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異界の帝国  作者: 赤木
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第三十七話

4月16日 19時00分

バルアス共和国南西

ダステリア地方上空




輸送機に乗り込み、飛行場を飛び立ってから7時間が過ぎようとしていた。安田上等兵は窓から見える眼下の景色を見やる……だが昼間なら美しい森林が広がっているこの辺りも、肉眼で確認するにあまりにも暗く、漆黒の闇の先を窺い知ることはほぼ不可能であった。


「小隊長、本当にここに降りるのでありますか?」

初の実戦、それも落下傘による敵地への降下を間近に控えた安田は不安を隠しきれない。


「訓練通りにやれば良い。夜間降下は嫌というほどやっただろう? それに貴様の射撃は我が小隊一番だ。今さら恐れても仕方ない」

小隊長の山口少尉は窓の先を睨みながら言った。

「俺が初めて実戦に身を投じたときはな、何も考えずに飛び込んだぞ。いちいち気にしていたら何も始まらん」


「は! 何も気にせずやりたいと思います!」


「そうだ。いざというときは体が勝手に動く! こんなもん行軍訓練に比べれば優しいもんだ。俺達がやってきた訓練を思い出せ! 冬山に降下して60km行軍、精鋭近衛師団を相手にした戦闘演習、真夏に富士演習場から東京の連隊駐屯地まで行軍、他にも色々あったがな」

山口少尉は今までやってきた主な訓練を思い出しながら言った。第1即応連隊は数的優位な敵を相手にしても戦える部隊として訓練されている。彼らの過酷な訓練の成果が今、試されようとしているのだ。


「そ、その通りであります!」


「うむ、もうじき降下地点だろう。大暴れしてやろうじゃないか」

山口少尉はニヤリと笑うと外を見る。そのとき、高速で輸送機の編隊を追い抜く影を見出だす。

「おぉ、海軍さんだ!」





飛龍航空隊の河野大尉は横目で輸送機を確認すると、再び前に向き直る。


「陸軍さんは相当派手にやりたいらしい」

無線から松尾中佐の声がする。


「どうやらそのようです。派手に暴れてもらうために敵戦闘機を片っ端から撃墜してやりましょう」


「あぁ。だが、今のところ電子作戦機による妨害は順調に動作中だ。奴らは気付いてくれるのか……」

松尾中佐は心配そうな声で言った。事実、敵は対空砲も撃たず、戦闘機すら上げてこない。


「急に来るかもしれません中佐殿、出てきたら潰してやりましょう」


「敵からすればいつもの偵察機なんじゃないか? 俺達は偵察機で、何もしてこないと思ってるんだろう。今から飛び上がらせてやろう」

無線からでも伝わってくる中佐の高揚感……彼はおそらく、胴体にぶら下げた物騒な荷物を敵地のど真ん中に落としたくてウズウズしてるに違いない。


「中佐殿、敵の飛行場が見えてきましたよ。戦闘機が上がってくる前に」


「ようし、1トン爆弾でもお見舞いしてやろう!」

松尾の声が航空隊各機に無線を通じて伝わっていく。

「それっ、者共行けい!」





バルアス空軍ダステリア飛行場では、数時間前から発生しているレーダーのトラブルを復旧できないでいた。また、ここに所属する戦闘機20機と爆撃機50機はタレス空軍基地に進出するため、最後の整備を受けている最中だ。


「ドレル整備員、レーダーはまだ直らんのか?」

基地司令部で不機嫌な声を上げたのはここの司令であるテルス大佐だった。


「申し訳ありません大佐、どうも原因が不明でして……機器は正常に動いておりますが」


「正常だと? レーダースクリーンが何も表示していないのに正常だと言うのか?」


「はい、私もこんなことは初めてです」


「もう一度よく調べてみろ」

テルス大佐は椅子に腰掛けると、机の上に置かれた書類を見る。

「まったく! 上の連中はこんな辺境の航空隊も引き抜きたいのか」

彼は忌々しげな表情で呟く。そのとき司令部のドアがノックされた。

「入れ」


「失礼します」

そう言って入ってきたのは共和国空軍の飛行服を着用した少佐だった。


「すまんなレング少佐、上には逆らえないんだ」

テルスは申し訳なさそうな声で、今しがた入ってきたレング少佐に詫びる。


「いえ、司令は何も悪くありませんよ。問題なのは首都航空隊がそれだけ逼迫しているということです」


「たが少佐、ここの航空隊を引き抜いたら……ここは無防備だ。陸軍も1個連隊しかおらん。こんな状況でニホン軍に襲われてみろ」


「司令は考えすぎです。上層部の見解では、ニホン軍は首都への直接上陸の公算が高いということです。当然、首都の防備を固めます」


「そうだが……俺は心配でならん。ニホン軍は首都になんか上陸しない。奴らは全てをお見通しだ……部隊の配置、飛行場の数、我々の戦力を知っていてもおかしくない」

テルスの表情は深刻だ。


「心配いらないでしょう。首都近郊には大規模な陸軍部隊、200機を超える戦闘機がいます。もうすぐバルデラ島に居座るニホン軍に総攻撃を行う日が来るでしょう」


「まぁ……そうだな。私が考えすぎかもしれん。少佐、君も明日は早いだろう? 最後くらいゆっくり休んでいけ」


「はっ! では休ませていただきます……司令、ありがとうございました。では」


テルスは敬礼をして出ていくレング少佐を見送ると、もう一度書類に目を向ける。

「はぁ、ここはどうなってしまうのだ。……ん?」

そのとき、近付いてくるジェットエンジンらしき音が耳に入るのと同時に、飛行場の管制塔から放送が入る。


「 南東よりニホン軍機と思われる編隊が接近! 数は約30機!」


「なんだと!? 少佐だ! レング少佐を呼べ!」


「し、しかし、今上空にニホン軍機が……間に合いません!」


「いいから呼……」

テルスの叫びは滑走路や駐機場、格納庫で次々に起こる大爆発の音にかき消される。咄嗟に窓から外を見ると、炎に照らし出された燃料タンクに1発の爆弾が吸い込まれるところだった。

「まずい! 伏せろぉ!」

ドォォォォンという大音響、衝撃で割れる窓ガラス、近くにあった車両が吹き飛ばされ、破片が鉄筋コンクリートの壁にぶち当たる……


「大丈夫ですか司令!」


「うむ、大丈夫だ。それより被害は!?」


「今確認しております!」


「た、大変です司令! 駐機場にあった戦闘機、爆撃機ともに全滅です……」

外から飛び込んできた整備兵は血まみれだった。彼は報告を終えるとその場に倒れ伏す。


「おいしっかりしろ!」

倒れた整備兵を抱き起こし、そして背中にできた傷を見て、床に寝かせると彼の目を閉じてやるテルス大佐。

「負傷者の収容を急げ! それから消火活動もだ」


「はっ!」





輸送機の後部ハッチがゆっくりと開いていく……眼下に広がっているであろう森林を思い浮かべ、降下のときを待つ第1即応連隊の兵達。

「暗視装置装着!」


「装着よし!」


「落下傘よし!」

二人一組となり、それぞれ装備を確認していく。


「いいか、俺達はこれから主力部隊上陸まで暴れても良いことになっておる! 諸君らの健闘を祈る! では行くぞ!」

機内のスピーカーから響き渡る連隊長の声を聞いたら、降下の覚悟もできるというものだ。


「ようし行け! 降下! 降下!」

その合図で次々と飛び出していく男達……そして異国の空に咲く多数の花の如く、次々と開く落下傘。


ドサッという音と共に地面に降り立った安田上等兵はすぐさま落下傘を取り外し、小銃を構えて周囲を警戒する。その間にも周囲には次々と仲間が降りてくる。

「小隊、全員揃っておるか!」

小隊長の山口少尉の声がイヤホン越しに聴こえてきた。


「全員おります小隊長!」


「よし、では他の小隊と共闘して作戦行動に移る!」


「なんか綺麗な森だな……」


「暗視装置がなけりゃまともに歩けないだろう」


「で、敵はどこにいるんだ」


「貴様ら、喋ってないでさっさと歩け!」


「しっ! あれを見ろ」

ある兵士がジャングルの中に佇む小屋を発見する。

下手をすれば見落としそうなその小屋を見て山口少尉が手招きで安田を呼び寄せた。


「安田、貴様が中を見てこい」


「はっ!」


「罠がないか注意しろ」


安田はゆっくりと小屋に近付いていく。どうやら罠も何もないらしい。小屋の中を覗くと数人の兵士が座り飯を食っていた。安田はそれを見て手で合図を送る。


「よし、小屋を包囲しろ」

山口が数人の兵士に指示を出す。


「入口付近に歩哨二人……」


「待て! 近くに10人ほどいる」


「入口の二人を気付かれないようにやれ!」

山口の指示でゆっくりと二人の敵兵に近付いていく帝国陸軍兵……


「おい、ダステリア飛行場が爆撃を受けたそうだ」


「ニホン軍か?」


「それ以外考えられん。まさかこの辺りに上陸するんじゃ」


「それはないだろう。ニホン軍はここには来ないよ」


「どうだかな、案外近くにいるかもな」

そう言って後ろを向いたバルアス兵は驚愕の表情を浮かべる。目の前に立つ見慣れない格好の兵士……

「……」

声を出そうとしても出ない。いつの間にかナイフで喉笛を掻き切られ、ゆっくりと膝をつく。どうやら先程まで話していた仲間も同じ運命を辿ったらしい。彼は既に地面に倒れていた。


「二人無力化した」


『こちら第五小隊、敵戦車を発見。小屋の方に向かっている』


「派手にいくしかないようだ。対戦車班は携帯式誘導弾を持ってこい、小銃班は小屋の近くの敵を全て無力化せよ」


「来ました、敵戦車です」


「小屋の中に手榴弾を放り込め!」

命令を受け、安田が手榴弾を投げ込む。突然割れた窓ガラスに何事かと敵兵が立ち上がるが、転がり込んできた手榴弾を見てその顔をみるみる青ざめさせ……ボンッという音と共に永遠の眠りについた。

その音に気付いた10人ほどの敵兵が走りよってくるが、暗闇から飛び来る小銃弾の前に瞬く間に倒れていく。


「対戦車班、あの戦車をやれ!」

92式携帯対戦車誘導弾を持った兵士が膝をつき、敵戦車に狙いを定める。敵戦車も漸く日本軍に気付いて丸みを帯びた砲塔を旋回させるが、発砲するよりも早く飛び込んできた誘導弾の炸裂で、旋回中の砲塔は簡単に上に吹き飛んだ。


「敵戦車撃破!」


『連隊本部より各隊、第三地点に敵主力がいる模様、各隊共闘して敵戦力を撃滅せよ』


「小隊長、周辺に敵はいません」


「では第三地点に向かう。朝までに片付けて上陸部隊が少しでも楽になるようにやるぞ」


「小隊長!」


「どうした?」


「これを見てください」

一人の兵士が指差した先、小屋の床に下へと続く梯子を発見する。


「これは……よし、中に入って確認する」

山口少尉は慎重に梯子を降りると中を見回した。

「食料に弾薬、無線機に……これは地図か」

彼は自身が持ってきた地図と、その地図を照らし合わせてみた。

「これが気になるな……第二小隊より連隊本部、第四地点にも敵戦力が配置されていると思われる。これより確認に向かう」


『連隊本部了解、支援の第七小隊も一緒に送る』


「よし、我々は第四地点に向かう。行くぞ!」


『連隊本部より第二小隊、海軍の偵察機が第四地点周辺の偵察に向かった。端末に情報を直接送るからそちらで確認せよ』


「了解!」

山口少尉は情報端末を取り出すと、第四地点周辺の地図を拡大する。

「ほぅ。こりゃ大歓迎じゃあないか」

端末に表示された戦車を意味する記号を見て彼はニヤリと笑った。


『連隊本部より第二小隊、第四地点には敵戦車部隊が存在、海軍航空隊が片付けてくれる。第二小隊、第七小隊は攻撃終了後に向かえ』


「了解。戦車部隊は海軍さんが片付けてくれる。俺達は攻撃終了まで待機だ」

山口少尉は丸太に腰掛けると周囲を見回しながら言った。

「今のうちに休んでおけ」

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