第十三話
遅くなりました。短いですが投稿します。
7月19日
バルアス共和国
首都タレス
この日、大統領宮殿は重苦しい雰囲気に包まれていた。
「その話は本当か?」
「私も信じられません。陸軍内でも猛将として知られるトセル少将の部隊が……こうもあっさりと敗北を喫するとは」
「ニホンめ……予想以上にやってくれるわ」
「大統領、カール大陸がニホン軍に掌握されたということはいずれ……いずれその大兵力にものを言わせて侵攻を開始するのは間違いないかと」
「なんと厄介な……防衛大臣よ、なんとかならんのか?」
テルフェス・オルセン共和国大統領は疲れきった表情で呻いた。
「お任せください。私に良い考えがあります」
ダレン・ディビス防衛大臣はとりあえずそう言ってみる……だが頭の中は大混乱である。
「大臣、君は昔から変わっとらんよ。わしが困ったときはいつもそう言っておったな」
「申し訳ありません。実は何も良い考えなどございません」
「やはりな……まぁいいだろう。お互い、少し頭を冷やすべきだな。しかしこれほどとは……この戦争、なんとしても勝たねば」
7月19日
午後3時20分
日本海
帝国海軍に拘束され、巨大な巡洋艦に移乗したウィンクス・ポリマー少佐は、小さな窓しか設けられていない部屋の中で目を覚ます。
「くそっ。よりによってこんな騒がしい部屋に入れられるとは……一体何の音だ?」
ポリマー少佐は安眠を妨げる甲高い音に苛立ちを感じていたが、それがガスタービンの奏でる音だと気付くことはなかった。
「ん? あれは……大きいな」
窓の外に巨大な軍艦が見える……それも1隻や2隻ではない。
ポリマー少佐は、それが舞鶴を拠点とする帝国海軍第五艦隊の主力だとは知るはずもない。
「これがニホン海軍……図体は大きいが貧弱な船が多いな」
そのとき扉が開き、一人の男が部屋に入ってくる……その男はポリマーの前に立つと、静かに口を開いた。
「無駄を徹底的に排除したら最終的にああなったわけだ。よく見れば美しいと思わないかね?」
「ヤマダ大佐……この船もそうだが、あまりに武装が貧弱だと」
「まぁ君には理解できないだろうな。我々の常識では肉薄して撃ち合う海戦は時代遅れなんだよ。さぁ着いたぞ。大日本帝国へようこそ……ってところか」
「それにしても巨大な軍艦が多いですな。ニホンには」
「もっと大きい艦があるんだが。あいにく今は大陸にお出掛け中だな」
山田は遠くカール大陸に進出した巨艦の姿を思い浮かべた……
7月20日
13時30分
東京 皇居前広場
この日、皇居前広場は多くの人でごった返していた。 遠く離れた大陸では戦闘が繰り広げられてはいるが、本土は嘘のように平穏な日々が続き、帝国陸軍の各部隊は暇をもて余している状態であった。
そこで近衛師団による観兵式が執り行われることになり、今日に至っている。
戸山学校軍楽隊が吹奏する行進曲のもと、分列行進が開始される……陸軍分列行進曲の勇壮な旋律に合わせ、集まった観衆に昔と変わらぬ堂々たる行進を見せつける近衛師団の精鋭。
1人の老人は目に涙を浮かべながら、自分がいた頃と変わることのない分列行進を眺めていた。
「あの頃と変わっておらんな。懐かしいものじゃ……時代は過ぎても帝国陸軍の精鋭は今も昔も変わることはない……」
「閣下! ニホン軍の猛攻により各部隊が救援を要請しています!」
「なんだと!? もうこんなとこまで……」
ロザエル・トセル少将は驚愕していた。ニホン軍に攻撃された前線部隊が撤退を始めているのは知っていた。
だが前線の兵士の多くが戦死するか捕虜になったことをトセル少将は知らなかった。そのためニホン軍が撤退する部隊よりも速く移動できるとは考えていなかったのである。
「ニホン軍はすぐそこまで迫っております! 戦車多数……我々の戦力では止めることは不可能でしょう。ご決断の時です」
「うむ。戦闘停止命令を」
「了解しました」
ロザエル・トセル少将は不意に目を覚ます。窓からは眩しい朝陽が入り込み、夜が明けたことを知らせていた。
「そうか……負けたんだったな」
ここはカール大陸中部に位置する捕虜収容所である。戦闘停止後すぐに連れてこられ、ニホン軍の司令官と対談した。
戦死四千名……決して少なくない数字である。それだけの犠牲を払ってもニホン軍には何の痛手も与えることができなかった。
「共和国の頭の固い連中はこれでも戦争を続けるだろうな…」
そこで急に恐ろしいことが頭に浮かぶ……それは日本軍が十万人もの兵をここへ派遣していることだ。
「スミダ中将の話が本当なら、ニホン陸軍の総兵力は百万以上か」
窓の外を見ると多数のニホン兵が走っているのが見える。
「ここにいるのは一部でしかないのか……これは共和国始まって以来の危機が訪れるかもしれん」
トセル少将は不安な面持ちで外を眺めることしかできなかった。