第二十二話
8月25日
大日本帝国
広島県広島市
古くから軍都として栄え、陸軍第5師団の本拠地であり、現在も30個師団約60万人を擁する西日本総軍の総司令部が置かれている。
広島城の周辺には軍関係の施設が多く建ち並び、軍都としての様相を更に際立たせていた。
その一角、歩兵第11連隊……
「貴様ら! それではバルアス兵にやられるぞ! もっと気合入れて走れ!」
竹刀を持った古参軍曹の怒鳴り声が聞こえる。
「はいっ!」
練兵場で小銃を持ち、30kgにも及ぶ個人装備を装着して走る男達。
59式小銃に比べれば軽くなったとはいえ、89式小銃は約4600g……諸外国の自動小銃に比べるとやや重く、その上使用する弾丸は7.7×58mmの59式実包である。
かつて前世界で5.56mm弾の採用が加速する中、帝国は太平洋戦争時に使用していたものとほとんど変わらない弾丸を使用していた。
当初は反動が強く、取り回しにくいと不評だった89式小銃だが、ひとたびその取り扱いに慣れれば、安定した弾道特性と相まって驚異の命中率を誇る銃でもあった。そしてその性能は戦場で安心して使えるものであり、イラク派遣においては各国の兵士から高い評価を受けている。
10km程走っただろうか……普段から鍛えているとはいえ、フル装備で走るのは楽ではない。
小銃はただ重く、装具の重量は肩にずしりとのし掛かり、走る男達の疲労に拍車をかけていた。
梨田照夫二等兵もその一人であり、走る集団の一部であった。
「小休止五分!」
「軍曹殿! どうしてこんなに走らなければならないのですか?」
「馬鹿者! 戦場ではそんな口は聞けんぞ!」
「はっ! 申し訳ありません」
「罰として腕立て20!」
「えぇー!?」
「梨田勘弁してくれ」
「マジかよ」
「貴様らさっさとやらんか!」
バルアス共和国
バルデラ島南方沖
約800km
駆逐艦浜風は僚艦の巻波、大波、巡洋艦足柄と共に哨戒活動を行っていた。
彼らから東へ400kmの地点では大和を中心とした艦隊が進出しており、バルアス共和国への監視網は日に日に増強されている。
駆逐艦浜風は、平成6年から帝国海軍の汎用駆逐艦として大量に建造されたうちの1隻であり、現在の駆逐艦は全て同型艦である。 全長152m、基準排水量4000tの艦体は駆逐艦としては大型で、帝国海軍の外征能力を更に向上することとなった。
そしてそれら駆逐艦隊のまとめ約として随伴する巡洋艦足柄は、金剛型巡洋艦の次級として建造された高雄型巡洋艦6番艦だ。
ここ数十年、帝国海軍の各艦型は集約され一纏めにされる傾向にある。高雄型もそのひとつであった。
足柄は基準排水量18000tを誇る巨体を海に浮かべ、ゆっくりとした速度で進んでいた。
その姿は戦艦を連想させるほど巨大で、全長だけなら長門と同等である。艦橋は艦隊司令の座乗を考慮した結果、前級の金剛型よりも高く巨大で威圧的なものとなった。
ジェーン年鑑においては巡洋戦艦に分類されるなど、その秘めたる戦闘力は仮想敵国の中国やロシアなどから脅威と位置付けられ、帝国やアメリカを中心とした海軍軍縮会議の開催を訴えるほど騒がれた。
だが、帝国が転移したことにより軍縮は行われることはなかった。
「足柄より入電、電探が北方より航行中の船舶を捕捉! これより接近する、我に続け!」
足柄は艦首を北に向け、艦隊の先頭に躍り出る。それを見た浜風以下3隻の駆逐艦は直ちに足柄の後方に移動し、短時間のうちに見事な単縦陣がそこに現れた。
バルデラ島南方沖
約670km
バルアス共和国海軍偽装偵察艦バルタードは速力13ktで南下していた。
その目的はカール大陸周辺の敵情把握である。
見た目は貨物船を模したもので、外から見ただけならただの商船にしか見えないだろう。そしてタリアニアの所属であることを示す国旗まで掲げられ、完璧な偽装であると思われていた。
「艦長、先程より通信装置がノイズを拾いはじめました。おそらく……強力な通信によるものかと」
ゼラン・マネス少佐は部下の報告に耳を傾け、ほぼ一瞬にして答えを導き出す。
「ニホン艦隊だな。もし近くに来ても努めて冷静に対処しろ。下手な真似をすればすぐに沈められるだろう」
「了解、ですがレーダーは未だにニホン艦隊を捕捉しておりません」
「そのうち捕捉するさ。あくまでも我々は商船だ。堂々と振る舞えばいい」
「艦長、私は嫌な予感がします。カール大陸にいる情報部員はニホン海軍の戦闘艦を多数目撃しているようです。中でもヤマトと呼ばれる艦は圧倒的な戦闘力を持っているとか」
「それなら私も聞いたな。しかし……何が目的であんな巨艦を? 未だに存在を信じることができないんだ」
「艦長もですか? 私も嘘だと信じたいです」
「あぁ。あんなもの相手にしたら共和国海軍の巡洋艦が玩具に成り下がってしまうだろう」
「もし……我々の前に現れたなら、武装が機銃程度の偵察艦では相手にできないでしょうな」
「出会わないことを祈ってるよ」
「仰る通りです」
数時間後……足柄を先頭に速力20ktで北上する艦隊は、遂に水平線上に船を発見した。
「足柄より入電。船舶視認、接近を継続する」
浜風艦長の須原中佐はその方向に双眼鏡を向ける。
「貨物船か?」
「艦長、足柄からです。接近中の船舶はタリアニア船籍の貨物船なり」
「おかしいな。あの船は決められた航路を大幅に逸脱してるぞ。足柄に伝えろ! 敵偽装船舶のおそれありだ」
「りょ……了解!」
「艦長! CICより報告、バルアス軍機と思われる航空機40機、330度、距離200!」
「なんだと!?」
「さらに290度より110機が接近! その後方から30機」
「空母の飛行隊ではないのか?」
「識別信号に応答ありません。敵機です」
「大和より入電! 敵機多数が接近中、直ちに待避されたし!」
「足柄は!?」
「足柄、転舵します」
「足柄に続け! とーりかーじ」
バルデラ島南方
700km上空
バルアス共和国空軍第9爆撃団のベルセス22爆撃機40機は、偽装偵察艦に近づいてくるであろうニホン艦隊を攻撃するのが今回の任務であった。他には30機の予備部隊も出撃しており、こちらはTA‐87の集団後方を飛行中だ。この作戦は首都近郊の空軍部隊のほぼ全力であり、ニホン艦隊に損害を与えるのが絶対の達成条件だった。
レーダー員のズコフ・ローマン少尉は、四角いレーダー画面を凝視し、その波形が一際大きい反応を示すと同時に機長のロスレス少佐に報告する。
「機長、水上目標探知! 距離近い! まもなく目視できるかと」
「右方向に航跡視認、1隻だけか? ありゃバルタードだな」
「雲が多いな。高度を下げよう」
ロスレスは操縦悍を前に倒す……ベルセス22はレシプロ4発の大型爆撃機で、その動きは鈍重だが最大搭載量10tを誇り、多数の爆弾を敵の頭上に落とすことができる。今日は半分の5tしかないが、ニホン艦隊には確実に損害を与えられると思われていた。
「ニホン艦隊はまだ見えないか?」
「今のところ見当たりませんな……ん? 機長! ミサイル接近! 回避してください」
「なんだと!」
「四番機やられました! 六番機も……」
「ニホン艦隊の対空ミサイルか!? 高度を下げろ! レーダーに捕まるぞ」
「さらにミサイル多数が接近! 数20以上!」
「くそっ!」
巡洋艦足柄CIC
「第一目標群、40機撃墜。第二目標群、艦隊防空圏に到達!」
「数が多いな。今の対空誘導弾の残数では足りんな」
砲雷長の別府憲広少佐はモニターに表示された残弾数を見て顔をしかめる。
VLS126セルのうち、対空誘導弾は96、アスロック4、トマホーク26である。40発を消費した今となっては、残り56発の対空誘導弾と駆逐艦3隻のシースパローしか迎撃手段がない。
「艦長、このままでは敵機の接近を許してしまいます」
「うむ、まずいことになったな。空母戦闘群は1000kmも離れている……間に合わんな」
艦長の吉井修吾大佐はこの状況でも焦った様子ひとつない。
「艦長、防空巡洋艦羽黒より入電! 本艦、これより対空戦闘を開始するものなり」
「来たか! これで少しは戦えるだろう」
足柄より40km南方
防空巡洋艦羽黒
全長225m、全幅31m、基準排水量23500tのダークグレーの巨体を海に浮かべ、最大戦速で北上する姿は戦艦そのものと言えるかもしれない。
1985年に就役した羽黒は大型巡洋艦として設計開発され、当時既に陳腐化していた三連装主砲を四基も装備していた。
そして海面から30mもある塔型の艦橋はステルス性を完全に無視していたが、その艦影はまさに戦艦の再来と言えるだろう。
しかしいささか時代遅れだったこの艦は1997年、遂に大改装工事を受けることになる。
見た目だけなら威圧感十分の三連装主砲、高い塔型の艦橋等上部構造物のほとんどが撤去、代わりにVLS136セル、連装主砲二基、20mm高性能機関砲四基が装備され、艦橋も高雄型とほぼ同一のデザインとなった。
防空巡洋艦羽黒は、SPYレーダーと高度に自動化された対空戦闘システムによって、圧倒的な防空戦闘能力を持つこととなる。
「足柄と連携して対空戦闘を行う、全機叩き落としてやれ!」
「第二目標群、まもなく射程に入ります!」
「VLS1番から18番、目標データ入力完了!」
「1番から18番発射はじめ! 続けて19番から30番データ入力!」
同時多目標対処……近年の帝国海軍巡洋艦では当たり前となった能力だ。高雄型で12目標、羽黒だと最大20目標と言われている。
だがいくら同時対処が可能とはいえ、それは連携して初めて活かされる。
足柄も羽黒がいなければ数の暴力で押しきられていたかもしれない。
足柄CIC
「羽黒、対空誘導弾18発射!」
「よし、我々も対空戦闘を継続する!」
「羽黒の誘導弾全弾命中!」
「第二目標群の一部、個艦防空圏に到達! 浜風、巻波、大波、シースパロー発射します! 羽黒、第二射発射しました」
「敵第二目標群残り80!」
バルアス共和国空軍
戦闘機部隊
「爆撃機団からの通信途絶! 撃墜されたものと思われます」
複座型のTA‐87を駆る編隊長のデガス・マレスティ中佐は後席のヤレン大尉の報告を静かに聞いていた。
既に味方機70機を失ったことへの驚愕も大きいが、それよりもニホン艦隊の防空力に驚かされる。
「ニホン軍め! いったいどんな魔法を使いやがった」
マレスティは必死に冷静さを保とうとしていたが、前方から迫り来る多数のミサイルの姿を見出だし、慌てて指示を出す。
「全機散開! 生き残れぇ!」
そう言うと操縦悍を一気に傾け急旋回に入る。急激に襲い来るGに必死に耐える……その視界に空振りに終わった敵ミサイルが見えた。
「ざまぁ見やがれ! ミサイルも当たらなければ脅威ではない」
「中佐! ミサイルが反転して追いかけてきます!」
「なに!?」
マレスティは後ろを振り返り、ミサイルの姿を探す。
――見えた!――
「大尉! 脱出だ!」
「了解!」
直後、キャノピーが吹き飛び、座席が圧縮空気により上空へ射出される。
その数秒後、ミサイルは先程まで搭乗していた戦闘機を粉々に吹き飛ばした……