第十六話
バルアス共和国
首都タレス
タレス軍港
バルアス海軍第1任務部隊旗艦フリューダー……船体規模や排水量ではセレス級巡洋艦を凌ぐこの艦は、静かに出撃の時を待っていた。
就役したのは20年前だが、基準排水量10150tを誇る大型艦であり、主兵装として9門の20cm主砲と魚雷発射管を持つ。
「司令……早期警戒隊より、多数のミサイルが艦隊目掛けて飛行中とのこと」
報告する通信員の顔は青ざめていた。
「ケルガン大佐、対空戦闘の指揮を!」
「了解! 対空戦闘用意!」
艦の各所に設置された機関砲や機関銃座に素早い動作で配置につく兵員達は、不安げに空を眺めていた。
ケルガン大佐は艦橋トップの防空指揮所の双眼鏡を覗きこみ、ミサイルの発見に全力を注ぐ……
「対空レーダーはまだ捕捉してないのか!?」
「まだ捕捉できません!」
「くそっ!」
悔しげに手すりを叩くケルガンは再び双眼鏡を覗く……「なっ!? なんだあれは!」水平線より姿を現したのは、とてつもない数のミサイルであった。
「防空指揮所より対空戦闘部隊へ! 南方よりミサイル多数接近、叩き落とすぞ」
すると焦った40mm機関砲の一群が射撃を開始する……左舷に配置された6門の機関砲は狂ったように撃ちまくるが、まるで当たる気がしない。
多数の艦艇が停泊している関係で迎撃に参加できる艦が少ないため、弾幕は薄く効果が無さそうに見えてしまう。
「だめだ! もっと引き付けて撃て!」
ケルガンが伝声管に向かって叫ぶ。その間にもミサイルの集団は高速で接近してくる……それらは急に上昇し各艦の対空射撃を一時的に停止させる。
「照準急げ!」
「だめだ、間に合わん……駆逐艦隊が!」
最も外側に停泊していた駆逐艦隊は、必死の迎撃の甲斐もなく多数のミサイルに襲われた。一旦上昇したミサイルは急降下で駆逐艦隊に襲いかかり、その艦上に破壊をもたらす。
「なんということだ……くそっ!」
ケルガンは迫り来るミサイルを睨み付ける。その数4発……明らかにフリューダーの迎撃能力を超えている。
――ドォン――
突如響いてきた轟音に思わず音のした方向に目を向けると、主砲がミサイルの一群に向けて対空用の砲弾を発射したところであった。時限信管のそれは一定時間が経過した後炸裂し、ミサイルを撃墜するはずであった……だが炸裂した時には既にミサイルの姿はなく空振りに終わる。
――ドォンドォンドォン――三連装の主砲は交互に射撃し、直ちに次弾を装填する。その時、フリューダーから離れた上空でひときわ大きな爆炎が発生する。
「やったぞ! 一発撃破!」
だがそこまでであった……
残る3発は機関銃と機関砲の迎撃をものともせず突っ込んでくる。
「もうだめだ! 総員衝撃に備え!」
ケルガンは指揮所で床に伏せ、襲いくるであろう衝撃に備える。
「ここまでか!」
悔しそうに床を叩いたとき、大きな揺れが襲ってきた。自分が生きているということは、艦橋が無事である可能性が高いと思ったケルガンは梯子を下り、司令塔へ向かう。
「司令! ご無事でしたか」
「うむ、手酷くやられたな大佐」
「申し訳ありません……」
「いや、気にするな。しかしよく耐えきったな」
「被害は!?」
「この艦は大丈夫だ……といっても後部艦橋は2発のミサイルを受けて崩壊、詰めていた要員はおそらく戦死しただろう。左舷の対空砲、二番主砲塔が使用不能だ。幸いなことに艦の重要区画は無事だ」
フェーブルス中将は淡々とした口調で被害状況を読み上げた。
「他の艦艇は……」
「外側にいた駆逐艦隊が全艦戦闘不能、撃沈を免れたものもだ。巡洋艦で被害を受けたのはフリューダーだけだ。しかし7隻の巡洋艦だけではどうにもならん」
ケルガンは思った、この程度の被害で済んだのは、主砲での撃ち合いを想定して張り巡らされた装甲のおかげだと……魚雷発射管も頑丈な船体の内側にあり、真横から命中しない限り大丈夫かと思われる。
「司令、やはりこのフリューダー級こそが真の主力に相応しいかと」
「君もそう思うか。しかしミサイルの利点は遠距離攻撃にある。この艦に装備されていないのが残念だ。砲撃力はセレス級に負けない……だが遠距離からの攻撃能力を有していないこのフリューダーは時代遅れと言われても仕方ないか……」
フェーブルスは司令塔の分厚い壁にもたれて小さな窓から外を眺める。いまだに鎮火せず燃え続ける味方駆逐艦隊を見て、頭を抱えたくなる。
「完膚なきまでにやられた……このままでは共和国海軍は戦闘力を失ってしまうな。なんとかしなければ」
「司令、空軍の連中も随分とやられたようです。バルデラ島の北東200kmの地点で空戦があり、一方的にやられたと……」
「そうか……ニホンは我々より高性能な兵器を持っていると聞くが、どうやら本当のようだな」
その時、通信員がフェーブルスのもとへ駆け寄り、上層部からの命令を伝える。
「フェーブルス閣下、ダレン・ディビス防衛大臣が今回の件について説明を求めています! 至急出頭するようにとのこと!」
「やれやれだな……」 フェーブルスは心底嫌そうに呟き立ち上がる。
7月26日
バルデラ島北東沖200km
カルロス・デラーク少佐は海上で救助を待ち続けていた。
「バルデラ島からそんなに離れていないはずだが……」
デラークは脱出したものの、海上だったため救助が遅くなるのは覚悟していた。しかしいざ待つとなると、今まで経験したことのない強烈な孤独感に襲われることになった。
「おーい! 俺はここにいる! 早く助けに来やがれ」
叫ぶのは体力を消耗するとわかってはいるが叫ばずにはいられない。時折、カモメがデラークの近くを飛び回り去っていく。
「あいつら俺が死ぬのを待ってるのか? 鳥ごときに食われてたまるか!」
デラークはカモメに向かって叫ぶ。
「離れたか……」
彼は疲れていたため異変に気づくことはなかった。海面下で黒く巨大な影が息を潜めていると……
突如、デラークから数十メートル離れた海面が盛り上がり、何かが姿を現した。
「なんだ!? 鯨か?」
だがよく見ると、鯨とは違う無機質な金属でできた何かであることが窺える。
「……船?」
原子力潜水艦伊603は数日前からこの海域で哨戒任務についており、海上に何の脅威も存在しなかったため浮上したのであった。
「対空、対水上レーダーに感なし、いたって安全です艦長」
「そうか。やはり外の空気が一番だな」
艦長の中田元中佐は息を大きく吸い込むと、副長に向かって気持ち良さそうに言いはなった。
艦内の制御された空気よりも自然の空気が良いと素直に思ったのだろう。
副長の菊池敬少佐は同意するように頷くと、抜かりなく周囲を見渡す。
「ん? 艦長、何者かが漂流しているようです」
「どれどれ……おぉバルアス人か?」
「おそらく、見た目からしてパイロットでしょうか」
「よし、空母戦闘群に照会せよ」
「了解」
副長は艦内に戻っていき、数分後再び姿を現す……
「艦長、このあたりで空戦があったようです。その生き残りかと」
「じゃあ救助しようか。どうするね?」
「それでよいかと」
「うむ、あとは頼んだ」
「了解!」
何やら謎の船からゴムボートが近付いてくる……
「救助には違いない。だが味方じゃなさそうだな」
デラークは近付いてくるボートを見ながら残念そうに呟いた。