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異界の帝国  作者: 赤木
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第三十四話

4月11日 8時20分

バルアス共和国

バルデラ島南東部





上陸用舟艇から前方に見える島はあちこちから煙が上がり、いまだに燃えている場所も見える。後方には輸送船や駆逐艦などの上陸船団が控えていた。この船団は第一戦隊と入れ替わるようにバルデラ島に接近し、今まさに4500名の歩兵と20輌の戦車を揚陸せんと島に対して多目的誘導弾などで猛烈な攻撃を加えている。

熊本から来た島嶼防衛を専門とする歩兵第121連隊の面々は輸送ヘリや高速上陸舟艇に分乗し、我先にと島を目指す。その中には連隊長の野尻 勲大佐の姿も確認することができた。エアクッション艇は戦車や車両を積載し、その高速をもって一気に島に接近する。


「島からは撃ってこないな」

野尻が島の方を見ながら呟いた。


「まもなく上陸地点に到達します!」


《こちら先行上陸部隊、少数の敵から攻撃を受けるも目標地点に上陸成功!》

ヘリで真っ先に島へ向かった部隊が無線で報告を送ってくる。


「よし、上陸した部隊は直ちに橋頭堡を確保せよ。後続の部隊もすぐに送る!」


《海岸地区に上陸成功! 敵影なし!》


「連隊長! 我々もまもなく上陸です!」


「よし行くぞ!」

野尻の号令で連隊司令部の男たちは膝まで水に浸かりながらも、彼らは前線の兵士と遜色ない軽快な動きで海岸を目指す。


「戦車を前面に押し出せ!」

彼が指示を出すと、海岸で待機していた戦車が即座に動き出す。それでも敵の主力はまだ姿を見せない。


「連隊長、この島は不気味なほど静かです。敵軍主力はおそらく西の山岳に籠っている可能性が高いかと」


「そうだな。あの山から狙われているかもしれん。攻撃を加えて……」

野尻は喋っている途中で山の方を見る。

「いや、あちらから出向いてくれるようだ」

西の山からは敵兵がぞろぞろと出てくる。彼らは戦車を盾にして121連隊を迎え撃たんと、ゆっくり近付いてくる。


「敵主力を発見。1万人ほどいる……距離7000」


「籠っていればいいものを」

野尻は少々残念そうな顔をする。


「どうしますか連隊長。奴らは我々を本気で潰すつもりですよ」


「全力で迎撃するぞ!」

野尻は軍刀の柄を握り締める。





9時05分

バルデラ島西部




「師団長! ニホン軍が上陸しています!」


「遂に来たか……」

椅子に座っていたバルアス陸軍第1師団長 レリス少将は顔を上げると、周囲に集まった将兵の顔を見渡す。

「皆よく聞いてくれ。遂にこのバルアス共和国の領土にニホン軍が上陸した。ニホン軍はこの島を占領するために我々を排除しに来るだろう……だが我々はそれを恐れることなく、全力をもってニホン軍を撃退する。二度と故郷に帰れないかもしれんし家族にも恋人にも会えなくなるかもしれん。それでも戦うという者は私と一緒に死んでくれ。生き残りたい奴はニホン軍に投降しても構わん」

彼の顔は壮絶な決意に歪んでいた。彼は部下を無駄死にさせたくないし、自身も死を恐れていないとはいえ、こんな場所で死にたいとは思っていない。


「何を仰るのですか。精強なる共和国陸軍は逃げたりしません。ニホン軍をこの島から追い出してしまいましょう」


「その通りです師団長。我々は全力でニホン軍と戦います! 奴らに共和国陸軍の恐ろしさを教えてやるのです!」

第1師団の将兵は諦めていなかった。弾薬庫が吹き飛び備蓄弾薬が枯渇し、食料も残りわずかではあるが彼らの士気は高い。


「我々には大砲も機関銃もない。頼れるのは少ない戦車と君らが持つ小銃のみ。それでも戦うのだな?」

再び周囲を見渡すレリス少将……

「いい表情だ。ニホン軍の規模は?」


「はっ、ニホン軍の上陸船団は駆逐艦10隻以上、輸送船と思われる大型船が10隻います。既に4000人以上が上陸したかと」


「数ではこちらが上だが……」


「ニホン軍は戦車を20輌ほど揚陸しております。こちらには4輌しか残っていません」


「それに奴らは上空に常に戦闘機を待機させています。戦車を出せば真っ先に餌食になる可能性が高いでしょう」


「しかし歩兵だけでは簡単にやられてしまう。戦車を盾にするしかあるまい」


「では戦車の攻撃でニホン軍に打撃を与えて、歩兵の突撃を行いましょう。弾が無くなったら銃剣を使わせます」

そう言った部下の顔は苦渋に満ちていた。それもそうだろう……歩兵一人が携行する弾薬は20発弾倉3つしかない。


「準備はいいか? 行くぞ!」

レリス少将は自らも銃を取り立ち上がる。





バルアス共和国

首都タレス

タレス軍港




軍港に程近い海軍司令部では魚雷艇の乗員が持ち帰った写真の分析に取り掛かっていた。識別表には掲載されていない新たな軍艦の出現……それはバルアス海軍司令部に衝撃をもたらした。


「魚雷の直撃を受けたにも関わらずその軍艦は沈まなかったと。魚雷艇ごと体当りをすればよかったんじゃないか」

マーティン元帥の表情は暗い。政府に対して怒りを抑えきれなかった彼は二日間寝込んだ後この司令部に戻ってきたが、以前の彼からは想像できない発言をするようになっていた。


「閣下、この写真を見てください。ニホン海軍はとんでもない怪物を送り込んできたのです!」


「どれ」

マーティンは部下から手渡された写真を眺める。

「なんてことだ……」

彼の顔からは血の気が失せ、写真を持つ手が震えだした。


「閣下! 大丈夫ですか!?」


「気にするな。少し気分が悪いだけだ。君らは知らんだろうが……この船こそニホン海軍の新型艦キイだ。陸軍情報部のマルセス少佐がこんな情報を持ってきたんだ」

マーティンは自身の鞄から書類の束を取り出す。

「これを見たまえ」

その中から一枚の書類を見つけると部下に手渡した。


「ニホン海軍の軍艦キイについての情報ですか……」


「バルデラ島じゃ今頃ニホン軍との決戦が繰り広げられているだろう……だが海軍は動けない。軍港の港口付近に沈んだ輸送船が邪魔でここから出られないんだからな。まぁ君たちは死なずに済むんだ、ニホン軍に感謝しようじゃないか! ハッハッハッハッハッハッ……」

マーティンは笑っていた。部下はそれをなにも言わずに見つめることしかできない。


「どうしたんだ? 本当は出撃したかったんだろう?」


「む、無念であります閣下! 海の上でしか戦えない軍艦を出撃させることも叶わないとは」


「では君の力で港口付近に沈んだ20隻の船を何とかしてみたまえ。港口付近の水深はたったの15mしかない。デカイ輸送船がそんな場所に20隻も沈んでいるんだ。政府は何も分からずに侵攻部隊を出撃させようとした……しかし、ニホン軍はそれを許さなかった。出港しようとした船は忽ち魚雷攻撃を受けタレス軍港の港口を塞いでしまった。全部無能な政府に責任がある」


「バリエラの艦隊を……」


「まぁ待て。彼らはまだバリエラに残ってもらう」


「閣下……キイについてですが、基準排水量10万t以上というのは本当ですか?」

書類に目を通していた部下がマーティンに問い掛ける。


「嘘をついてどうする。全て真実だ。政府の奴らはこの真実を受け入れようとしない。だからキイが現れたことも報告する必要はない」


「そ、そうですか。しかし……」


「心配無用だ。無敵の共和国政府ならこの程度の情報、自力で手に入れてるだろう。私は用事がある。君らも仕事のし過ぎはよくないぞ?」

そう言うとマーティンは司令部から出ていった。それでも部下は何も言わない。





タレス将校クラブ




ニホンとの戦争が本格化し、軍も忙しくなってきたためここには一部の将校を除いて誰もいなかった。共和国陸軍情報部のアナト大佐は昼間から酒を飲み、テーブルの上には既に空瓶6本が並んでいる。そんな彼の前に一人の人物が座った。


「昼間からよくやるよ。アナト大佐、例の作戦は成功したぞ?」


その言葉を聞いたアナト大佐は酒をテーブルに置くと、向かい側に座った男を見て言葉を発する。

「元帥閣下……本当ですか?」


「私は嘘を言いに来たんじゃない。これで侵攻作戦は頓挫した。政府の奴らもニホンの攻撃だと信じておるわ」


「一気に酔いが覚めましたよ、マーティン元帥」

アナトは海軍の軍服を着用した向かい側の男に笑顔を見せる。それは彼が久しぶりに見せた笑顔だった。


「ハッハッハッ。まぁ君もよく考えたもんだ。軍港の港口に機雷を敷設するとはな。幸い海軍内の協力者たちはよく手伝ってくれたよ。おかげさまで誰にも気付かれずにできた」

マーティンは笑顔を浮かべた。それは司令部で見せたような狂気に染まったものではなく、彼の本来の笑顔だった。


「ご協力感謝します閣下。無駄な犠牲を出さずにニホンとの戦争を終わらせるのは難しいかもしれません。ですがこれは大きな一歩です。政府を打倒するのが最終目標ですが……」


「政府はニホンに打倒してもらおう。ニホン軍が本土に上陸すれば奴らも気づくはずだ。自分達が間違っていたということに」


「ニホンの統治政策は優秀だと聞きます。共和国の名は一度消滅した方がいいです。陸軍の実戦部隊には多大な犠牲が出るかと思いますが……共和国再生の尊い犠牲として死んでもらわねばなりません」

アナト大佐は言った。彼の表情には何の迷いも無いように見えた。


「かつてニホン軍はダイトウア戦争という戦争で植民地を解放し彼らの統治下に置いた。そしてその国の軍隊に積極的な指導を行い独立を支援した。その国々は再び植民地支配を目論む列強を撃退し、真の独立を獲得したのだ」


「よく知っておられるのですね。マルセス少佐もその話をしておりました」


「ニホンについては色々と勉強したよ。あの国が共和国再生を支援してくれるかどうか分からんが……もしかしたら戦争ができない国にされるかもしれん。それはそれで仕方あるまい」


「それがいいかもしれません。戦争など無いほうがいいのです」


「それは間違いない。ニホン軍が上陸してきたら私は真っ先に投降するよ」


「私もそうしましょうか。ところで……軍刑務所に収監された反戦主義の軍人は」


「彼らはあそこにいた方が安全だ。戦争が終わればすぐに出られるさ。危険な目に遭うのは我々だけでいいんだ。今気になるのはバルデラ島の将兵たちだが……」

マーティンはバルデラ島に展開した陸軍将兵を心配した。


「彼らは、この共和国再生の犠牲となるしかないでしょう……」

アナト大佐は少々暗い表情を浮かべる。


「うむ。仕方ないか」





12時50分

バルデラ島




既に4輌あった戦車はニホン軍の強力な戦車に破壊され、1万人近くいた歩兵は砲爆撃によってその数を5000人ほどに減らしていた。それに対してニホン軍はほとんど損害を受けておらず、弾薬も尽きる気配がない。


「あいつらどれだけ弾薬持ってんだ! こっちはもう残ってないんだぞ」

一人の兵士が涙を浮かべて叫ぶ。彼は今になって後悔していたのだ。こんなことになるならニホン軍に投降すればよかったのだと。


「弱音吐いてんじゃねぇ! もう最後までやるしかないんだよ!」


「嫌だ……こんな場所で死ねるかよ!」

彼は立ち上がると、あろうことかニホン軍のいる方へ走り出す。その手には白い布が握られていた。


「おい! どこ行くんだ!」

ケルダ一等兵は伏せていた岩場から顔を出し、逃げていった戦友の行方を見守る。200mほど進んだところで彼はニホン兵に取り囲まれ、そして拘束されるとニホン軍陣地の奥へ消えていく。

「おいおい、ニホン兵に捕まったら即殺されるんじゃなかったのか?」

政府からニホン軍は捕虜をとらないと教えられていた彼は驚きを隠せない。周囲でそれを見ていた仲間は、立ち上がると銃を捨てて次々にニホン軍陣地目指して走り出す。


「お前らどこへ行く!」

近くにいた大佐が逃げ出した兵士を見て叫ぶ。そして白い布を確認すると拳銃を取り出し、逃げ行く兵士の背中へ向けた。


「大佐! やめてください!」

ケルダ一等兵が握られていた拳銃を弾き飛ばし、銃剣を大佐に向ける。


「上官に反抗するとはな。君は死にたいのか?」


「黙れ腰抜けが!」

ケルダは銃剣を勢いよく突き出す……銃剣は大佐の胸に深々と突き刺さり、致命傷になるのは間違いなさそうだった。


「ぐっ……貴様……」

大佐はケルダを睨み付けるとその場に倒れた。


「何をしてる!?」

騒ぎを聞き付けた兵士が集まってくる。


「おっ、俺は何もしていない!」


「おい待て!」

銃を捨てて走り出すケルダを集まった兵士たちは呆然と見送ることしかできない。目の前には胸から血を流して倒れる大佐の姿、既に息はない。


「何事だ!? これは誰がやったんだ!」

第1師団の士官が続々と集まってきた。


「た、大変です! ここにいた第3大隊のやつらがニホン軍に投降しました!」


「師団長、どうやら将兵の士気は崩壊寸前のようです」


「うむ。上官を殺害してまでニホン軍に投降するとは」


「ニホン軍は捕虜をとらないと聞いていましたが……」


「私も捕虜をとらないニホン軍に投降しろと言えば、将兵の士気を保てると思ったんだが。政府の観測は間違っていたようだな」

レリス少将は困っていた。


「師団長! 我々はいつでも突撃します! 最後の命令を!」


「よし。残った兵士で総攻撃を実施する。我々の戦いは、たとえ共和国が滅亡しようとも、ニホンの人間によって語り継がれるだろう」

レリス少将は立ち上がると、近くに倒れていた兵士の銃を取る。弾倉には4発しか弾丸が入っていない。彼は銃剣も一緒に手に取った。

「なんと絶望的な……総員着剣!」


「さぁ行きましょう師団長。共和国陸軍の最後の意地を見せてやりましょう!」


「あぁ。突撃!」

彼は大声で最後の命令を下した。


「行け!」


「突撃! 突撃!」

動けるもの3000名はニホン軍に一矢報いるべく駆け出した。当然その動きはニホン軍陣地に察知され、あちこちに潜む戦車や機関銃陣地からの猛烈な弾幕が展開される……





「連隊長! バルアス軍が総攻撃を開始! 全力で迎え撃っております!」

野尻大佐に部下が報告する。それほど離れていないところから戦車の砲撃音や機関銃の射撃音が響き渡り、敵兵の絶叫も一緒に聞こえてくる。


「彼らに敬意を払い、全力で退けようじゃないか」

野尻は左手に拳銃を持ち、右手で軍刀を抜き放った。ギラリと光る刀身を眺めて精神を統一する。その時だった、猛烈な弾幕を奇跡的に躱し、10人ほどの敵兵が連隊司令部のある陣地に乗り込んできた。


「迎え撃て! 連隊長はお下がりください!」

そう叫びつつ、部下は拳銃の正確な射撃で敵兵を一人ずつ倒していく。敵は撃ってこない……おそらく弾切れなのだろう。


「心配するな。さぁ来い!」

野尻は左手に持った拳銃で一人を倒した。そしてその視界に右から銃剣を突き出す敵兵の姿を見出だす……

「腰が引けとるぞ!」

銃剣の一突きを間一髪躱すと、右手に持った軍刀を袈裟懸けに振り抜いた……

「ぎゃあぁ」

奇声を上げて倒れた敵兵にとどめとばかりに拳銃弾を撃ち込む。


「お、お見事です連隊長」

部下は乗り込んできた敵兵の最後の一人を仕留めた野尻を讃えた。


《敵指揮官が死亡、敵軍は降伏の意志を示しています》

無線で報告が入る。


「丁重に受け入れろ」


《はっ!》


バルデラ島での戦闘は終結した。バルアス側死傷者6000名以上、日本側死傷者150名を出したこの戦いはまだ始まりに過ぎない。





18時30分

大日本帝国




この時間、全国のテレビ、ラジオ等から同じ内容の放送が流れていた。


『統合司令部陸海軍部、4月11日18時発表。4月10日深夜、敵バルデラ島に対して帝国海軍大戦艦大和、紀伊は猛烈なる艦砲射撃を実施。敵バルデラ飛行場ならびに防御陣地を完全破壊。帝国陸軍部隊は本日4月11日午前7時より上陸を開始。優勢なる敵一個師団を相手に勇戦奮闘し、敵軍の士気は崩壊。15時に島の完全占領を宣言しました。なお、捕虜は4000名を超えるとのこと。繰り返します。統合司令部陸海軍部、4月11日18時発表……』

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