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異界の帝国  作者: 赤木
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第三十二話

3月25日 19時50分

カール大陸東方120km

マーカル諸島




タリアニアから950km北に位置するマーカル諸島。7つの島が円形に並び、島と島の間は最大でも700mしかないこの場所は波も穏やかで、内海は艦船の泊地としては最適であった。帝国はカール大陸に進出した時にこのマーカル諸島に目をつけ、要塞化すると同時に、小規模な艦隊なら停泊可能な泊地を建設した。最も大きいダレシア島には大型空母も入港できる港湾をはじめ、燃料タンクや物質集積所、将兵の保養所などが設けられており、なかなか立派な泊地となっている。また、潜水艦の拠点としての機能もあり、こことバルアス共和国周辺を多くの潜水艦が行き交っている。

そして普段は潜水艦しかいないダレシア島の港湾には2隻の巨大な艦が停泊していた。その2隻は1週間前に入港した大和と、3時間前に入港した紀伊であった。これら2隻を支援する航空艦隊は大陸北方海域に居座っており、大和と紀伊がバルデラ島に接近する際は防空、島への爆撃、着弾観測等を行うことが決まっていた。


「それにしても……」

大和艦上で艦長の武田 政信大佐が呆れたような声を上げる。彼の視線の先には大和を上回る巨体を誇る紀伊の姿……まさしく世界最大の戦艦の姿があった。


「帝国海軍はとんでもない戦艦を建造しましたね。噂には聞いておりましたが、これ程とは」

副長の宮野中佐が隣で驚愕の表情を浮かべる。


「映像で見るのと実物では随分違うな。初めて大和を見たときの感動にも似ている」


「艦長、大和は先の大戦が終結する間際まで国民の殆どが知らなかったのに対して、紀伊は大々的に公表されております。やはり時代でしょうか」

宮野は神妙な面持ちで言った。


「あの時代は色々と事情があったんだ。今は文句を言ってくる国は無いからな。それでも紀伊は昨年夏まで秘匿されていたが」


「では、長門や陸奥のように日本の誇りだと国民から慕われてカルタにでもなるかもしれませんね」


「ほぅ。副長はあのカルタを見たことがあるんだな。かなり古い物だぞ?」


「えぇ、昔祖父の遺品を整理した時です。大切に保管されてましたから状態は良かったですよ」


「なるほど、長門が記念艦となった今では貴重な代物だな。あの時代の物といったらそんなに残っていないが、家系に海軍軍人が多かったせいか昔話には事欠かないな」


「それは羨ましいですな。私の家は軍人とは無縁でしたから、私が海軍軍人になると言ったら家業を継げとうるさかったですよ」


「そうか。俺の親父は海軍軍人だったんだ。そして祖父もな。親父は戦後に任官して重巡乗組、祖父はそれこそ日清・日露戦争を経験した年代だよ」


「すごいですな。東郷元帥にもお会いしているのでは?」


「祖父は日本海海戦に参加している。俺の幼少期は祖父の話しか覚えていないと言っても過言ではないくらいだ。もちろん東郷元帥の話もたくさん聞かされたよ。東郷元帥は小柄だったが溢れ出んばかりの威厳に満ちていたと」


「写真でしか見たことがありませんが……東郷元帥の威厳は写真からでも伝わってきます。米英の海軍軍人からも尊敬を集めていたようですし」


「当時の大国ロシアのバルチック艦隊を破ったんだからな。それはもう世界を驚愕させただろう。我々もそれに恥じない活躍をしたいものだ」

武田は大和の高い艦橋を見上げる。港湾の灯火に照らし出された大和は頼もしい限りだ。だが近くに停泊する紀伊に比べれば、大和の存在感は一気に霞んでしまう。紀伊の戦闘力については未知数ではあるが、装備する巨大な51cm主砲の破壊力は大和を大きく上回るものと思われた。


「艦長、伊号より入電です」

通信士が武田の元に1枚の紙を持ってくる。


「うむ、読んでくれ」


「はっ。宛、第一戦隊。本日1700よりバルデラ島周辺の敵駆逐艦は一部を残し、タレス軍港に入港、艦隊に合流せり。バルデラ島の警戒は今後弱められるものと思われる。発、第三潜水戦隊」


「ははっ……古村長官の言った通りになってきたぞ。さすがの読みだよ」

武田は古村長官と話し合った時のことを思い出す。長官はバルデラ島周辺の警戒網に3月末頃大きな綻びが生じるとはっきり言っていた。


「となるといよいよ出撃ですか」


「そうだな。あとは長官の判断に任せよう。今頃神通の中で作戦会議を開いているに違いない」





カール大陸北方70km

連合艦隊旗艦 神通




作戦室には連合艦隊の幕僚たちが集まり、今後開始されるバルアス共和国侵攻作戦の第一段階、バルデラ島艦砲射撃作戦の実施について話し合っていた。


「どうやらバルデラ島周辺の防備が薄くなったらしい。参謀長、これは絶好の機会と思うのだが君はどう判断するかね?」

古村は参謀長の山川中将に問い掛けた。


「私も絶好の機会と判断します。この機会を逃せば今後やりづらくなるでしょう。それに、バルアス側がいつ防御を固めてくるか分かりません。バルアス海軍もいつまでも港に籠っているとは限りませんからな」


「そのバルアス海軍の動きですが……潜水艦からの情報によると、バリエラに停泊していた艦隊の一部がタレスに入港したようです。輸送船には今のところ動きはありません」

作戦参謀の林原大佐が書類を見ながら淡々と報告する。


「敵の輸送船はどこにいたかな?」


「敵輸送船はタレスに30隻、バリエラには10隻います。いずれも物資や兵士の積み込みは行っておりません。敵陸軍もいまだにタレス郊外の駐屯地に籠っています」


「じゃあ彼らが攻勢に出るのは早くとも4月中旬以降だろう。輸送船への積み込みは時間が掛かるからな……しかし油断するつもりはないが」

古村はニヤリと笑う。彼の指揮下には6隻の空母と100隻を超える戦闘艦艇、それらに補給をするための補給艦多数、航空機500機以上と、これを動かす6万人以上の将兵がいる。彼はそれらを有効に運用し、大和と紀伊が艦砲射撃を実施する際は最大限の支援をするつもりだ。


「もちろん、どんなときでも油断は禁物です。守るにしても攻めるにしても徹底的にやるべきでしょう。敵艦隊はいつ出てきてもおかしくありませんからな……それに敵航空隊にも警戒せねばなりません」


「その通りだ。林原参謀、敵空軍基地はやはり潰しておかねばなるまい。奴らが出撃できなくなればこちらも動きやすいだろう」


「バルデラ島の空軍基地だけでなく、タレスの方にも攻撃隊を送りましょう。それから当日は電子作戦機により敵の通信や電子機器に対する妨害を行います」


「うむ。それから……タレスを監視している伊603に打電、敵輸送船に対する雷撃命令だ」


「了解、直ちに打電します!」


「長官、遂に始めるのですな?」


「そうだ。大和、紀伊の出撃は明後日1000だ。よろしく頼む」


「はっ!」





21時07分

バルアス共和国

タレス軍港港口付近




第三潜水戦隊に属する伊603潜水艦は、連合艦隊司令部からの雷撃命令を受け、今まさに獲物の選別に取り掛かっていた。敵艦隊はこのタレスに戦力を集中しており港湾は多数の船で埋め尽くされ、さらには警戒のための駆逐艦まで徘徊する物騒な場所である。しかし敵艦が対潜装備や潜水艦を持っていないことが確実な今となっては何の脅威でもない。


「うーん、奴らは結構な数の船を用意してるな。さてどの船を雷撃すべきか……ん?」

潜望鏡越しに獲物を物色する中田 元はある船を見つける。真っ白な船体に赤十字が描かれたその船を見て彼はそれを目標から外した。

「ありゃ病院船だな。あんなもんは沈められん」


「艦長、さすがは敵の本拠地です。上を駆逐艦がうろうろしてますよ」


「まぁそうだろう。敵はこっちに気付いていないが警戒は怠るなよ」

彼らの耳には海上を航行する敵駆逐艦の推進音が多数届いていた。それでも敵は深度10m付近に存在する伊603の近くを素通りすることしかしない。気付いてなければ仕方の無いことである。


「よし、あの2隻を狙うぞ。雷撃よーい!」

中田は目標に対して雷撃を行うため次々と指示を飛ばす。狭い艦内は一気に活気付いた。

「1、2番発射よーいよし!」

日頃から訓練を欠かさない彼らは瞬く間に雷撃準備を整えていた……

「うむ、1、2番、てぇー!」


艦首の53cm魚雷発射管から必殺の67式魚雷が放たれる。弾頭に高性能炸薬300kgを備えるこの魚雷は、輸送船程度の目標なら一撃で沈める力を持ち、速力は50ノット以上、射程も40km以上を誇る帝国海軍潜水艦の主力兵装だ。それがただの停止目標に向けて放たれたということは、もはや命中は確実であった……





タレス軍港

弾薬補給艦ロレー




「いやぁ、壮観ですな艦長。これだけの軍艦と輸送船が集まるのは初めてではありませんか?」

ロレーの乗組員の一人が嬉しそうに言った。


「あぁ、これはニホン海軍も驚くに違いない! 戦う前に逃げ出さないことを祈るよ」

艦長の男も楽観していた。ここのところ姿を見せないニホンの軍艦、ただ空を飛ぶだけのニホン軍機は何も怖くはなかった。彼は政府から聞かされていたのだ、ニホン海軍はもう本土に籠ってしまったと。


「ニホン海軍も最初はやると思いましたよ。ですがとんでもない腰抜け野郎でしたな! 怖くてこのタレスに近付けないんでしょう! ハッハッハッ」

男は笑った。それにつられて艦長や他の水兵たちも笑う。


「何がヤマトだ! 何が怖いって言うんだ! あんなもの我が共和国海軍の敵ではないわ!」

艦長は叫ぶ……そして何気なく見た海面に何かが高速で向かってくるのを確認する。それが魚雷であると確信した艦長はその場で腰を抜かしてしまう。ーーなっ、なんでだ? 味方が誤って発射したのか? いや違う、あれはーー


「艦長、どうしたんです? そんな冷たいとこに座らずとも」

乗組員が艦長の顔を覗き込みながら言う。そして艦長が震えながら海面を凝視しているのが分かった。その直後、何かが当たったような鈍い音が響き、続いて猛烈な水柱と爆発が巻き起こる。そして艦内に満載されていた砲弾やミサイルが次々に誘爆してタレス軍港に派手な花火を上げた。


「何事だ!?」

司令部にいたマーティン元帥は衝撃波で割れたガラスで怪我を負いながらも、気が付けば外に飛び出していた。


「か、閣下! 輸送船と弾薬補給艦ロレーが突如爆発! 2隻とも沈みました!」


「勝手に爆発したのか!? そんなわけあるか! これはニホン軍の攻撃だ!」

マーティンは思わず怒鳴り付ける。海軍内部でもニホンの戦力を軽視するものが多数いるが、彼はそんな中でも至って冷静にニホン海軍を評価していたのだ。


「しかし、いったいどこからなんです!? 爆弾もミサイルも飛んでこなかったですが」


「落ち着け! 今は船の乗員を救助するのが先決! さぁやれ!」

部下の尻を叩くとマーティン自身も沈んだ船の元へ走っていく。周囲には既に多数の水兵が集まり、海面を静かに見つめていた。


「生き残りはいるか!?」


「げ、元帥閣下……ロレーは一瞬で消えてしまいました。まさに一瞬です」

その場で呆然と立ち尽くす若い水兵が青ざめた顔もそのままに、マーティンの方を向く。普段なら即座に敬礼をする男だったが今はそんな余裕もないらしい。


「ロレーが沈むところを見たんだな?」

マーティンは水兵の肩をガッシリと掴む。

「どんな状況だったか話してほしい」


若い水兵はゆっくり頷くと、彼が見た光景を全て話した。

「ロレーの左舷にまず……まず巨大な水柱が立ちました。その直後に大爆発が起きて、気付いたらロレーは消えていたんです」


「むぅ、魚雷か……ニホン海軍の水中艦の攻撃に違いない」

マーティンはかつて情報部から聞いた話を思い出していた。水中を水上艦と変わらぬ速力で移動し、密かに近付いて必殺の魚雷攻撃を行う艦……彼はそれを思い出すとすぐに司令部に戻り、大臣に電話をした。


《マーティン元帥か。さっき爆発があったようだが事故か何か?》

電話の向こう側から不機嫌そうな声で話すダレン・ディビス。


「いや、ニホン軍の攻撃です」


《なんだと!? ニホン軍の侵入を許したというのか? 警戒はしていたんだろうな》


「そんなものは意味がない! あれほど警告しておいたはずだ! あんたはまだ自分達が有利だと言えるのか!?」

マーティンは電話に向かい怒鳴り声を上げる。彼の部下や情報部の人間の話を聞かず、しまいには左遷や投獄するという暴挙に出た政府に対する怒りが限界に達していたのだ。


《まぁまぁ落ち着け。元帥である君を牢屋に入れたりはしないが、君の代役なら用意できるんだ。無駄な反抗はするな》

そう言うと大臣は一方的に電話を切る。


「ふっ、ふっふっふっ、もう好きにやってしまえ。この国がどうなろうと私は知らんぞ」

近寄りがたい空気すら漂わせるマーティンに部下は何も言えない。

「君らも一緒に戦うのだろう? ここにいる以上は地獄の底まで付き合ってもらうぞ。我等の犠牲なくして共和国は目覚めることはないのだからな」

狂気に染まったマーティンの顔が部下を覗き込む。


「閣下……反乱はいけませんぞ!」


「誰が反乱をすると言った! 我等共和国海軍は最後までニホンと戦い、そして全滅すべきだ」

マーティンは笑顔を浮かべた。だがそれは恐ろしい悪魔にとり憑かれたような笑顔だ。


「も、もちろんお供いたします! しかし全滅とは……」


「誰も分かっとらん! 共和国海軍の歴史は間違いなく終わる。もう何年もしないうちにな」

そう言うとマーティンは外へ出ていった。部下たちはそれを見送ることしかできない。





タレス郊外

軍刑務所




この日もマルセス・ダレイシスは日課となっていた海軍軍人の男と話し込んでいた。既に話題が尽きたような気もするが、彼らは飽きることなくどんなことでも話題にしていた。そこに今日の大爆発である。話のネタは尽きそうにない。


「なぁ。あの爆発はなんだったんだ?」

海軍の男がやや興奮気味な口調でマルセスに問い掛ける。


「あれは弾薬庫でも吹っ飛んだような爆発だったぞ。反乱か? いや、ニホンの攻撃か」


「また話か。俺も混ぜろよ」

看守の男がたまたま通り掛かったのだろう。彼は独房の前まで来ると座り込んだ。投獄の経緯を知っているこの男はマルセスたちに何かと同情的だった。彼は定期的に外の情報を持ってきてくれる唯一の存在であり、マルセスにとっても良い話し相手だ。


「あんたか。あの爆発のことは知ってるのか?」


「詳しくは知らないが。どうやら海軍の船が爆沈したらしい」


「なんだって!? 何があったんだ」

海軍の男が叫んだ。


「静かに! まだ情報が少ないんだ。何か分かれば教えてやるよ」


「ニホン軍の攻撃の可能性は?」


「分からんな……だが無いとも言えんだろう。仮にだ、仮にニホン軍の攻撃だとして、どうやったんだ?」

看守の男はマルセスに話を振る。


「やるとしたら水中からだ」


「水中だと!? 冗談はやめてくれよ」


「本当さ。私も実際に見るまでは信じられなかったよ。本当に潜るんだよ」


「あんたが言うなら間違いなさそうだ。じゃあそれに対する警戒はしてなかったのか?」


「やってないだろうね。いや、警戒したところで結果は同じだ。あの爆発はニホンの攻撃で間違いないと思う」

マルセスは、予想していたニホンの侵攻作戦がいよいよ始まったと確信する。


「では、ニホン軍が本格的に動き始めたと見ていいのか?」

海軍の男は、いつもマルセスが話していた話題を思い出す。彼らはニホン軍の侵攻がいつ行われるかについて、かなり話し込んでいた。


「ニホンの主力艦隊が動き始めたのは間違いないだろう」


「主力艦隊……あの巨大艦隊がか!?」


「あぁそうだ。これから共和国始まって以来の強敵が大挙して攻め寄せてくる」


「いったいどれくらいの戦力で攻めてくるんだ?」


「さぁ。その辺の話は分からん……だが、海を埋め尽くすほどの上陸船団がやって来るに違いない」


「埋め尽くすとは……」

看守の男はそれを想像して身震いした。そんな大船団を見たことはないが、想像するだけでもその凄さが分かる。


「これも共和国が招いた結果だ。受け入れるしかあるまい」

マルセスは力なく言った。彼にできることは何もない。

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