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異界の帝国  作者: 赤木
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第四十一話

4月23日

大日本帝国

沖縄県




この世界でも比較的温暖な気候を維持する沖縄。前の世界と変わらず、美しい海と珊瑚礁は一見の価値があるだろう。そんな沖縄の地に船から降ろされる一団がいた。


「そこのトラックに乗ってください」

一団の中には将官も混じっているせいか、警備を担当する帝国陸軍兵士は比較的柔らかい口調で言った。カール大陸から捕虜を乗せて沖縄にやって来た輸送船から500人のバルアス将兵が次々と降り立つ。港には武装した多数の兵士がおり、そんな中をバルアス将兵がゆっくりと輸送用トラックに乗り込んでいく。


共和国空軍のカルロス・デラークは船から降りると空を見上げた。

「太陽が眩しい」

彼は小声で呟く。捕虜の増加に伴う移送によって彼はここに連れてこられた。

「さぁ、早く歩いてください」

近くに立っていたニホン兵に促され歩き始めた。デラークは歩きながら周囲を見回してみる。港には巡洋艦や駆逐艦と思われる軍艦が何隻か停泊し、陸の方を見渡せばニホン兵が「ナハ」と言っていた街の一部を確認することができた。

「ここはニホンのどの辺りだ?」


「分かりませんな」

横を歩く共和国海軍の軍服を着た男が答える。彼とは捕虜収容所で知り合って以来、暇潰しの相手をしてもらっていた。


「まぁ、そうだよな」


「しかしデラーク少佐、我々が移動させられるということは」


「捕虜がまた増えたんだろう」

デラークは暗い表情で言う。


「戦況は思わしくないようですな」


「間違いなかろう。共和国は苦境に立たされている」

彼らは目の前のトラックに乗り込む。満員になるとトラックは動き出した。小銃を持ったニホン兵は黙ってバルアス将兵を監視し、バルアス将兵は皆座ったままで動く者はいない。


「俺達はただ見守るだけしかできん。共和国がこの先どうなるかは……分からんな」


「大統領は戦争推進派です。あの方は30年前の統一戦争勝利に、まだ酔っている。あれはあれで救いようがない」

海軍将校の男は呆れた表情で言う。ここのところ収容所での話題は共和国の行く末や、大統領についてのことが多いと言える。


「大統領か。戦争をやるにしても、もう少し慎重にやってほしかったよ」


その時、ジェットエンジンの爆音が響き渡る。それは低空を飛行するニホンの戦闘機であった。

「あの戦闘機は見たことがないな」

デラークは上空を飛行する灰色の戦闘機を見て言った。


「ニホンの戦闘機は大型で、速度や装備重量が高い。我が共和国であのような機体を開発するには……10年や20年では足りんでしょうな」


「俺はニホンの戦闘機とやり合ったことがある。まるで相手にされなかったよ」

上空は相変わらずニホンの戦闘機が飛び交い、反対車線を時折軍用車の車列が通り過ぎる。中には大型の輸送車が長く四角い筒のような物を積載して港へ向かっていく。筒には『71式艦対艦誘導弾』の文字が書かれていたが、デラークをはじめとするバルアス将兵には読めなかった。





大日本帝国

東京 市ヶ谷

統合司令部海軍部




「先日兵器廠より71式対艦誘導弾の増産分が出荷されました。今後、帝国海軍の全艦艇は71式対艦誘導弾を装備することとし、ハープーンことハ式誘導弾は順次回収していくことになります」

兵器廠の男が司令部の担当者に紙を手渡しながら言った。

71式対艦誘導弾は皇紀2671年から配備が進んでいる国産対艦誘導弾だ。兵器の中には西暦から命名される物も多数存在するが、この誘導弾は皇紀から命名された。ハープーンより若干大型ではあるものの、艦艇の発射器がハープーンより大型の誘導弾を想定した構造になっているため、装備に際して何ら問題はなかった。一部艦艇では既に装備しているものもある。


「なるほど、ハ式誘導弾は回収後どうなるのだ?」


「予定ではタリアニア等の同盟国に払い下げされると聞いておりますが」


「ならばタリアニアに海軍が創設されるのか」


「そのようです。タリアニア工廠ではタリアニア向けの誘導弾艇が建造されているようですし。既存の警備船を改造して誘導弾を装備できるようにしているとか」


「それは初めて聞く情報だ。とにかくハ式誘導弾は払い下げということだな。廃棄処分よりかは良い」


「まったくです」





23時20分

バルアス共和国

首都タレス




共和国防衛大臣ダレン・ディビスは、自宅の部屋で何をするでもなく座っていた。彼はここ最近、さらに悪化の傾向を見せる戦況に疲れていた。だが未だに心中では覆せると思っているのも事実だ。

「おい、すまんがコーヒーを……」

そう言って気付く。妻は念のため田舎に疎開させていたことを。

「疎開してたんだな。仕方ない、自分でやるか」

仕方なく自分で用意する。ここのところ彼は夜も眠れない日が続いていた。ニホンとの戦争、それに関する悪夢……そして現実に日々悪化する戦況。


窓の外を見ると、昼過ぎから降り始めた雨は今も弱まる気配がない。

「今日は1日雨だったな」

小さく呟くと椅子に腰掛ける。


ーードンドンドンッーー

静かな室内に響き渡るノックの音に、ダレン・ディビスはゆっくりと立ち上がった。

「こんな時間に誰だ」

玄関まで来た彼は扉の向こうにいると思われる人物に問い掛ける。だが返事はない。

「いたずらか!?」

そう言って部屋に戻ろうとするが、再びノックの音が響き渡った。

「いい加減にしろ!」

扉を開けてそう叫んだ彼は、目の前の光景に腰を抜かしてしまう。

「な! 何をしておるんだ!」

灰色の軍服を着た集団……誰もが皆、帽子を深く被りその表情を知ることはできない。だがそれが共和国陸軍の軍服であることくらいダレンにも分かる。


「お邪魔しますよ」

先頭に立っていた男が土足で家に上がり込んでくる。それに続いて30人程の兵士が同じく土足で次々と上がり込んできた。


「お前ら何をしておるか! 人の家に勝手に入りよって」


「静かにしてもらえ」

指揮官と思われる男が指示を出すと、一人の兵士がダレンの腹に重い一撃を見舞う。

「ぐっ……!」

たまらず倒れ伏すダレンを何人かの兵士が担いで部屋まで連れていく。


「私をどうするつもりだ!?」

椅子に座らされたダレンは共和国陸軍の軍服を着た集団を睨みながら言う。

「どこの部隊なんだ!? こんなことをしてただで済むと思うなよ」


「随分と威勢がいいですな。しかしこの状況、あなが不利なのは明白ではありませんか。助けは来ないですよ」


「どこの部隊の誰だ! 名乗らんか!」


「仕方ないですな。私は第6師団に属するコルフェス大尉。あなたに自己紹介をするのは最初で最後でしょうな」

指揮官の男が落ち着いた声で言う。


「貴様覚えていろよ。軍刑務所に入れてやる」


「残念ですがそれは無理でしょうな。あなたの命は今日、この時間で終わるのです」


「何を!?」


「最後に言いたいことはありますか?」


「意味の分からんことを言うな! 貴様らは何をしに来たんだ!」


「本当にそれでよろしいのですか? 最後だから言っておきましょう。我々は国を憂いて立ち上がった将校を中心に集まった者です。あなた方はカール大陸への侵略戦争を起こし、ニホンとの衝突を惹き起こしました。しかし、ニホンは予想以上に強かった……我が軍の被害は増えるばかり。遂には本土にまでニホン軍に侵攻を許すという始末……我々はもはや静観できず、立ち上がったということです」

コルフェス大尉はダレンに向かって力強く言い放つ。


「私と何が関係あるんだ!」


「この状況でも関係ないと仰るのですな。大統領の命令で躊躇いもなく軍を動かしたのは、他でもないあなたではありませんか」


「たしかに軍を動かした。だがそれはニホンに勝つためだ!」


「それを夢想していくら犠牲が出たと思っているのですか! やる必要のない戦争をして、共和国は大きな危機に襲われております! これ以上犠牲が増える前に、ニホンに共和国全土を占領される前にこの戦争を終結させねばなりません」


「だからこそ軍を動かし、全力で追い払おうとしてるではないか! それの何が悪い!」


「始まったことは仕方のないことかもしれません。ですが、この戦争は回避できたのではありませんか? 何の考えもなしにカール大陸に侵攻したのが間違いだったのです」

コルフェス大尉がダレンの近くを歩きながら言った。彼の手には拳銃が握られており、周囲の兵士も皆、小銃をダレンに向けている。


「貴様ら私を殺すつもりか!?」


「この国を救うためであります。あなたは尊い犠牲となるわけです」


「き……貴様らぁ」

ダレンは座ったまま周囲に立つ陸軍将兵を睨む。だがそれに動じる彼らではない。


「やれ」

コルフェス大尉がそう言うと、辺りに銃声が響き渡った。





首都タレス

大統領宮殿




デネロー・ラルト少佐は柵の向こうに見える大統領宮殿を見ていた。

「衛兵隊の連中はどうやら引っ掛かってくれたようだな。これで簡単に入れる」

そう言うと彼は連れてきた2000名近い兵を引き連れて門の前に進む。


「デネロー・ラルト少佐ですね? 話は聞いております」

衛兵隊長が敬礼をする。


「ご協力感謝します」

答礼しながらデネローは言った。

「よし、ではこれより宮殿の警備に入る。総員気を引き締めていくぞ」

彼らが大統領宮殿に入るための口実……それはコルフェス大尉が、ダレン・ディビス防衛大臣の命令として偽造した文書であった。それは大統領宮殿の警備に第6師団にある一個大隊を投入するというもので、大統領自身は何も不審に思わず、ダレン・ディビス本人に確認することもしなかった。


「中の確認をしたいのですが」


「はっ、こちらへ」


「よし、第4小隊は私と一緒に来い、残りは庭の警戒に当たれ」

デネローは指示を出すと、衛兵隊長の後を追う。

「大統領はどうしておられるかな?」


「部屋で休まれておりますが」


「少し話をしたいのだが」


「しかし……」


「良いではないか。話があるというなら聞こう」

突然後ろから聞こえた声に衛兵隊長が振り返ると、そこには共和国大統領テルフェス・オルセンの姿があった。


「大統領! こんな時間によろしいのですか?」


「構わん。私も眠れんかったのだ」

大統領は笑いながら言った。


「ありがとうございます大統領」


「私の部屋に来い。そこで話とやらを聞こうじゃないか」

大統領は自室へ向かい歩き始める。彼の後を追うデネロー少佐と第4小隊の兵士たち。


大統領の執務室は彼らが入ってもまだ余裕があるほど広く、壁には歴代大統領の写真が飾られていた。

デネローはその写真を見る。


「この国は130人の国王と大統領によって作られてきた。デネロー・ラルト少佐、君も歴史の授業で習っただろう?」

大統領は椅子に腰掛けると、静かに問い掛けた。


「はっ! バルアス共和国の前身であるバルアス王国が建国されたのが約1000年前、共和国として大統領制が始まったのが120年前。97人の国王と33人の大統領によって統治されてきました」

デネローはかつて学校で習ったことを思い出しながら言った。


「そうだ。そして私は34人目の大統領となった。だが国をうまくまとめられているだろうか? この国難にあたって私は正しい選択をしているのか……時折そんなことを考えるのだが」

そこまで言って一息間を置く。

「私は間違っていないと自分に言い聞かせるようにしておる」


「では大統領、この戦争……共和国が果たして有利に戦っていると言えるでしょうか?」

デネローの問い掛けに大統領は少々驚いた顔をする。


「君は共和国が負けるとでも言いたげだな」


「違います。この戦争は早期に回避できたと言いたいのです。今、我が共和国は危機的状況に陥っております。このままでは取り返しのつかない事態になります」


「では聞こう。我が共和国が生き残るためにはどうするべきかな?」


「今すぐニホンと停戦し、国土の返還を求めるべきであります! あの国は強い、簡単に勝てる相手ではありません」

デネローは大統領に向けて力強く叫ぶ。


「話とはそのことか。君達軍人は勝つことだけを考えていれば良い。それ以外は我々政府の人間がやることだ 」


「このまま戦争を続けることは共和国のためにならないと考えております。今のままでは我が共和国は滅亡しかねません」

デネローは深刻な表情で大統領に言う。


「君らの目的は分かっておる。私を暗殺しようと思って来たんだろう? 殺したければ殺せ」

大統領は窓の外を見ながら言った。その意外な言葉に、集まった将兵は驚愕の表情を浮かべる。


「そうと分かっておられたのなら、なぜ我々をここに入れたのですか?」


「さぁな。私の方針に反発するものが存在することも知っていたが……さぁ、殺すなら殺せよ」


「あなたにはやるべきことが残っているのです。今すぐには殺すことはしません。今の政府を解体し、共和国軍部が臨時政府を設立します。その後あなたを処刑します。そうですな……臨時政府の代表者は海軍のマーティン元帥か陸軍のレッゲルス大将が適任でしょう。あなたの声で軍事政権樹立を宣言してもらいます。共和国の大統領制はあなたで終わりなのです」

デネローが大統領の前まで歩み寄る。

「共和国を救うには……こうするしかありません」


「そんな屈辱を受けられると思うか? 私は必ずニホンに勝てると信じておるのだ! それが終わったなら軍事政権でも何でも好きにやれば良いではないか」


「では無理にでもやっていただくしかありません。それに今すぐあなたを殺すこともできる」


「殺されると分かってるのにそんなことをやってたまるか!」


「あなたの味方であるダレン・ディビス大臣はもうこの世にはいませんよ」


「なっ!? 防衛大臣を殺したのか!」

大統領が血相を変えてデネローに詰め寄る。


「私の部下が行っておりますが」


大統領はその言葉を聞くと力なく座り込んだ。

――くそ! なんでこんな屈辱的な展開に!ーー

そう心中で叫んだところで、目の前の現実を避けることはできそうにない。

「こんなことになるのなら……私は自ら命を絶つしかあるまい」


デネローは黙って大統領を見つめる。そして彼は拳銃を大統領の前に置くと、部下に出るぞと声を掛けた。


「デネロー・ラルト少佐。最後に聞いておきたい」

大統領の声でデネローは立ち止まる。

「私は間違っていたのか?」


「それは、ご自身が分かっておられるでしょう」

そう言うとデネローは静かに部屋から出ていく。部下もそれに続いた。


「少佐、よろしいのですか?」


「構わん。大統領は自決を選んだのだ。最後くらい名誉を保っていただこうじゃないか」

デネローがそう言ったのとほぼ同時に、大統領の部屋から銃声が響いた。

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