番外編〜〜帝国の消えた世界〜〜
2014年8月10日
アメリカ合衆国
ワシントンD.C
トニー・フランク米大統領はホワイトハウスの執務室で何者かと電話会談を行っていた。
「シュナイダー総統、今後の世界情勢を安定させるためにもドイツの協力は必要不可欠だ。たしかに我々は西側の強国かもしれんが、日本が消えてからロシアや中国の態度が急変している」
「たしかに。日本という強国の存在が彼らを抑え込んでいたのは間違いないですな。しかし、中国の朝鮮半島への侵略計画……いったいどこからそんな情報が?」
「合衆国の情報網は全世界に緻密に張り巡らされている」
「アメリカとしては朝鮮半島の赤化を防ぎたいと?」 「その通りだ。韓国軍は強い。しかし中国、ロシアとの圧倒的戦力差は簡単には埋められない。何より……同盟国を何も手を貸さず見捨てたと言われては合衆国の威信は保てないだろう」
「たしかに大統領の仰るとおりですな。韓国軍は日本が育成した優秀な軍人が多い。少なくともアメリカが参戦するまで持ちこたえるでしょう」
「イギリスには話は通してある。来月にはロイヤルネイビーが艦隊を日本海に……いや、太平洋に派遣するらしい。我が合衆国海軍も第3艦隊を派遣する。幸いにもマリアナ諸島やフィリピンは我が軍の受け入れを快諾してくれた」
「第3艦隊!? 空母を大小合わせて10隻抱える大艦隊を派遣するとは穏やかじゃありませんな」
「ドイツ陸軍の力も借りたい。1ヶ月後、それまでに答えを教えていただきたい」
「では、それまでに答えを出しておきましょう」
カリフォルニア州
サンディエゴ海軍基地
サンディエゴはアメリカ西海岸における海軍の主要基地で、第3艦隊の司令部もここに置かれている。
フィラデルフィア海軍工廠で再就役のための工事を受けていたモンタナ級戦艦BB‐67モンタナをはじめ、オハイオ、ニューハンプシャー、ルイジアナ、メインの5隻が集結していた。
太平洋戦争終結後、日本海軍の大和型戦艦に衝撃を受けたアメリカは中断されていたモンタナ級の建造を再開。1950年にようやく全艦が就役した。
戦後、いわゆる大和ショックなる影響をアメリカにもたらし、中止されていたモンタナ級の計画が見直されたためである。
その設計は若干の変更が加えられることとなった。
モンタナ級戦艦要目
全長:280.9m
全幅:38m
基準排水量:64500t 満載排水量:74000t 最大速力:27kt
主砲:50口径16in
3連装4基
その他、トマホーク4連装装甲ランチャー8基
ハープーン4連装ランチャー6基
ファランクスCIWS4基等
アメリカが多額の建造費を注ぎ込み完成したモンタナは世界中を驚愕させた。その排水量は大和型戦艦と同等、主砲口径こそ劣るものの大威力を誇る16inのSHSは、大和の45口径46cm砲にも負けず劣らず強力なものだ。
それら事実を知らされた帝国海軍関係者は震え上がったという。そんな戦艦が5隻もあるということに。
「おぉー、こいつがモンタナか! 噂には聞いていたがなんてデカさだ。ニミッツ級にも負けちゃいないな」
モンタナ級を初めて見た若い水兵は感嘆の声を上げる。近くに停泊するニミッツ級空母と比べれば全体的に低い乾舷の影響か小ぢんまりと見えてしまう。
しかしそれが駆逐艦や巡洋艦と並ぶと話は別だ。
威圧的な3連装主砲、高い塔型の艦橋構造物、幅広の艦体等、大型戦闘艦と呼ばれるタイコンデロガ級やアーレイバーク級が全て小型艦にしか見えなくなってしまう。
「君はモンタナ級を初めて見たのか?」
「て、提督!」
「堅苦しいのはいらん。楽にしろ」
合衆国海軍のカーキ色の服に身を包んだスキンヘッドの男は、慌てて敬礼する水兵にそう言うと横に並びモンタナの雄姿を見上げる。
「湾岸戦争以来か……これこそ海の王者に相応しい!」
第3艦隊司令官のマーク・ウィリアムズ中将は誰にも見られないように笑った。隣の水兵にすら気付かれないように……
「司令、海軍作戦本部長からお電話です」
「うむ……ウィリアムズです」
《ウィリアムズ提督、久しぶりだな》
「マクモリス本部長こそ。今日はどのような用件で?」
《いやなに、ちょっと移動してもらうだけだ。パールハーバーにな》
「なるほど、そういうことですか」
《出港の用意はできてるか?》
「それがあと2日ほど掛かりそうですな。戦艦の16インチ砲弾の積み込みに時間を要しておりまして」
《それは仕方ないだろうな。慎重にやってくれ》
「慎重にやらせます」
8月22日
ミッドウェー島西方
350km
潜水艦ガードフィッシュ
「艦長、コーヒーでもどうです?」
「いや、俺は緑茶にしておくよ」
ガードフィッシュ艦長のマクガイア中佐は、発令所の赤い照明の下で苦笑いを浮かべながら言った。
「玉露入りですか? 艦長もお好きですな」
「君らは知ってたか? 眠気覚ましにも効果があることを」
「それは知りませんでした。やはり日本に行った経験からですか?」
「あの国の海軍軍人は将官から兵卒まで緑茶を飲むという」
「いくらなんでもそれは大げさでは?」
「やはりそう思うか。ジャパニーズジョークというやつさ」
その言葉に発令所は笑いに包まれる。午前1時……普通の人間なら寝静まっている頃だ。
ソナーマンのスミス中尉はそんな中でも外部からの音に注意を向けていた。そこである不審な音が発生していることに気づく。
「これは……船首が波を切る音か!」
しかし本来なら聴こえるはずの機関音がない。そのことが余計に不審さを助長する。
「艦長、不審な音を探知しました。潜望鏡深度まで浮上してください」
「どうしたんだ? 中国やロシアの軍艦でも現れたか?」
「いえ……波切り音は聴こえるのですが、機関の発する音が聞こえないのです」
「こんな時間にこんな場所でボートを漕いでる奴は誰だ? 仕方ない、潜望鏡深度まで浮上!」
冗談を言いながらも艦長は浮上を命ずる。
やがて潜望鏡深度に達したガードフィッシュは停止し、マクガイアは潜望鏡越しに海上を睨み付ける。
「いったい何者だ? おっ、いたいた。だがなんだあれは?」
「艦長、何かあったんですか?」
「副長、自分の目で見て君の感想を聞かせてくれ」
「は、はぁ。見てみましょう」
副長のモーガン大尉は潜望鏡を覗く……
「なっ、あれはなんです!?」
「誰か本土に映画の撮影でもやってるのかって聞いてくれ」
「艦長、今時あんな船を使う国はありません。あれは映画の撮影で間違いないのでは?」
「いや、とにかく太平洋艦隊司令部に連絡しろ。映画の撮影をこんな場所でやると思うか? あれは不審船だ」
「アイサー!」
「大型の木造帆船で大昔の戦列艦みたいな船と報告しろ」
タルガロス王国戦列艦ファンス
ファンスは120門級戦列艦として建造され、全長64m、排水量4000tを誇る大型戦列艦だ。
「提督、どうも星の様子がおかしいようです」
「おかしいとは? どうおかしいんだ」
セルト提督はそう言うと夜空を見上げ、そこで輝く星を確かめる。
「うむ……出港したときと明らかに違うな。数時間でこれほど変わるとは思えん」
「提督、ここは一旦停止して夜明けに様子を見たほうが良いかと」
「しかし、我々は交渉団を乗せてるんだ。早く送り届けねばならん」
「ではこのまま東へ進みましょう。あと一晩あれば着くはずです」
パールハーバー
太平洋艦隊司令部
「謎の木造帆船は進路を維持、速力10ktで航行中です」
「このままだとミッドウェー島に明日の朝までには到達するでしょう」
「あの島は現在無人だったな。だが放っておくこともできん」
「しばらく放っておいて構わん。それより、TF31は今どこだ?」
「あと2時間ほどで到着するはずです」
「そうか。TF31に……いや、モンタナには不審船の監視についてもらおう。連絡を頼む」
「イエスサー」
アメリカ合衆国領海
TF31
戦艦モンタナ
「司令、太平洋艦隊司令部より通達。モンタナはミッドウェー近海に進出し不審船の監視にあたれ。以上です」
「不審船か。しかしこんな巨艦で監視とは何を考えてるんだ?」 司令部からの通達に、マーク・ウィリアムズ中将は怪訝な表情を浮かべる。
現在、第3艦隊司令部は旗艦のモンタナに座乗しており、それは不審船の監視に司令部が赴くことを意味していた。
「まぁいいか。艦長、そういうことだから頼んだ」
「アイサー! ところで司令、不審船が木造帆船だと聞いたのですが。どこの国なんでしょう?」
「ガードフィッシュが追尾してるようだが、見たこともない国旗を掲げているようだな」
「不思議なことですね。もしかしたら異世界の船とか……」
「そうかもしれんぞ。日本が消えたのは異世界に飛ばされたと考えてもいいからな。その逆のことがあってもいいはずだ」
「ロマンチックですな。これだから海の男はやめられない」
「艦長、君はインペリアルジャパニーズネイビーのほうが似合ってるんじゃないか?」
「それは嬉しいですな。アドミラル東郷やアドミラル山本は私の崇拝する偉大な提督です」
「アドミラル小沢も忘れちゃならん。彼こそ太平洋戦争一番の功労者に違いない」
「それは間違いないです。我が合衆国海軍も、ハルゼー、スプルーアンス、ミッチャー、ニミッツ……他にも優秀な提督がたくさんいます」
「最近じゃ作戦本部長のマクモリス大将か? 湾岸戦争の英雄だ」
「間違いないでしょう。司令もあと何年後かには英雄ではないですかな?」
「わしはそういう柄じゃない」
その一言で艦橋内は笑いに包まれた。
8月26日
10時25分
ミッドウェー近海
戦列艦ファンスは島の見える海上で停泊していた。それはタルガロス王国に程近い場所にあるはずの大陸国家バーガリアン帝国が見当たらず、目の前にある小さな島に戸惑っていたからだ。
「提督、やはり王国へ引き返しましょう。明らかにおかしい……あんな島はなかったはずです」
「そうだな。ここでじっとしてても意味がないしな」
「提督! 水平線に島のようなものが!」
「島のようなものだと? なんだそれは。もっと具体的に……!」
セルトは乗組員を叱責しながら自らの望遠鏡でその方向を見つめる。そして見えたものに絶句した。
「あれは島じゃない! 船だ……それも恐ろしく速い! いや、なんて大きさだ」
それはここからでも大きく見える、なにかとてつもなく巨大な存在感が確実に近づいていた。
「近づいてくる……!」
やがて形もハッキリと分かる距離にまで接近してきた巨大な何かは、船だった。船の形をした巨大な「何か」と言ったほうがいいだろうか、圧倒的な存在感を誇示するかのようにゆっくりと迫ってくる。
「提督! あれはなんです!? あんな船、バーガリアン帝国ですら持ってないですよ」
「とんでもない奴が来やがった」
「マストらしき場所に国旗が! 見たことのない旗です」
「それより、あの大砲を見てみろ。化け物だぜ」
「だが砲門数ならこっちが勝ってる」
「馬鹿野郎、あれに通用すると思うか?」
謎の巨大船はファンスと対向するかたちで接近してくる……距離は徐々に縮まっていき、やがて右舷50メートルほどを通過する。
全長は果てしなく長く、中央付近には巨大な塔、もはや化け物としか言えない巨大な大砲……
向こうの乗組員の顔まで見える至近距離、ファンスの乗組員たちは皆一様に驚愕の表情を浮かべていた。
「巨大船遠ざかります」
「あれはいったいなんなんだ!」
「もしかすると我々は未知の国に行き着いてしまったのでは?」
「とりあえず、彼らと接触できないだろうか?」
「提督、我々は彼らの領海を侵している可能性が高いです。攻撃されてもおかしくありません。あの船は帆もなしにとてつもない高速で動いています……それにあの巨大な大砲は一発でも被弾すれば、このファンスは粉々に吹き飛ぶでしょう」
ドォォン……
「なんだ!?」
「提督! あの巨大船が発砲!」
「なんという轟音!」
その後、水面に着弾した砲弾による巨大な水柱は、その破壊力をひしひしと感じさせる。
「白旗を掲げろ! まだ威嚇だけだ」
次回へ続く……