紀伊型戦艦の真相
遅くなりました。
2014年9月
横須賀海軍工廠
「これが紀伊型の設計図ですか。なんとまぁバカみたいな大きさですな。飛龍を建造したここなら余裕ですが」
「しかし……えらく時間が掛かる仕事を持ってきたもんだ。なんで今さら戦艦なんだ?」
「ブロック工法で工期は大幅に短縮できるだろう。装甲板を装着するのは船体を組み上げてからだ」
「最大厚400mmのあれか? とんでもねー代物だぜ」
「主砲塔前盾は最大厚660mmとか」
「主砲塔の重量だが……4000tを超えるらしい」
「まさに大型駆逐艦1隻か。そういや大和もそんなんだったな」
「今の技術で戦艦を作ったらこうなるんだろうか」
「装甲板の頑強さは大和の比じゃないぜ。あれもタフだが紀伊型はさらにタフになるらしいな」
「おいおい。ミサイル全盛の時代にそんな防御力意味あんのか?過剰にも程がある」
「艦政本部の奴らもよく思いついたもんだ」
「噂では1番艦は既に完成してるとか……噂だがな」
「他の工廠で新規に建造してるのは駆逐艦くらいだろ」
カール大陸南部
タリアニア郊外
帝国海軍タリアニア工廠
帝国海軍タリアニア工廠はタリアニアとの国交成立後、極秘に設営された工廠だ。超大型空母の建造も可能なこの工廠では、空母とは趣の違う乾舷の低い巨大な船体が鎮座していた。
そして明らかに空母と違う艦上構造物……かつて建造された日本戦艦に比して、低く抑えられた艦橋、頂上の測距儀はレーダー測距技術の進歩を著実に表している。
現在に至るまで秘匿されていた超大型戦艦の姿がそこにはあった。予算は輸送船5隻、駆逐艦10隻建造のものとして獲得され、タリアニア工廠で起工。
海軍大臣の長井修次は当然このことを知ってはいたが、海軍省でも一部の人間しか知らないことである。
長井は先日の会議において見事な芝居を演じてみせたのだ。
「就役まであと半年か、さすが帝国だな。これほどの巨艦を建造するとは……これも国力か」
タリアニアの首相、タスティ・エウナウドは特別に見学を許され、工廠内で紀伊がよく見える高台からその巨体を眺めていた。
独自の軍を持たないタリアニアにとって、大日本帝国との出会いは衝撃的なものであった。
「閣下、帝国はあの戦艦を大々的に公表するようです」
「そうかそうか。それは楽しみだ」
「しかし、帝国軍人のほとんどがあれは時代遅れだと言っております」
「だがこの世界ではどうだ? 帝国より大幅に遅れたこの世界ならあの巨艦も活躍できるだろう」
タリアニア市街地
マルセス・ダレイシスはこの日、潜伏先のアパートの自室でくつろいでいた。 ニホン陸軍の将校、アンドウ大佐は重大なニュースが流れるとマルセスに伝えてきた。その意図はわからないがニホンに関するニュースなら見る価値はあると思い、そのときを待っていた。
『……の交差点で自動車と接触し、20代の男性が顔や手などに軽傷を負いました……』
「こういうニュースはどこでもあるもんだな」
『次のニュースです。大日本帝国海軍省は今日、新型戦艦の公表を各国に向けて行いました。来年3月の就役を目指し作業を進めている模様です。現場にはクリスアナウンサーがいます。
クリスさーん』
『はい、私は今タリアニア郊外にある大日本帝国海軍タリアニア工廠へと来ています。ここからはほとんど中を見ることはできませんが、午前の報道向けに行われた説明会にてその雄姿を間近で見てきました』
『間近で見てどうでしたか?』
『そうですね、非常に巨大な印象を受けました。排水量が10万5千トンもあるんです! これは大日本帝国の軍艦としては最大です』
マルセスは突如舞い込んできた信じられないニュースに呆然とするしかなかった。
「ニホンはこんなものを建造する余裕があるのか……戦艦の復活か」
「あー、なんて言うんだ? 機関は公称28万馬力だが、実際のところ36万馬力は発揮できる」
「というと速力も……」
「30ktは軽いだろうな。いや、33は出るか」
「しかし加速はガスタービンほどではないでしょう」
「そもそも排水量が巡洋艦や駆逐艦と比べて桁違いだ。ガスタービンでは粘りが足りん」
この工廠の工員たちは休憩室で紀伊型について語っていた。戦闘艦としては空前絶後の大型艦で、工員の間で話題が尽きることはなかったという。
「11式50口径51cm砲の射程は6万mか……やっぱり誘導弾が有利ではないか?」
「そうだな。最近流行りの長射程砲弾も巡洋艦の主砲弾しか開発されてない」
「二番艦は横須賀で建造されるのか……」
「二番艦の就役は二年半で達成される見通しだ。もう起工する頃だろう」
「建造速度を上げるのか、バルアス共和国の連中はどう思うだろうか」
「連中に帝国海軍の恐ろしさを教えるには十分だな。まっ、その頃にはとっくに戦争は終わってるはずさ」