第十八話
バルアス共和国
首都タレス
タレス軍管区会議場
会議が始まって既に2時間……ほぼ進展のないままいたずらに時間だけが経過し、頻繁に発言していた参加者も今や沈黙する者が増えていた。
「皆さんに見てもらいたい映像があります」
沈黙を破ったのは陸軍情報部に属する一人の男……
「情報部のアナト大佐か、何かあるのか?」
「タリアニアにニホン海軍の拠点があるのは既に周知の通りです。ですが問題はそこではありません」
「タリアニアにニホン海軍の大艦隊がいるというだけで脅威だと思うが……他に重大な何かがあるというのか?」
「はい。そこに入港した大型の艦船……それを今から見ていただきたい」
アナトが目配せをすると、傍に控えていた男が映写機の準備をする。
「これは我が軍の戦略を根本から揺るがす重大な脅威です。どうか覚悟のうえで……」
アナトが合図をし映像が流れ始める。
「おぉ……なんと広大な」
そこに映し出されたのはとてつもない広さの港湾、そこかしこに停泊する艦船、ひっきりなしに行き交う将兵の姿。
それだけでもこの艦隊の規模がどれだけ大きいか容易に判断できる。しかしその視点が大型艦専用の区画に向けられたとき、会議場の面々は絶句するしかなかった。 「……これは? あの貧弱な大型艦ではないか?
だがこうやって見る限り……規格外の巨艦だな」
「全長は300m以上、推定の排水量は7万t以上。平らな甲板を持つ貧弱な船に見えるかもしれません。が、この船の真の能力を見れば……我々は考えを改めなければなりません。ここを見てください」
別の角度から撮られた巨艦の映像、そこにある予想外のものに、次こそ全員が絶句する。
「……!!」
「これは戦闘機です。この艦は洋上基地そのものと言えるでしょう。噂では戦闘機を最低でも60機搭載しているとか。今までの目撃情報から、ニホン海軍には少なくとも3隻存在する」
「しかし離陸……いや離艦というのか? 飛び立つにはあまりにも距離が短すぎるだろう」
「彼らは何らかの装置を利用し、飛び立つのに必要な速度まで強制的に加速させているようです」
「なんと!」
「マーティン元帥が勝つのは至難の技と仰っていましたが……私も同じ意見です。洋上で戦闘する場合、ニホン海軍には戦闘機による支援がある。我が海軍は空から、そして海上から圧倒的な戦力投射を受けるかたちとなるでしょう」
「さらに、彼らは水中から攻撃できる艦を保有している。未確認情報ですが、確かな筋から入手した情報です」
「水中からだと!?」
「それが事実なら、我々は手も足もでないままやられる。共和国海軍は指をくわえてそれを見守ることしかできん」
「元帥! 何か対抗案はないのか?」
「現在、ある工廠で建造中の巡洋艦があります。既に90%が完成しており、ミサイル戦の専門艦になる予定です」
「あれほど苦戦していた対空ミサイルが開発できたのか?」
「海軍工廠の連中は負けず嫌いでして……失敗に失敗を積み重ねた末にやっと誘導装置の開発に成功したのです」
「それは海軍工廠の独自開発か? 信じられん」
「もちろん。ですが誘導できるのは一発だけです。そして発射母艦から目標への誘導波の照射を続ける必要がありますが……大部分は対艦ミサイルシステムからの流用というわけです」
「それでも海軍の戦闘能力が上がるではないか」
「で、そのミサイルの能力は?」
「小型のジェットエンジンを搭載しており、最大時速は1700km/hにもなります。さらにはVT信管によって敵機に出血を強いることも可能です」
「それは戦闘機に転用できないのか?」
「現在の主力戦闘機TA‐87に搭載するには大きすぎます。なんせ1500kgもありますから」
「対艦ミサイルよりは小型だな。やつらは5000kgで専ら艦載用だが」
「して、その巡洋艦のスペックは? もう隠す必要もあるまい」
「まぁ……そうですな。基準排水量は14000t、全長200m、全幅22m、主砲は新開発の20cm砲を4門、対艦ミサイルランチャーを6基、対空ミサイルランチャーは2基です。もちろん防御装甲もしっかりと」
会場がどよめく……海軍が極秘に開発していた対空ミサイルもそうだが、これだけの大型艦の存在が暴露され、その規模も共和国最大のものであったからだ。
だがそんな中でも少なからず疑いの声が上がる。
「本当にそれでニホン軍に対抗できるのか? 聞くところによれば、ニホンの軍艦は複数の対空目標相手に同時に攻撃できるものがいるようだ。いやそれだけじゃない、対空戦闘をやりながら対水上戦闘をもこなすやつらだ。そんな子供騙しみたいな巡洋艦で対抗できるとは思えん」
「アナト大佐! 貴官はどこでそんな情報を!?」
「私の部下に優秀な人物がいまして、彼はニホン軍主催の観艦式や火力演習まで見学に行ったらしい。そこで見た兵器はいずれも共和国軍のそれを凌駕するものばかりだと。質、量ともに強大なニホン軍相手に戦争をするなら、我々はあと半世紀は待たねばならない。だがその間にニホンも進化する……」
「結局は追い付けないということか……」
「だが後戻りはできない。とにかく次の作戦のために共和国領バリエラの軍港に艦隊を集結させる」
「北部のバリエラですか。ニホン軍もそこまでは察知できないでしょうな」
「三個艦隊をカール大陸方面に進出させる」
「目標は?」
「ニホン艦隊の撃滅です」
「そんなことでは海軍の損害が増えるだけだ。私は反対だな」
「しかし……ではどうすればよい?」
「私に良い考えがあります」
会議は終盤に差し掛かりつつあった……
バルアス共和国
タレス郊外
共和国海軍工廠
そこにはある軍艦が最終的な仕上げを施されるのを静かに待っていた。共和国初の対空ミサイルを装備し、名目上はセレス級の拡大発展型ではあるがそれを遥かに凌ぐ大型艦がドックにその巨体を鎮座させている。
対艦ミサイルランチャーは他のバルアス艦と同じく艦橋の両脇に配置され、それは太く巨大であり、その巨体と相まって一種の異様な雰囲気を醸し出していた。
だが他の艦と明らかに違う部分があった……
艦橋と煙突の間に配置された2基の見慣れないミサイルランチャー……それこそが新開発の対空ミサイル。
「これがクローフトか。さすがに大きいな」
「大統領、早ければ来月にも就役できるでしょう。しかし戦力化はしばらく先になるでしょうな」
「それは仕方あるまい」
「ニホン海軍は強いと聞きましたが……このクローフトでも力不足ではないでしょうか?」
「あぁ。そこはどうしようもない。むしろカール大陸侵攻自体が間違っていたのかもしれん。マーティン元帥、君はどう思う?」
「私は大陸侵攻が遅すぎたと考えます。ニホンが現れる前に侵攻しておけば、カール大陸は共和国の属領となっていたでしょう」
「なるほど、君の言う通りだな」
テルフェス・オルセンは日が落ちつつある夕刻の工廠で、ただ就役を待ち続ける巨艦の姿を眺めながら言った。
「ニホン陸軍は大陸に軍団規模の兵力を投じ、さらには大規模な艦隊をまとめて派遣するあたり……彼らの国力を疑ってしまいます」
「まだ見ぬニホンの真の姿か……一体どうすれば2億人もの人口を養えるというのだ? 数百万にも及ぶ軍隊を抱えながらも彼らは国民一人一人が豊かだと聞く」
「人間は一定水準以上の生活ができれば豊かと言えるでしょう。我が共和国の百万にもなる貧困層がなぜ生まれたのか……それは国民を皆公平に扱うという共和国の憲章に反した結果だと私は考えます」
「私より3代前の大統領……全ては彼が考案した大陸統一戦争から狂い始めた。まだ若い議員だった私はろくに反発することもできなかったな。かつては反戦を唱えていたが……30年で考え方まで変わってしまうとは!」
「あの戦争……膨れ上がった戦費、戦後は戦死遺族への賠償、帰還兵の雇用問題……当時70万人に及ぶ兵士が退役後の雇用先が見つからず大問題となった。豊かになるものがいる一方で貧しい生活へとひた走ることしかできないものもまた……」
「今回の戦いも負の遺産を多く産み出すだろう」
広島県呉市
呉海軍工廠
転移より遥か以前から数々の艦艇を産み出してきた帝国最大の呉海軍工廠……転移前は東洋最大と言われ、この世界に来てからはその規模に匹敵する工廠は無かった。
そこで整備を受ける一隻の軍艦がいた……それは帝国海軍の正規空母と同じように全通甲板とアングルドデッキを持ち、その艦体は巨大で圧倒的な存在感を誇る。
その名は『翔鶴』
本来なら第2空母戦闘群の一員である翔鶴は、訓練中に格納庫でミサイルの暴発事故が発生し、原因究明と修理が行われていたのである。
「この調子なら来月には艦隊に復帰できるでしょうな。しかし原因が安全装置にあったとは……」
「あの爆発でエレベータが吹っ飛んだからな……」
「しかし死人が出なくて幸いですな。それに開放式格納庫のお陰で被害は極限できた」
「復帰後初任務は貨客船の護衛になりそうだ」
「もう仕事が決まってるんだな」
「艦隊に合流するにはタリアニアまで出向く必要があるからな。ついでに青葉と加古も一緒に行く予定だ」
「こりゃまた強力な巡洋艦の護衛付きとはな。タリアニアまで安心して旅ができそうだ」
二人の男は工廠の喧騒の中で話続けていた。
8月3日、遂に翔鶴が復帰することとなる……