第二十三話
8月25日
帝国軍統合司令部
帝都某所、地下深くの広大な空間にそれは存在する。
それは核攻撃に耐え、司令部が帝国陸海空軍を指揮する目的で構築されたものだ。
「総理、今日は今後の対バ戦の作戦について説明いたします」
「大村中将……これは?」
山村は厚みのある白い冊子を眺めている。そこには、持ち出し厳禁の文字と共に《バルアス共和国占領統治計画》と書かれていた。
「総理、この際バルアス共和国を徹底的に屈服させるべきです! その準備は陸軍では整っています」
「しかし、あそこはオーストラリアに匹敵する国土を持つ大陸国家だぞ。無茶にも程がある」
「まずは計画だけでも……戦力は熊本の第5軍団を主力に、北海道の第7師団、東京の第1即応連隊等、15万人を予定しております」
「待て、第1即応連隊だと? 空から奴等を送り込むつもりかな?」
「その通りです。いくら我が陸軍が精鋭でも、上陸作戦を決行するとなればそれなりの損害が発生します……彼等には先行して敵地に潜入し混乱を招いてほしいと」
「なるほどな、まぁ今後の対バルアス共和国戦略を検討する必要があるだろうな」
「先程の戦力についてですが、上陸後は大陸派遣軍の一部と本土から増援を送り込み、最終的には 30万人……本当は50個師団あれば心強いのですが。残念ながら先の大戦以降の軍縮でそれだけの兵力を投入できる余裕はありません」
「予備役を集めればあと10個師団は用意できるか……それと徴兵組の兵役を延長するか」
「いずれにしても時間が必要ですな」
「うむ」
バルアス共和国
首都タレス
タレス空軍基地
「閣下……ニホン艦隊の攻撃に向かった部隊が大打撃を受けた模様です。爆撃団は全滅、戦闘機隊も未帰還が多数……首都の空軍部隊は短期間での再建が
不可能な状態です」
「なんということだ! あれだけの戦力を投入しても無理なのか? ニホン海軍の防空能力は異常だ」
「早急に他部隊から応援を……」
「くそっ! なぜこうなった!?」
「レムルス少将、まぁ落ち着いてください」
「それが落ち着いていられるか! 首都防空隊が壊滅した今、
タレスの空は無防備だ」
「バルデラ島の守備隊があります……」
「あの程度の戦力でどうにかなるもんじゃない。マーロー大佐、君も分かっているだろう?」
「それは……」
「まあいい。とにかく首都防空能力の回復が先決だ。君にもパイロットとして復帰してもらう」
「なっ!? もう10年も戦闘機から離れて……」
「その頃からTA‐87は主力だったろ? なに、すぐに感覚は戻ってくるさ」
「そんな無茶苦茶な!」
「何か不満でもあるか? 時間をやる。戦闘機に乗るか、営倉で頭を冷やすか……君次第だ」
レムルス少将が去ったあと、マーローは苛立つ気持ちを抑え、上官の言葉を思い出す……
「何が現役復帰だ。貴様らは後方の安全な司令部で寛いでるだけじゃないか! まぁ、ニホンが相手なら奴らも無事では済まんだろう……あの少佐の言葉は真実だった。今さら手遅れだが、仮に万全の状態でもニホン軍を迎え撃つには……我が共和国では力不足だ」
首都タレス北部
軍人専用住宅街
その高台からは10キロ程離れた軍港まで見渡すことができた。それは高層ビルが少ないタレスの街並みのおかげでもあるだろう。
ここには軍人とその家族ら約13万人が居住しており、タレスの軍関係者のほとんどが暮らしていることになる。そんな閑静な住宅街もここ最近、ニホン軍の航空機が数多く飛来するようになってからは混乱が続いていた。
どんな戦の時にもタレスはとても平和な街、タレスでは敵を見ることはない、それは敵がタレスの地に足を踏み入れることが不可能だから……
古くからそう言われてきたタレスは、統一戦争の時も敵の侵攻を許さなかった。
しかしそれはニホン軍によって脆くも崩れさってさしまう……頻繁に飛来するニホン軍の超長距離爆撃機は決まった時間にやって来て、どこかへ飛び去っていく。深夜には見たこともない戦闘機がやって来る……
「なぁ、ケヴィンの親父さんは空軍だろ? 毎晩来るニホンの戦闘機をなんとかしてくれないのか?」
「何もできないから来るんだよ。父さんが言ってた。ニホンの戦闘機はTA‐87より速いし、性能が桁違いだって」
「あっ……でも親父さん帰ってこなかったんだよな……ごめん」
「いいよ。父さんは生きてる気がするんだ。これから勝ち目のない戦争が始まるってよく話してくれたんだ……デカイ軍艦、高性能な戦闘機、詳しくは知らないけど情報部の人達から聞いたとさ」
「デカイ軍艦? フリューダーやセレスよりデカイ軍艦なんてあるの?」
「僕も聞いただけだからわからないよ。でも……フリューダーなんか比べ物にならないくらいデカイって」
「そんなのあるんだな。海の方へ行ったら見れるんじゃないか!?」
「そんな近くに来るかよ。でも行ってみてもいいかもな。明日にでも行ってみるか?」
「じゃあ6時に集合な! 寝坊すんなよ」
「ちょっと待てロイス! 早すぎ……」
ケヴィンの声が聞こえてないのか、ロイスは駈け足で遠ざかっていく。
「仕方ないな」
8月26日
4時35分
タレス空軍基地
「エンジン始動! 早く目を覚ませよ……くそっ! 」
「司令、やはり練習機はやめた方がいいですよ!」
「君らは知らんのか? このTA53が統一戦争の勝利の立役者だってことを」
「話なら聞いたことはありますよ。ですがもう退役して20年以上ですし、古すぎます」
「やっと始動したか」
「気を付けてくださいね。一応プラグも新品、オイル交換済、各種調整も問題ありませんが……飛行に際して無理はなさらないでください」
「任せておけ。俺は元第6戦闘機隊所属だ」
高まるエンジンの鼓動、プロペラの回転数、2200馬力を発揮する今は無きライノ社製の星型18気筒エンジンが漸く覚醒した。
TA53は統一戦争開戦から2年後に次期主力戦闘機として登場し、数多くの戦場でその制空権確保に活躍した機体だ。機体の大型化、当時最高でも1000馬力程度だったエンジン出力を、排気タービン等と組み合わせ高高度での性能を飛躍的に向上させたRT22戦闘機用エンジンを搭載するなど、それまでの戦闘機を大幅に凌駕するものとなった。
運用重量5000kgを超え、20mm機銃が4挺と7.7mm4挺の重武装を誇る。統一戦争の空を縦横無尽に飛び回るその姿は対立していた各国の空軍に恐れられ、地上の兵士は機銃掃射に怯えることとなった。
「ちょっと出かけてくる。レムルス少将から連絡があったら不在と伝えてくれ」
「了解、気を付けて」
スロットルを握る手に力が入る。
TA53は思いの外軽やかに滑走を始める。マーローはゆっくりと操縦桿を引く……機体は徐々に浮き始め、その後上昇に転じる。ジェット機程の加速は見込めないがそれでも大出力エンジンは力強く上昇する機体を大空の高みへ持ち上げていく。
「こちら防空隊司令、貴機の所属は?」
「第6戦闘機隊のマーローだ」
「マーロー大佐! 現在首都防空隊司令部は飛行禁止令を発令しております!」
「気にするな。ただの試験飛行さ。無線は切らせてもらう」
「ちょっ……」
「静かになったな。さて、偵察飛行といくか」