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異界の帝国  作者: 赤木
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閑話

4月15日

大日本帝国

広島県 江田島

海軍兵学校




まだ、子供っぽい印象の抜けない少年、三木孝少年は赤レンガの生徒館を見上げて歓喜に身を震わせていた。

ーーいよいよ俺も夢にまで見た海軍将校だ!ーー

心中でそう叫ばずにはいられない。

昨日、地元青森から新幹線で広島へ、そこから渡船でここ江田島に降り立った。かつての大先輩方は汽車を乗り継ぎ何十時間も掛けて移動していたが、便利になったこの世の中では、青森から江田島まで1日と掛からずに運んでくれる。


「な、なぁ三木君、なんで震えてるんだ?」

振り返ると、坊主頭が眩しい長身の少年が怪訝な表情で立っていた。昨日宿所で知り合った岡山県出身の石村雄司という少年だ。


「石村くん、君は嬉しくないのか? 僕達は海軍将校の卵になったんだ。将来は艦長、いや、艦隊指揮官も夢じゃない!」


「はぁ、……そんな甘くはないじゃろ」

石村少年は呆れた表情で言った。


「俺は絶対に……」

三木は前を見て言葉を切った。目の前には教官や上級生徒らしき人達がぞろぞろと出てきて並んでいる。


「先任監事の小泉中佐だ。生徒は本日1200時より入校式がある。これより分隊の編成を発表する。その後は各分隊の上級生徒の指示に従うように!」

小泉中佐はそう言うと分隊の編成を読み上げていく。三木と石村は第八分隊だ。


「第八分隊の四号生徒集まれ!」

上級生徒の中でも一番目立つ巨漢の男が大声を張り上げる。その声の元に三木ら新入生徒20人が恐る恐る近付いていった。


「早く来い! いいか、貴様らは本日より江田島海軍兵学校の第八分隊四号生徒だ。ここでは最上級の四年生を一号生徒、貴様ら一年生は四号生徒だ、よく覚えておくように。俺は第八分隊の一号で先任者、瀧山信二郎だ。わからんことは何でも聞け」


その後、生徒館の浴場で体を洗い流し、与えられた制服に着替える。

「貴様らは感謝するように。かつての先輩方はこんなに早く制服を着れなかったのだからな」

瀧山は四号生徒に言い聞かせる。今では最終検査も早めに実施されており、入校予定者を追い返すようなことも無くなったため、早めに出来上がった制服を着用できるのだ。

集まった四号生徒の真剣な顔を見回した瀧山は頷く。

「よろしい。では着てきた服をそこのダンボールに入れて伝票に実家の住所と宛名を書け。心配するな、ちゃんと宅配便で届けてやるから」


ダンボールを見ると宅配会社の伝票が貼り付けられている。交通費や宿賃だけでなく、これも官費なのだろうか。


「できたか? よし、これから寝室に向かう。いいか、館内は早足、階段上りは二段ずつ、下りは一段ずつ駆け足だ。よーく覚えておけ。ちんたらしてたらやり直しだからな」


寝室に入ると寝台が整然と並び、よく掃除の行き届いた綺麗な部屋という印象を受ける。


「各自、自分の氏名が書かれた寝台の横に立て」


四号生徒が各自の寝台の横に立つのを見届けると瀧山は続けて言った。

「寝台の前に箱があるだろう。各自、中身のチェックをせよ」


三木はゆっくりと箱の蓋を開ける……そして一番上に置かれた物を見て、感動に震えてしまう。

「これがあの短剣……」


「何をやっておるか貴様。早くチェックを済ませるんだ。布団には名前を記入しろ」

瀧山に尻を叩かれ、慌ててチェックを始める三木。


「終わったか。それでは温習室に向かう。温習室は生徒館の一階だ」


温習室の内部には机が並び、ここも綺麗で掃除が行き届いていた。


「これに注目せよ。帝国海軍五省だ! 明日から1日の終わりにこれを唱和して反省を行う。よし、では各自机の中身をチェックしろ」


机の中には教科書やら筆記用具が収納されている。


「軍人勅諭五箇条と兵学校生徒心得を出せ」


何冊かの教科書の中からその二冊を探しだし机の上に置く。


「皆出したな。まず軍人勅諭五箇条だ。我々軍人はその五箇条を覚えておけばよい。かつてはもっと分厚い教科書だったが今はその五箇条と意味を理解すれば良いことになっておる。それから兵学校生徒心得は各自、自習でよく読んでおけ。今から1130時までは自習時間とする」

瀧山はそう言って締め括ろうとするが、気付いたかのように口を開く。

「言い忘れておった。携帯電話を持ってきた者、手をあげろ」

その声に手をあげる20人の四号生徒達……


「全員か。よーしよく聞け、携帯電話は土日のみ使用が許可されている。それ以外は学校が預かり厳重に管理するから心配するな。この箱に携帯電話を入れろ」

瀧山は携帯電話管理箱と書かれた箱を指差す。


次々と携帯電話を入れていく四号生徒。だがその中になかなか携帯電話を入れられない者もいた。

「貴様! 早く入れんか!」


なんと入れるのを躊躇していたのは石村くんではないか。彼は何を思ったのか、箱の上まで持ってきた携帯電話を離すことができない。


「理由を聞こうか」

瀧山が鬼のような形相で石村の顔を見る。


「か、彼女と連絡が……」

絞り出すような声を聞いた瀧山は大声で笑いだした。


「はっはっはっはっ! 石村、多少連絡が取れないくらいで落ち込むな。それくらいで離れていく女はな、それまでの女なんだ」


「は、はい!」

力強く返事をした石村は、意を決して携帯電話を箱に入れた。


「よろしい」

満足そうに頷く瀧山。


「瀧山伍長殿!」


「瀧山生徒と呼べ」


「た、瀧山生徒!」


「なんだ?」


「バルアス共和国との戦争はどうなるのでしょう」

ある四号生徒がそんな質問をする。


「それはここでする質問ではないな」

瀧山はその四号生徒の元へ歩いていく。

「そんなことを聞いてどうするのだ?」


「そ、卒業の繰り上げ等はあるのでしょうか」

恐る恐る声を出す四号生徒。


「残念だがそれはない。貴様らは四年間みっちり海軍士官は何たるかを学び、全員無事に卒業することを考えていろ」

瀧山は諭すように言った。


それから12時となり、大講堂で兵学校第148期300名の入校式が執り行われた。


「田口 弘信以下302名、海軍兵学校生徒を命ず! 我が海軍兵学校は明治2年、東京で創設され、明治21年にここ江田島に移された。諸君は今日から、海軍軍人としてこの江田島の伝統を学び、更なる鍛練を積み重ね、帝国海軍の将来を担う立派な海軍士官になってもらいたい!」

校長の力強い言葉に、決意を新たにする生徒……

午後からは校内の案内や、教育参考館の見学等が行われた。参考館にはネルソン提督や東郷元帥、山本元帥の遺髪をはじめ、大平洋での最後の激戦であるマリアナ沖海戦勝利の立役者小沢提督の遺髪も厳重に安置されている。また戦公死将校の氏名が彫られた石碑等様々な訓育資料を見学するうちに、四号生徒の心中にも大きな決意が生まれたのは間違いないだろう。

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