第四十五話
5月3日 10時00分
バルデラ島南東320km
空母赤城、加賀を中心とする艦隊は、バルアス共和国南東部の航空戦力を撃滅せんと泊地を離れ、バルアス近海まで進出していた。
第二航空戦隊司令の加納少将は赤城の会議室に集まった面々を見渡すと口を開く。
「先日、バルアス共和国が秘匿していた新たな飛行場が発見された! 我々は、その飛行場に配備されているであろう敵の大規模な航空戦力を撃滅し、1週間後より開始される陸軍の本格的侵攻作戦を成功させる。明日には我が艦隊は敵本土の間近に接近する。敵艦隊の妨害があった場合、それを全力で排除せよ!」
会議室に集まった者逹は皆頷いた。
「我が帝国海軍航空隊の力を存分に発揮し、必ずや敵を撃滅しましょう!」
「今のところ敵艦隊に動きはありません。しかし、我が艦隊の動きを察知した場合、バリエラ近海に居座る敵艦隊に狙われる可能性が高いです」
「敵は巡洋艦4隻、駆逐艦、その他小型艦艇が14隻。敵の哨戒網に引っ掛からぬよう注意しなければなりません」
「敵主力艦艇は、我が帝国海軍主力艦艇と比べた場合、必ずしも高性能とは言えません。制海権の確保は容易と判断します」
参謀の男逹は口々に自分の意見を述べていく。
「よい! 制海権の確保は重要だが、今は目前の任務に集中する!」
加納少将の一言で、場は一気に静まり返る。
「諸君なら何も言わずとも分かっておるだろう。以上、解散!」
大きな食堂には非番の乗組員らが集まり、明日の攻撃開始に向けて気合を入れていた。
「早川水兵長! いよいよ明日ですね!」
「竹本一水に矢口二水! 貴様らも来たのか」
「はい! 今日のうちに休んでおけと言われましたが、どうもじっとしていられないのです!」
綺麗に手入れされた事業服に身を包んだ二人の水兵は、直立不動の姿勢で答えた。
「そうか。よし、貴様! 何か一曲歌え!」
「はっ! 何でもよいのでありますか!?」
「構わん! かかれ!」
「はっ!」
若い水兵はある曲を歌い始める……それを聞いた周囲の兵逹も次々とそれに続く。
如何に狂風吹きまくも
如何に怒濤は逆まくも
たとえ敵艦多くとも
何恐れんや義勇の士
大和魂充ち満つる
我らの眼中難事なし
維新以降訓練の
技倆試さん時ぞ来ぬ
我が帝国の艦隊は
栄辱生死の波分けて
渤海湾内乗り入りて
撃ち滅ぼさん敵の艦……
それを食堂の入口で聞いていた宮田兵曹長は、食堂に入る足を止めた。
「俺が気合を入れんでも、士気は高いか」
「ほぅ、やっとるじゃないか」
「加納司令!」
突然背後から現れた戦隊司令の姿に驚愕する宮田。
「如何に狂風か。軍歌演習でよく歌ったもんだ」
「はっ! 兵の士気は高いです!」
「よい傾向だ。兵曹長、君もゆっくり休んで明日に備えておけよ」
加納はそう言うと、その場から離れていく。宮田は立ち去る加納の背中が見えなくなるまで、敬礼で見送る。
バルアス共和国
ダステリア地方
帝国陸軍バルアス侵攻部隊司令部
バルアス共和国侵攻軍司令官、矢沢要一大将は号令台の上に立つと、集まった将兵らをぐるりと見渡す。彼が前に立てられたマイクに向かって喋り出せば、その声は各種通信回線を通じて前線に待機する兵逹にも届くことになっていた。
矢沢は軽く咳払いをすると、ゆっくりと話し始めた。
「昨年、突如としてカール大陸に侵攻した敵バルアス共和国は、我が帝国陸軍の猛攻の前に、抵抗むなしく敗れ去り、今や本土に籠ってしまった状況である! 諸君は明日から、敵本拠地たるタレスに向けて進撃を開始し、途中潜んでいるであろう敵主力部隊を撃破し、タレスの大統領官邸に見事日章旗を掲げてみせよ!」
その言葉に集まった将兵は静かに、そして真剣な表情で聞き入る。
「この戦いは、大日本帝国の歴史に刻み込まれ、帝国の更なる安泰を確立し、この世界の安定を導き、必ずや恒久的な平和を築くことになるだろう。その先鋒として戦えることを誇りに思え! 諸君の健闘を祈る。天皇陛下万歳!」
バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!
矢沢に続いて数千人にも達しようかという多数の将兵が叫ぶ。また、前線に配置された兵も同じように万歳を叫んでいた。
バルアス共和国
首都タレス
旧大統領宮殿
「来客? 私にか?」
デネロー・ラルト少佐は怪訝な表情で部下に聞き返した。
「は! 我々が待ち望んでいた方です!」
部下に促され、応接室へと歩みを進める。応接室の扉を開くと二人の人物が待っていた。
「あなたは!」
「初めまして、かな? デネロー・ラルト少佐」
「共和国海軍のマーティン元帥! 閣下が直接出向いてこられるとは……本来なら私が出向かねばならないところを」
「いや構わんよ」
「情報部のアナト大佐! わざわざ出向いていただき感謝します!」
「どうやら君も反戦主義者であるとの噂を聞いてね。正直どうなんだ?」
マーティン元帥は反乱の首謀者であるデネローに問いかける。
「は! このままでは我が国は疲弊し、ニホンとの戦争にも大敗するでしょう。その前に、止められるところで止めなければ取り返しがつかなくなる……そう思い、今回の計画を実行した次第であります」
「そうか。なら、我々と協力しないか? お互い目的も一緒だ」
アナト大佐は腕を組ながら言った。
「我々の仲間にはレッゲルスもいる。仲間が増えるのは歓迎だ」
マーティンが付け加える。
「停戦の計画を練るなら早くしなければならん。ニホン軍がいつ動き出すかも分からん。ここ最近、ダステリアに上陸したニホン軍の動きが活発だ」
「そうですか。レッゲルス閣下はそちらに……安心しました。拘束されたものだとばかり思っておりました」
「事態は我々が思っている以上に深刻だ。ニホン軍の上陸部隊は今や15万に達しようかという状況だ。今後も増えるものと予測されている」
「アナト大佐、実はマルセス少佐にも会ってきたのです。そこで話を聞いて驚愕しました。ニホン軍は共和国を本気で潰そうとしている」
「そうか、マルセス少佐に。彼は大統領に反論しただけで投獄された! 彼が持ち帰った情報は全て現実となっている。ニホン軍はまもなく次の作戦段階に入るはずだ……それは、今日かもしれんし、もっと先かもしれん」
アナトはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「もしかすると、もう手遅れかもしれんな。だが諦めるわけにはいかんだろう」
マーティンは静かに呟いた。
大日本帝国
東京
某街頭テレビ
まもなくお昼時とあって、人々の足は宣伝を流すだけの街頭テレビ前を足早に通り過ぎるばかりであった。
そんななか、とあるニュースが始まったことで足を止める人もポツポツと出始めた。
巨大なテレビ画面には、帝国ニュース第45号、バルアス共和国首都を狙う帝国陸海軍部隊の文字が踊る。
『テレビをご覧の国民の皆様こんにちは。本日、バルアス共和国侵攻部隊司令官、矢沢大将が全将兵に対して訓示を行いました』
テレビには矢沢大将が号令台の上で話す様子が映し出される。
『なんと勇猛か帝国陸軍。彼らの士気は今や最高潮に達し、彼らの表情からは、バルアス撃滅の決意を強く感じさせるものであり、まさしく皇軍の精鋭そのものでありました』
映し出される将兵の顔はどれも真剣だ。
『帝国海軍航空隊は作戦開始に向けて最後の訓練を行いました。帝国海軍巨大空母赤城、加賀は作戦海域に向かう途中で訓練を実施、航空隊の練度を確認しました』
洋上を行く大艦隊が映し出されると、集まった群衆から感嘆の声が漏れる。
「今からが本番か。まだまだゆっくりはさせてもらえんな」
陸軍大佐、牧山達夫は再び歩き出した。
「なぁ、父ちゃん。何が本番なんだ?」
まだ小学生の息子が聞いてくる。
「よく聞け浩一。お父さんはまた仕事で家に帰れん。母さんはお前が守るんだぞ」
「言われんでも分かってる!」
「ハハハッ! 頼もしいな。それでこそお父さんの息子だ」
牧山は今年で6歳になる息子の頭を撫でる。