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異界の帝国  作者: 赤木
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第四十話

4月18日 21時45分

バルアス共和国

首都タレス郊外

共和国陸軍第6師団駐屯地




首都タレス中心地より北に向かって山を越えると広い平地に出る。大規模な住宅地や軍人の官舎が並ぶ閑静な場所から10kmほど離れた場所に第6師団駐屯地はあった。

この第6師団駐屯地本部前の庭には2000人程の将兵が整列し、何かを待ち構えている。共和国陸軍の灰色の軍服に、軍帽を深く被った彼らは皆静かであった。

そんな彼らの前に3人の男が進み出る。いずれも20代後半から30代前半であろうか。


「注目!」

最も若い大尉の階級章を付けた男がよく通る声で言った。


「諸君、今夜はよく集まってくれた。我々、共通の目的を持った若き将校……いや、共和国軍士官学校第97期の仲間を中心に集まった我らが同志諸君! 私をはじめ、ここにいる2000名はここ数ヵ月間の内に親子兄弟をも超える絆で結ばれるに至った。この中では階級など存在しない! 本題に入ろう。君らはもう分かっているだろう、昨年より始まったニホンとの戦争は思わしくない。これは我が共和国始まって以来の未曾有の危機であり、それと同時に今こそ真の敵を討つべき時が来たのだ!」

デネロー・ラルト少佐は力強く宣言する。彼もまた30歳と若い。

「我が共和国の真の敵は!」


「無謀なる戦争によって国を疲弊させている共和国政府である!」

2000人の将兵が答える。


「そうだ! 我らが最大の敵、その頭であるテルフェス・オルセン大統領は、無謀にも徹底抗戦を叫んだ。その結果、共和国陸海空軍は短期間では到底再建できないほどの傷を負い、遂にはニホン軍が本土に上陸するという共和国存亡の危機に立たされておる! そしてその大統領の意向を支持し、無謀なる作戦計画の下に軍を動かした、ダレン・ディビス防衛大臣もまた同罪である!」


「テルフェス・オルセンに裁きを! ダレン・ディビスに裁きを!」

2000人の将兵は声高らかに叫ぶ。誰一人として異論を唱える者はいなかった。


「祖国を憂う者たちよ! 統一戦争以来の勝利を夢想する政府を今こそ打倒し、共和国を救うときが来た!」

デネロー少佐は将兵達の間を歩きながら言う。彼が通り過ぎると将兵もそちらを向く。

「決行日は23日! 大尉、例の件は問題ないか?」


「は! 問題ありません」


「よろしい」

デネロー少佐が隊列の中を抜けた先には一人の男が立っていた。彼はその男に敬礼をする。

「師団長、もう戻られていたのですね」


「うむ。師団主力はダステリア地方に入る前で待機しておる。だがデネロー少佐、君のような若い者がやらんでも我々老いぼれに任せてくれればよいのだ」

初老の師団長は言った。


「いえ、これは我々の意思であります。我々がやらなければならないのです」


「そうか。無事を祈っているよ」

二人は握手を交わした。


「はい。これからの共和国を背負っていく覚悟は出来ております。残念ながら今の共和国政府は腐っているとしか言えません。大統領に国を任せておくわけにはいきません」

デネロー少佐は真剣な眼差しで師団長を見る。


「もっと君のような軍人が増えたら良いな。今時の若手将校は本当に共和国を無敵だと思っておる。だが無敵の国家など存在せんのだ。今の共和国は無敵国家を夢想し、勝ち目のない戦争に足を踏み入れてしまった。ニホンは共和国始まって以来の最大最強の国家だ。早めに戦争を終結させなければならんのだ」


「そのためにも我らが立ち上がる……ここに集まった若い者達が、祖国の間違いを正すときが来たのです」

デネローが集まった2000人を見渡す。

「彼らは、真に祖国を愛する者達。必ずや共和国を救うときが来るでしょう」

彼は静かに呟いた。





4月19日

大日本帝国

広島県 江田島




兵学校に入校して始めての日曜日、三木孝と石村雄司は養浩館にいた。


「なぁ石村、俺達もクラブへ行かんか?」

三木が江田島羊羹を食いながら言う。


「普通の民家と聞いたが……お邪魔するのは悪いと思わんか?」


「何を言ってるんだ、あの人達はいつも好意を持って生徒に接してくださるから行ってもよいと瀧山生徒が仰っただろう」


「あぁ、でもなぁ俺はなんか疲れたよ。三木は疲れてないのか? さっそくあの一号生徒に目をつけられてるじゃないか」

石村は気の毒そうな顔で言う。


「たしかに……」

三木は初日からの兵学校生活を振り返る。

入校式が終わり、第八分隊の上級生徒の前で自己紹介をしたときからを思い出してみた。


「ここにいるのは、第八分隊の一号、二号及び三号生徒である! 今日から貴様らの兄貴となるのだから、顔と名前をよく覚えておけ!」

瀧山生徒が大声で並んだ四号生徒に言う。そして上級生の自己紹介が始まった。その中でとくに印象に残ったのが野口生徒であった。


「短艇係! 野口次郎!」

野口生徒の気合の自己紹介をはじめ、上級生徒は皆気合が入っており、生半可な声では絶対に怒られると三木は思った。やがて上級生徒の自己紹介が終わる。

「以上が第八分隊の一号、二号、三号生徒である。分からんことがあれば何でも聞くように! 親切に教えてくださる!」

瀧山生徒が言う。三木からすればとても親切に教えてくれる人達には見えない。


「次、四号生徒に自己紹介をしてもらう! 元気に、大きな声でやってほしい! 貴様からだ」

瀧山が石村を指差す。

「出身と姓名を申告すればよい」


「岡山県新見第四中学出身! 石村雄司!」

石村は三木が想像してたより大きな声だった。だが……

「声が小さい!」

「何を言ってるのか全然分からん!」

「もう一度やり直せ!」

忽ち一号生徒から怒声を浴びせられる。

「岡山県新見第四中学出身! 石村雄司!」

今度は腹に力が入っているように感じられる。


「よし! 次!」


「東京府八王子第九中学出身! 加藤康夫!」


「よし!」


いよいよ三木の番が来てしまった。

「青森県大湊第三中学出身! 三木孝!」

自分では精一杯のつもりだった。しかし……

「声が小さい!」

「やり直せ!」

すぐさま一号生徒から怒声が響く。

「青森県大湊第三中学出身! 三木孝!」

すぐ言い直す。

「貴様!」

いつのまにか近くに来ていた野口生徒に小突かれる。そこで瀧山が口を開いた。


「一号が聞こえんと言ったら聞こえんのだ!」


それは後に控える四号生徒にとってはあまりにも威圧的に聞こえた。三木はなんとかやり直し三回で終わったが、他の者は五回や六回くらいやった者もいた。これから始まる兵学校生活にビビらずにはいられなかった。


「そうだったな。三木は三回やり直したのは覚えてるよ」

石村は笑顔を浮かべて言う。


「入校教育も大変だ。陸戦教練やら短艇訓練……本当にここは学校か?」


「学校には違いないが、ここは海軍兵学校だぞ。他と違うのは当たり前さ」


「なぁ、宮島って遠いんか?」

三木はそれとなく聞いた。


「あれか、弥山登山競争か。宮島まで短艇を漕いで行くんだろう。そりゃ遠いさ」


「地図で見たんだが……本当に短艇で行くんだろうか。漕いで行く距離じゃない……」


「秋までには今より強くなってるよ」

石村は袖を捲って腕を見せる。まだまだお世辞にも筋肉質とは言えない。


「まだ細いな」


「そうだ三木、古鷹山へ行かんか? 今日は駆け足じゃなくていいんだ」


「行こうか。今日は天気も良いし気持ち良さそうだ」

三木は立ちながら言った。


「なぁ石村、階段で呼び止められたりしたか?」

古鷹山の頂上へ向かう道、岩場の多い道を歩きながら三木は石村に問い掛けた。


「あぁ、あるよ」

石村は入校二日目の出来事を思い出した。


「待て!」

階段を上がると、踊り場で一号生徒に呼び止められる。

「貴様、兵学校の階段は二段ずつ上がるのを忘れたのか! やり直し!」


「はい!」

石村は回れ右をして階段を駆け下りて、次は二段ずつ駆け上がった。

これでいいかと思ったが、一号生徒は予想外の言葉を口に出す。

「貴様だらしないぞ! やり直せ!」


「は、はい!」

石村は内心で一号生徒を罵りながらもやり直す。


「あの時はやり直し一回で済んだからよかったよ」


「まぁ課業に遅れないように考えてくれてるだろう」


「俺は朝も弱いから辛いんだよ。何回も毛布や寝間着を畳んだな。これはなんだー! と言われて毛布を投げ捨てられてる」

石村は青い空を見上げながら言う。


「そのうち慣れるよ。俺は分隊監事の高田大尉も怖いんだ。入校式の後に会っただろう?」


「私は高田大尉、貴様らの分隊監事である。まぁ担任教官というわけだ!」

石村が高田大尉のモノマネをしてみせる。


「あまり似てないな……」


「貴様らは私を親と思ってくれていい。よって貴様らは息子ということになる。これからは、親子の絆を持って貴様らを鍛え直してやるから、そのつもりでおれ!」

相変わらず似てないモノマネを披露する石村。


「ははっ、そんなこと言ってたな。これから不安になってしまうよ」


「なんとか頑張るか。おぉ着いたぞ三木」

やがて頂上に辿り着いた三木と石村。


「おい、呉軍港が見えるぞ。初めて登った時は疲れてゆっくり見る余裕がなかったからな」

三木は呉の方角を指差す。


「あぁ。あんなに軍艦が残っているのか。帝国海軍は本当に凄いんだな」

石村が呉軍港を眺めながら感心する。


「あれは何か分かるか?」


「あれは……駆逐艦か? 大きさからして巡洋艦にも見えるような」


「あれは阿武隈だ。貴様らも兵学校生徒なら覚えておけ」


「瀧山生徒!」


「貴様らも来ていたのか。今日は一号も四号も関係ない。ゆっくりしろ」

瀧山はそう言うと兵学校への帰り道を歩いていく。


「はい! ありがとうございます!」

二人は瀧山の背中を見送る。


「怒られると思ったよ」


「あの人にも人間らしさはあるんだな」

瀧山の厳しい面しか見たことがなかった二人は少々驚いていた。


「さぁ、俺達も戻ろうか」


兵学校に戻る二人。


「今日は軍歌演習があるのだろう?」


「あぁ、校庭に集合だ」


いよいよ軍歌演習の時間が来た。1000名を超える兵学校生徒が二重の円陣を組んで待機している。


「進めー!」


号令と共に行進しながら江田島健児の歌を歌う生徒達……彼らの声は周辺の集落にも届いていることだろう。左手に歌詞の書かれた紙を持ち、歌いながら行進する生徒達。校長の田村少将がそれを静かに見つめる。


「田村少将! お久しぶりです」

突然の声に振り向くと、そこに一人の男がいた。


「熊谷大佐、貴様だったか」

田村少将は笑みを浮かべた。


「はっ! 熊谷信一大佐、呉鎮守府に着任いたしました!」


「艦を降ろされたとは聞いたが、まさか呉鎮とはな。今まで何をしていたのだ?」


「お恥ずかしいですな。一度は予備役にされそうでした。しかし、反乱事件の責任は問わないと通達がありまして暫く統合司令部海軍部の方におったのです」

熊谷は頭を掻きながら言った。

「それにしても懐かしいですな」


「兵学校時代はよく世話してやったもんだ」

田村も懐かしそうにする。


「田村生徒、いや田村少将にはよく殴られたもんです。初めて殴られたときなんか痛くて寝られやしなかったですよ」

熊谷は兵学校四号生徒だった時代を思い出していた。


「殴る方も痛いんだ。貴様は俺が一号だった頃に一番多く殴った四号だったな」

田村は拳を見ながらニヤリと笑った。

「ところで、今日は何をしに来たのだ?」


「せっかく呉に来たのです。江田島が近いので久しぶりに見たくなったのですよ」

熊谷は歌う生徒達を見ながら呟く。


「そうか。まぁゆっくりしていけ」

そう言う田村の顔は嬉しそうだった。

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