第十四話
7月25日
バルアス共和国
タレス軍港
朝6時を過ぎた頃、タレス軍港にはバルアス海軍の誇る軍艦が多数停泊していた。
バルアス共和国海軍第1艦隊と第5艦隊合わせて40隻もの艦艇群は水雷戦隊で構成され、自国に近づく敵艦隊を迎撃するのが主な任務とされている。
「第1艦隊と第5艦隊を臨時に統合運用する。名称は第1任務部隊か……しっくりこないな」
第1艦隊司令官のフェーブルス中将とケルガン大佐は渋い表情で文面を何度も読み返す。
「この大規模運用……何かあるな。大佐、これは何を意味するのか」
「第2艦隊が壊滅的な打撃を受けたと……私はそのように聞いております」
「そうか。しかし壊滅とは……ニホン海軍は弱小ではなかったのか?」
「我々はニホン海軍を過小評価しすぎていた……そうとしか言えないですな。ニホン海軍は予想以上に強大ということです」
「戦う前から敵を弱いと決めつけるのは危険だな。ドレイクの奴、油断したか……」
「ニホン海軍の動きには注意が必要でしょう。近づきすぎるのも危険かと……そうするとこちらの得意とする魚雷戦には持ち込めません」
「それでは戦えんではないか! 大佐、君に作戦の立案は任せる。出撃までに何かいい作戦を考えるんだ。ニホン海軍を叩き潰すためのな……」
「はっ!」
10時20分
カール大陸北西30km
第1、第2空母戦闘群
その艦隊はこの異世界で異様な存在感を放っていた。飛龍、赤城、加賀の3隻の巨大な原子力空母を中心に多数の巡洋艦、駆逐艦が護衛として付き従う。
本土から進出した第1空母戦闘群は第2空母戦闘群と合流、バルアス共和国への空爆を行うべく、ゆっくりとした速度で北上していた。
飛龍の艦橋では中川忠少将が司令官席に腰掛け、何やら考え事をしていた。
帽子を深く被り、いつも艦橋の司令官席に腰掛け考え事をしている姿が居眠りをしているように見えるため、陰では眠りの中川と呼ばれている。
「敵艦隊がタレスに集結してるようだな。少佐、打撃戦隊を切り離しておくべきか?」
中川は低い声で呟いた。
少佐と呼ばれた背の低い男……岡崎和夫はそれを聞いて少しの間を置いて答える。
「敵の規模は?」
「巡洋艦、駆逐艦合わせて40隻」
「あまり気にしなくてもよさそうですが……念のため航空隊を対艦兵装で向かわせましょう。ここなら烈風の行動半径内です」
「よし、では直ちに攻撃隊発艦の用意だ。すぐに出すぞ」
中川の命令によって各空母の飛行甲板に、対艦ミサイル4発を装備した烈風が姿を現す。蒸気カタパルトの力を借り、順次発艦した烈風は上空で編隊を組む……飛行隊長の松尾和雄中佐は飛龍隊10機を率いて一路、バルアス共和国首都タレスを目指していた。
コックピットのディスプレイに表示された情報を見るが、まだ目標を捕捉しているはずもなく、ただ目標までの飛行経路が表示されているだけだった。
松尾は懐からサンドイッチを取り出し、それを食べ始める……
「隊長、見えてますよ。俺ら飯抜きで出撃したのに……」
横を見ると河野大尉の烈風がすぐ近くに来ていた。
「それが上官に対する物言いか? 腹が減っては戦はできんと言うだろう。貴様も持ってるだろ」
「申し訳ありません、中佐殿。自分も持っております。他の奴も機内持ち込みしてます……」
「やっぱりそうか。あのやかましい整備隊長にバレてないだろうな?」
「もちろんです。あの人にバレたら格納庫の清掃確定ですから……」
「それより、作戦内容は覚えてるな」
「はい。しかし対艦ミサイル4発とは奮発しましたね」
「あぁ。長居するつもりはないからな、発射したらさっさと帰投するぞ」
「了解!」
13時55分
バルアス共和国領海内
バルデラ島
首都タレスから280km離れたこの島は、カール大陸攻略のための中継地点であり、共和国防衛の最前線としての機能を有していた。
東西に15km、南北に8kmの小さな島ではあるが、そこには1個歩兵連隊と空軍の1個戦闘飛行中隊、海軍の駆逐隊が置かれている。
島の北東部に位置する飛行場では空軍のTAー87が翼を休め、パイロットは詰所でいつものように暇な時間を過ごし、今日もそれが続くと誰もが感じていた。
だがそれは唐突に鳴らされたサイレンの音で脆くも崩れ去る……
「何事だ!?」
基地司令のオルラン大佐は椅子から転げ落ちそうになりながら叫んだ。
その直後、机の上に置かれた電話がベルの音を響かせる。
「こちらバルデラ飛行場、何があった?」
「早期警戒レーダー基地のサーストン大尉です。南東より国籍不明機多数が接近、まもなく到達します」
「なに? 貴様らレーダー員は何をしておった! もう到達するだと」
「も、申し訳ありません! ですが突然現れたんです」
「レーダーで捕捉できない超低空を飛んできやがったか。生意気な……それはニホン軍機か?」
「ニホン軍機で間違いないかと……」
その時、オルランはジェットエンジンの発する甲高い音が近づいてくるのを感じた……(くそっ、緊急発進の暇も与えてくれねーか)
外を見るとパイロット達は既に愛機のコックピットに滑り込み、いつでも離陸できる状態であった。島の南部からは高射砲の重苦しい射撃音が響き渡ってくる。
オルランは無線機に向かって叫ぶ
「緊急発進待てっ! 今からでは間に合わん」
そう言ったあと南側の窓に駆け寄り、空を見上げる……高射砲弾が炸裂し、辺りに黒い花が多数咲いたような錯覚に陥る。
「見えた!」
その黒い花よりも遥かに高空を飛行するニホン軍機……たとえ緊急発進が間に合ったとしても、あの高度に到達するのは至難の技であるように思えた。
「数は20……いや、30はいるな。それに速い」
それらはこの島に興味がないかのように共和国本土に向かって飛び去っていく。
「こちらバルデラ島オルラン大佐だ、ニホン軍機およそ30機が本土へ向かっている!」
タレス軍管区直通の電話で緊急事態を知らせるが、空軍基地のジョン・マーロー大佐は冗談はよせと言ってまともに話を聞こうとしない。
「オルラン、悪い冗談だろ? カール大陸から飛んできても帰れないよ」
「ジョン、それは我々の戦闘機の常識だ。だがニホン軍がそれ以上の物を持っていないとは限らない!」
「お前もうちの少佐と同じようなことを言うのだな。あいつ、音速を超える飛行物体を見たとか言ってたな」
「それだよジョン! 俺も見たんだ。緊急発進させるべきだ!」
「わかったよオルラン。何が来るか知らんが叩き落としてやるさ」
「頼んだぞジョン」
松尾は烈風の機上から眼下の島を眺めていた。
「派手に撃ってくるな。しかしその高さじゃ当たらないな……隊長機より飛龍隊各機へ、まもなくアタックポイントだ。しっかりやるぞ」
「隊長、どうやらタダではやらせてもらえないようです」
河野大尉の言葉でレーダー画面を見る……
「戦闘機を上げてきたな。お手並み拝見といくか」
これから始まるであろう空中戦に、松尾は心踊らずにはいられなかった。