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異界の帝国  作者: 赤木
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第三十一話

2015年 1月8日




この年もまた、皇居前広場において伝統の陸軍始観兵式が執り行われていた。陸軍分列行進曲の勇壮な旋律と、帝国陸軍兵士の堂々とした分列行進。この観兵式は生中継で日本全国とタリアニアをはじめとする他国でも放映されていた。

陸軍初め……その歴史は1870年の軍神祭から始まり、陸軍初めと改称され戦時平時問わず転移後の現在でも脈々と受け継がれている帝国陸軍の所謂仕事始めだ。観兵式では陛下が臨席し、首相や帝国陸軍の将官、今では海軍と空軍の関係者も出席する大きな行事となっている。

カール大陸に大規模な兵力を集積し、海の向こうに存在するバルアス共和国を虎視眈々と見据える陸軍……既に十万人以上がタリアニアを経由して大陸に入っており、春までには予定していた三十万の転地が完了する予定だ。バルアス共和国はこれまでのところ目立った動きは見せておらず、戦闘も起きていない。そんな中挙行された観兵式……今が戦時であるとは到底思えないほどのものであった。


テレビは延々と行進を行う陸軍将兵の勇ましい姿を放映し続けている。

『バルアス共和国との戦闘激化が予想されるなか、将兵の士気益々奮い、バルアス撃滅を固く誓うのでありました……』

市ヶ谷の帝国陸軍作戦本部で牧山 達夫大佐はその放送に静かに見入っていた。ここ市ヶ谷には、統合司令部陸軍部や、この作戦本部等の陸軍の中枢機関が置かれている。また、海軍部も別の建物に入居し、さらには空軍部も同居するという軍令を司る拠点だ。戦後の組織改正で大本営は解体、海軍との軍令系統の統合を目指して軍令部と参謀本部の合体を試みたのが統合司令部の始まりだ。戦時中の不仲で有名だった陸軍と海軍は当初反発していたが、それらは時間が解決したのであった。


「いつまでも平和が続けばいいですな」

一緒に見ていた部下がそんなことを呟く。


「馬鹿者! 今は戦時である。それを忘れるな」


「申し訳ありません大佐殿!」


「あれから三ヶ月程経つが……バルアス共和国軍は恐ろしいほど静かだ。何を企んでいるのやら」

牧山は夏以来目立った動きを見せないバルアス共和国について考える。


「大佐殿、あの国はおそらく一大攻勢の準備に取り掛かっているのでしょう。残存艦隊を集結し、輸送船を大量に用意し、我が帝国本土を狙っているものと推測します!」


「そんなことをすれば潜水艦の哨戒網に引っ掛かる。いや、出撃した時点で連合艦隊に捕捉されて攻撃を受けるだろうな」


「しかし海軍さんもあれだけの大艦隊を大陸に派遣しているのに、本土近海には対艦誘導弾を装備した海防艦はじめ、駆逐艦や潜水艦がまだあんなに残っているとは」


「貴様もう少し海軍を勉強してこい! 海に囲まれた帝国を防衛するのに留守でしたと言えるか?」


「その通りですな……ははっ。それに空軍もいることですし」


「そうだ。だが貴様の推測も少しは当たっているかもな。カール大陸への一大攻勢に向けた準備はしているかもしれん」


「その可能性は高いですな。春以降に開始されるバルアス共和国侵攻作戦に影響が出なければよいですが」


「うむ。バルアスが攻めてきたなら全力で迎え撃つしかあるまい」

牧山は静かに言った。





1月8日 13時00分

タリアニア




連合艦隊旗艦の神通……その作戦室には連合艦隊の幕僚が集まり、今後の作戦を話し合っていた。四角い長テーブルを囲む男たち……司令長官の古村 峰夫大将をはじめ、参謀の山川中将、村越少将、林原大佐、航空艦隊司令の中川少将、航空参謀の岡崎少佐、その他に打撃艦隊司令等も集まっている。


「バルアス海軍ですが、現在も戦力の再編中です。再編なったその時は……おそらく大規模な攻勢に出るものと思われます。現在、このバリエラという軍港とタレス軍港に残存艦隊を集結しており、その数は日に日に増加してます。バルアス海軍の全力が集まるのも時間の問題かと」

山川中将が現在のバルアス海軍の状況を説明する。彼の背後にはバルアス共和国とカール大陸周辺、帝国本土の位置関係が分かる地図が貼り付けられ、バリエラとタレスの位置に印が付けられていた。


「彼らは目立った活動をしていないのですか?」


「全く動いていないというわけではありません。バルデラ島を中心に東西に渡って駆逐艦による哨戒網を形成しております。範囲としてはこのくらいでしょう」

山川が地図上に線を書き込む。その長さはおよそ1000km。


「一見すると厳重そうな印象を受けます。しかし実情は穴が多く、攻撃を加えれば簡単に崩壊するでしょう。それに潜水艦や偵察機による敵情把握が主な我々にとっては何の障害でもありません」


「うむ。バルアス海軍については分かった。敵航空戦力はどうなっておるかな?」

古村大将が航空戦力について問う。


「はっ。敵空軍は昨年末にタレス周辺の飛行場に大規模な航空隊を配備した模様です。一度はタレス周辺の航空戦力を撃滅しておりますが、どうやら他の基地から転属してきた航空隊のようです」


「大規模な航空隊か。バルアス共和国も大変らしい」


「帝国空軍の配備状況は分かるか?」


「帝国空軍はタリアニア郊外の飛行場に200機の戦闘機と50機の爆撃機を配備しております。中には疾風も含まれているとか」


「ほぅ。疾風とはステルス性を重視したあの新型機か。空軍さんも奮発したんだな」

古村が感心したように言う。


「我が海軍航空隊が誇る烈風を遥かに凌ぐ戦闘機です。バルアスの戦闘機乗りからしたら悪夢でしかないでしょうな」

航空関係に詳しい岡崎が気の毒そうに呟いた。彼は空軍との合同演習や模擬戦闘の成績をよく知っている。模擬戦闘の結果は烈風の全敗だった。唯一勝利したのが空軍を相手にした模擬対空戦闘で、巡洋艦が搭載する高性能対空電探に捉えられた疾風はあっけなく『撃墜』された。疾風の性能が低いのではなく、帝国海軍の対空戦闘力が高かっただけのことである。それも太平洋において米海軍と激戦を繰り広げた海軍の教訓があったからこそだ。


「心強いですな。陸軍さんも随分と大規模な転地を継続しております。戦車なんか500輌を超えてますし、兵員輸送車の類は既に10000の大台を超えました」


「侵攻作戦までには輸送船500隻が集まるようだが……港湾の整備は順調かな?」


「タリアニア郊外をはじめとする五地点に大規模な港湾が整備中です。元々水深が深いのが幸いして工事は順調です」


「どうやら間に合いそうだな」


「それから戦艦紀伊の就役は予定通り3月となります。先日行われた公試において35.7ノットを記録しました。世界最大の高速戦艦です」

山川は手元に置かれた資料を見ながら説明した。


「とんでもない奴が出てきたようだな。昨年の夏に初めて存在を知ったが……まぁ帝国海軍も大和の時よりはオープンになったんだが」


「あのような巨艦……どんな作戦に投入するのでしょうか? まさか艦砲射撃でも」


「紀伊が連合艦隊に合流したら、大和と共にバルデラ島艦砲射撃作戦に参加してもらう。バルデラ島の敵戦力を撃滅し、さらにはその先の敵本土を睨む拠点を設置する。なお、航空艦隊も投入して艦砲射撃部隊の支援を行うと共に、島への爆撃を実行する」


「あのような小島、地上の人工物はおろか……地形まで変わってしまいますよ。艦砲射撃がどれほど恐ろしいものか……しかも戦艦の艦砲射撃なんか泳いででも逃げたいですな」

村越はそれを想像して身震いした。


「島は逃げることができんからな。紀伊は固定目標に向かって存分に51cm砲弾を撃ち込めるわけだ。その破壊力は想像を絶するだろう」


「紀伊の初陣を飾るには最適の作戦です」


神通の作戦室での作戦会議は続く。





バルアス共和国

首都タレス




大統領宮殿執務室にはダレン・ディビス大臣と陸海空軍の関係者が集まり、現在の作戦計画に関する話し合いが行われていた。徹底抗戦を表明してからは皆明るい表情をしている。


「皆、元気そうで何よりだ。それでこそ共和国軍人だな」

テルフェス・オルセン大統領は集まった男たちの顔を見回しながら言った。その彼も笑顔を浮かべている。


「大統領、早速ですが話し合いを始めたいと思います」

ダレン・ディビスは申し訳なさそうに大統領に言った。


「すまんすまん。さぁ始めてくれ」


「では、情報部のアナト大佐、君から頼む」


「はっ! まずタリアニアに派遣している諜報員についてですが……昨年10月末の連絡を最後に消息が掴めておりません。定時連絡もありませんのでニホン側に拘束されたものと思われます。それから諜報員の輸送を行っていた偽装商船会社とも連絡が取れておりません。こちらもニホンに察知されたのではないかと。今のところ、マルセス少佐の言った通りになっています」


「マルセス・ダレイシス少佐はどうしておるかな?」


「彼は何があったのか……反戦を叫ぶばかりで。しまいには国家反逆罪で牢にぶちこまれてしまいました。私の説得にも応じず、共和国は滅ぶだとかニホンに占領されるなんて戯言を」

アナト大佐は部下が逮捕されたことを悔やんでいた。なぜあれほどまでに共和国の敗北を叫んでいたのか……彼が牢屋に入った今となっては分からない。


「そんなにニホンを恐れていたのか? 共和国軍人として恥ずかしいと思わんのか」


「大臣、お言葉ですが……彼の言うことは真実ではないでしょうか。そうでなければあんな情報を持って帰ってきたりしないかと」


「アナト大佐、君も牢屋に入りたいのか?」


「いえ、そんなつもりは」


「では共和国の方針に従うまでだ。君も発言の時は気を付けたほうがよいぞ? いつ国家反逆罪で拘束されるか分からんからな」

大統領はアナト大佐を見ながら淡々と警告する。


「以後、気を付けます」

アナト大佐は渋々といった表情で答える。彼も内心ではニホンに恐怖を感じており、彼らがいつ総攻撃を仕掛けてくるのか、それを考えると夜もまともに眠れないでいたのだ。


「では、陸軍の計画はどうなっておるかな?」


「この1月より陸軍総司令官となった、レッゲルス大将です。お見知りおきを」


「おぉ。前任者は反戦主義者になってしまったから解任されたんだったな。君はそうではなさそうだが」


「当然です大統領。そこの情報部の小心者とは違いますよ」

レッゲルスはアナト大佐を見下すような顔で見た。その視線には多分に侮辱の念が込められている。


「計画の進捗状況でしたな。すみません。タレスの郊外には5個師団が控えております。これはセレス地区に駐屯していた部隊が主力です。輸送船さえ用意していただければカール大陸にすぐさま侵攻可能、ニホンなぞ蹴散らしてみせましょう」

レッゲルスは自信ありげに言った。


「それは頼もしいな。だが海軍の準備が終わるまで待ってくれ。海軍はどうかな?」


「本日はマーティン元帥の体調不良のため、私が代わりに説明いたします。バリエラ軍港に3個艦隊、ここタレスには2個艦隊が集結しております。クローフトも戦力化が終わり、海軍の戦闘力向上に役立っております。春までには大陸侵攻作戦を行うに十分な準備ができるでしょう」


「ふむ。空軍のほうは首都周辺の航空戦力が回復したから大丈夫だろう。まぁ全部転属させた部隊だがな」


「皆分かっているだろうが……今度こそニホンを追い詰め、共和国を勝利に導こうではないか」

大統領の言葉は静かな執務室に響き渡る。




バルアス共和国

タレス郊外 軍刑務所




「はぁ……」

マルセス・ダレイシスは今日何度目かのため息を吐いた。冷たい独房の床に座り込み、鉄格子のはまった窓から外を眺める。


「私が逮捕されて2週間か。愚かな奴らめ……そんなに共和国を滅亡に追い込みたいのか」


「そんなに考えても仕方ないぞ。戦争が終わるまで待とうじゃないか」

別の独房に入っている男に聞こえていたのだろう、彼はマルセスを諭すように言った。


「あんたが誰かは分からんが、それが得策だろうな。だが、ニホンは必ず共和国を占領しにやって来るぞ。上層部の連中はまったく信じやしない」


「あんたも反戦主義者なんだな? 反戦主義者はこうやって捕まえられて牢屋に入れられるんだ。国家反逆罪というやつらしい。本当に馬鹿げてるよ」

男は共和国の惨状を嘆いた。彼の言葉からして、マルセスと同じような理由で捕まったようだ。


「あんたはどこにいたんだ? 誰だ?」


「私は海軍司令部にいた。すまんが名前は言いたくない……悪いな」

男の声は申し訳なさそうだ。


「いや、いいんだ。私は陸軍情報部にいた。上官は私の情報を信じてくれたが、上層部の連中は聞く耳持たずだ! 実際にニホンにも行ったことがある私の話を聞こうともしない!」


「あんたニホンに行ったことがあるんだな。どんなとこだ?」


「それはもう……都市部はとんでもなく巨大な建造物が並び、多くの人が行き交い、都市を結ぶ道路網や高速鉄道網が発達していて経済的にも豊かな国だ。飯も美味かったな。だが凄いところはそこじゃないんだよ。軍事力だ。あの国の軍事力は我が共和国軍の総力を遥かに上回る規模だ。陸軍の駐屯地なんかどこにでもあるよ……」


「やはりあの国は凄いのだな。ニホンにはヤマトという巨大な軍艦があるのは知ってるか?」


「もちろん。あの巨大な軍艦の上で降伏宣言をする大統領の姿が思い浮かんでしまいます」


「ハッハッハッハッ! そうなったら大統領の権威もくそもないな。だが今のままじゃ本当になりかねない」


「何を話している! 静かにしないか!」

看守が近くまで来ていたのか、彼らに対して静かにするよう注意した。


「仕方ない。寝るか」

マルセスは残念そうにしながらベッドに寝転んだ。


「私も寝るよ」

男もそれに同調した。

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