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異界の帝国  作者: 赤木
35/69

第二十八話

9月6日

大日本帝国

北海道旭川市


時計の針はまもなく10時に差し掛かろうとしていた。陸軍第7師団の本拠地である旭川市内では駐屯地から旭川駅までの道路に交通規制が敷かれ、陸軍の精鋭が通るのを今か今かと待ち続けていた。

第7師団は三個歩兵連隊を基幹とする部隊であり、人員は約14000名の部隊だ。装甲車や兵員輸送トラックといった車輌のほとんどは事前に室蘭港に停泊する輸送船への積込が完了しており、あとは兵士を乗船させるのみとなっていた。兵士達は駐屯地から旭川駅まで徒歩で移動し、そこから鉄路で室蘭へ行く。旭川駅では軍用列車が彼らの乗車を待ちわびている……


「来たぞぉ!」


何処からともなく声が聞こえてきた。駐屯地を出た歩兵の隊列が見えてきたに違いない……沿道に集まった群衆の歓声はさらに大きくなったように感じた……日の丸を必死に振る人、しっかりやってこいと言う人、必ず帰ってこいと言う人、様々な人の想いを背負い彼らは出陣する。真剣な眼差しの者もいれば、家族や友人、或いは妻や恋人を見つけ笑顔で応える者もいた。

迷彩の野戦服ではなく、軍帽に新国防色と呼ばれるカーキの軍装を纏った彼らの堂々たる隊列は長々と連なり、それは国民に大日本帝国は安泰であると思わせるものでもあった。




長崎県

佐世保軍港


まだまだ残暑が厳しいこの季節、軍港の埠頭には多数の駆逐艦に巡洋艦、そして巨大な空母が二隻停泊していた。


「長官、到着いたしました」


将官専用車の後部座席に座っていた男は顔を上げる……そして懐かしそうに外に見える軍艦たちを見つめていた。


「うむ、ご苦労」


運転手がドアを開け、彼に対して敬礼をする。目の前には見上げるような高さの軍艦が彼の到着を歓迎しているように思われた。


「雲龍か。私が若い頃より立派になったじゃないか。これは三代目だったかな」


男は空母雲龍を見上げながら隣の人物に話しかける。


「三代目ですな。さすがは満載で10万tを超える巨艦です。近くで見るとこれまた立派な軍艦ですよ」


参謀モール付きの第二種軍装に身を包んだ男が雲龍を見上げながら答えた。


「いやいや、来年には我が海軍最大の軍艦が就役するではありませんか!」


同じく参謀モールを付けた男が言う。


「ところで長官、旗艦は雲龍ですかな? それとも蒼龍?」


「残念だかどちらでもない。旗艦はあれだ」


長官が指差した先、高雄型や金剛型とは趣が違う巡洋艦があった。


「あれは神通ですな。まさか神通を旗艦に?」


「あの艦はあと数年で退役間違いなしの老齢艦ですぞ。それは至るところに年季の入った素晴らしい艦ですが……」


「しかし、巡洋艦なら筑摩や利根があります。わざわざ神通を」


「まぁ落ち着け者共。あの艦には思い入れがあるのだよ。黙ってついてきてくれ」


「長官の命令です。もちろん従いましょう」


彼らは神通の近くまで歩いていく。いくら老齢艦といってもその威容はまさしく巡洋艦のそれであった。基準排水量は9900t、高雄型の半分程度の排水量で、VLSを持たず、主砲は連装、対空誘導弾やアスロックの発射器が甲板に並び、大口径の対空機関砲を装備したその姿は頼もしく、そして軍艦らしさを存分に出していた。


「いやぁ、これはいつ見ても武骨で……まさに闘うための船ですな」


「先月ドックを出たばかりとあって新造艦と見紛うほど輝いておるわ。これがおそらく最後の奉公になるだろうな」


そう言って黒に近い灰色の塗装を施された神通を眺める男。大きさでは高雄型に劣るが、暗い塗装によって引き出される何とも言えない存在感は、他の大型艦では出せないものがあるように感じる。

艦上には既に乗組員が整列し、連合艦隊司令長官の到着を静かに待ち受けていた。


「この艦は確かに老齢艦ではあるが……士気、練度共に最高の状態だ。安心して身を預けることができる」


「よく考えてみればこの艦、旗艦設備はなかなか充実しておりますな」


「その通りだ。指揮通信能力の向上と司令部座乗を考慮した設計だからな。君らも中を見たことがあるだろう? 適度な広さの作戦室を。まぁ窓がなくて窮屈だがな」


「指揮官陣頭の伝統があるとはいえ、今や安全な場所で指揮を執るのが当たり前ですからな。もっとも、海へ出てしまえば何処にいようと安全ではありませんが」


「司令部ごと沈まんようにやろうではないか」


「そうですな。全力を尽くしましょう」





バルアス共和国

バルデラ島南東120km


共和国海軍駆逐艦パーカーは、昨日までの時化が嘘のような海上を航行していた。空軍がもたらした情報……共和国海軍司令部はニホン海軍の大艦隊の存在を意識し、出来る限りの範囲に駆逐艦による哨戒網を構築した。それでも各艦の間隔は広く、お世辞にも高性能とは言えないレーダーと見張り員の眼だけが頼りだった。


「艦長、コーヒーをお持ちしました」


「ありがとう。そこに置いといてくれ」


パーカーの艦長室で書類に目を通すバロティス少佐は、入ってきたテゲス中尉に礼を言うと再び書類に目を通す。


「艦長、少しお休みになった方が良いのでは?」


「君もだよ中尉。もう23時だ」


「ニホン海軍の大艦隊のことが気になるのですか?」


「まぁそんなところだ。しかし50隻とは……まとめて派遣するには多すぎるな」


「誤認ではないですか? それに、ニホンの本国が手薄になるのでは?」


「手薄になっていたとしても、我々は艦隊を派遣できないな。それにしても……昨日までの時化はどこへ行ったんだ? 不気味なくらい凪いでいるが」


「ここ最近奇妙な天候が多いです。昔ほど静かな海ではないと近頃思っておりますが……」


事実、ニホンが出現してから海が荒れることが多くなった。多くの気象学者はニホンがこの世界の気候に何らかの影響を及ぼしているのは違いないと分析していた。


「さて、艦橋にでも行くか。ここにいたら頭が痛くなりそうだよ。中尉も行くか?」


「はっ、私も行きます」


艦橋までは僅か一分程、パーカーが小さいのもあるが、艦橋の真下に艦長室があるのも短時間で行ける要因であろう。一歩足を踏み入れればそこは真っ暗、航海に必要な最低限の灯火のみ残して他は全て消灯されていた。

暗闇の中にレーダー画面の光源が浮かび上がっている。その画面を凝視するレーダー員……舵輪を握る者……艦橋の各所に配置された見張り員……月明かりだけの海上には、ニホンの軍艦の姿など何処にも見当たらない。


「皆ご苦労、異常はないか?」


「はっ! 異常ありません」


駆逐艦のレーダーの位置は低い。探知距離の短さ、それに海面の反射波や、時に虚像すら写り込むレーダーをそれほど当てにしていない者がほとんどである。それ故に水上目標の発見が遅れる可能性が多分にあった。


「艦長、先ほどからレーダー画面に映ったり消えたりするものが……それも複数です。私は虚像だと思うんですが」


「ふむ。一応警戒しよう」


「ん? 艦長! レーダーの故障でしょうか……全周にわたって」


バロティスはレーダー員の元へ歩みより、レーダー画面を見つめる。


「なんだこれは」


彼が見つめる先、四角いレーダー画面は真っ白になり、もはや虚像すら映していない状態であった。


「故障だろうな。すぐに点検を行え! 早く直してしまおう」


その時だった。突如艦橋を照らす光……それがサーチライトによるものだと気づくのに数秒ほどの時間を要したバロティスはすぐに叫ぶ……


「砲撃が来るぞ! 見張り員、距離は!?」


「ち、近いです! 距離8000!」


「何!?」


誰もが背中に冷たいものが流れるのを感じる。中には震えて動けなくなる者もいた……8000mなら主砲の命中精度が極めて高く、そんな状況で運悪くパーカーは相手に先手を取られたかたちになる。


「くそっ! ここまでか」


バロティスは艦が沈むのを覚悟するが、一向に砲弾が飛んでくる気配がない。


「様子がおかしい。この距離でなぜ撃たない?」


「主砲、いつでも撃てます!」


「よし、主砲」


「待ってください艦長! あれは味方駆逐艦です!」


テゲス中尉が必死に叫ぶのが聞こえ、言葉を切るバロティス。


「味方だと!? いったい何をしてるんだ」


「向こうもサーチライトを照射して気付いたんでしょう。危うく同士討ちでしたね」


「味方駆逐艦より発光信号! 我、駆逐艦リールなり!」


「敵と間違えやがったな? 脅かしよって」


「再び発光信号! 我、レーダー故障中」


「あっちもか! もっと信頼性の高いレーダーが欲しいもんだ」


「まったくです艦長」


「よし。無線でリールに連絡」


「か、艦長……無線が通じません」


「リールより再び発光信号です! 無線が使用不能とのこと!」


「こちらと同じ状況だ……何かおかしい」


「まさかニホン軍の仕業……」


「そう考えるのは早計だ。もしかしたら偶然同じ箇所が故障したとも考えられる。とにかく、見張り員を増員して警戒を強化しよう」




駆逐艦パーカーより西方、たったの15kmしか離れていない海上を20ノットの速力で突き進む艦があった。


「どうやらうまくいったようです。電子戦装置が無かったらこんな作戦はごめんですよ」


「ハッハッハッ! 我々は今、盲目のバルアス艦の近くを進んでいる。これでお客さんを暗いうちに島の近くまで送り届けることができそうだ」


「そのあとは最大速力で一気に南へ離脱。しかし哨戒網に穴があって良かったですな」


「この大淀の電子戦能力の高さが証明されたよ。今の軍艦は便利になったもんだ」


「あのバルアス艦……もう少しで同士討ちって状況でしたね」


「探照灯でこっち照らされなくてよかったよ。これも運か?」


「ウヤマ大佐にノサカ中佐」


「おぉ、マルセスさん。気分はいかがですかな?」


「もう大丈夫ですよ。途中迷惑をかけてしまい申し訳ない」


「船乗りでもあの時化は堪えますよ。まっ、元気そうでよかったです」


「もうすぐお別れですな。短い間だがお世話になりました」


「いえいえ、礼には及びません。これも何かの縁でしょう。平和になれば是非日本にお越しください」


宇山は艦橋の窓から外を眺めがら言う。今この瞬間も、高性能な電探が数百kmにも及ぶ範囲に目を光らせている。


「もちろん。そのためにも早く戦争を終結できるよう努力しましょう」


「バルアス駆逐艦2、遠ざかります」


CICからの報告が静かな艦橋内に響き渡る。


「これは好都合です。さらにやり易くなりました」


「ちなみにマルセスさん、島の警備はどんなもんでしょう?」


「あの島は対空警戒はなかなかですが……対水上に関しては駆逐艦による哨戒、島の監視所くらいしかありません。この艦の色なら黙視で発見するのは、よほど近づかない限り無理でしょう。島の西側は死角です」


「では予定通り島から2000mのところでよろしいかな?」


「十分です。その距離なら一人でボートを漕いで島まで行けますよ」


「決まりだな」


大淀は島の西側を目指し突き進む。その存在に気付いてる者は誰一人としていない……









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