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異界の帝国  作者: 赤木
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第四十六話

5月4日 午前2時20分

バルアス共和国 首都タレス

共和国陸軍総司令部




一般人なら既に寝静まっているであろう時間帯。一人の男が総司令部の門をくぐった。

口許に微笑を浮かべ、総司令部を眺める男の前に、一つの影が暗闇から静かに近付く。


「閣下、お待ちしておりました」


「どうやら、状況は思わしくないようだな。すぐにでも作戦行動に移りたい」


「リョセフ少将が会議室でお待ちです。こちらへ」


「あぁ」


会議室の扉を開くと、リョセフ少将が立ち上がり男に対して敬礼をする。


「まぁ楽にしたまえ。北部からの強行軍は堪えるねぇリョセフ少将」

男は答礼しながら言った。


「共和国空軍、北部飛行軍団長ムルゼス閣下、どれ程の戦力を持ってきてくださったのですか?」


「ふふっ、戦闘機350機、爆撃機150機。ニホンとやらには悪いが全力で潰してやろう」


「それは有り難いですな。この国の停戦派への対応は後でゆっくりやるとしましょう。大統領のいない共和国を、早く元に戻さねばならんでしょう」

リョセフは壁に貼り付けられた地図に歩み寄り、何かを書き込んでいく。

「ニホン海軍が大規模な攻勢を企図しているのは確実。偵察機の情報ではバルデラ島より東へ700kmの海域に大艦隊を送り込んでいると」

リョセフは暫く考え込み、顔を上げた。

「共和国海軍は最早戦力としては役に立ちません。我が共和国陸軍と閣下の空軍飛行軍団の力をもってニホンに痛手を与えるしかありません」


「ふっ、言われずともその海域をニホン海軍の墓場にしてやろう。停戦派なんぞ放っておけばよい。どいつもこいつも、ニホンを過大に評価し、恐怖している。それを打破するのが我々だ」


「タレス空軍基地を急ぎ復旧させた甲斐がありますよ。まぁ至るところに鉄板が敷き詰められてはいますが、使用については問題ありませんからな」


「パイロット達には悪いが、あと2時間後には第一次攻撃隊を発進させる! 私が爆撃機を改造した指揮官機で直接指揮する。地上からの指揮には飽きたからな」

そう言うとムルゼスは豪快に笑った。




3時30分

タレス空軍基地




「諸君! 到着したばかりで悪いが我々には時間がない! ただいまから作戦について説明をする。遅くなったが、私は首都防空隊司令官レムルス少将である。では早速説明する。現在、我が共和国の間近にニホンの大艦隊が接近している。作戦は単純、全力をもってニホン艦隊を撃滅せよ!」

レムルス少将は格納庫の前に集まった多数のパイロットを眺めながら言った。彼の頭からは、先日遭遇した未知のニホン軍機のことなど完全に忘れ去られていた。


「バカ野郎が……本気でニホン軍とやる気なのか」

マーロー大佐は半ば呆れた表情で呟く。彼も北部飛行軍との共同作戦にパイロットとして参加することになっていた。


「大佐、北部の奴らは……ニホンのことを知らなさすぎるんです! 敗北するのは目に見えています」

ニホン軍との戦闘で辛うじて生還した部下の一人は言う。

「ニホン軍と戦ったことのある奴にしか分かりません。あの恐怖は……」


「そうだな」

マーローは襲いくる絶望に抗おうと必死だった。あと数時間後自分は死んでいるかもしれない。

「生きろ。若い者は生きて国の再生の礎になれ! 死ぬのは我々だけでよい」


「大佐! 大佐もどうか生きて、再びここへ戻ってきましょう!」


「皆、出撃準備をしろ! いつでも出られるようにしておけよ!」

レムルスが叫ぶのが聞こえてきた。


「俺は第一次攻撃隊に参加らしい。まぁこの日のためにTA-87を整備してきたからな」

マーローは愛機に近付くと愛おしげに機体を撫でる。

「誰も死にたくはないんだよ。だが俺は部下を失いすぎた」

彼は空を見上げて、散っていった部下の冥福を祈った。出撃の時は近付いていた。




4時45分

バルデラ島東方730km

連合艦隊戦闘部隊 第一戦隊・第二戦隊




航空戦隊がバリエラ沖800kmに向かっている中、第一・第二戦隊はタレスから繰り出してくるであろう敵艦隊撃滅のために比較的近いこの海域に展開していた。

戦艦大和、紀伊、巡洋艦妙高、鳥海、最上、大淀、北上を主力とし、駆逐艦8隻を引き連れるこの艦隊。対艦攻撃力を重視し、敵艦隊との戦闘を想定して編成された艦隊だが、真の敵は海からではなく空から彼らに迫ろうとしていた。


《対空電探が敵航空隊を捕捉! 赤城四番からの情報によると敵は戦爆連合220機。敵の目標はこちらに間違いないとのこと!》


大淀の艦橋内、スピーカーから流れる情報伝達の声に宇山は顔をしかめた。

「空母と別行動……いまさらどうにもならんが一緒に行動すべきだったな」


「妙高より、対空戦闘用意の発令です!」


「よし分かった」

宇山は前方800mを航行する妙高を見た。同型艦とはいえ、海軍工廠生まれの大淀と民間造船所で建造された妙高は見た目こそ同じに見えるが、各所に違いがある。一番の違いといえばその機関であろう。大淀が艦本式ガスタービンを搭載しているのに対して、妙高は米国製のガスタービンが選定され、搭載されている。

「対空戦闘用意!」

宇山はCIC直通電話をとり、短く告げた。




帝国海軍戦闘部隊より170km



バルアス共和国空軍北部飛行軍団とタレス航空隊の生き残りで編成された第一次攻撃隊は450kmの速度でニホン艦隊へ向かっていた。その後方、4発のレシプロエンジンをほぼ全力で回しながら飛行する爆撃機、空軍大将のムルゼスが椅子に座りながらレーダー画面を見ていた。

「ニホン艦隊の登場だ。今日が命日、この海はニホン海軍の墓場になる」

ムルゼスはニヤリと笑った。


「閣下! 攻撃隊の指揮をお願いします!」


「うむ。無線の用意はできたか?」


「はい!」


ムルゼスは無線機の前に座る。

「指揮官より攻撃隊各機、まもなくニホン艦隊が見えてくるだろう。諸君の戦いをとくと見させてもらおう! 健闘を祈る」


TA―87の操縦席でムルゼスの声を聞いていたマーローは、途中で無線機を切った。

「聞いてられんな。ムルゼスの野郎もニホン海軍に撃墜されればいいんだ」

そんなことを呟き、なんとなく前を見たマーローは突如現出した惨状に目を見開いた。

「な……! ミサイルなのか!?」

前方を飛んでいた10機が次々と爆散し、さらに幾本もの筋を引きながら多数のミサイルが味方機に襲い掛かろうとしていた。

「いかん! 高度を下げろ! くそっ」

マーローは無線機のスイッチを入れる。

「ムルゼス閣下! 現在の高度ではニホン艦隊に一方的にやられます! 高度を下げることを具申します!」


『ニホン海軍はこんなにも恐ろしい存在なのかぁ!?』

無線機からは混乱した様子のムルゼスの声が響き渡る。


「あの馬鹿め! 早速混乱しよって!」


『各機! 早くニホン艦隊を見つけて潰せ!」


「一人でやってろ! 悪いが高度を下げる。マーロー隊各機、俺についてこい!」

そう言って高度を下げるマーロー機、それに続く7機のTA―87。

「よーし、ついてきてるな! 海面スレスレを飛べ!」

彼らより高い高度を飛行する味方機は次々と撃墜されていく。そんな中、ムルゼスが乗る爆撃機もミサイルを避けるために高度を下げていた。一部の味方機もニホンの攻撃が止んだのを見計らい高度を下げていく。

「さっきの攻撃で、どれくらい落とされたんだ」

マーローは周囲を見渡す。爆撃機は見た限り半数は落とされているようだった。また、戦闘機隊も4割程が消えていた。

「悪い夢でも見ているのか? 信じられん……これがニホン海軍の防空戦闘なのか」


『指揮官より各機! ニホン艦隊が見えたぞ! 全力で叩きつぶせ』

ムルゼスの叫び声を聞きながらマーローは前を見る。そこに新たな惨状が生まれた。高度を下げればミサイルは当たらないと思ったのが間違いであった。新たなミサイルの出現で味方機は次々と撃墜されていく。


「そんな! マーロー隊各機、800キロ対艦爆弾を必ずぶち当てるぞ! 死ぬな!」

無線機に向かって声を張り上げた瞬間、機体をビリビリと震わせる何か……漸く見えてきたニホン艦隊、対空砲の猛烈な弾幕の中を飛んでいた。

「大丈夫だ、直撃はない、落とされてたまるか!」

部下が乗るTA―87が砲弾の直撃を受け四散する。

「まだだ、まだ早い。爆弾を横腹に叩き込むにはもっと近付かなければ」

近くを飛ぶ爆撃機がコントロールを失い海面に突っ込む。そして爆発に巻き込まれる戦闘機。だが不思議と悲しくはない。もうどれ程味方を失ったかは分からない。

「あの巨艦を沈めてやる」

マーローの目は、共和国海軍の軍艦とは比べ物にならないくらい巨大なニホンの軍艦を真っ直ぐ見据えている。巨大な砲塔からのびる長大な砲身、どれ程の破壊力を秘めているのか想像もつかない。

「近付けば近付くほど巨大だ。あれがニホン海軍か」

その時、彼のTA―87の間近で砲弾が炸裂し、その破片はキャノピーを粉々に砕き、鋭利な破片がマーローの胸に深々と突き刺さる……

「耐えろ……! 俺は今死ぬわけにはいかんのだ」

まだ飛んでいられるのが不思議なくらいの損傷に見える。だがエンジンと操縦系統はまだ機能していた。

「はぁはぁ……神よ、私にあと僅かの時間を……お与えください!」

今や目前に迫ったニホンの巨艦、爆弾の投下には最適な距離であるように思える。

「今投下すれば、奴の横腹に当てることができそうだな。よし……ぐっ」

爆弾の投下スイッチは故障していた。ここまで生き延びていることが奇跡だと思っていたマーローは絶望する。このままだと機体ごとニホンの巨艦に突っ込むことになってしまう。

「ハハッ……奇跡は続かんか。俺はもう助かるまい。どうせ死ぬならあの巨艦を道連れにしてやる!」

マーローの意は決した。真っ直ぐ巨艦を見据え、舷側に突っ込めるように高度を調節する。猛スピードで迫りくる巨大な鋼鉄の壁に、思わず座席に背中を押し付けた。暗い塗装を施された敵艦の舷側はもう目の前だ。その瞬間は、とてつもなくゆっくりと時間が流れているように感じられる。

「行けー!」

撃墜されなかったのが奇跡なのか……? 最後の思考はそこで途切れた。

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