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異界の帝国  作者: 赤木
23/69

第二十一話

8月16日

カール大陸北部



「軍曹! 助けに来ましたよ!」


マレヌスは洞窟に足を踏み入れるとすぐに大声で叫ぶ。


「伍長か……」


「衛生兵! 彼を見てやれ」


ニホン兵……もといシモムラ少尉が連れてきた衛生兵に向かって叫ぶと、すぐにヒースランド軍曹の横たわる場所へ駆け寄る。


「怪我の具合はどうか?」


「弾が腹部を貫通しており、出血が多いです。輸血が必要でしょう」


「あなたは?」


「日本陸軍少尉の下村だ、君には今から我々の救護所で治療を受けてもらう」


「バルアス陸軍のヒースランド軍曹です。感謝します」


「楽にしてくれ。おい、お前、本部にヘリの要請だ」


「了解! すぐに要請します」


その様子を見ていたヒースランド軍曹は静かに目を閉じた。


「軍曹!」


「眠っているだけです。心配いりません」




カール大陸南部

タリアニア

捕虜収容所


広大な敷地、高いフェンス、有刺鉄線……そこは大陸北部での戦闘で大量に確保した捕虜を収容するために設営された捕虜収容所。 そのような目的で設営されたにもかかわらず、白い画一的な建物が見渡す限り並んでおり、一種の住宅街にも似た雰囲気すら醸し出している。


トリアス・ローセン少尉は、いつものように運動場でランニングをしながら汗を流していた。


「ここの生活も悪くない」


海軍の誰かがそう言ってたのを思い出す……


「確かにな。こういう生活も悪くないか……ん?」


トリアスは収容所に隣接するかたちで設営された広大な敷地に目をやる。ジェットエンジンの爆音を轟かせて飛来したのは見たこともない巨大な航空機であった。

それは高翼配置で8発のエンジンをぶら下げており、太い胴体からして爆撃機であるとトリアスは予想する。


「なんて大きさだ。共和国の爆撃機は未だにレシプロ機だっていうのに」


トリアスの予想通り、それらは日本本土から飛来した52式重爆撃機の編隊であった。


「なんてことだ! あんなにたくさん……神よ!」


トリアスはその巨体だけでなく、次から次へと着陸態勢に入る大型爆撃機の群れに驚愕を隠せない。


大日本帝国空軍第2爆撃航空団の52式重爆50機は、厚木飛行場から約8時間の飛行を経て漸く任地に集結を果たそうとしていた。


「こちらタリアニア管制、歓迎する。四番滑走路に着陸せよ」


「お出迎え感謝する。四番了解、これより着陸態勢に入る!」


第2爆撃航空団第3爆撃中隊7番機機長の林原治大尉は眼下に広がる広大な飛行場に目を奪われる……指示された四番滑走路は全長4500mにも及ぶ長大なもので、これなら悠々と着陸できるはずた。


「またえらいもん作っちまったな。500機収容ってのもあながち嘘じゃあるまい」


どこまでも広がる荒野を整地し、そこに切り開かれた巨大な飛行場は対バルアス戦の長期化に備え、空軍部隊を駐屯させるためのものだった。


そしてひっきりなしに飛来する輸送機を受け入れるにはタリアニアの空港は狭すぎたため、それらに対処するものでもある。



「おい! トリアス! 聞いてんのか?」


「あ、あぁ。すまん」


「あれは一体何事だ?」


「どうやら爆撃機部隊のようだ。ニホンの本土から来たんだろう」


「ニホン本土だって? 4000km以上離れてるんじゃなかったのか……」


「おそらく、あの機体の航続距離はその距離を余裕で飛行できるくらい長い」


「おいおい本気か……そんな化け物まで持ってるのかよ」




8月20日

バルアス共和国

首都タレス



『平成26年の新春を飾る陸軍始観兵式は、天皇陛下の親臨を仰ぎ奉り、1月8日皇居前広場において執り行われました。武勲輝く軍旗を先頭に、皇軍の精鋭は堂々の分列行進を行う――』


バサッ


「はぁはぁ、またあの夢か……どうもあの映像が頭から離れん」


議員宿舎のベッドから飛び起きたダレン・ディビス防衛大臣は、先日見たニホンに関する映像〈平成26年陸軍始観兵式〉と題されたテープを手に取る。

そのテープは情報部がタリアニアで入手したもので、ニホン陸軍の行進の模様が収録されていた。


「まだ3時じゃないか、くそっ! ここ数日同じ夢ばかりだ」


「大臣! バルデラ島より報告、カール大陸方面より不明機多数が接近! 迎撃不可能な高高度を飛行中の模様」


「なんだと!? 直ちに空軍司令部へ連絡! 対空部隊に迎撃準備をさせろ」


そう言うとダレンは大統領宮殿直通の電話を取る……

《こんな時間に何事だ? 会議はまだ早いぞ》


「大統領大変です! ニホン空軍が接近しています、現在バルデラ島上空を通過した模様!」


《何っ! 迎撃はどうなっておる!?》


「それが……迎撃できない高度を」


《なんということだ! すぐに地下司令部へ移動しよう、君も早く来い》


「すぐ向かいます!」




バルアス共和国領海上空


「まもなくタレス上空、例の物の準備完了」


52式重爆機内では男たちがある準備を続けていた……巨大な爆弾倉の一角、そこに置かれた長さ3m、重さ2tの訓練用模擬爆弾は、大統領宮殿の広大な庭園に投下される予定だ。


「目標位置入力よし、誘導装置異常なし……投下準備よし、爆弾倉開け」


「投下10秒前……4、3、2、1、投下!」




テルフェス・オルセンは大統領宮殿庭園で、上空から複数の何かが落下してくるのを見つめていた。そしてそれが爆弾だと気付いたときには、全速力で地下司令部へ走り始める。


「なんてことだ! ニホン軍め、もう爆撃に来るとは」


ヒューーーと不気味な風切り音を響かせながら巨大な何かが近くに着弾する。


「もう終わりだぁ!」


大統領はその場で腰を抜かし、動けなくなってしまう……


「大統領! 何をしてるんです!? 早く地下へ」


「す、すまん。しかし何も起こらないな?」


「遅延信管かもしれません。とりあえず地下へ行きましょう」


その間にも巨大な謎の物体は周囲に着弾し続けていた。




「ニホン軍航空部隊は中部セレス地区上空でブレミアノ方面へ変針、そのままカール大陸へ向かうものと思われます……」


「カール大陸からセレス地区までは何キロある?」


「約4500kmです」


「それが何を意味するか分かりますか?」


「というと……そんな馬鹿な! 少なく見積もっても敵機の航続距離は10000kmはある!?」


「マーロー大佐、そんなことが信じられるか? 我が共和国のベルセス22爆撃機ですら航続距離4500kmなんだぞ?」


「レムルス少将……私も信じられません。しかし、ここまで常識はずれなものを見せられては信じるしかありません」


タレス空軍基地司令のジョン・マーローは、首都防空隊司令部のレムルス少将に力なく言い放つ。


「たしかにな……しかし投下したのが模擬爆弾とは。我々を脅すつもりだったのだろう」


「私もそう思います。市民は空からの恐怖に怯えています……」


「ニホン軍は好きなときに好きな場所を攻撃できると……とんでもない奴らだ」


「早急に対策が必要です。閣下、なんとか首都防空隊の戦力補充はできないでしょうか?」


「難しいかもしれんが……上層部に掛け合ってみよう」


基地作戦室の空気は重く、そこに集まった空軍幹部たちに緊張を強いていた。




8月22日

カール大陸南部

タリアニア


マルセス・ダレイシスはこの日、軍港近くのカフェで一人コーヒーを飲んでいた。そして彼はある人物と待ち合わせをしていた……その人物の名は『アンドウ』、潜伏拠点であるアパートに届いた封書……そこに書かれていた名前だ。


「戻ってきたら早速厄介な! アンドウ……何者だ」


マルセスはアンドウが指定した一番右奥の座席に座っていたが、不思議なことにその周囲には誰一人として客の姿がない。それが一層マルセスの警戒心を煽る。


「いらっしゃいませ」


店主の声で何気なく入口の方を見る……そこには帯青茶褐色の軍装に身を包んだニホン陸軍将校の姿があった。


「まさかな」


マルセスは向き直ると再びコーヒーに口をつけようとする。


「相席してもよろしいかな?」 顔をあげると先程の将校の姿……その身長はマルセスより高く、軍人らしいガッチリとした体躯を軍服の下に隠していることは明確であった。


「あなたがアンドウ氏か?」


「察しがいいな。私は帝国陸軍情報部大佐、ジェームス・安藤だ。よろしく」


「なぜニホンの将校さんがこんなところに?」


「君こそどうしてこんなところにいるのかな? バルアス共和国の諜報員なんだろ?」


「……」


「なに、私は君を捕まえるつもりはない。話がしたいんだ」


「そうなのか? どうしてわかった?」


「少し調べさせてもらった。最近日本へ行っただろ? 君の身分証はICチップが読み取りできないと連絡があってね」


「ICチップとはなんのことだ」


「小型の記憶媒体とでも思ってくれ」


「まさか!? こんなに薄い記憶媒体があるのか?」


「バルアス共和国にはないのか? 我が国では常識だかな」


「そんな小さい記憶媒体など聞いたことがない!」


「その話は置いておこう。身分証の件は私が部下に処理させておいた」


「なるほどな……ではなぜ呼び出した?」


「私はバルアス人と話がしたくてね。今はあいにく戦時だが、良き友人になれるはずだ」


「友人か……ところで、あなたは他のニホン人とは違うようだが?」


「私の母はアメリカ人でね、多分にアメリカ人の血が流れている」


「そうか、アメリカとはどんな国なんだ?」


「アメリカか? そうだな、とにかく大きい国だ。元の世界に戻れるものなら案内してやりたいよ」


「バルアス共和国やニホンよりも大きいのか?」


「遥かに大きいだろうな。そして広大で自由な国だ。母はペンシルベニア州の出身なんだ、私もフィラデルフィアの街で育った」


「そうか。ニホンのいた元の世界とはどんな世界だったんだ?」


「比較的平和な世界と言えるだろう。だが人と人との争いは絶えることはない。世界規模の大戦は起きていないが、大日本帝国の消えた世界……何かが起きているかもしれないな」


そう言うと安藤は立ち上がりる。


「今日はこの辺りで失礼するよ。また会おう」



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