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Lourdes of fantasia~ルルドの幻想曲

作者: 超山熊
掲載日:2026/04/01

配信企画「みんなの物語」から生まれた新作となります!



「お前は”ルルド”のマップどこまで進めた!?」

「まだ海坊主が倒せてないから和マップから出られないんだよ。しかも、そのあと百目鬼戦なんだろ?洋マップへ行けるのいつになるかな……」

「今度、パーティ組んでやるよ!洋マップまで速く行こうぜ!」


 高校の騒がしい教室の中で、そんな会話をする男子生徒2人。

 彼らの話しているのは『Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)』という名前で売り出されたゲーム。

 彼らだけではない。教室にいる男女構わず全ての、それこそ世界中で人気となったゲームである。


 "Virtual Reality Massive Multiplayer Online role-playing game”略して『VRMMORPG』日本語では「仮想現実大規模多人数同時参加型オンラインゲーム」というゲームは数年前、とあるゲーム機の発売を機に爆発的広がりを見せた。

 ゲーム機の名前はセントラルドグマ。名前だけなら、それって分子生物学の概念じゃないか?と人々が疑問に思っていたが。

 そんな疑念を吹き飛ばすほどに、このゲーム機は革命的であった。


 ゲーム機そのものの形は”ヘルメット型”。ケーブルでパソコンと繋ぐことでプレイできる仕様。

 それだけであれば、これまでのゲーム機にもあったのだ。ヘルメット型では無くてもメガネ型の機器はあったのだから。

 それでもメガネ型は画面があくまでもメガネグラスへ映像を映すという様式。


 しかしセントラルドグマは――ゲームの世界へ自分が入る。

 没入感があるとかいうレベルではなく言葉のまま、ゲーム世界に”五感”を含めてログインするのだ。

 ゲームの中で雨を浴びて冷たく感じ、寒くなったら食事処で温かく美味しいうどんを食べ、果物屋に売っているパイナップルのトゲに痛みを感じる。


 その没入感にゲーム機名を怪しんでいた人々も挙ってセントラルドグマの購入に走る。

 それはそうだろう。

 これまで常識であった”画面を見ながら”プレイするというゲームにおける絶対的な原則を破ったのだ。

 

「マジで!?じゃあ、今日の夜とか時間空けられるか?」

「オーケー!今日の夜な!」


 どうやら彼らは本日の夜に『Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)』長いから略称で言うが、「LOF」をやるらしい。

 

 ゲームだけでなく、五感を含めた身体情報の全てでゲームへ入る”セントラルドグマ”は作詞や作曲はもちろんレコーディングスタジオまで備わっており、現実の身体を動かさずにアーティスト活動も出来たりする。

 友達のいない僕が寂しくイヤフォンで流し聞きしているのも最近有名なVRアーティストだったりするわけだが。


(いいな……)


 ゲームの話を終え、また別の話題に切り替えていく彼らを見ながらそんな感想を抱く。

 

 高校生活が始まって数か月、いまだ幼馴染以外に特定の友達が出来ず、高校生であれば花形といっていい部活動にも所属できていない平凡な生徒。それが僕、目貫(めぬき)下緒(さげお)

 つまらない高校生活の中で、それでも独りが好きなわけでもなく。

 いつだって、僕も友達とゲームの話題で盛り上がりたいなー。一緒に遊びたいなー。と思っている可哀そうな人間である。


 今だってお昼ご飯を食べ終わったあとに、昨日クラスの女子が「美味しいから飲んでみて!」と盛り上がっていたコンビニで売られている新発売の紙パックジュースを飲んでいる。

 パイナップルの風味が口いっぱいに広がり甘党の僕としてはとても美味しいが、昨日話題に出していた女子グループは誰一人として飲んでいない。

 少し悲しい気持ちになりながらも「昨日、君たちが話題にしてたジュースだよ?そろそろ話しかけてくれないかなー?」なんて淡い期待を抱くが、そんな期待を崩すように紙パックの中からは飲み干してしまったあとのズズズッという音が響く。


 分かっているのだ。友達を作るのに受動的になってはいけないことなど。

 だが、クラスメイトたちは”とある理由”から口を聞いてくれないため、僕が皆と話せるのは最低限の必要会話だけ。


 飲み干して空になった紙パックを教室のゴミ箱へ投げ入れ、一人寂しく教室を出る。

 廊下でも所かまわず友達同士で喋っている生徒が散乱し、その壁を掻き分けるようにして寂しいが落ち着ける屋上へ向かおうとする。

 

「――(みやび)さんだ」

「おい、雅さんだぞ」

「今日も、綺麗……」


 コソコソと生徒たちの合間を縫いながら歩いていると、徐々に廊下を占領していた生徒たちが開け始めた。

 教室に戻ったのではない。まるで大名行列のために道を開ける平民のように”とある人物”のために廊下の端へ寄っているのだ。

 その人物こそ、彼らの視線を集める学内一の有名人、桜貝(おうがい)(みやび)その人である。


 高校一年生ながら初めての生徒会選挙で圧倒的支持率を集めた現生徒会長で、日本屈指の大企業”桜貝”の一人娘。

 すでに企業の中で人事部に所属しているらしい彼女は、眉目秀麗泰然自若を地でいき、任された仕事は必ずやる誠実さと周囲に分け隔てなく優しく声をかける外柔内剛さを持ち、もはやいくつの四字熟語を1人で抱えるんだというツッコミも失せるレベルのご令嬢。

 適当に焼肉定食とか食べ放題なんて熟語入れてもバレないんじゃないだろうか。


 そんなくだらないことを考えていると、他の生徒たちと同様に廊下の端に寄り出来る限り見つからないように顔を伏せていた僕の周辺が涼しくなる。


「――何をしているのかしら?」


 冷たくも凛とした鈴のような声が廊下に響く。

 先ほどまでの騒々しさはどこに言ったのか。周囲の生徒は息をのむようにこちらを見ている。

 いや、あれは雅の神々しさに目を奪われて呼吸することを忘れていると言った方が正しいか。


 危ないからちゃんと呼吸はした方がいいよ?


「――ねえ?わたしは、何をしているの?と聞いているのだけれど」


 それと君たち、なるべく離れないでもらえるかな?

 目の前の美女から放たれる冷たい視線で凍えそうなんだ。……なんでより一層距離を取るんだ!離れないでくれぇ!


「こっちを――向け」

「ひぃっ……なんでしょう?」


 まるで背後に般若が立っているような威圧感を与える美女、雅が僕にだけ聞こえる声量でそう呟く。

 その威圧感に身体から空気が漏れるように怯えてしまうが、すぐに平静を装う。


「下緒?あなた、なんで私から隠れようとしたの?」

「そんなことしてないとも、どうして僕が幼馴染の雅から隠れなければならないんだい?」


 必死に目を逸らさないように顔を固定するが、どうしても目線は正面を向こうとしてくれない。

 僕の身体が僕の意志で動かないのを言いことに雅は顔を近づけてくるが、そろそろ離れてほしい。

 さっき雅の後ろにいる男子たちが僕のことを殺しそうな視線で見てくるんだ。


 どうして僕に友達ができないのか。

 それが彼女、雅の存在である。

 学校中から人気を集め、男女ともに憧れる美少女の雅が僕の幼馴染であり、他の生徒たちより距離が近いことで僕は学校中の生徒から忌み嫌われてる。


「雅、少し離れてくれないか?周りの視線が痛いんだけれど……」

「いいじゃない。幼馴染なんだから、それと制服のネクタイが曲がっているわよ。しっかりしなさい」


 そう言って慣れた手つきで僕のネクタイを直す雅に周囲の生徒たちは一層強い殺意を含めた視線を僕だけに向ける。

 雅に分からないように僕だけを見るなんて器用なことするなぁ。


 雅は気品さを感じる芳香剤のような匂いを周りに振りまきながら視線を集めて去っていく。

 雅に集められた視線がこちらへ向く前に僕はその場を去るのだった。


 寂しくも落ち着ける屋上で予鈴がなるまで時間を潰す。

 それから教室へ戻っても、いつも通りの棘のように体中に刺さる視線を浴び続け、授業中にも教壇に立つ先生が授業をしている間も。


「えー、これで分かる通りデーモン・〇ア実験というのは――」

「(なんで、てめぇなんかが……ちっ!)」

「(幼馴染を利用して雅さんに近づくなよ。下種がっ!)」


 と、先生に聞こえない程度の声量で僕にだけ聞こえるように恨み言を囁く魔法のような技術で、クラスメイト全員から有難いお言葉をいただき続けた。


 帰りのチャイムが鳴り響き、先生のいなくなった教室が途端に騒がしくなる。


「部活行こうぜー!」

 

「今日もカラオケに行く?」


「今日の課題めんどくせぇー!誰か手伝ってくれー!」


 各々自由に動き始め、僕も静かに帰りの準備を済ませる。

 親しい友人もいなく、部活にも所属していない。

 僕の高校は部活に所属するかは自由で、バイトなどをするのも咎められない。


 バイトもしていないので帰ったところでやることはないのだけれど、学校にいると生徒達からの視線も痛いし、何より雅に捕まりかねない。

 そんな2つの理由から逃げるように下校し、いつも通りの寂しい道を自転車で駆けていく。


 向かい風を受けながら僕はいつもと違う気持ちで自転車を走らせる。

 今日は待ちに待った”とある物”が届くのだ。

 家に帰っても普段なら勉強をするか共働きの両親に代わってゆっくり夕飯の準備をするのだけれど、今日の僕は急いでいた。

 平坦な国道沿いの道を立ち漕ぎで車と競争するがごとく駆け抜け、急な下り坂を勢いよく下る。


 急いだ結果、家に着くころには汗が滴るほど出ていたが気にせず自転車を駐輪場へ止めてマンションのエレベーターへダッシュする。

 そんなことをしても早く来ることは無いと分かりながらもエレベーターの昇降ボタンを連打し乗り込む。

 自宅の階に到着した瞬間、扉が開ききる前に飛び出し靴底を減らす勢いで角を曲がり自宅の扉を見つけた。


 扉の前には配達で来た大きな段ボールが置いてある。


「良かった!来てる!」


 割れ物注意のシールが張られた箱を確認し、扉の鍵を開けて重い段ボールを室内へ運び入れる。

 僕は兄妹もいないため家の中では大きめの部屋を割り当てられている。

 自室はどこかで嗅いだことあるような芳香剤の匂いが広がり、雅から誕生日プレゼントで送られた狐や兎そして猫といったぬいぐるみがベッドの傍で並び。

 机の上にも小さなテディベアが置いてある非常にファンシーな空間となっている。


 見れば見るほど女の子みたいな部屋だな。

 

 段ボール箱を自分の部屋へ持っていき、肩にかけた鞄をベッドへ投げる。

 机から取ったカッターナイフで段ボールのテープを丁寧に切る。

 開くと中に入っているのは、籠った段ボールの匂いと本日クラスメイト達が話していた話題の中心”セントラルドグマ”。

 ぬいぐるみが並ぶ中に一際目立つ、いかつい電子機器を置き説明書を読む。


 特に一般的なゲーム機と注意事項や禁止事項が変わらないことを確認しセントラルドグマを包む発泡スチロールから中身を取り出す。

 自室のパソコンを起動し付属のケーブルでセントラルドグマとパソコンを繋ぐ。

 画面に『ロード中』の文字を確認すると、その下には『セットアップまで3時間』と表示されている。


 まあ、仕方がない。

 最初のセットアップに時間がかかるのは買うときに知っていたさ。

 とりあえずセットアップはパソコンに任せてリビングへ向かい、一言Wi-Fiに激を入れておくことにしよう。


「もっと頑張れ!お前ならもっと出来るぞ!」

 

 ピカピカと僕の言葉に呼応するように通信中を知らせるランプが変わらず点灯しているが、セットアップの時間は変わりそうにない。

 空しくなったので諦めて夕飯の支度に取り掛かるかと冷蔵庫を開けて先日母親が買ってきた中辛の鮭を出す。

 鮭を焼きながらも両親が帰ってくるまでまだ時間がかかることを確認し、家に常備してあるインスタントラーメンを取り出す。


 お湯を沸かしながら、どうしても男子高校生特有の異常な食欲に勝てず菓子棚の中からチョコパイを1つ摘まむ。

 テレビをつけて流し見しながら鮭が焼け、お湯が沸くのを待つ。追加で野菜炒めでも作っておくかと冷蔵庫の野菜室をあけて有り合わせの野菜炒めを準備する。


 鮭を焼き上げ、ラーメンを作り、野菜炒めも完成したところで母が帰ってきた。


「おかえり。とりあえず夕飯作っておいたから。先に食べちゃうよ」

「本当!?助かるわー!そういえば今日はゲームが届く日だったわね。ちゃんと課題やってからゲームするのよ?」

「分かってるよ」


 仕事終わりの母は着替えに両親の寝室へ向かい、僕はテレビを横目にそそくさと夕飯を食べ終わる。

 自室へ戻ると『セットアップまで残り30分』となっていたので、もしかしたら僕の激がWi-Fiに届いたのかもしれない。

 しかし、ただ30分浪費することはできない。


 先ほど母から釘を刺された通り、高校から出された課題をやらなければならないのだ。

 僕が部活に入らずバイトもせず、それでも両親から何も言われない理由が”成績上位者”であるという、たった1つの理由なのだから。

 セントラルドグマに夢中で部屋へ放り投げてしまっていた鞄を開き、配られた課題プリントと提出用ノートを机に広げる。

 集中するために『セットアップ時間』の映されているパソコンへ布を一枚かけ画面が見えないようにして課題に励む。


 そして集中すること約1時間。外はすっかり暗くなり、時刻も夜をさしている。

 終わった課題を纏めて鞄へ突っ込みパソコンの画面に掛かった布を剥ぐ。


『セットアップが完了しました』


「よっしゃー!来たぁー!」

「うるさい!近所迷惑でしょ!」


 咄嗟のことに声を上げてしまい母に怒られたが一言謝り、データを確認する。

 買ったゲームは言わずもがな『Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)』。

 ダウンロード版で買ったため購入サイトからダウンロードを開始する。


 ダウンロードは20分。さっきの3時間を見ていたので大して長いとは感じないが。

 こちらも、そのまま過ごすわけにはいかない。

 何せゲームを始めてしまえば全感覚がゲームに入るため外の情報が全く分からなくなる。


 ゲーム中に両親から、あれをやれ、これをやれと言われても反応1つ出来やしない。

 それで怒った親に電源を切られて強制ログアウトなんて話も聞いたことがある。そんなのはごめんだ。


 なのでせっかく出来た20分で風呂に入ったり明日の朝までにやっておかなければならないことを済ませておく。

 全てを終わらせ後顧の憂い無く部屋へ戻ると、あとは起動するだけになったセントラルドグマが僕を待っていた。


 今、行くよー!

 愛機へ向けてル〇ンダイブする寸前、ここで下手なことをして壊したらと思いとどまり、静かに頭へ装着する。


 自転車用ヘルメットより若干重いが、中は分厚いクッションが付き柔らかくなっている。

 両耳も隠れるほどの大きさだが、ヘッドフォンをしていると考えれば違和感はない。

 重さもゲームをするときには仰向けにて眠る姿勢で使うことが前提の使用法になっているため問題無いだろう。


 やることはやった。

 両親に強制ログアウトさせられることも無い。


 初めて味わう世界がどんなものなのか。

 興奮する感情をそのままに左耳部分に取り付けられた電源ボタンを押した。


『――最終確認です。使用者は仰向けで寝ていますか?』

「はい」

『注意事項は確認しましたか?』

「はい」

『安全にプレイできる環境ですか?』

「はい」


 淡々としたAI音声で女性が話しかけてくる。

 マイクも取り付けられているため両親に聞こえない程度の声でしばらく問答を繰り返していると。


『最終確認終了――セントラルドグマ、起動します』


 最後にそう言って……僕の意識はゲームの中へ入った。


 眠るような感覚の中からピピピッ!というアラームに似た音で目を覚ますと、そこはただ白く先が見えないほど広い空間だった。


「何か失敗したのかな?」

『プレイヤー、目貫(めぬき)下緒(さげお)を確認しました』


 なんだ!?

 驚いて声の聞こえた後ろを振り返ると僕の顔ぐらいの大きさの白い球体が声を発していた。


『初回ログインを確認しました。セントラルドグマへようこそ。まずはプロフィールの設定をしてください』

 

 驚かせられたが、白い球体の彼?はゲーム起動時あるあるのプロフィール設定をするための自動案内システムのようだ。

 本来であれば様々な設定をするのだけれど、セントラルドグマでは日付や時刻の変更ができないらしく、基本は年齢確認や在籍国などを設定して終わりとなる。

 

『プロフィールの設定を確認しました。ダウンロードされているゲームを一覧にします』


 白い球体……とりあえず見たことあるアニメから、”ホムンクルス”君とでも呼ぼうか。


 ホムンクルス君は僕の持っているゲームを一覧にして表示する。

 と言ってもダウンロードしてあるのは「LOF」しかないため、表示されているのも1つだけである。


「『Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)』をプレイします!」

『承知しました。Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)――起動します。行ってらっしゃい』


 ホムンクルス君に送りだされるように、白い空間に突如出現したゲートへ向かう。

 近づくと吸い込まれるような感覚に陥り、少し驚いたが前方に手を伸ばし前を確認しながらゲートをくぐった。


 ゲートを抜けると宇宙のように星空と暗闇の広がる無重力空間に投げ出された。

 僕の足元には地球によく似た惑星が見える。


Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)へようこそ!プレイヤー名を設定してください』

「プレイヤー名か……。とりあえず……”kasane"かな」


 僕の苗字と名前が刀の部位名であることから、よくいじられた。ただ長くいじられたことで”刀”そのものに親近感を覚え、いつしかゲームで使う名前にも刀の部位を使うようになったのだ。

 ”重ね”というのも刀の身幅を示す名称の1つで、何気に気に入っている。


『プレイヤー名――”kasane"を確認しました。それでは、転送を開始します』


 名前だけ決めてすぐにゲームが開始される。

 これが「LOF」を人気にさせた理由の1つ。

 このゲームは非常に自由度が高く、ゲーム内に蔓延るモンスターを倒す戦闘を楽しむのも、街での暮らしを楽しむのも、ファンタジー世界ならではの生産に勤しむのも、全てはプレイヤー次第なのだ。


 容姿も最初はランダムで決定し、その後は自由に変えられるようになるらしい。


 だからこそ――。


「ここが、”始まりの街”か!」


 中央に大きな噴水を構える広場と、周囲は綺麗なレンガ調に包まれる広大な街。

 中世ヨーロッパがテーマと待っている街だが、ここは日本サーバーで周囲にいるのは日本からログインしている人達。

 最初のフィールドが”和”をテーマにしているのに、なぜ始まりの街は洋風なのか。

 それは、ここがどのフィールドからでも戻って来られる。まさにスタート地点であるかららしい。

 

 本当にここがゲームの世界なのかと疑うほどに心地よい風と「Non-Player Character」通称”NPC”つまりプログラムで制御されたキャラクターの声で活気を浴びる。

 リアルな時間とゲーム内の時間は進むに差があるようで、新鮮な空気を吸い込むように深呼吸をしながら上を見上げると明るく澄み渡る空が広がっていた。

 まるで現実――ただ、プレイヤーたちの頭の上にはそれぞれ『ハシビロコウ』『超山熊』『タスマニアデビル』など好き放題の名前がついているため、プレイヤーとNPCとの見分けは出来そうだ。


 それにしても皆、動物好きすぎじゃないか?


 そんな風に周囲を眺めていると、一人の女性が近づいてくる。

 頭の上に名前が表示されていないところを見るとNPCだろうか。


「初めまして、私はビギナープレイヤーサポートNPCの――」

 

 世界観を崩さないようにだろうか中世ヨーロッパあたりの村娘のような恰好をした自分と同じぐらいの年齢に見える美少女を前にどうしたらいいのか分からず、ただ話を聞いていると。

 そこまで言った少女がボーリングのピンのように吹き飛ばされる瞬間がスローモーションのように一瞬で起こった。


「――え?……はぁ?」


 訳も分からず身体を硬直させるしかない僕の前に現れたのは大きい甲冑を着た男?だった。

 頭からつま先まで高価そうな輝きを放つ甲冑姿のプレイヤー。

 プレイヤーだと分かったのは咄嗟のことに情報が処理しきれず空を見上げた時、偶然相手のプレイヤー名が見えたおかげだろう。


 プレイヤー名は『grace』


 周りを見る限り日本サーバーでプレイしているからか。僕以外には見られない英語表記の名前。

 確か意味は……上品さ、だったか?


 今の一瞬で巻き起こった状況からは考えられない人物名に僕は一層混乱する。


「……あれって、新人狩りか?」

「お前知らないのかよ!あれは最近現れた廃課金プレイヤーの一人さ。ランダムで新人に突っ込む奇人だな。ただ名前を確認したあとは何も言わずに去るらしいから、マジで頭おかしいんだろうさ」

「なんだ、そりゃ。……じゃあ、あいつも気の毒にな」

 

 その会話、聞こえてるぞ。


 どうやら目の前の人物はかなり有名人らしい。

 確かに始まりの街にいるにはおかしい格好をしている。

 周囲の人々はほとんどがレベルの低いビギナーか、生産職を選んだのか武器や防具をつけていないプレイヤーのみ。

 

 それなのに、この『grace』さんは完全な重装備で明らかな戦闘職にも関わらず始まりの街のログイン地点にいる。


 きっと、本当に頭のおかしい人なのだろう。

 ヤバい人から離れなくてはという危機感から、さっさとその場を離れようとする。

 しかし、後ろを向いて離れようと歩き出した瞬間に両肩を掴まれ強い力で『grace』さんの正面を向かされる。


「……お前、サゲオか?」


 『grace』さんは、鎧のせいでくぐもっているが変成器のような作った女性の声でそう言った。

 

 サゲオカ?

 頭おかしいの略の”あたおか”と類義語だろうか。

 あなたはそうだろうけど、僕は違いますよ?


 そう言いかけて思いとどまる。

 変な人に、あなたは変な人ですよ?なんて言って、もし僕がさっきの女性のように吹き飛ばされたら一生モノのトラウマになりかねない。

 

 それによく考えてみれば彼女?いや、変成器のような声である以上、もしかしたら男性が女性のアバターや声を作っている”バ美肉”かもしれない。

 バ美肉の『grace』さんは人の名前を聞いているようだ。


 いきなりの事件の連続に動揺していた頭も冷静になり始め、『grace』さんの言葉を思い出す。


 サゲオカ?

 さげおか……さげお、か?

 はぁ!?下緒か!?


 なんでこの人、僕の名前知ってるの!?怖い怖い!

 

 そこまで気づいて逃げようとするが、とんでもない力で両肩を抑えられているため逃げられない。


 僕の動揺に、何か気づいたのか。

 『grace』さんはホラー漫画のワンシーンのように、こう言った。


「――みつけた」




 それからの僕はゲーム世界のせいで気絶することも出来ず、ログアウトするために必要な操作をするための腕を封じられ『grace』さんに拉致られた。

 

 最後に僕へ向けて手を合わせていたプレイヤー諸君、名前は覚えたからな?

 あとで呪ってやる!


 そんな職業があるのかは分からないが胸の内で呪術師になることを決め、覚悟の決まった表情で『grace』さんに抱えられた僕は何も分からず古びた店舗に入っていた。

 どうやらそこは宿屋のようでプレイヤーの回復兼復活場所(リスポーン地点)となっているようだ。

 二人用でツインベッドになっている片方のベッドへ投げ捨てられた僕は力なく弾む。


 『grace』さんはというと、部屋に置いてある大きな姿鏡の前に立ち手元で何かを操作するように手を動かす。

 一振り二振り空中で手を振ると、高価そうで大きな鎧が鈍く発光し出し少しずつ大きくなった光が部屋を照らす。

 眩しさに目を細め、光が治まったとき目を開くと、そこには見知った顔があった。


 長い黒髪を腰まで伸ばし、柔らかな雰囲気を纏う美少女。


「なんで、ここにいるの?――雅」

「そんなものゲームをするために決まっているでしょ?それより、下緒こそ何よ。その姿、似合ってないわよ?」

 

 情報が追いつかない。

 雅がゲームをしている姿なんて見たことないし。

 どうしてこのゲームをしているのか。

 どうして僕を拉致るような真似をしたのか。

 どうして僕がゲームを始めると知っていたのか。


「僕が聞きたいのは、なんで雅は”僕を探すようなこと”していたの?」


 広場にいたプレイヤーが言っていた。

 雅は新人プレイヤーにランダムで話しかけていたという。

 ”ランダム”というのは気になったが、話しかけた相手全員に「お前、下緒か?」と聞いていたならば、雅は僕を探していたということになる。


「下緒とゲームをするために探していたのよ。さあ、フレンド登録しましょう?」


 僕とゲーム?

 いや、幼い頃から僕と一緒に何かをするのが好きだった雅のことだ。

 それぐらいなら分かる。


 ただ、どうして僕がゲームを買ったことを知って――。


「今は何も考えずにフレンド登録しなさい?」


 相変わらず美人な顔を近づけて、そう囁いてくる。

 きっとここからの話は雅にとって禁忌となるのだろう。

 いつもそうだ。僕は雅に頼まれると断れない。


「分かったけれど。どうやってフレンド登録をしたらいいのか分からないんだよ」

「どうしてそんなことも分からないの?」


 おそらく君が吹き飛ばした相手に教わるはずだったんだよ。

 余計なことを言うと碌な目に合わないことを知っているため純粋に聞くことにした。


 どうやら他のゲームでもよくある友達同士になって一緒に楽しむことができる”フレンド登録”や、戦闘においてチームを組むように戦う”パーティシステム”もあるようで。


「ごめんね。代わりに雅が教えてくれないか?」

「しょうがないわね」


 僕はゲームのことについて雅から聞くために転がされたままの情けない姿勢から起き上がりベッドの端に腰掛ける。

 雅は肩が触れるほどの距離に座り僕の手を操る。


 過去に何度か言われたが、これは幼馴染として当然の距離感らしい。

 本当にそうなのか?と聞こうとしたら有無を言わせない視線で睨まれたため、それ以降何も言わないようにしている。


 僕の手を空中で上から下にスライドさせると透明なパネルが出てきた。

 しかし、フレンドになっていない雅には何も見えていないようで、そこからは口頭で説明してくれた。


「これでフレンドになれたわね。ついでにパーティ登録もしてっと」


 もう僕の画面も見えている雅に、強制的に腕を掴まれパーティ登録までやってもらった。


 ゲーム自体あまりやらず、今回のゲームのために専門用語やプレイの仕方まで頭に叩き込んできた僕を丁寧に教えてくれる雅は、一通りを教え終わると立ち上がった。


「下緒はまずキャラメイクをやりなおさないといけないわね」


 宿屋の部屋には大きな姿鏡があり、その前に立つと容姿を変えることが出来るらしい。

 僕は現状でもいいかと考えていたが、どうやらそうはいかないらしい。

 雅に言われ為されるがまま僕は姿鏡の前に立つ。


 鏡には茶髪の好青年が立っている。これが僕のアバターとしてランダムで与えられたもののようだ。

 十分イケメンに見えるから変に変えたくないのだけれど。

 まあ、そんなことを言ってもどうせ強制されるのだ。素直に従おう。

 

 姿鏡を前に立つと勝手にパネルが開き『キャラメイクをしますか?』と問われる。


「『はい』と。それで、ここから――」

「現実の身体を参照するを押しなさい?」


 現実の身体を参照する?

 確かに中央に大きく現在のアバターが表示されたパネルの右下にはそう出ている。


 雅に言われては拒否することも出来ず言われた通りの場所を押す。

 先ほどの雅のように身体から光が漏れ全身を包んでいく。

 

 光が治まったとき、映っていたのは現実の僕の姿そのものだった。

 

 確かに元の身体と身長が変われば手足の長さが変わり日常動作はもちろん細かい動きに支障が出るかもしれない。

 だから雅は元の姿に戻してから、容姿を細かくいじるべきだと、先に現実の身体に戻させたのだろう。

 きっと、そうだ。

 プレイヤー人口からして知り合いに会うことは無いだろうが、それでも、もしこのまま外を歩いて知り合いに会おうものなら即ボコボコにされかねない。


 現実の僕をクラスメイトから守っているのは”学校規則”と”法律”の二大巨頭だけなのだから。

 僕の友達はその二大巨頭だけと言っても過言ではない!

 ……なんか涙が出てきそう。


 とにかく、曖昧なマナーやルールでは無く”法”に守られているからこそ”イジメ”や”暴力”から守られている僕が。

 ”法”の存在しないゲームの世界でリアルな知り合いに会ってしまえば最悪プレイヤーキルされかねない。

 

 チートなどの不正は禁止されているが、プレイヤー同士の問題には関わらない運営は、実質「LOF」でのPK(プレイヤーキル)行為を黙認している。

 このゲームでは”プレイヤーがプレイヤーを殺す”ことが出来るのだ。

 ……なにそれ、怖い。


 普段から僕を呪い殺さんばかりの勢いで殺意に満ちた視線を送り続ける生徒たちだ。

 ”殺しが許される”世界で会ってしまえば、笑顔で武器を持ちかねない。

 僕……嫌われ過ぎじゃないですか?


 話は逸れたが、とにかく身長はいじらないにしても多少容姿はいじる必要があるだろうとパネルに手を伸ばす。


 ――ガシッ。


 まるでそんな音が聞こえそうなほどの速さと力でパネルに伸ばした僕の腕を掴み。

 そっとパネルを閉じさせる雅。


「な、なにをしてるのかな?」

「あなたの方こそ、何をしてるのかしら?」


 せめて少しだけでも顔を変えさせてくれぇ!

 そんな僕の心の叫びも空しく雅は僕を姿鏡の前から引き離した。


「下緒はそのままで良いのよ?だって私もそのままなんだから」


 そういえば雅も現実の姿そのままでいる。

 ならば、このゲームではそういうものなのだろうか?

 いや、しかし、せっかくならゲームの中でくらい少しイケメンに変えても……。


「――そのままでいいの」

「はい!」


 もう気にするのはやめよう!

 もし、現実世界の知り合いにあったときは誤魔化すか逃げよう!


 着の身着のまま、僕は雅に連れ出される。

 宿屋に来たのはパネル操作とキャラメイクのためだけで、ここからのゲームに関しては雅が教えてくれると怪しい笑みで言った。

 


「ここは武器屋ね。レベルと踏破域に応じた武器を売ってくれるわ」

「そうなんだね。じゃあ、僕も――」

「あっちは道具屋ね。回復アイテムや冒険に必要なアイテムが一通り揃ってるわ」

「そ、そっか。じゃあ、何か買おうか――」

「あそこは転移ゲートね。すでに行ったことのあるマップに瞬間転移できるわ」


 僕の言葉を遮り、次々に街の至る所を紹介していく雅だが。

 嬉しくて歩き回ってる表情の裏には何かを隠しているようにも見える。


「雅、ちょっと待って!一旦どこかに寄らないか?」

 

 たくさんの店を紹介してくれるのは有難いが、今の僕は完全なビギナー。色んなことを試しながらゲームを遊びたいのだ。

 店の中には現実で触れないような武器や防具、怪しげな薬やアクセサリーが見えていた。


 あんなもの、触って、持って、舐めるぐらいやってみたいだろ!?


 それなのに店内にも入れず連れまわすものだから未だに街のことが全然分からない。


「……分かったわよ。でも、お店に入るのは駄目」

「なんで!?僕はこんなにも武器を舐めたいのに!」


 驚きのあまり口にしてしまった。

 雅は若干侮蔑の視線を僕に向けながら、自分の耳に掛かっているイヤリングを指さす。

 確か宿屋から出るときにつけていたアクセサリーだ。


 女の子らしくオシャレのつもりなんだと思ってた。


「これは”人除けイヤリング”のアイテム。装備者と触れている者を周囲の人から見えなくするの」

「え……ってことは、今の僕と雅は周りから見えてないの?」


 コクりと頷いた雅を見て僕は周囲を確認する。

 最初に会ったときのような鎧姿で無い雅は僕の目から見ても周囲の女性アバターと比べてもレベルの高い美少女。

 それなのに周りにいるプレイヤーたちは僕らのことを見る気配がない。


 ここまでは、みんなゲームが楽しいから他のプレイヤーに興味を示さないんだろう。と考えていたが。

 よく見れば可愛い女性アバターを使っているプレイヤーや街中を歩くだけでパーティやフレンド申請の勧誘を受けているのが分かる。


 本当に見えていないんだな……。

 あれ、じゃあ……。


「プレイヤーだけじゃなくてNPCにも見えていないってこと?」

「もちろん、そうよ?だからお店に入っても私たちは認識されないし、買い物なんて出来るはずも無いの」

「でも店に入ってから手を離せば――」

「離すわけないでしょ?……せっかく二人っきりなのに」

 

 そういわれては男の甲斐性として離すわけにはいかないな。うん。

 もういいか。買い物はまた今度一人でプレイするときにでもやろう。


 そういえばイヤリングといい、どうして雅はそんなにアイテムを持っているのだろうか。

 僕とゲームをするために始めたと言っていたが、それならプレイし始めたのは最近のはず。

 このゲームに有料コンテンツなんて無かったと思うけれど。


「雅はどうやってアイテムを揃えたの?」

「下緒は知らないだろうけれど、有料コンテンツは無くても”課金”は出来るのよ」


 どういうことだろうか?

 有料コンテンツが無いのであれば課金する必要は無いと思うのだが。


「現実のお金をゲーム内コインに変換することで高額なアイテムが買えたり、プレイヤー同士で売り買いも出来るようになってるの」


 そうなのか。

 つまり店でレベル制限は無いものの高額すぎてビギナーには手が出せない商品を序盤で買えたり、店では売られていないような希少アイテムをプレイヤーから買うために”課金システム”だけはあると。


「雅のアイテムもそうやって揃えたんだね」

「そうね。レベルは低くてもお金さえあればアイテムは揃えられるもの」


 流石に高校生の時点で会社員をしている人間は言うことが違うな。


 ちなみにフレンド登録をしたことで見えるようになった雅のレベルは『5』だった。

 僕よりも高いことは確かなのだが、プレイヤー全体から見ればビギナーだろう。

 あとから聞いたことなのだけれどレベル『5』というのは一通りのチュートリアルを終えたら、それぐらいにはなるらしい。


 始まりの街で話しかけられ雅に吹き飛ばされた女性NPCに案内されていけば僕もそうなっていた。

 本当に何してくれてんだ。


 またもや話は変わってしまったが街の様子を見て歩いた僕達は街の外へ出ていた。

 

「ここからはモンスターに会うこともあるから気を付けて」


 気をつけるも何も、僕は戦い方すら分からない人間。

 武器も買えなかったおかげでモンスターが出てくるフィールドで完全な丸腰である。

 モンスターが出てくるから気を付けてと言ったわりには握った手を離さない緊張感の出ない雅に、少し試してみることにした。


 本当に”人除けイヤリング”が効果あるのか試してみよう。


「おーい!一緒に冒険しないかー!」

 

 おそらく冒険帰りだろうか。

 僕達が街から出ているのに反して、街へ戻ろうとしている三人組へ声をかける。


 すると、三人組に声が届いているのか判断するよりも早く。


「――もがぁっ!」


 僕は圧倒的な力で雅に顔を掴まれ持ち上げられる。

 ゲームの世界では男だろうが女だろうが関係ない。強いものは強い。


 街を出てすぐの開けた場所で美少女が男の顔を掴んで持ち上げているのに街の中にいる人も声をかけたはずの彼らも、誰も見向きもしない。


「今日のログイン率高いよなー」

「モンスタードロップ全然取れなかったよー!」

「装備整えたら狩場変えるか?」


 助けてほしい僕の気持ちを無視するように僕達の後ろを通っていくのは『都落ち』『かき揚げ』『チンアナゴ』の三人。

 ちなみに『かき揚げ』だけ女の子のアバターだった。

 

 顔面鷲掴みにされた雅の指の隙間から、そんなことを確認しているとギリギリと込められる力が強くなってく。


「下緒?なんで、そんなことをするの?今あの女を見てたわよね?どうだったかしら?可愛かった?」

「少し……イヤリングの力を試そうと思っていただけなんだ。……あの、もう少し力を抑えてもらってもいいかな?頭が砕けるように痛いんだけど」

「あの人たちも言っていたから、少しプレイヤーが少ないところへ向かいましょうか」


 顔を掴まれ宙に浮く状態のまま僕は僕を持ち上げた雅とともに道から外れた。


 それが最悪の選択を選んでいるとも知らずに。


 


 しばらく進み、雅のことを褒めまくったおかげで僕は解放されていた。

 道中では草原の中にひょこひょこと歩いていた角を生やしたヒヨコモンスターと出くわしたが、雅がこれまたプレイヤーから買ったらしい希少武器の剣で真っ二つにしていた。

 剣を振ると軌跡に鎌鼬が発生する武器なんて近距離なのか遠距離なのか。


 ヒヨコは斬られたあと血が出るようなこともなく青いポリゴンとなり消えていった。

 ただ消えた跡に頭に生えていた小さな角だけ残していた。

 

 戦利品ということでモンスターを倒すことで手に入れられる”ドロップアイテム”。

 戦闘職のプレイヤーはドロップアイテムを売ることが一番の資金源になっているらしい。

 小さな角を腰に下げた小さな鞄に入れた雅とともに、どこへ進んでいるのか分からず歩き続けた。


 ゲーム内の時間も遅くなってきたのか。日が沈み始め、空に浮かぶ雲が赤く染まってきたころ。

 ヒヨコと同じ草原ステージで手に入ったレモンを片手にゲーム内で感じる初めての酸っぱいという感覚が面白くて食べていると、いつの間にか昏い森へ入っていた。

 

 

 


 そこは本来、ビギナーが立ち入れない領域。

 Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)がオープンワールド、つまりストーリーを進めなくてもどこまでも行けるゲームだったからこそ行けてしまった領域。

 オープンワールドと言っても出現するモンスターのレベルを見れば自分が挑戦できる場所なのかが一目瞭然である。


 そのはずなのに二人が入れてしまった理由。

 雅が下緒と二人っきりになることを望まず、道を外れなければ。

 下緒がオープンワールドにおけるステージごとのレベル差を理解し、チュートリアルを守って進行していれば。

 こんなことにはならなかった。


 なぜ、二人が気づかなかったのか。

 なぜ、モンスターに出くわさなかったのか。


 二人が迷い込んだ昏く深い森の名前。


 《死人の森》


 ”和”をテーマにしているステージの中で最もレベルの高いステージ。

 ステージには魂の抜かれた人型のモンスターが蔓延り、その平均レベルは『20』を超える。

 レベル差が『5』離れれば戦いにすらならないと言われる世界でレベル『1』と『5』の二人で挑んでしまう無謀。


 死人モンスターはどれだけ離れていても人の気配に気づき襲い掛かってくる特性を持つ。

 しかし、死人はシステム上『モンスターであり”NPC”として扱われる』


 Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)における”和”をテーマにした第一ステージの姿。

 日本をモチーフにしてつくられたステージの本性は――”怪異”。

 最初に二人が歩いていた草原ステージはあくまでも”チュートリアル”用のステージでしかない。

 

 しかし下緒と雅は、それをまだ知らない。




「なんか、いきなり暗くなったね」

「そうね。時間も夜、森の中で日は当たらない。仕方ないからライト出すわよ?」


 何が仕方ないのか。そんなものを持っているのであれば早めに出してほしかった。


 雅が手元に持った手持ちランプのおかげで周りが明るく照らされる。

 それでも遠くまで見ることは出来ず、心霊スポットにいるような恐怖感を覚える。


 森に入ってから一度もモンスターにあっていない。

 物音もせず、偶に吹く風が木の葉を揺らし、森全体が不安感を掻き立てるようにざわざわと枝を擦れさせる。


「……少し、近づいてもいいかしら?」


 僕と同様に少し怖くなったのか、握っていた手を繋ぎ直しながら雅がそう言った。

 限界に近かった僕は頷き耳を澄ませながら歩き続ける。

 

 もはや完全にくっついてるように歩いているのに少しも安心できない。

 

 なんで、ここでログアウトしなかったのか。

 きっと二人ともゲームであるということで嘗めていたのだ。


 五感もあり、雰囲気はそのままのゲームで、まるで現実のような世界で、ちゃんと”痛み”が存在する場所で。

 モンスターを嘗めるということの愚かさを。


『――どうして、ここに人間がいるのか。者共は何をしておるのか』


 しばらく歩いた先で、そこだけ大きく森が開けた場所。

 なぜか、そこには風が吹いてなく、開けたといっても周囲が森で囲まれているのに物音ひとつしない、その場所で。

 そいつはただ座っていた。


 地面が響いて足元から伝わるような低く届く声。

 威圧感を森へ伝えるような太鼓のように胸を打つ声に自然と恐怖を覚える。


『なぜレベルが低いお主らがここまで来られたのかは分からんが――ふむ。それは”人除けのイヤリング”か。成程成程……』

「あなたは……モンスターですか?」


 必死に冷静さを保ちながら会話をしてみる。

 

 どう考えてもプレイヤーではない。

 頭の上にプレイヤーネームも出ていなければ、その姿がモンスターであることを語る。


『うむ。儂はステージボスの百目鬼である』


 ……やっぱりか。

 

 全体は人間と変わらない。

 だが、座った姿でも分かるほど大きく。全身の至る所に”目”がある。

 ぎょろぎょろと周りを見ている目と、真っすぐに僕達を見る両の目。

 

 不気味な姿に雅は声すら出せずに固まっている。


 ”ステージボス”、レベルなんて見なくても分かる。

 今の僕達が戦っていいいモンスターでは無い。


「百目鬼さん。どうやら僕達は間違えてきてしまったようです。逃がしていただけませんか?」


 戦ってはいけない。そういう一種の防衛本能から雅の前に出て話す。

 会話が通じるなら逃がしてくれるのではないか。そんな希望を打ち砕くかのように百目鬼は立ち上がる。


『この場に入ってしまった以上、主らを帰すわけにはいかん』


 ゆっくり立ち上がった百目鬼と呼応するように周囲を青く揺らめく怪しげな炎が包む。

 

 どうする。

 雅だけでも逃がせるか?

 

 そんな思考を一瞬で巡らせる。


『男は楽しめそうもないな』


 呼吸すらも置き去りにするような速さ。瞬きするよりも早く百目鬼は眼前へ迫っていた。

 さっきまで僕達と百目鬼の間には50メートルほど開いていたはず。

 どう考えても一歩で詰められるとは思えなかったからこそ考えていた”逃走”という一手は、その瞬間に崩れた。


「――かはっ!」


 まるでボウリング玉に弾かれたピン。

 まるで始まりの街で雅に吹き飛ばされていた女性NPC。

 もしかしたら、それ以上かもしれない。


 どれぐらい吹き飛ばされているのか想像できないのは飛んでいるのが僕自身だから。

 目の前に現れた百目鬼がただ腕を振るっただけで僕は蒼炎でできた円の端まで殴り飛ばされた。


『HPが尽きました。回復アイテムが確認できませんでした。10秒後にログアウトします』


『HPが尽きました。回復アイテムが確認できませんでした。10秒後にログアウトします』

 

『HPが尽きました。回復アイテムが確認できませんでした。10秒後にログアウトします』


 それだけを繰り返すシステムメッセージ。


 だが、僕にそのメッセージは聞こえていなかった。


『女、お前のレベルもアイテムも全てが儂には見えている。主では儂に勝てんぞ。どうする?男も、もう死ぬ。主は”覚醒”できるのか?』

「……あ、あぁ……」

『壊れたか……所詮、そんなものよな』


 殴り飛ばされ転がる僕のぼやける視界の中で雅は武器も手にできず固まっている。

 呼吸もままならず、百目鬼はそんな雅をつまらなさそうに見下ろすだけ。


 以前にもこんなことがあった気がする。

 いつも気丈に振舞っている雅だが、それは弱い自分を隠すための蓑でしかない。


 百目鬼は大きく溜息をついて、つまらなそうに拳を振り上げる。

 その拳が振り下ろされたら全てが終わる。





 


『条件を達成しました。スキル《ちっぽけな勇気》を獲得しました。レベル差が離れるほどステータスが加算されます』

 

 そのスキルは、フレンド登録とパーティ登録をしているメンバーが自身より圧倒的にレベルの離れた相手に追い詰められた場合に発現する希少スキル。

 システム上であれ、初めて得たスキルが下緒に手助けをする。


 突如湧いてくる力。それを無意識に感じた下緒は全身に力を籠める。

 

『条件を達成しました。スキル《最後まで立ち上がる者》を獲得しました。HPを”1”にして戦闘へ復帰します』

『条件を達成しました。称号《覚醒者》を獲得しました』


 《最後まで立ち上がる者》、それは自身がHPを切らしてから10秒間、回復アイテムを使わずかつ仲間を守りたいという気持ちを絶やさなかったことで手に入る特殊スキル。

 

 それに合わせて手に入った。

 ゲームの中で初めて発現する特殊スキルを獲得したものに与えられる称号《覚醒者》。

 

 下緒はゲームというもの自体の経験が少ない。

 それに合わせて「LOF」のリアルな世界観と、現実と変わらない姿の雅がピンチに陥るシーン。

 さらにゲームではありえない”痛み”という感覚。

 それらが彼自身に”諦めたら大切な人が死ぬ”という錯覚とともに覚醒を呼び覚ます。

 

 称号《覚醒者》――それを獲得したものは、これまで1人もいなかった。


 


 


 殴られたことでぼやける視界、先ほどまでは恐怖しかしなかった百目鬼という強者に対して沸き上がる感情。

 立ち上がる僕を視界に捉えた百目鬼は嬉しそうに駆けだした。


『主が《覚醒者》となるか!』

「――黙れよ。僕の大切な人を傷つけようとした恨み。全てお前にぶつける!」


 百目鬼の走り出しとともに僕は前のめりで一歩一歩と確実に地面を踏みしめる。


『スキル《火事場の馬鹿力》を獲得しました』

「うるさい!」


 頭の中で響くシステム音声を振り払うように僕は百目鬼と正面からぶつかる。

 今の僕なら同等に戦える、なぜかそう思い僕は武器を持たない身体で百目鬼と殴りあう。


 


 

 百目鬼はボスとして一般的なモンスターと比べて破格の強さを誇る。

 なぜなら百目鬼は『プレイヤーのシステム情報を”視る”ことができる』

 物理戦闘力が高いプレイヤーには魔法攻撃を、魔法戦闘力が高いプレイヤーには物理攻撃を。

 ゲームとしてオールラウンダーを目指しても、特化型を目指しても1人では百目鬼には勝てない。

 攻略法は唯一、”囮を使うこと”。

 一人を囮に使い百目鬼が物理なり魔法まり攻撃方法を決めたタイミングで反対の攻撃を周囲の味方が集中砲火を行う。

 単純ではあるが、最も簡単で確実な攻略法。


 本来レベルも低く、物理攻撃も魔法攻撃も未熟な下緒に勝てるはずがない。

 しかし、発現したスキルはもちろん最後に発言した《火事場の馬鹿力》により、下緒の物理攻撃力と魔法攻撃力は跳ね上がっていた。


 百目鬼は高揚していた。

 これまでいなかった。初めての覚醒者との戦闘。

 それこそ百目鬼が生まれた意味であり、百目鬼の焦れた渇きへの渇望。

 自身を脅かすほどに接敵する強者との戦い。

 それは……もう、終わろうとしていた。


 

 


『特殊スキルが融合しました。スキル《英雄の資質》を獲得しました』


 さっきから、うるさいな!

 静かにしろって言ってるだろ!

 システムをミュートにするとか出来ないのか!?


 雅の元へ駆け寄りたいのに立ち塞がる百目鬼は楽しそうに笑っているし。

 痛みで体中が痛い。

 視界は霞んだままで。

 実際の体力も限界寸前である。

 あと10秒も立ってられるか分からない。

 

『条件を達成しました。スキル《最後の一撃》を使用しますか?』

 

 最後の一撃?

 それで勝負を決められるのだろうか?

 分からない。

 でも、これ以上勝負が伸びると……。

 

「……使う!」

『スキル《最後の一撃》――使用します』


 突如僕の身体は白く輝く。

 姿鏡でキャラメイクをするときと同じように。

 違うのは輝いた光がオーラのように身体を纏い、波打ちながら拳へ集積していくこと。


 僕の様子が変わったことを感じたのか。

 百目鬼も最後の一撃に構えをとる。


『最後か。……あぁ、楽しかった。願わくば、また会えることを――』


 僕はもう二度と会いたくない。

 だからこそ、ここで僕の全てを使い切る!

 

 お互いの集中力が高まったのを感じ走り出す。

 僕の小さい拳と、百目鬼の大きい拳が合わさった瞬間。

 僕と百目鬼を中心にして爆ぜるように森全体を轟かす爆風がフィールドに広がった。


『ステージボス《百目鬼》を攻略しました』


 ……うるさいって言っただろ。

 そのシステム音声とともに駆け寄ってきた雅の声を聞きながら、僕は意識が落ちるようにログアウトした。









 Lourdes(ルルド) of() fantasia(幻想曲)とはただのゲーム。

 それはある男の野望を叶えるための舞台に過ぎない。


 ゲーム会社の会議室中心にある1つのパソコン。

 世界中にあるセントラルドグマというゲーム機全てを制御しているパソコンの画面に表示されているコマンド。


『セントラルドグマ進行率――0%。ロードします』



『ロード中』




『ロード中』




『ロード中』




『ロード中』




『ゲームの進行を確認しました』


 



『セントラルドグマ進行率――1%』


 

 



「ハッハッハッ!ついに来たぞ!覚醒者の誕生が!」


 それは都内某所の高層ビル最上階。

 とあるゲーム会社の会議室で男は急に立ち上がって高笑いを上げていた。


 周りにいる者たちは、突然の男の奇行に驚くこともなく淡々と自身のパソコン画面を眺めている。

 しかし男が窓の外で輝くネオンライトたちを見下ろし上げていた高笑いを止めて会議中の男の部下たちへ向き直った。

 まるで示し合せていたかのようにパソコンに向けていた視線を男へ集中させる部下に向けて男は言い放つ。


「始まるぞ!準備は出来ているか?お前たち!」

「「「「YES。BOSS」」」」

「ついに、ついに始まるぞ。俺の望んだ”世界を壊す”計画が!諦めとともに沈んでしまった人類の進化を、今、始めよう!」


 セントラルドグマ(人類進化)計画は始まったばかり。

 

 

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