第十九話
8月12日
鹿児島県沖200km
貨客船大洋丸
船橋では船長の大隈武保が陽光を吸い込み、キラキラと輝く海面を静かに見つめていた。
「船長、翔鶴より通信です。まもなく合流するとのこと!」
「右30度、船影見ゆ、翔鶴です!」
「来たか。それにしても……いつ見てもデカイな」
「これでタリアニアまでの旅路は安泰ですな」
マルセス・ダレイシスは甲板で寛いでいたが、右舷側が騒がしくなったのに気付き様子を見に行くことにした。
「一体何があったというんだ?」
いくつかの通路を抜け右舷側甲板に歩み出ると、多くの人が手を振っているのが見えた。その先では空母と呼ばれる大型艦が今まさに合流を果たそうと近づいていた。
「これは……!」
マルセスはニホンに空母があるということを今回の任務で知っていたが、実物を見るのはこれが初めてだった。この貨客船よりも巨大で重厚な艦体を持つその甲板には多数の戦闘機が並び、より一層の威圧感を感じさせる。
そして2隻の巡洋艦と思われる艦のうち1隻が、その俊足を活かしあっという間に船団の前に躍り出る……それらは空母に比べれば遥かに小さく見えるが、それでも共和国の巡洋艦より大型で、その加速はその巨体に似合わず俊敏であった。
そして空母は貨客船と1km程の間隔を置き並進する。 直後、後方よりジェットエンジンの奏でる爆音が響き渡る……
思わずその方向へ目を向けると2機の戦闘機が低空を高速で駆け抜けるところであった。
「烈風だ!」
誰かが叫ぶのが聞こえたが、マルセスは突然の来客に驚愕することしかできない……その戦闘機は共和国のTA‐87より遥かに速く、そして力強かった。機体、エンジン音、機動力……どれをとってもTA‐87を優越しているように思われる。
「あんな戦闘機に勝てるわけがない……装備が根本的に違う!」
マルセスは上昇へ転じるニホンの戦闘機にただ圧倒され続けていた。
バルアス共和国南部
ブレミアノ市
首都タレスから車で4時間、海沿いの道をひたすら西へ向かえばブレミアノ市の象徴である大聖堂が見えてくる。
古くからバルアス共和国の国教であるモレアン教の聖地として知られる人口6万人の小さな街だ。
しかし、そんなのどかな街にも戦争の影響はゆっくりと、だが確実に影を落としていた……
街では軍の担当官が戦死者の家庭に直接出向き、家族に訃報を伝えて回っている。
「マリー・ドレイク婦人、貴女の夫、ジャックス・ドレイク海軍中将の戦死認定が為されました。ここに詳細があります……心より御冥福をお祈りいたします」
そう言うと軍の担当官は封のされた包みを丁寧に渡し、そして去っていく。
その背中を見送った後、渡された包みを見る……
「そんな……ジャックス!」
包みを開き、中の紙を取り出す。そこにはこう書かれていた。
『共和国海軍中将、ジャックス・ドレイクは、カール大陸西方沖海戦にて艦隊を指揮、当戦闘において旗艦セレスと運命を共にするものなり――』
その文書と共に軍艦旗と、海軍の支給品である腕時計が添えられている。おそらく遺品なのであろう……
彼と出会ったのは統一戦争終戦後のことであった。当時、戦後の混乱の最中であった共和国も統一戦争の勝利を祝うムードが徐々に高まりつつあった頃だ。
マリーの故郷であるブレミアノも例外ではなく、市街地では陸海空三軍の将兵によるパレードが行われ、ブレミアノはこれまでにないほどの賑わいを見せた。
「若い軍人さんが来るんだって! マリーも行こうよ」
そう言われて強制的に連れてこられた酒場……そこには紺の制服に身を包んだ海軍軍人が数人、丸テーブルを囲みポーカーに明け暮れていた。
「くそっ! またジャックスに持っていかれたか」
「フェンレルの奴、俺達におごる約束だったのに……あいつは勝ちを全部持って逝っちまった」
「あいつの乗艦してた駆逐艦は生存者が一人もいなかったな……爆発したと思ったら消えてたんだ」
「みんな、その話はもうやめよう」
「そうだな……ところで、あっちに女の子がたくさんいるぜ?」
「ワォ、とびきりの美人だぜ! おいジャックス、お前誘ってこいよ!」
「なんで俺なんだ?」
「お前の勝ち分でおごってやると言えば来てくれるかもよ」
「仕方ないな」
そう言うとジャックスは女たちの近くに歩み寄り、声を掛けようとするが……
「もしかして海軍の軍人さんですか!?」
女の方から声を掛けてきたことに多少驚きつつ、ジャックスも言葉を紡ぐ。
「あ、あぁそうだよ。よかったら僕たちと飲まないかい?」
「勿論ですわ! 喜んで」
女たちは皆一様に明るく見えたが、その中に一人、物静かでおとなしそうな女がジャックスを凝視していた。
「あの……君、どうかしたのか?」
ジャックスは少し戸惑いながら問いかける。
「え? いえ、なんでもありません!」
「あら、マリーはその軍人さんに一目惚れかしら?」
「ち、違うよ!」
友人のからかうような言葉に顔を真っ赤にして否定するマリー、それを見たジャックスは笑いをこらえるのに必死だった。
「マリーさん、僕に惚れてもいいことはありませんよ。軍人なんか選ばなくても、もっといい男がいるはずです」
「あの! お名前は?」
「ジャックス・ドレイクです。以後お見知りおきを」
二人が初めて出会った夜を思い出すと、少し落ち着いてきた。
「ジャックス、いいことはないって言ってたけど……まさかこうなるってことだったの?」
透き通るほど晴れ渡った青空を見上げるマリーの顔は、どこか清々しかった。
彼女は知らなかった。ジャックス・ドレイクが捕虜として生きていることを……
バルアス共和国
首都タレス
大統領宮殿
「急用とはなんだね? ディビス君」
「大統領、情報部がタリアニアであるものを見つけ、持ってきたのでご覧頂きたい」
「何を持ってきたんだ?」
「ニホンのテレビです。アナト大佐、例のものを」
情報部のアナト大佐は黒く薄っぺらい板のようなものを運んできた。
「大臣……私をからかうのはやめてくれ。これがテレビだと言うのか? こんな薄っぺらじゃブラウン管も入ってなさそうだが」
「見ればわかります! 電源を借りますぞ」
そう言うと大臣は執務室のテレビの電源を引っこ抜き、代わりに薄っぺらな板から伸びるプラグを差し込む。
「アナト大佐、説明書を……むぅ、タリアニア語か、読めるか」
「はっ、どうやらここが電源……この黒く細長い箱は何だ……ほぅ、これで操作できると言うのか。では電源を入れますぞ!」
アナト大佐がリモコンの電源ボタンを押すと、画面にカラフルな縦縞が現れ、ピーという奇妙な音を響かせ始めた。
「なんだこれは? 共和国の国営放送は映らんのか?」
「大統領、もうひとつブルーレイなるものを入手しております。これをここに入れれば、このテレビで映像を楽しめるようです」
「こんな円盤で映像が見れるだと? とんだ夢物語だな」
「アナト大佐、タリアニア語が読めるのは貴官しかいない。なんとか映像を見れるようにするんだ!」
ディビスが必死の形相でアナトに迫る。
「大臣……近すぎです。心配せずとも見れます」
「ちなみにこの円盤には何が書いてある?」
「核? 実験の記録映像……そう書かれてますが。どうやら反戦を謳ったもののようです」
2時間後……
「アナト大佐、時間掛かりすぎだ」
「申し訳ない、大臣……これで見れるはずです」
「その言葉、この日何度目になるだろうな」
大統領が皮肉っぽく笑いながら言う。
が、唐突にカラフルな画面は消え、何かの文字が画面に浮かび上がる。
「おぉ、映ったぞ!」
「大佐! 画面の文字を訳すんだ」
「了解しました!」
『我が国の核武装――――この映像は1968年、アメリカ合衆国の実験場で行われた――――20メガトン級水素爆弾の爆発時の映像である』
直後、画面の中は眩い光に覆われ、発光の後遠方で巨大な火球が生まれていることにディビスは気付く。
その後、炎を纏った太い黒煙が天高く立ち上り、そのてっぺんはキノコを思わせるがどこか、けばけばしさを感じさせた。
その周りの雲は衝撃波で周囲に均等に広がっていく……それは一種の芸術と見紛うほど……
「なんという……ニホン人はなんという恐ろしいものを」
「大統領、これは彼らの最終兵器です。それも、同じような兵器で攻撃を受けた際の報復手段……」