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異界の帝国  作者: 赤木
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第三十九話

4月17日 6時30分

バルアス共和国

ダステリア地方海岸陣地




60トンの巨体が難なく加速する。砂浜の砂を巻き上げ、通常の車両なら乗り越えられそうにない砂丘を、90式戦車は容易く乗り越えていく。

敵の反撃だろうか、頑丈な装甲を叩く敵弾の音が車内に響き渡っていた。


「あの機銃陣地を潰すぞ!」

車長の佐々木俊昭が怒号を飛ばす。


「弾種、榴弾!」


「榴弾装填よし!」


「撃て!」

ドンッ……咆哮する55口径120mm滑腔砲。着弾…爆風によって破壊される機銃や対戦車砲、吹き飛ばされる敵兵の姿。

次なる目標を探していた佐々木が森の中から現れる敵の戦車を発見した。

『小隊止まれ!』

無線から響き渡る小隊長の声……その声を聞いた操縦手が直ちに戦車を停止させる。重量60トンの巨体は信じられないくらい短い距離で完全に停止する。しかしその衝撃のほとんどは高性能な足回りが確実に吸収した。


「敵戦車4輌、まだこちらに気付いていない。残っていたとはな」

佐々木は敵戦車を見て呟く。


『こちら小隊長、敵戦車を攻撃する』


無線から小隊長の声が聞こえる。佐々木はそれを聞き、情報端末を見ながら指示を飛ばした。

「二番目の奴を狙う、徹甲弾装填!」


旋回する角張った砲塔、長い砲身は敵を確実に捉えている。


「撃て!」

再度咆哮する主砲……砲塔側面に砲弾を受けた敵戦車が大爆発を起こした。


「うぉ……誘爆か」

佐々木がそう呟いてる間に他の戦車も味方の攻撃により無力化される。


『敵戦車無力化、前進せよ』

他の戦車小隊は早くも敵陣地を突破していた。こちらも負けてはいられないと感じたのか、小隊長の声が心なしか興奮ぎみだ。

その指示を受けた4輌の90式戦車が見事な隊列を維持しながら前進する。

『前進前進! 歩兵部隊の負担を減らしてやれ!』





バルアス共和国陸軍第11連隊司令部




「連隊長! この命令は到底受け入れられるものではありません!」


「そうです! 総司令部は我々に全滅しろと言っているのですよ!? どうか慎重な判断を」


総司令部からの信じられない命令を受け、連隊司令部の将校達は戸惑っていた。そして絶対に従ってはならない命令だとも……


「落ち着け、私も同じ意見だ。それにレッゲルス閣下がそんな命令を出すとは思えん」

ロデアン大佐が静かに言った。彼はレッゲルスがとある師団の師団長をやっていた頃の部下だ。それだけにレッゲルスをよく知っており、彼が無謀な命令を出さないことも承知している。

「ニホン軍に降伏する。我々はニホン軍上陸後よりよく戦ったが……あまりにも兵力が違いすぎる! これで徹底抗戦せよと言われても結果は目に見えているのだ。戦ったところでニホン軍の進軍を止められるわけではない……我々は無駄死にだ」

ロデアンは力なく呟いた。彼は下を向き、肩を震わせている。


「では、軍使の用意をしなければなりません」

部下の一人が言った。後退した司令部代わりの建物の中でも、ニホン軍の攻撃の音が大きく聞こえてくる。


「よし、じゃあ少佐、君が行ってくれるか?」


「はっ、お任せください」

一人の男が進み出た。


「それから大尉、君も同行してくれ」


「はっ!」


「ニホン軍との交渉の場を設けたい。頼んだぞ」

ロデアンは二人の肩に手を置いて言う。





バルアス共和国

首都タレス

大統領宮殿




テルフェス・オルセン大統領はニホン軍上陸の報告を聞き、軍の関係者を会議室に集めていた。大統領の顔はいつもより不機嫌そうに見える。


「ニホン軍にまんまと上陸されるとは、陸軍は何をやっておったのだ?」


「申し訳ありません大統領。ニホン軍の上陸地点についての予想が外れ、戦力も想像を遥かに上回る規模でありまして……」

共和国陸軍の総司令官代理のリョセフ少将が頭を下げながら言った。


「レッゲルス大将は体調不良らしいが、こんなときに指揮を執らないとは何事か」

ダレン・ディビス防衛大臣がリョセフを見て呟いた。


「レッゲルス閣下は指揮を執れる状況ではありませんでした。今は休んでおられます」


「で、上陸地点の状況はどうなっておるのだ?」


「ニホン軍の大兵力を相手にして苦戦を強いられているようです。ダステリアが落ちるのも時間の問題かと」


「何!? 一地方とはいえ、共和国本土であるぞ! それをニホンに占領されることがどういうことか分かるか!?」

大統領が怒りのあまり叫ぶ。


「ダステリアを防衛する部隊には……徹底抗戦を命じております。彼らは、ニホン軍に少しでも多くの損害を与え、共和国陸軍の誇りと強さを示すことでしょう。そして最後の一兵まで全力で戦い抜き、全滅するはずです」


「なっ……」

リョセフの言葉に大統領は出す言葉が見つからない。彼だけではない、その場にいる全員がリョセフを信じられないといった目で見る。


「おやおや大統領、何か変なことを言いましたかな?」


「いや構わん。その覚悟はよく分かった。増援は送っているのだな?」


「もちろんです。明日早朝にはダステリアに到着し、戦闘に参加できるかと」


「しかしリョセフ少将、現地の部隊を安易に全滅させるというのはな……」

ダレン・ディビスがリョセフを見ながら言う。


「大臣、ニホン軍を少しでもあそこに釘付けにできれば、増援の第6師団は戦いやすくなると思います。私も無計画に事を進めているのではありません。ご心配は無用です」


「そうか。まぁしっかり頼むぞ。ニホン軍をこの共和国本土から追い出してくれ」


「お任せください大臣、必ずやニホン軍を撃ち破って見せましょう」


「マーティン元帥、海軍の状況はどうかな? さすがに海軍だけ何もしないというのはいかんぞ?」

大統領はマーティン元帥の方を向いて言った。


「タレス軍港の沈没船撤去作業は順調に推移しております。しかしまだ出港できる状態ではありませんな」


「そうか。なるべく早くやってくれ。バリエラの艦隊は出せないのか?」


「バリエラの艦隊は戦力再編中であります。北部艦隊からの引き抜きを検討しておりますが、時間が掛かりそうです。それにニホン軍の水中艦はまさに神出鬼没、輸送船を出したが最後、目的地に到達する前に沈められてしまいます」


「ニホン海軍はどうしてそんな情報を知っているのだ? いや、こちらの動きを読んでいるのか……」


「ニホンの哨戒網は我々の想像を絶するものでしょう。水中艦に常に見張られているという状況なのは間違いないでしょう」


「では元帥、彼らは補給をしなくても活動できるのか? 広大な共和国の領海を監視するなら、それなりの数が必要だ。それに常に水中に居られるわけではあるまい。燃料も無くならないのか?」

ダレン・ディビスが考えながらマーティンに言った。


「その点ですが、残念ながら不明です。私もそうですが、実際にその姿を確認した者がおりません。水中から姿を見せることがないようです」


「何か対策を考えてくれ。このまま一方的に船を沈められるのを見ているだけではいかん」


「はっ、出来る限りのことはやりましょう」


そのとき会議室のドアが開かれ、陸軍の軍服を着た男が入ってくる。


「どうした?」

リョセフ少将がその男に聞く。


「大変です閣下、第11連隊がニホン軍に降伏した模様です。……それとレッゲルス閣下の姿が見当たりません」


「何!?」

二つの衝撃的な報告を聞き、リョセフは気が狂いそうになる。先程、部隊は全滅すると強く言い放ち、レッゲルスは休養していると嘘をついた彼にとって凶報としか言えない。


「リョセフ少将、どういうことかな?」


「レッゲルス大将はどこへ行ったのだ。休んでいるのではなかったのか? それにたしか、部隊は全滅すると言ったはずだ。それが降伏するとは……どうなっておる」

大統領が疑いの目でリョセフを睨み付ける。


「申し訳ありません大統領。私の命令が徹底されていなかったようです。レッゲルス閣下は……御自宅で休んでいるのではないでしょうか?」

リョセフはその場をなんとか乗り切ろうと必死になっていた。

ーーくそっ! 私としたことがーー

内心、レッゲルスに見張りを付けていなかったことを後悔する。


「どうしたのだリョセフ少将、暑くもないのに随分と汗をかくのだな?」

大統領がリョセフの顔を見て言った。


「暑がりなものでして……」


「とにかく、共和国の勝利には陸軍の力が必要なんだ。一部が降伏したとしても、この共和国内には40万を超える兵力がある! リョセフ少将、ニホン軍を海へ追い落とせ! 失敗は許さんぞ」

ダレン・ディビスがリョセフに力強く命令を出す。


「はっ、必ずニホン軍を本土から追い出します!」


「それからレッゲルス大将にもしっかりと指揮を頼むと伝えてくれ」


「はっ!」

そうは言ったものの、リョセフの顔は冴えない。レッゲルスを拘束したが、彼には逃げられている……


「では、本日は解散だ。皆よく戦ってくれることを祈っておるぞ」

大統領が周囲を見回す。彼の顔には、まだ余裕の色が見えていた。





13時10分

大日本帝国

東京 市ヶ谷

帝国陸軍作戦本部




ここ作戦本部では、昨日より開始されたバルアス本土上陸の進捗状況を逐一確認していた。部屋に設置された大きめのディスプレイにはバルアス共和国の地図が映し出され、現時点での陸軍各部隊の位置や敵の位置を、集まった人間に分かりやすく示している。

そんな部屋の中に入ってくる男……外見から統合司令部陸軍部の参謀、石原中将だと分かった。


「作戦本部の諸君、よい知らせだ」

石原中将は眼鏡を直してひとつ間を置く。

「昨夜実施された第1即応連隊の降下作戦成功に続き、本日未明より開始された主力部隊の揚陸は今のところ順調に推移しておる。また、現地司令部から敵軍が降伏したという情報が入っておる!」

石原は最後の一文に力を込めた。


「では作戦成功でありますか!?」

牧山達夫大佐が立ち上がりながら言った。


「うむ。本作戦で最も重要であった上陸拠点の確保は達成された! 今後は、我が軍の部隊はダステリアを拠点として作戦を行う」


「2回目の上陸部隊が控えておりますが、この部隊も当初の予定通り上陸が可能でしょう」


「そうだとも。次に控える上陸部隊四万人を予定通り上陸させる。彼らは四日後に出撃する」


「バルアス側には動きはありませんか?」

牧山はバルアス軍の動きが気になった。バルアスがまだ戦うのか、それともここで降伏するのか……


「牧山大佐、残念ながらバルアス共和国は戦争を終わらせるつもりはないようだ。こうなってはバルアス側が全面降伏を申し出るまで、徹底的に叩くしかあるまい」

石原中将はソファーに腰掛け、腕を組む。

「幸い、戦争を継続する余力は十分にある。武器弾薬の増産体制、物資の補給、兵士の動員、我が帝国の戦時体制は既に出来上がっているからな。戦地で戦う将兵に銃後は鉄壁だと言ってやりたいよ」


「これもカール大陸がなければ苦しかったでしょう……あの大陸には感謝せねばなりませんな」


「あぁ。この世界に来れたことは運が良かったと言って良いかもしれん。石油には困らんし、食糧にも困らん。資源も豊富だ」

石原はそう言うと笑顔を浮かべた。かつての地球とは切り離されてしまったが、この世界はそんな状況下で帝国が生きていくための要素が揃っている。


「その通りであります。そういえば閣下、横須賀で何か大きな軍艦を建造しているようですが、あれが例の紀伊型二番艦でしょうか?」

牧山は休日に横須賀に出掛ける用事があり、たまたま見た海軍工廠の様子を思い出す。


「間違いないだろう。どうだった?」


「いくつかのブロックが接合されてまして、既に200mはありました。あれだけでも巨大なんですが……」


「ほぅ。紀伊は全長300mを超えるからな。他の船体ブロックもほとんど完成しているんじゃないか? 順調に進めば来年の初頭には進水するだろうな。まぁ戦艦というものは工程が多いから竣工まで時間が掛かるらしいが……友人からの受け売りだよ」

石原は腕を組んだまま頷く。


「あれからまだ100m以上長くなるんですな……いや軍艦というものは陸戦兵器や戦闘機と比べて巨大で、それに加えて途方もない戦闘力を秘めております。それ故に人を惹き付ける魅力があるのですよ」

牧山は横須賀の工廠で見た巨大な船体を思い浮かべる。


「そうだな。とにかく、その二番艦が就役するまでには戦争を終わらせたいよ」


「そうですな」





22時40分

バルアス共和国

ブレミアノ




街灯の無い狭い田舎道を一台の車が走っていた。その車はブレミアノ市街地から離れた場所にある廃工場の前まで来ると停車する。


「閣下、到着しました。マーティン元帥が何かあればここに閣下をお連れしろと」

そう言ったのは総司令部でレッゲルスを拘束した兵士の内の一人だ。もう一人も一緒に来ている。


「では君らは反戦派の? タレスを出るのに下水道を使うとは思わんかったよ」

笑いながら疲れた表情を浮かべるレッゲルスの姿もあった。


「申し訳ありません。ですがタレスで車を使うと目立ってしまいます。いざというときの脱出ルートですよ」


「では閣下、中に入りましょう。元帥も到着している頃でしょう」

もう一人の兵士が周囲を警戒しながらレッゲルスに声を掛ける。


「おぉ来たか」


突然廃工場の入口から声が聞こえ身構える3人。だがそれがマーティン元帥だと気付いてすぐに警戒を解く。


「さぁ入ってくれ。誰かに見られたら困るからな」

マーティンは3人の背中を押す。彼らは中に入り、地下室への階段を降りていく……扉の前まで来るとマーティンがロックを解除してゆっくりと開いた。


「これは……!」

中には軍が使用する無線機や暗号機、そして作戦計画書まで持ち込まれていた。


「驚いたか? アナト大佐に頼んで用意してもらったんだ。我が軍の交信は全て傍受できる。暗号もちゃんと解読できる」


「筒抜けというわけですな」

レッゲルスはニヤリと笑うと言った。


「まぁそういうことだ。しばらくはここで大人しくしておいた方がいいだろう。私の部下もここに置いておく。何かあれば彼を通じて私に連絡を頼む」


「助けていただき感謝します。言われた通り、私はここでしばらく息を潜めておきましょう」

レッゲルスも自分の置かれた状況を理解している。迂闊に外に出ようとは思わないだろう。


「頼む。共和国を救うために生き残ってもらわねばならんからな」

そう言って手を差し出すマーティン。


「こちらこそ、まだ死ぬわけにはいきません」

その手を握り返すレッゲルス。



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