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異界の帝国  作者: 赤木
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第三十六話

4月15日 3時20分

バルアス共和国領海

ブレミアノ南西700km




夜明け前のこの海域を西へ向けて突き進む船団があった。カール大陸の各港湾を出港した3つの船団はバルデラ島南方で合流、陣形を組み直した350隻にも上る大規模な1つの船団に姿を変えている。

それらは5個師団10万人の将兵と、戦車、装甲車、各種輸送車、自走砲等と弾薬や補給物資を満載しており、バルアス本土への最初の上陸部隊主力だ。随伴する護衛の艦隊も空母2隻と巡洋艦4隻、駆逐艦20隻が投入され、防御のみならず積極的な攻勢も可能な強力な艦隊だ。

昨年からの入念な偵察により敵の配置は手に取るように分かる。


「閣下、バルアス軍に新たな動きがあるようです。タレス周辺に6個師団ほどの兵力が展開し防備を固めていましたが……半分ほどが西にある海岸陣地に移動したようです」

輸送船の上陸部隊司令官室で書類に目を通していた矢沢 要一大将が顔を上げる。矢沢は今回の上陸部隊指揮官に抜擢されていた。


「そうか。ならば当初の予定通り、ほとんど抵抗を受けずに上陸ができそうだ」

矢沢の顔に笑顔が浮かぶ。帝国陸軍作戦本部が昨年夏から練り上げた上陸作戦は、まさに彼らの思惑通りに進む……


「はっ、その通りであります。敵は上陸予定地点の防備には力を入れておらず、相変わらず1個連隊程度の戦力しかおりません」


「敵には気付かれてないだろうか。まぁ、第1即応連隊が後方撹乱で大暴れしてくれるはずだ」


「鬼の第1即応連隊です。たっぷり暴れてくれるでしょう」

部下も思わず笑顔を浮かべる。第1即応連隊の戦闘力の高さを考えれば笑わずにはいられないのだろう。


「彼らは今頃寝てるんだろうか。出撃までまだ時間があるからな」


「そうですな。おそらく寝ているのではないでしょうか」





タリアニア郊外

帝国陸軍第1即応連隊宿営地




第1即応連隊は1970年に創設された帝国陸軍の特殊作戦即応部隊だ。彼らは船上での予想に反して寝てはいなかった。早起きをした総員3000名が練兵場に整列し、連隊長の訓示に耳を傾ける。迷彩の野戦服を纏い、帝国陸軍の帽章として五芒星が刺繍された戦闘帽を被り、不動の姿勢で連隊長の訓示に聞き入る兵士の姿に、早起きをした気だるさなど微塵も見てとれない。


「我々の任務は困難なものだ。しかし我々は達成しなければならない! 全員が無事敵地に降下することを願う。以上!」

連隊長の木村大佐の訓示はすぐに終わった。これから装備の最終点検をしなければならない。安田 誠上等兵はそんなことを考えながら駆け足で兵舎に戻る。

兵舎に入ると先に到着していた小隊長の山口少尉が小銃の手入れをしていた。


「安田、小銃はしっかりと点検しておけよ。敵地に降下したら頼りは戦友とこの小銃だけだ」

山口少尉は叩き上げだ。士官学校出の新米とは備える風格も違う。もっとも、この部隊には新米など一人もいないが……

「点検したら寝ておけ。今日は早くから叩き起こされたからな」


「はっ! しっかりと点検します! あの、小隊長」


「なんだ?」


「自分は実戦が初めてであります! 山口少尉殿はイラクでの実戦経験がおありだと聞きましたので、どんな心構えで……」


「馬鹿者! それは戦場で養うものだ。だがひとつ言っておいてやろう。死を恐れていては敵を倒すことはできん。かといって無謀な突撃をすれば良いという訳でもない」


「申し訳ありません小隊長! よく覚えておきます」


「どんなに精神論を押し出しても無敵になることはない。しかし精神力は大事だ。戦場で恐怖に負けたら終わりだからな……貴様も新兵の時に教え込まれただろう?」


「はっ! その通りであります!」


「ならば戦場で押し潰されることはあるまい。我々は夜間に森へ降下する。いつもの訓練通りにやれば良い」

山口少尉は分解した89式小銃の最後の部品を取り付けながら言った。それが終わると、7.7mm弾が30発入った弾倉を装填する。そして次は背嚢の中身の確認を始める。

「そうだ、貴様は解っているだろうが……限られた弾薬で如何に敵を倒すかが重要だ。我々は海岸から上陸する部隊と違って常に補給を受けられる訳ではない。弾薬消費には気を付けろ、そのために爆薬を持っているのだからな」


「爆薬を使って破壊活動を実施」


「そのために夜間降下するのだ。敵の車両、物資、兵舎等の建物……派手に吹き飛ばすんだよ」


「はっ!」


「敵から奪った武器も惜しみ無く使え」





バルアス共和国

首都タレス郊外

共和国陸軍総司令部




3階建て石造りの立派な建造物が目の前に聳え立つ。統一戦争終結後に建てられたこの陸軍総司令部は共和国内でも五指に入る美しさを誇っているだろう。しかしそんなものには興味がないという感じで一人の男が建物内部へと入っていく。


「閣下、ご指示通りブレミアノ海岸周辺の防備を固めておきました」


「ご苦労」

レッゲルス大将の口元に微かに笑みが浮かぶ。だが部下はそれに気付いてはいなかった。


「それから閣下、情報部のアナト大佐と海軍のマーティン元帥が来られておりますが……」


「うむ。今日は会議があるからな」


「部屋でお待ちいただいております」


「あぁ、今から行くよ」

レッゲルスは三階にある会議室に向かう。


三階の会議室の扉を開くと、陸軍の軍服と海軍の軍服を着用した二人の男が待っていた。レッゲルスは後ろ手に扉を施錠すると、二人に対して声を掛ける。

「やぁ、本当に演技というのは辛い。私は役者ではないのだからな」

驚くほど爽やかな笑顔で言い放つレッゲルス大将……


「閣下、これも国のためです。どうかご辛抱を」

アナト大佐も笑顔で返した。


「レッゲルス大将、あなたの演技は役者そのものだ。大統領もまんまと引っ掛かっておったぞ」

マーティン元帥も笑顔だ。


「そうでしたかな? 戦争が終わったら役者にでもなりますか。しかし大統領がいくら馬鹿とはいえ、我々の工作に気付かないとは。この国の政府も終わりですな」

レッゲルスは呆れたような顔で言う。

「ニホン軍はブレミアノには上陸しない……それは間違いないのか?」


「ニホン軍のバルデラ島占領は陽動です。首都への直接侵攻を匂わすための」

アナトは自信ありげに言った。


「じゃあニホン軍は簡単に共和国本土に上陸するのだな」


「はい」


「海軍も動きを封じている。バリエラから艦隊が出てきたとしても、もはや手遅れだ」


「ニホン軍が上陸したら全軍に戦闘停止命令を出します。それに従わない者たちがいたのなら……死んでもらうしかないでしょう」

レッゲルスは目を閉じて言った。彼も部下を失いたくはない。


「では閣下、よろしくお願いいたします」


「うむ。任せておけ」


「それから、色々と気を付けてくれ。我々の企みが知れたら命を狙われるからな」





20時18分

首都タレス

某所地下室




薄暗い照明に照らされた室内、それほど広くない場所に10人ほどの男が集まっていた。彼らは皆一様に帽子を深く被り、その表情を窺い知ることはできない。その中のリーダーと思われる男が口を開く。


「どうやら、我が軍内部に反逆者が存在しているようだ。未だにその詳細は不明だが」


「よく祖国に対して反抗できるものだ。ニホンに取り入ろうとでも?」


「さぁな。まぁニホンに対して恐れを抱いているのは間違いないだろう。俺達はその反逆者を見つけ出し……殺す」


「この無敵の共和国、ニホンごときに敗れるなど有り得ない。だからこそ徹底的にニホン軍と戦い、共和国の力を見せ付けねばならん」


「しかしバルデラ島を占領された。早急に取り戻さねば!」


「今はタレス軍港が使い物にならん。それに愚かにもニホン軍は我が共和国本土に上陸しようと企んでいる……そいつらをぶっ潰すのが先だ」


「それもそうだ。奴らは首都タレスを狙ってやがるからな。上陸したら叩き出してやる」


「反逆者についての情報は何も無いのか?」


「今のところは。反戦主義の腰抜けどもはほとんど収監したがな」


「愚か者だな。反戦を唱えてどうなる。共和国は負けん」


「その通りだ」


「反戦主義者も殺してしまえばいいのだ」


「いや。反戦主義者は多数いるだろう。今は上層部の命令に従っている者が多いからな。始末するのは……反逆者だけでいい」

リーダーと思われる男は静かに言った。





4月15日 10時00分

大日本帝国

広島県 呉海軍工廠




今日の呉工廠は賑やかだった。それもそうだろう、集まった群衆の目の前には造船台の上で進水を待つ一隻の軍艦があった。華やかな装飾に彩られた全長180mほどの大きな船体、艦橋の形状から新型艦だと思われる。


「本艦を、秋月と命名する!」

長井 修次海軍大臣が高らかに命名を宣言した。海軍関係者や集まった群衆から大きな歓声と拍手が沸き起こる。


「いよいよ進水だ」

工廠の工員が次々と支柱を取り外していく。そして進水準備が完了する。


「これより、支綱の切断を行います!」

海軍関係者は銀色の斧を長井に手渡す。長井はそれを受け取ると、支綱に向かって力強く斧を降り下ろした。

支綱が切断されると同時に、秋月の船体がゆっくりと海に向かって進水を始める。それを見計らっていた軍楽隊が行進曲『軍艦』の演奏を開始した。

沸き起こる大歓声、拍手……長い汽笛を鳴らしながら無事に進水する『秋月』の姿は、海国日本のさらなる繁栄を予感させるものだった。


その様子をテレビに食い入るように見つめる者達が遠く離れたカール大陸にいた。





カール大陸

捕虜収容所




『本艦を、秋月と命名する!』


『帝国海軍の新鋭駆逐艦の一番艦が長井海軍大臣により、秋月と命名されました!』


「ニホン海軍の新鋭艦か」

談話室のテレビに映し出されたニホンの軍艦を見て、ジャックス・ドレイク中将が声を出す。


「そのようです。ニホンの進水式は華やかですな」

近くで一緒に見ていた陸軍のロザエル・トセル少将が感心したように言う。


「そうだな」


『秋月型は排水量8000tを誇る帝国海軍の最新鋭駆逐艦であります。この呉海軍工廠の別の造船台では二番艦と三番艦が来月の進水を目指し、鋭意作業が進められております。また三菱重工長崎造船所では四番艦が、タリアニア工廠で五番艦、六番艦……』


「な……来月にはもう三番艦が進水するのか!?」

ドレイク中将は驚愕の表情で呻いた。


「軍艦のことは詳しく知らないですが……それは凄いのですか?」

トセル少将が疑問を浮かべた表情でドレイクに問い掛ける。


「凄いもなにも……大型の駆逐艦が少なくとも、三隻がほとんど同時に竣工することになる。今六番艦まで公表されているから、次々と竣工するかもしれん。今年中に、ニホン海軍の戦力は更に増強されるだろう」


『今、長井大臣の支綱切断と同時に、秋月がゆっくりと進水を開始しました!』


「軍艦とは、そんなに早く建造できるものでしょうか?」


「いや。我が共和国の海軍工廠ではそんなに早い建造速度は聞いたことがない」

ドレイクは半ば呆れた表情でトセルに言う。

「彼らの軍艦は、船体が滑らかになっている。リベットらしきものは見当たらなかった。ヤマトだけはリベットも使われていたようだが……あの艦はかなり旧式らしいからな」


「では、溶接を多用しているのではないでしょうか。戦車の製造では溶接を多用しますが」


「そうか……しかし巨大な軍艦を今の共和国の溶接技術で建造するのは無理だ。軍艦に襲い掛かる波の力はとてつもないものだ」


「なるほど。そんな簡単なことではないのですな」

トセル少将もドレイクの言葉で問題点に気付いた。


「トセル少将、貴官は聞いたか? 共和国政府は徹底抗戦の意思を表明したようだ」


「どうやらそのようですな。私の嫌な予感が的中しそうです。ニホンの強力な機甲師団が本土を蹂躙し、空からは爆弾の雨が降る……」


「海軍は……マーティン元帥は聡明なお方だ。何かしら考えているかもしれん。私は早く戦争を終わらせてほしいと願っているが」


「あの大統領が徹底抗戦を唱えたとは……もっと優秀な大統領だと思っていたのですが」


「冷静さを欠いているのか、ただニホンに勝てると本気で思っているか……後者なら救いようがないな」


「そうですな」

二人は華やかな進水式の中継を見ながら祖国のことを考える。


「まぁ、ここで話し合っても仕方ないな。今は戦争が早く終わることを願うしかあるまい」

ドレイクは頭を切り替えると明るい表情でトセルに言った。

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