままでは本当に全滅してしまう」

レムルスは頭を抱え込んだ。今の彼にはこれから先のことを考える余裕もないように見える。


「む、無念であります。共和国が、無敵のバルアス共和国が何もできずに負けてしまうとは。私の父は統一戦争のエースパイロットの一人でした。共和国空軍の伝統を守れとよく言われたものです。そんな父も昨年他界、最期の言葉は死ぬまで共和国軍人としての本分を果たせ。それを思い出したのです。私に行かせてください……ニホンの軍艦を道連れに共和国軍人らしく散ってきます!」

若い参謀の男は力強い眼差しでレムルスを見る。


「馬鹿者が! 共和国軍人らしくだと? ニホンの軍艦を一隻や二隻道連れにしたところで何が変わる!」

レムルスの一喝で室内は静まり返る。

「命を捨てることが美徳ではない。今行っても、ニホン軍に撃墜されるだけだ! その姿を見る前にな!」


「しかしこのままでは……」


「くどい!」





9時25分

バルデラ島東方690km

戦艦紀伊




「艦長、北上から重傷の捕虜1名、移送完了しました」


「そうか。容態はどうだ?」


「はっ、北上では限定的な治療しか出来ず、本格的な医療設備を持つこの紀伊に移送した次第であります。現在、三川軍医大尉が処置に当たっております」


「あとで様子を見てみるか」

山下はそう言うと椅子に腰掛けた。




「ふぅ、終わった。この状態で生きているとはな」

救護所の処置室で三川軍医大尉は驚きの声を上げた。目の前で横たわるバルアス人は、紀伊に突撃するためにギリギリまで操縦桿を握っていた男だ。北上に救助された時点では助からないと判断されていたが、紀伊に移送され、三川に処置を受けた後は容態も落ち着いている。

「意識を取り戻すかどうかは、この男の生命力次第だな」

三川は立ち上がる。

「彼を病室に移動させておいてくれ。彼が帝国海軍軍人なら、軍神になっていたかもしれんな」

そう言って三川は処置室から出た。




同海域、紀伊と共に西進する艦隊の各艦から海に向かって花束が投げ入れられた。大淀艦長の宇山大佐も花束を持ち、甲板の上に静かに佇んでいた。

バルアス軍の第二次攻撃の兆候はあったものの、それも中止されたらしく、空にはカール大陸北部海域に居座る空母から飛び立った烈風の編隊しか見えない。

「ここで散ったバルアス将兵に敬意を……」

宇山は大淀の甲板から花束を投げ込んだ。それを見守っていた乗組員が敬礼をする。





21時15分




これは……夢なのか? いや、目の前の巨艦を沈めるのが俺に与えられた使命だ!

操縦桿を握る手が震える。それは見たこともない巨艦であった。巨艦とは思えない高速で突き進んでいる。30ノット以上は優に出ているだろう。

「あの巨艦の横腹に、800キロ対艦爆弾を!」

共に進んでいた味方機が砲弾の直撃を受けて四散する。それは彼が乗る戦闘機にも襲いかかる。至近で砲弾が炸裂した。

粉々に砕け散るキャノピー、襲いかかる鋭利な破片の一部が彼の胸に突き刺さる。

「神よ……私にあと僅かの時間を……お与えください!」

迫りくる巨艦の舷側、巨大な鋼鉄の壁……彼の意識は朦朧としてきた。

「行けー!」

最後の力を振り絞り叫んだ。それと同時に薄れ行く意識の中で、射出座席のレバーを引いていた。


男は目を開けた。

「はぁはぁ……ここは?」

周囲を見渡すために起き上がろうとするが、あまりの痛みに起き上がるのを諦めた。目に入ってきたのは白い天井、首は何かに固定されているため動かすことはできない。

「死後の……世界か?」

周りを見られないのがもどかしい。何より自分がどこにいるのかを知りたかった。


「気が付いたか?」


首を動かせないから分からないが、近くから声が聞こえてくる。

「誰だ?」


「無理しないで。まだ暫く動くことはできんと思いますが」

一人の男が彼の顔を覗き込んだ。

「軍医の三川です」


「ここは?」


「あなたが沈めようとしていた艦の中です」


「な……では、あの攻撃でも沈まなかったのか?」


「残念ながら。あなたの名前を教えていただきたい」

ミカワと名乗った男はベッドの横にある椅子に座りながら聞いてきた。


「共和国空軍大佐、ジョン・マーローだ」


「ジョン・マーロー大佐ですね? 分かりました。あなたは今後、大陸にある病院に移送されることになると思います。それまではゆっくり休むと良いでしょう」

ミカワはそう言うと部屋から出ていった。ドアを閉める音が室内に響き渡る。


「そうか……沈められなかったか……俺だけ生き残って、仲間は皆死んだ……」

マーローは白い天井を見つめる。

「俺に出来ることは、もうないのか」

そう考えると悔しさが込み上げてくる。今の彼はあまりにも無力であった。






『統合司令部海軍部、5月4日午後1時発表。帝国海軍部隊はバルアス共和国近海において敵航空戦力を撃滅せり。統合司令部海軍部、5月4日午後1時発表。1、帝国海軍部隊は敵航空隊の大規模攻勢を受けるもこれを撃退せり。2、帝国海軍部隊は敵飛行場に対し決死の大空襲を敢行、敵航空戦力を撃滅せり。統合司令部海軍部、5月4日午後1時発表……』

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