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異界の帝国  作者: 赤木
33/69

第二十七話

9月2日

10時30分

タリアニア



マルセス・ダレイシスはいつものカフェでコーヒーを飲んでいた。彼の手元には一冊のノートが置いてあり、そこにはびっしりと文字が書かれている。それは日本について彼なりに分析し、ノートに書き写したものであった。


「共和国に報告する内容はこれでいいかな。しかしニホンも遂に大規模な動員を始めたか……上層部の連中はそれでも戦争を続けるだろうな」


それを外から見る二人の男がいた。左腕には憲兵の腕章を付け、その服装も内地の憲兵と同様のもので紛れもない陸軍憲兵であることを周囲の人間に知らしめている。

口髭を生やした憲兵軍曹、秋田三郎がもう一人に話しかける。


「おい、平田。あの男の様子はいつも怪しい。この国の人間ではなさそうだが……貴様が話を聞いてこい」


「はっ!」


憲兵伍長の平田勇太はすぐにカフェの入り口へ向かい、ドアを開けて中へ入っていく。


「いらっしゃいませ……憲兵さんでしたか。お勤めご苦労様です」


店主は平田を見てすぐに憲兵だと気付いた。


「気にするな。あの男に用がある」


平田は一番奥のテーブルに向かって歩みを進める……男の向かい側に立つと平田の存在に気付いたのかゆっくり顔を上げた。


「な、何かご用ですかな?」


そういう男の顔には明らかに焦りの色が浮かんでいる……


「随分と熱心ですなぁ。何を書いておるのですか?」


「ふっ……あんたに教える義理はないよ」


「ほぅ。話せない内容でもあるか」


「あんたらにそんな権利があるのか?」


「我々はこの国の警察と同じだ。捜査に協力できん者は牢屋に入ってもらうことになるぞ」


「ニホンの憲兵とはそんなに横暴なやつらばかりなのか」


「それは心外ですな。これでも丁寧な言葉遣いを心掛けておるんですが」


「しかし話など聴いてどうする。あんたらの得になることなど書いてないぞ」


「無駄話はこれぐらいにしましょう。さもなくば抗日スパイの容疑で拘束することもできるんだぞ!」


ニホンの憲兵の男は声を荒らげ、今にもマルセスに掴みかからん勢いで捲し立てる。


「平田、その男は何も話すつもりはないらしい。本部に連れていくぞ!」


いつの間にか近くに来ていたもう一人の憲兵が拘束を促す。彼はその厳めしい顔でマルセスを睨み付けていた。


「待て! 私が何をしたというんだ」


「話は後だ。本部でたっぷり吐かしてやるからな!」


「くそっ! こんな乱暴なことが許されると思ってるのか!?」


「黙れ! さっさと立たんか。立てい!」


ーーこれはまずいぞ! いや、まずいどころの話ではない……捕まったら帰れなくなるーー


「立てい! 早くせんか!」


おそらく人生最大の窮地に陥ったマルセスは言葉を発することもできず、助けを求めようにも周囲はニホンの憲兵が現れてから皆下を向き沈黙を守っていた。そんな中、一人の人物がその場に静かに乱入する……


「ちょっと待ってくれないか?」


「なんだぁ貴様! 我らの邪魔をするのか」


後ろから突然声を掛けられた秋田は振り向きざまに乱入者の男を見る……


「なっ、た、大佐殿! ご、ご無礼をお許しください!」


それを聞いて振り返った平田も、目の前にいる大佐の階級章を付けた陸軍将校の姿を見て、みるみる顔を青ざめさせていく……


「次から気を付けよ。それにその男は私の友人だ。断じてスパイではない」


「これは失礼いたしました! おい平田、すぐに!」


「はっ!」


平田はマルセスから離れると、陸軍将校の前で直立不動の姿勢をとる。


「たしかに、憲兵隊にはタリアニアにおける警察権が認められている。しかしだ、証拠も何も無い状況で民間人を拘束するのは君らの憲兵隊の権利を逸脱してるのではないか?」


「も、申し訳ありません! 何を書いてるのか気になりまして」


「そうか。まぁ話してやってもいいんじゃないか?」


陸軍将校、安藤大佐はマルセスに目配せする。彼の目は適当に何か言えと言っていた……


「友人の頼みなら仕方ない。私は小説を書くのが趣味でね。いや、まぁ小説家とかそんなんじゃない。あくまで趣味としてだが。他人には見せたくなかったんだよ」


「それは失礼いたしました!」


「もう十分だろ? 君らは巡回に戻るがいい」


「はっ!」


二人の憲兵は安藤に敬礼すると足早にその場を去っていった。


「すまんなアンドウ大佐、助かったよ」


「そろそろ憲兵に目をつけられるんじゃないかと思ってね。あんたはもうこの国を出た方がいい。今後、諜報対策で取締りが強化され、憲兵も増員される。内地からは警備のために完全武装の歩兵二個師団が来て、この国を完全封鎖する。その後は入るのも出ていくのもおそらく不可能」


「そんな……では共和国との通信は」


「やってはならん。怪しい通信は全て派遣軍総司令部の通信室が傍受する」


「しかし、どうやって帰ればいい?」


「こうなることを見越して準備はしてある。あんたには海軍の巡洋艦でバルデラ島付近に行ってもらう、近づいたら短艇にあんたを乗せる。そこからは自分で帰れるな?」


「海軍は協力してくれるのか?」


「今タリアニアに停泊している巡洋艦、大淀は今夜バルデラ島近海に向けて出港する。単艦でだ」


「しかし、私を乗せてくれるのか?」


「話は通してある。あんたが乗ることは大淀の乗員しか知らない」


「ここ数日海は大荒れみたいだが……出港できるのか?」


「多少の荒天なぞ帝国海軍からすれば問題ない」


「私の仲間達は」


「悪いが助けられるのはあんた一人だ」


「そうか……無事でいてくれればいいが」


「本来なら潜水艦で隠密に行くのが好ましいが……とにかく今夜1900、軍港の第8埠頭に来い」


「あぁ、わかった」




タリアニア軍港

巡洋艦大淀


「出港は2000、物資の積み込みは1500には終了する見込み、1900重要人物の乗艦、うむ。気象観測所からの報告は?」


大淀艦長の宇山政富大佐は、書類を見ながら傍らの部下に問いかける。


「はっ! 観測所からの報告によりますと、現在大陸近海に発達した低気圧が存在、周辺海域は暴風雨に、最大波高6mを超える大時化です」


「嵐の中の出港か。巨大低気圧でも大時化でもなんでも大歓迎だ。大淀総員580名、気ぃ引き締めていくぞ!」


「艦長、どうやらここ数日間は低気圧が居座るようです。しかし最短経路で行くにはその中を突っ切らなければなりません。総員寝ずの番ですね!」


「ハッハッハッハッ! 嬉しいのか? まず低気圧に入れば寝たくても寝れんわ! 寝台から放り出されるぞ。まぁそれは言い過ぎだがな。さて、客人を迎える準備でもするか」


「重要人物とはいったいどんな方なのでしょう?」


「これは極秘だからな。俺も詳しくは聞いとらんし、重要人物を運ぶのは海軍司令部直々のお達しだ。その人物がバルアス側にもたらす情報は奴らの継戦意欲を打ち砕くだろうな……奴らの上層部がまともなら」


「しかし、それは希望的観測に過ぎないのではありませんか? あの国にとって有益な情報が無いとも限りません」


「それは心配ないだろう。もし奴らが重要な情報を掴んだとしても、すぐに手を打てば問題ない」




18時30分

タリアニア軍港地区


軍港第8埠頭、そこに横付けされた大型艦の姿はある程度離れていても確認することができた。埠頭と艦との間に渡されたタラップには帝国海軍大淀の文字が書かれた幕、マストには高らかと旭日旗が翻り、艦首の菊花紋章が堂々とした艦の雰囲気を更に際立たせる。

マルセスは歩きながら徐々に明らかになってくるニホン海軍巡洋艦の艦影に目を奪われていた。じっくり眺めてみると、共和国海軍の軍艦と比べあらゆる部分が異なっている。マストなどは太い柱で構成され、艦橋や煙突などの上部構造物に至るまで共和国とは違う概念で作られていた。


「少し早いな」


「アンドウ大佐、この艦が私を帰還させる……」


「そうだ。これが巡洋艦大淀だ。基準排水量18000t、あんたを安全かつ迅速に目的地へ運ぶには最適な艦だろう。今のところは」


「なるほど、これなら安心して任せられそうだ。ボイラーの火を完全に落としてるようだがすぐに出港できるのか?」


「知らなかったのか? ガスタービン機関を搭載した艦だからそんなこと気にしなくていい」


「聞いたことあるな。本当にそのような機関があったのか」


「機関の軽量化は艦の防御力向上を推進した。小型軽量大出力のガスタービンだからこそ実現できた」


「どれくらいの出力が?」


「この艦は16万馬力だ」


「そんなに!? セレス級の倍近くはある」


マルセスは純粋に驚いた。常識的に考えれば船舶用機関は最大でも10万馬力程度がいいところだ。


「驚くことはない。空母は28万馬力、新型戦艦紀伊は36万馬力。まぁ原子力とディーゼルの違いはあるが」


「大型化で大出力の機関が登場するのは必然か」


「そうだな。さぁ、艦長も待ってるだろう。もう乗り込んだらいい」


「うむ。世話になったな」


「共和国陸軍情報部マルセス大佐、航海の無事を祈る」


安藤は敬礼をする。それに対して共和国軍式の敬礼ではなく、帝国陸軍式の敬礼を返すマルセス……


「ほぅ、いつの間に覚えたんだ?」


「あんたには感謝している。これが私にできる精一杯の礼だ」


マルセスは真剣な眼差しだった。


「気にするな。戦争が終わればまた会うこともあるだろう。あんたは戦争を早く終わらせることを考えてくれ」


「あぁ。しかしあまり手出しはできんかもしれん」


「そのときはそのときだ。艦長さんの登場だ、気を付けてな」


安藤の視線の先には、海軍の第二種軍装姿の男がいた。彼は足早に安藤の元へ駆け寄る。


「久しぶりだな安藤大佐。こちらの方が例の?」


「宇山大佐、よろしく頼みます」


「任せておけ。乗組員には司令部の極秘命令と伝えてある。しかしあれだな、この大淀が哨戒任務に向かうのは運が良かったとしか言えないな」


「この第8埠頭には大淀しか停泊していません。他に艦艇がいたらやりにくかったでしょう」


マルセスが乗り込むのは本当に大淀の乗員と出港に携る者しか知らないのだ。そう、まさに極秘の作戦なのだ。そしてそれは戦後まで厳重に秘匿され、誰も知ることはない。


「うん、そうだ。少し出港を早めようと思う」


「それがいいでしょう。気を付けて」


「では、マルセスさん行きましょう」


宇山とマルセスは大淀に乗り込む。


「こちらへ」


「アンドウ大佐、では」


安藤は軽く手を上げてそれに応じる。


「戦争が終わるまで無事でいろ」


彼は誰にも聞こえない声で呟いた。












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