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異界の帝国  作者: 赤木
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閑話

9月5日

カール大陸

捕虜収容所近郊


広大な更地の一部にそれらは存在した。簡易なものではあるが盛土に木の棒が立てられており、それが墓だとすぐに分かる。

その数は二千余り……先の戦闘で戦死したバルアス軍将兵を埋葬した場所だ。帝国陸軍は現在も戦死者の収容を続けている最中で、収容した遺体を捕虜収容所に比較的近いこの更地まで運び埋葬していたのだ。帝国軍人の遺体は内地行きの輸送機で送ることになっている。今はまだ少ないが、今後バルアス本土上陸の流れとなればその数は増えることが予想された。


墓地の一画にはバルアス軍将兵之墓と刻まれた柱が立てられ、そこには訪れる者が置いたと思われる花や酒といった供え物もあった。その前に集まった一団……彼らは帝国陸軍の軍装を着用し、軍刀を持った者や参謀モールが目につく者もいる。その中で中将の階級章を付けた男が柱の前まで進み出ると、最敬礼を行う。

雨は止まるところを知らず、その勢いは増すばかり。にもかかわらず彼らは傘もささずに柱の前で敬礼をしていた。


「この地で眠るバルアス将兵の方々、必ずやあなた方を本土へ帰還させると約束しましょう。それまでは狭苦しい場所ではありますが、ここでゆっくりお休みください」


帝国陸軍中将、住田孝次は静かに呟いていた。彼は一軍の将として、帝国軍人として、帝国陸軍に戦いを挑み散っていったバルアス軍将兵の敢闘精神を称え、そして彼らの亡骸を必ず本土へ還すという強い誓いを立てていた。


「さぁ、帰るとしよう」


住田は将官専用車に乗り込む。



ロザエル・トセル少将は日本軍の兵員輸送トラックの荷台にいた。捕虜の中に今回の墓参りを許されたのは彼とその側近のみであり、その他の兵士は収容所に残してきている。


「閣下、あれはニホンの将軍では?」


部下が一台の車を指差す。


「あれはスミダ中将」


住田は彼らの乗るトラックに気付くと、車中から敬礼をした。

それに対して共和国陸軍式の掌を左胸に当てる敬礼をするバルアス軍人達……


「ニホンの軍人はすごいな。捕虜を暴行することもせず、我々を軽蔑することもしない。逆に敬意をもって我々に接している」


「まったくです。収容所も劣悪な環境だろうと思ってたんですが、まさかあんなに清潔で過ごしやすいとは……」


「私はニホンの兵士が我が軍の死者を、とても丁寧に収容していた場面が忘れられん。負傷兵に対しても敵味方の区別なく処置をしていた」


「彼らは死者を見つけると、その場の全員が黙祷を捧げていた」


「私も見ましたよ。彼らは規律正しい」


「この戦争が終わって国へ帰れるなら、この話を上層部に伝えてやりたいよ」


そのときトラックが車体を軋ませながら停車した。後続の装甲車も停車し、中から武装したニホン兵が出てくる。


「ロザエル・トセル少将、到着しました」


案内役のニホン陸軍大尉が進み出て到着したことを伝える。


「我々はここで待っています。臨時ではありますが、ここがバルアス軍将兵戦死者墓地です」


「案内感謝する」


トセルはトラックから降りると墓地へ向かって歩き始める。


「あれは……」


一本の太い柱、その周囲に置かれた無数の花や酒瓶。


「誰が置いたのでしょうか?」


「ニホン人が置いてくれたんだろう」


ほとんどの酒瓶にはニホン語のラベルが貼ってある。中には見たこともない文字も見受けられたが、それもニホン人が置いたのだろう。


「感謝しなくてはな。統一戦争の頃は戦死者なんて打ち捨てられていた時代だ。多くのものが戦場に埋められ、そして故郷への帰還も叶わない。そんな時代だったが」


「ニホンとの戦争が終われば……戦友を国へ帰してやりたいですな」


「そうだな。しかしこの雨……さっきよりも激しくなってきたぞ」


「そうですな……夏だというのに冷える」


「全員、黙祷だ。彼らを忘れるな」


トセルの威厳溢れる声が周囲に響き渡る。




カール大陸近海海上

巡洋艦大淀


出港してから何回目だろうか……大時化の海上で大淀は艦首を下に向け巨大な波の壁に突っ込む。ドドドォーンという音と共に波は砕け散り、前甲板や艦橋前面を海水が叩く。そして再び艦首は上を向き、艦橋からは空を覆うどす黒い雲が見える……その繰り返しだった。


「まったく、気が抜けんな。お客さんはどんな調子だ?」


艦長の宇山が舵輪を握りながら副長の野坂に話し掛ける。


「いやぁ、あの方ならまさにグロッキー状態で部屋で休んでおりますが」


「そうか。仕方ないだろうな。こんな大時化じゃ」


「しかし久しぶりですよ、こんな大荒れの海上を航行するのは」


「俺はもう何回味わっただろうな……これでもこの艦はさすがだ。安定してるよ。駆逐艦乗組員だった頃にもこんな海に出たことがあるが、ありゃ死ぬかと思ったね。副長は秋月を知ってるか?」


「もう退役したあの秋月ですか?」


「そうだ。昭和48年に就役し、平成13年に退役した艦だ。排水量は2200t程度だったが、時化の日は強烈だったぞ」


「この艦は基準排水量18000tですからね。こんな大時化でも安心して身を任せられます」


「そうだ、副長。何か面白い話でもしないか?」


「面白い話ですか?」


野坂は怪訝な顔で聞き返す。


「まぁ怪談とかな」


「艦長、自分はそういう話は苦手です」


「まぁそう言うな。とっておきの話があるんだよ」


宇山は笑みを浮かべながら言った。その間にも操舵の手を休めることはなかった。


「わ、わかりました。聞きましょう!」


「よし。まずは質問だ。第三種軍装は知ってるか?」


「昭和40年に廃止されたあの軍装ですか?」


「そうだ。私が駆逐艦秋月に配属された頃には無くなっていたんだ。もう平成の時代だったからな」


宇山は思い出すように語り始める。


時は1994年、宇山大尉は佐世保軍港の埠頭で新たな配属先を眺めていた。駆逐艦秋月……巡洋艦よりも随分小型で頼りなさげに見えるが、対潜、対空戦闘力は高く艦隊には欠かせない戦力である。


「貴様が新しい副長か?」


声のした方を見ると、第一種軍装姿の頑固そうな男がいた。


「はっ! 宇山大尉であります!」


「そんなところに突っ立ってないで早く乗ったらどうだ」


その時から宇山の秋月での艦船勤務が始まった。それから数ヵ月は何事もなく過ぎていったが、ある日、機関故障でドック入りを余儀なくされた秋月……総員陸上での待機となった。


「またすぐに秋月は戻ってくるよ」


誰もがそう信じていたように秋月は1ヶ月程で復帰した。そしていよいよ乗艦となった。


「副長、悪いが総員220名ちゃんといるか数えてくれ」


「はっ!」


宇山はすぐにタラップの近くまで行き、乗艦を始めた乗組員を数え始める。


「……219、220。よし、終わりか……ん? まだ一人いたか。途中で数え間違えたか」


そのときは気にしてはいなかったが、念のため艦長に報告することにした。


「新しい乗員? はて、聞いてないが。一人多かったのは数え間違えたんじゃないのか?」


「そうだといいんですが」


「疲れてるだろう。今夜はゆっくり休め」


「では、失礼いたします」


艦長室を出て士官寝室へ向かう宇山。夜間の赤い照明が通路を照らす中、ふと前方から近付いてくる人影に気付いた。


「おい、もうすぐ消灯時間だぞ。部屋に戻れ」


その人物は第三種軍装を着た少尉だとわかった。


「時間までには戻るんだぞ」


宇山はとくに気にせずに士官寝室の中へと入った。中では新米の少尉が寝台に腰掛け、何やら小説のようなものを読んでいた。


「おぉ、読書か?」


「た、大尉殿!」


慌てて敬礼する少尉を見て苦笑いする宇山。


「そう固くならんでいい。こういう小さい艦ほど絆は強いし、まさに一蓮托生ってやつだ」


「あ、ありがとうございます!」


「ところで、さっき出歩いてる奴がいたんだ。第三種軍装を着た奴だったよ」


「大尉殿、だ、第三種軍装でありますか?」


「あぁ、何かおかしい……」


そこで宇山は漸く気付いた。その瞬間、一気に鳥肌が立つのが分かる……


「おいおい、第三種軍装なんか無いのにどうしてだ?」


「大尉殿、それってもしかして幽霊」


少尉が青ざめた顔で恐る恐る言う。


「馬鹿者! 帝国軍人が幽霊を怖がってどうする! 今から乗員に話を聞きにいく!」


「ま、待ってください! 自分も行きます」


「よし、手分けして聞くぞ。第三種軍装で徘徊してた奴を探し出せ!」


ところが……全乗員に聞いたにもかかわらずそんな者はいなかった。


「や、やっぱり幽霊……」


「艦長に報告しよう」


「二人揃ってどうしたんだ? 何? 第三種軍装の男だって?」


「はっ、乗員のイタズラかと思ったのですが。そんな者はいなかったです」


「ほぅ。副長も見たんだな?」


艦長はニヤリと笑う。


「まぁ二人とも座れ。一杯飲んで忘れることだ」


そう言いながら艦長は二人の前にグラスを置く。そしてワインのボトルを取り出し二人のグラスに注ぐ。


「フランス直輸入の赤ワインだ。これを飲んで次こそゆっくり寝るんだ」


「ありがとうございます!」


三人はワインを一気に飲み干した。


「よし、これで寝れるだろう」


「では、失礼いたします!」


艦長室を出て、薄暗い通路を歩く二人。


「大尉殿、あそこに誰か立っております」


「何?」


視線の先には先程見た第三種軍装の男が立っていた。




「という話だ! どうだ?」


宇山は操舵をしながら野坂に言った。


「か、艦長。そんな話を聞いたら眠れません!」


「ハッハッハッ! そうか。怖がってくれたんだな」


「しかし第三種軍装の男とは……今でもいるのでしょうか?」


「どうかね。俺はあれ以来見ていないが。もしかしたら案外近くにいたりしてな」


「怖いこと言わないでください……ですが乗員のイタズラだと考えるのが一番楽です!」


野坂はそう自分に言い聞かせ、前を向く。その視線の先、主砲付近に人影が見えたような気がした。


「ん? おかしいな。こんな大時化で甲板に出るなど、命知らずか?」


目を凝らしてその人物が誰なのか確かめようとする。よく見ると見馴れない服を着た男だと分かった。


「まさかな」


もう一度よく見てみる。それは第三種軍装を着た男だった。既に廃止となって久しい第三種軍装……それを着ているなど有り得ない。


「艦長、今夜は寝なくても大丈夫です」


「なんだ? 寝台から放り出されるのが怖いか? 体を寝台に固定すればいいじゃないか」


「い、いえ。眠くないというか、自分は艦橋にいるのが好きなんですよ」


「まぁ、好きにしろ。大丈夫、第三種軍装の男はたぶん秋月限定だ」


宇山は自信ありげに言いながら笑い飛ばした。








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