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異界の帝国  作者: 赤木
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第三十五話

4月13日

大日本帝国

樺太庁




間宮海峡の向こうに存在したユーラシア大陸を見られなくなって4年。南樺太のみならず北樺太をも巻き込んだ帝国転移は、そこに居住する日本人とロシア人の間にある壁を取り払ったと言ってもいいだろう。国境付近では両国の国境警備隊員が談笑したり、はたまた一緒にスポーツをしたり……転移前のこの国境線が緊張を強いる場所であったのが嘘のような状態だ。帝国は突然断絶された世界に飛ばされてしまった日本人だけでなく、祖国と呼べるのが北樺太しかなくなってしまったロシア人に対する積極的な保護政策を行っている。また、北樺太(ロシア側呼称サハリン州)を正式な国家として認めていた。当初は北樺太に侵攻し、樺太全土を帝国領にしようとする動きもあったが認められず、保護政策に転換している。

その樺太の道路を、豊原市に向けて進む一台の車があった。見た目は明らかに日本車ではないことからロシアの車だということが分かる。


「大尉、ここには120万の日本人が暮らしているんだ……」

ロシア陸軍の軍服を纏ったセルゲイ・レザノフ大佐は隣に座る部下の大尉に話し掛ける。


「話には聞いておりましたが。北緯50度ラインの南側には多数の日本人が居住し、我が軍の数倍に匹敵する日本陸軍の兵士が駐屯している。私は大転移以降、日本軍の北進の脅威に怯えておりましたが……彼らが理性的だったことに感謝しています」

セレマノフ大尉は言う。彼自身、日本軍が北側を侵略占領しかねないと思い、恐怖を抱いていた一人だった。


「今日は日本陸軍将校との懇親会だ。君も友人の一人や二人は作っておいたらいいぞ」


「レザノフ大佐、私は日本人とあまり関わったことがありません……彼らはどんな人間なのですか?」


「そうだな。奴らは武術に関しては……恐ろしいほど強い。君のような巨漢でも奴らは簡単に倒してしまうだろうな」

レザノフ大佐は笑いながら隣のセレマノフ大尉を見る。セレマノフは195cm、105kgという巨体の持ち主だ。


「私は殴り合いの喧嘩では負け知らずですよ!」


「分かっとらんな。そういう問題ではないのだよ。奴らに喧嘩は通用せん。気付いたら自分が倒れ伏してるんだ……何が起きたか最初は理解できんかったぞ」


「それは柔道ですか!?」


「柔道、剣道、銃剣道に空手……刀を持てば太い木を一刀のもとに両断するその技量。白兵戦での彼らはまさしく鬼だ」


「日本にはまだサムライが!?」


「君は本当に日本を知らないのか?」


「はっ。一度も行ったことがありません」


「サハリンに住んでいながら珍しいな。とにかく今日は日本の友人ができるといいな」


「大佐、まもなく到着します」

運転手の声を聞き外に目を向けると、既に豊原市内に入っているのが分かる。


「なんと賑やかな街でしょうか」

セレマノフは豊原の市街地を見て驚く。


「日本の樺太庁中枢が集まる街だからな。信じられないくらい都会だ」

既に日没後とあって市街地には老若男女問わず仕事帰りの人々が多数行き交っていた。その中に混じって、日本陸軍軍人や憲兵の姿も少なからず見受けられる。彼らはその人々を監視するでもなく、普通に飲食店街へ消えて行く者もいた。


「大佐、彼らは何を見ているのでしょう?」

その光景を車中から見ていたセレマノフ大尉はレザノフに問い掛ける。


「さぁ、たぶん飯でも食いに行くんだろう。だが……憲兵を見てみろ。奴らはしっかり監視してやがる」

レザノフはただ歩いているだけのように見える日本の憲兵を指差す。

「あの憲兵、どうやら獲物を見付けたらしい」

彼が言ったとおりその憲兵は、海外から来たと思われる男を止めて質問を始める。

「もしもしそこの外人さん。あなたの身分証見せてもらえる?」


問い掛けられたその男は平静を装ってはいるが、かなり焦りの表情が浮かび出ている。


「外人さん、無いとか言われても困るよ? 帝国への入国はどうやってしたのかな」

憲兵の口元には、笑みが浮かんでいた。それは見るものが見れば震え上がりそうな笑みだ。

その笑みを見て男は観念する。

「ごめんなさい憲兵サン! 私はタリアニアのレイシス……」


「自分から名乗るとは。レイシス・エルナガン! 抗日スパイ容疑で逮捕する!」


「ぎゃあ!?」

その場で取り押さえられた男の悲鳴が辺りに響き渡る。


「あ、あれは」

その瞬間を目の当たりにしたセレマノフが驚愕の表情を浮かべた。


「タリアニアの人間か。おそらくバルアスと裏の繋がりがあったんだろう」

信号待ちで止まっていた車が動き出す……交差点では突然の逮捕劇に人だかりが出来ていた。レザノフはそれを一瞥すると前へ向き直る。


「気の毒ですが……仕方ないのでしょうか」


「そうだな。日本の憲兵はスパイからすれば恐怖の対象だ」


車は狭い路地へ入っていき、洒落た外観の建物の前で止まった。

「大佐、目的地に到着しました」


「ありがとう。さぁ、行こうか大尉」

車を降りた先、目の前にあるのは2階建ての洒落た石造りの建物……『豊原楼』だった。扉を開けてすぐのダンスホールでは、日本軍の将校や、先に到着していたロシア軍将校が女とダンスをしていた。


「お待ちしてましたよレザノフ大佐」

笑顔で話し掛けてきたのは、いつもの厳めしい詰襟の軍服ではなく、礼服を着用した日本の友人だ。


「今日は軍服じゃないんだな安藤大佐」


「今日はそんな気分ではないのですよ」

二人は歩み寄ると握手を交わす。


「紹介しよう。部下のセレマノフ大尉だ」


「ほぅ、お若いな。帝国陸軍大佐の安藤だ」

安藤大佐はセレマノフとも握手を交わした。


「はっ! よろしくお願いいたします、安藤大佐」

セレマノフは安藤の手を握った瞬間、何とも言えない感覚を覚えた。自分より小柄な日本の将校は、見た目に反して恐ろしい力を秘めているのが手を通じて伝わってくる。もしここで襲撃すれば、彼は忽ち床に叩き伏せられるに違いない。


「座って話しましょう。どうぞこちらへ」

3人はダンスホールの奥にあるバーカウンターの前の椅子に腰掛ける。

「飲み物は好きなものを、ウォッカも山ほどありますよ」


「ところで安藤大佐、前は来てなかったようだが、何かあったのか?」


「あぁ、色々と事情があってね」

レザノフの問いに対して安藤は自嘲気味な笑みを浮かべて言う。


「ははっ、相当お疲れのようだな」


「疲れたことは間違いない」


「話が変わるが……どうやらバルアス共和国は選択を誤ったようだね。帝国はあの国をどうするつもりなんだ?」

レザノフは今後の日本とバルアスの戦いの展望が気になっていた。


「はっきり言わせてもらうと、あの国の政府の考えを疑ってしまうよ。バルアス占領統治は決定事項だ」


「占領計画は? あの国をどのように統治するか気になってしまうな」


「申し訳ないレザノフ大佐、今は占領するとしか言えないな。この前のニュースで言ってたとおりだ」


「すまんすまん、我々のとこは情報が来るのが遅くてね。私の予想では、バルアスの政体や軍は解体され、親日傀儡政府でも樹立するんじゃないかと思ってるんだが。大尉はどう考える」


それまで話を聞くだけだったセレマノフは驚いて顔を上げる。

「私は……軍の解体は間違いなく実施されると思っております。バルアスほどの国家であれば小国にとって十分な脅威になり得ます」


「あの国は昨年、突如としてカール大陸に侵攻しようとした。だが既にタリアニアとの条約でカール大陸北部の権益は我が帝国が獲得していた……そこへあの国が殴り込んできたわけだ。帝国陸海軍がいなければカール大陸はバルアスに占領されていただろう」


「今時、粋の侵略国家がいるとはな。我々のいた世界では半世紀以上も昔にそんな国は衰退したが。この世界はつくづく面白い世界だよ」


「まぁ、殿方が集まって何を相談してるのかしら」

背後からの突然の声に振り返ると、そこには和服を纏った黒髪の日本人女性が立っていた。


「おぉ美都子さん、久しぶり」

安藤はその女を見るとすぐに声を掛ける。


「安藤大佐、君の彼女かな?」

レザノフはニヤニヤしながら安藤の肩を叩く。


「残念、彼女には旦那がいるんだよ。それに私にも妻がいる」


「そうそう。旦那は8年前にイラクで戦死したわ」


「そ、それは失礼。しかしあなたのような美しい女性なら再婚も難しくないでしょう」


「馬鹿な男がたくさん言い寄ってきたわ。それより、ロシア人の将校さん。ちょっとダンスのお相手をしてくださる?」


「わ、私でありますか?」


「おばさんの相手は嫌かしら?」


「いえ! 私でよろしければお相手しましょう!」

セレマノフは勢いよく立ち上がると、美都子と共にダンスホールへと入って行く。


「行ってしまったな。しかし……戦争はいつの時代も悲惨だよ。死人を出さずに終わらせるのは無理なんだな。同胞だけじゃない、敵にも多数の死者が出る」


「平和を求めるなら仕方あるまい。軍人も、その家族も、そのために大切なものを失う覚悟はしているだろう」

レザノフはそう言うと一気にウォッカを飲み干す。


「間違いない」

安藤もそれに続いた。





4月14日 11時30分

バルアス共和国

首都タレス




大統領宮殿会議室には共和国軍の主要な人物が集まり、会議を行っていた。しかし彼らの表情はいまいち冴えない。


「バルデラ島が1日で陥落、ニホン軍に占領されたのは紛れもない事実。また、タレス空軍基地は未だに復旧作業中……それに怪物のような巨大軍艦の登場か」

テルフェス・オルセン大統領は報告書を見ながら言った。


「バルデラ島の陥落は痛いですな。あそこに展開した第1師団の損害は不明、バルデラ飛行場は壊滅、いやバルデラ島だけではありません。タレス軍港が閉塞されたため、海軍の動きが封じられてしまいました」

ダレン・ディビスが苛立ちを露にした表情で報告書を見る。


「海軍のマーティン元帥、怪物のような巨大軍艦について何か知ってるか?」


「共和国政府はあのような怪物が現れたのに、まだ情報を掴んでいないのですかな?」

マーティン元帥は皮肉たっぷりの表情だ。


「元帥、君は何か知ってるんだな?」


「知ってるもなにも、これが現実なんです」

彼は鞄から拡大された一枚の写真を取り出し、それを大統領に見せる。

「見てくださいこれを。この巨艦は全力でバルデラ島に艦砲射撃を行っています。魚雷艇の乗員は至近距離から魚雷を命中させましたが、この巨艦に何の痛手も与えられなかったそうです」


「それは本当なのか? 魚雷を喰らって無事な軍艦など聞いたことないぞ」

大統領は疑いの目でマーティンを見ていた。


「信じられないのであれば、それで構いません。しかしこの巨艦は現実です」


「たしかに……こんな巨大な軍艦は初めて見る。ヤマトよりも大きいのか?」


「この写真なら2隻とも確認できます」

マーティンが取り出したもう一枚の写真。2隻の巨艦が主砲の発砲炎に照らし出された瞬間をうまく捉えている。


「前にいるのがヤマトか。後はなんだ!?」


「本当に何も知らないのですか……ニホン海軍の新型艦です。ヤマトすら及ばない常識外の巨艦です」


「なるほどな。まさかそれを恐れているんじゃないか? どんな軍艦も無敵など有り得ない。魚雷を喰らって無事だったのは偶然だ。海に浮かんでいる以上必ず沈む……元帥よ、ニホン海軍を撃滅してもらわなければ困るぞ」

大統領はマーティンに向かって無茶な要望をする。


「出来る限りのことはしましょう。今は軍港を閉塞する沈没船を何とかしないといけません」

言葉ではそう言いつつも、マーティンの内心は穏やかではなかった。彼の思った通り、大統領は危機感も何も抱いてない。


「頼むぞ元帥。どんな巨艦が来ようと我々の敵ではないんだ」


「閣下、ブレミアノ空軍基地から発進した偵察機がバルデラ島偵察に成功、30隻ほどの上陸船団を確認しています。さらに南へ400kmの海域を……100隻を超える大船団が航行しているとの報告があります。また、同じ規模の船団をあと2つほど発見しております」

空軍の通信士が会議室に駆け込み、一枚の紙を手渡す。


「な……100隻を超える船団が複数だと!?」

ダレン・ディビスが驚愕の表情で叫ぶ。


「どこへ向かっているのだ!」


「そこまでは判断できません。しかし、ニホン軍が大規模な上陸作戦を実行に移すことは間違いないでしょう」


「どうしますか大統領。海軍は動けません……どうしたものでしょうか」

マーティンが笑いたくなるのを我慢して大統領に問い掛ける。大統領の顔に先程までの余裕は見られない。今まで楽観していた大統領とて、ニホン軍が上陸してくるのは怖いのだろう。


「元帥、ニホン軍の上陸をなんとしても阻止するんだ! 共和国は無敵だ! 必ずニホン軍を撃退できる」


「軍艦もまともに動かせないのにどうしろと? 大統領も沈没船の撤去を手伝っていただければ分かるでしょう。軍港から出るのが不可能なんですよ」


「ぬぅ……元帥よ、君は国を守りたくないのか!?」

大統領は怒りで顔を真っ赤にして元帥に掴みかかった。


「まぁ落ち着いてください大統領。マーティン元帥も国を守りたい気持ちは同じですよ」

情報部のアナト大佐が二人の間に割って入る。


「大統領、共和国が無敵ならばニホン軍が上陸しても問題ないのではありませんか?」

マーティンはそれでも大統領を煽るような発言をする。


「マーティン元帥も堪えてください。ここで言い争ってる場合ではありませんよ」


「そうだな。申し訳ありません大統領。私もイライラが募っておりました」


「君たち軍人の苦労は分かる。君は休んだほうがいいだろう」

大統領はマーティンの肩に手を置いて言った。

「レッゲルス大将、陸軍の部隊を主要な場所に配置させろ。すまないが元帥、海軍は君に任せるぞ」


「努力しましょう」

マーティンは短く答えた。


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